ネコのヒトビト

ネコにまつわるヒトビトについてのお話等

祈りという手段

2020-11-30 02:21:08 | 思ったこと
自分がとても無力だとわかった時
初めて

神に委ねてみるしか、方法が無いと
自覚した時
初めて

私たちは祈るのかもしれない。
人知を超えた何かにすがるのかもしれない。
祈りという手段。

この広大な世界を覆い尽くす
巨大な嘘と、狂気と、冷たい、残酷な波動が
人々を凍りつかせ、恐れさせ、疲弊させている

相手は強大な権力と莫大な財力でもって
コントロールしてくる。

しかし、たった1% の人々が
あとの99%の人々を支配する
なんてこと
出来ると思いますか?

メディアというハリボテを利用して、
政治家というチンピラを利用して、
大企業のトップという、頭でっかちを利用して
ITやらAIやらをあやつる世間知らずを利用して

手仕事を身に付け、海を知り、陸を知り
物事の理を身に付け、経験をつみ
あらゆるデータ化された世界よりも
もっと豊かで深い世界を知った人々の大きな大きな世界を

彼らが支配できるとすれば
ただAIやネット、メディアに洗脳された世界の住人のみだ。

本当の世間を知っている人間ならば
このヘンテコさがわかるはず。

彼らよりももっと我らには力があり
彼らよりももっと我らはたっぷりとした世界を持っている。

誰かを支配し続け、搾取し続けたい
という
つまらない欲望に振り回されたあげく
子供のようにジタバタして、わがままを言う彼らの思い通りになど
なるものか。

我々一人一人には力がないかもしれない。
しかし、力をあわせれば、強大な勢力になる

今は祈るしかないかもしれない。
しかし、祈る力を、彼らは一番恐れている

なぜなら、彼らはそれを奪おうとして必死なのだ
彼らは、祈る我々の力を奪うため だけに
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いろんなものを開発して
計画して
実行してきた。
努力に努力をかさねて。
我々の祈りが怖かったからだ。

それはともかく
祈る

私たちは無力だから
しかし
祈る事はできる
ことに気づいた

だから
祈る。


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