早いものでテイオーが旅立ってからもう1カ月近くたちます。
心に開いた穴からスースー秋風が入ってきます。
それでも涙は止みました。
いつもと変わらぬ日々の中で、悲しみや寂しさを薄めようとしている自分がいます。
人の優しさがあらためて心に沁みる秋、エドリンです、こんにちは。
馬友のオニキスさんから、阪神競馬場の“テイオー追悼献花・記帳台”の画像を頂きました。
これは第1週なので、今はもっとお花も記帳も増えてる事でしょう。
あらためてテイオーファンの多さに感動を覚えます。
待ちに待ってたツアーだよ~!!
1カ月以上も前から、ああだこうだと計画を練っていたミニツアー、いよいよスタートで~~~す。
女子4人と息子の様な若者男子1名の、何が飛び出すかお楽しみ!のビックリ箱道中、素晴らしい秋晴れのもと、順調に始まりました。
前日、神奈川県からの馬友さんを迎えに行った時、空港内で迷子になった(私が)以外は、車のミス・ナビのおかげで時間的にもゆとりある出だしです。
順調にお仲間さんを拾って、まず最初に向かったのは、ライデンリーダーのいる牧場さんです。
中央競馬G1レースを地方競馬にも開放した1995年に、史上初めて地方在籍のまま中央の牝馬クラシックに出走したライデン。
前哨戦“報知杯4歳牝馬特別(G2)”をあっさり勝ち、桜花賞は単勝1・7倍と云う1番人気におされたのです。
残念ながら、桜花賞はワンダーパヒュームに、オークスはダンスパートナーに敗れましたが、地方馬も中央で勝負できるという事を証明した功績は大きいと思います。
そして今は、相棒のお馬さんと一緒にのんびりまったり余生を過ごしています。
笠松の名牝“ライデンリーダー”です。
「安勝さんは元気なのかしら?」
実はこの牧場さんには、引退馬ネットのサポートホース第1号であるフジヤマケンザンもいるのです。
ハクチカラ以来の国際重賞を勝ったケンザンは、チームケンザン友の会の方たちに見守られ、余生を楽しんでいます。
「いらっしゃいませぇ。(違)」
「良い天気だなぁ」
“チームケンザン友の会”
どこまでも青く澄んだ空と綿菓子のような白い雲に誘導されながら、車は日高へと向かいます。
停車した先にはこんなお馬さん達が。
2003年スティやーズS(G2),2004年目黒記念(G2)を勝った、妙に(失礼!)ファンの多かったチャクラが種牡馬として頑張っています。
放牧地の奥の方から動かないので、ズームで撮りました。
ぼけているのはそのせいです(違います、腕のせいです)。
そして、1993年の有馬記念でトウカイテイオーの奇跡の復活に花を添えてくれたこの方。
ビワハヤヒデです。
「何かぞろぞろ来たぞ」
「寝たふりしてよ」
「オッ、帰るぞ。 さて起きるか」
今年25才になった1994年小倉大賞典勝馬メイショウマリーンもいるのですよ。
牝馬ながら65戦も走ったマリーン、今はのんびり草を食む毎日です。
車が動き出した時、それまで放牧地の真ん中あたりで寝ころんだままだったビワハヤヒデが、やおら立ち上がって動き出しました。
私たちが必死で写真を撮っている時には、昼寝でもしているかのように動かなかったのに (おかげで写真撮るのが大変だったョ)、帰るとわかったら‘よいしょ’と起き上がるってどゆこと?
有馬でテイオーに負けた腹いせ?(ないない!)
ま、寝姿のビワも可愛かったから良しとしましょう。
そんなこんなで次に着いたのは、会うのが楽しみだったイクノディクタス嬢。
牧場の息子さん、中学生くらいのボクちゃんに連れてこられたイクちゃん。
さすが、メジロマックィーンやテイオーと浮名を流しただけあって今でも本当に美女さん。
おまけにとってもなつっこくて、ずっと私たちの側にいてくれたのです。
美しい上に優しいイクちゃん、もてるのは当たり前ですね。
こんな可愛いイクちゃんが‘鉄の女’と呼ばれていたなんて信じられない!!(同ブログ内「会いに行くよ」を見てね)
見よ、おん年26才とは思えないこのボディ。
ツアーは始まったばかりです。
まだまだ続きますから、お楽しみに~~~
心に開いた穴からスースー秋風が入ってきます。
それでも涙は止みました。
いつもと変わらぬ日々の中で、悲しみや寂しさを薄めようとしている自分がいます。
人の優しさがあらためて心に沁みる秋、エドリンです、こんにちは。
馬友のオニキスさんから、阪神競馬場の“テイオー追悼献花・記帳台”の画像を頂きました。
これは第1週なので、今はもっとお花も記帳も増えてる事でしょう。
あらためてテイオーファンの多さに感動を覚えます。
待ちに待ってたツアーだよ~!!
1カ月以上も前から、ああだこうだと計画を練っていたミニツアー、いよいよスタートで~~~す。
女子4人と息子の様な若者男子1名の、何が飛び出すかお楽しみ!のビックリ箱道中、素晴らしい秋晴れのもと、順調に始まりました。
前日、神奈川県からの馬友さんを迎えに行った時、空港内で迷子になった(私が)以外は、車のミス・ナビのおかげで時間的にもゆとりある出だしです。
順調にお仲間さんを拾って、まず最初に向かったのは、ライデンリーダーのいる牧場さんです。
中央競馬G1レースを地方競馬にも開放した1995年に、史上初めて地方在籍のまま中央の牝馬クラシックに出走したライデン。
前哨戦“報知杯4歳牝馬特別(G2)”をあっさり勝ち、桜花賞は単勝1・7倍と云う1番人気におされたのです。
残念ながら、桜花賞はワンダーパヒュームに、オークスはダンスパートナーに敗れましたが、地方馬も中央で勝負できるという事を証明した功績は大きいと思います。
そして今は、相棒のお馬さんと一緒にのんびりまったり余生を過ごしています。
笠松の名牝“ライデンリーダー”です。
「安勝さんは元気なのかしら?」
実はこの牧場さんには、引退馬ネットのサポートホース第1号であるフジヤマケンザンもいるのです。
ハクチカラ以来の国際重賞を勝ったケンザンは、チームケンザン友の会の方たちに見守られ、余生を楽しんでいます。
「いらっしゃいませぇ。(違)」
「良い天気だなぁ」
“チームケンザン友の会”
どこまでも青く澄んだ空と綿菓子のような白い雲に誘導されながら、車は日高へと向かいます。
停車した先にはこんなお馬さん達が。
2003年スティやーズS(G2),2004年目黒記念(G2)を勝った、妙に(失礼!)ファンの多かったチャクラが種牡馬として頑張っています。
放牧地の奥の方から動かないので、ズームで撮りました。
ぼけているのはそのせいです(違います、腕のせいです)。
そして、1993年の有馬記念でトウカイテイオーの奇跡の復活に花を添えてくれたこの方。
ビワハヤヒデです。
「何かぞろぞろ来たぞ」
「寝たふりしてよ」
「オッ、帰るぞ。 さて起きるか」
今年25才になった1994年小倉大賞典勝馬メイショウマリーンもいるのですよ。
牝馬ながら65戦も走ったマリーン、今はのんびり草を食む毎日です。
車が動き出した時、それまで放牧地の真ん中あたりで寝ころんだままだったビワハヤヒデが、やおら立ち上がって動き出しました。
私たちが必死で写真を撮っている時には、昼寝でもしているかのように動かなかったのに (おかげで写真撮るのが大変だったョ)、帰るとわかったら‘よいしょ’と起き上がるってどゆこと?
有馬でテイオーに負けた腹いせ?(ないない!)
ま、寝姿のビワも可愛かったから良しとしましょう。
そんなこんなで次に着いたのは、会うのが楽しみだったイクノディクタス嬢。
牧場の息子さん、中学生くらいのボクちゃんに連れてこられたイクちゃん。
さすが、メジロマックィーンやテイオーと浮名を流しただけあって今でも本当に美女さん。
おまけにとってもなつっこくて、ずっと私たちの側にいてくれたのです。
美しい上に優しいイクちゃん、もてるのは当たり前ですね。
こんな可愛いイクちゃんが‘鉄の女’と呼ばれていたなんて信じられない!!(同ブログ内「会いに行くよ」を見てね)
見よ、おん年26才とは思えないこのボディ。
ツアーは始まったばかりです。
まだまだ続きますから、お楽しみに~~~