冬季オリンピックもそろそろ終盤にさしかかっています。
睡眠不足で目の下にクマさんをかい始めている人、私以外にも沢山いるんじゃないでしょうか。
何と言っても男子フィギュアの羽生選手、サイコーですね。
ビジュアルもいけてるし、態度も謙虚で素直でしっかりしてるし、素晴らしい!!
まだ19才。
あと何回オリンピックに出られるでしょうね。
“楽しみ~”とワクワクしながら、ふっと気づきました。
私はあと、何回その姿を見られるんだろ・・・・・・・・・
あらためて100まで生きるぞっと決意したエドリンです、こんにちは。
春はまだまだ遠い感じですが、心が暖かくなる出来ごとに出会いました。
ほんのちょっと、私も関わらせていただきました。
それは・・・・・・・
3年前、日高の牧場に1頭のサラブレッドの牡馬が産まれました。
その仔は他のトネッコ達と同じ様に元気に育ち、サマーセールに向けて育成場に預けられました。
コンサイナーとしてその仔を預かったのは“クラックステーブル”さん。
そうです、オキテが卒業した育成場です。
ちなみにコンサイナーとは、セリ市場に向けて上場馬を、立ち姿や歩き方、馬体・毛艶を良く見せる事や躾など、より良い条件で売却するための仕上げを委託される専門業者のことです。
そこでも順調に仕上がり、いよいよセリです。
ところが好事魔多しで、セリの当日、何が気に入らなかったのかその仔はセリ場の馬房の壁を蹴っちゃったんです。
そして、右後肢の蹄骨を骨折しセリは欠場。
生産者さんの必死の看護でリハビリを出来るまでに回復し、再びクラックステーブルさんに入厩。
リハビリ、調教と頑張り、どうにか競走馬になるべく地方競馬へと旅立てたのでした。
厩舎での調教もスムーズにいき、ゲート検査、能検を無事クリアー。
競走馬デビュー目前の最終追いきりで、今度は右前膝と蹄骨を骨折。
その怪我は酷く、競走馬能力喪失という悲しい結果になってしまったのでした。
それは競走馬としてだけではなく、生きると云うことをも失う事を意味していました。
走れなくなった馬には居場所はないのです。
その事を知ったクラックステーブルのM代表は、調教師さんに連絡を入れ、命には別条がないことを確認すると、「自分が引き取るから、行き先を確保するまで数日間そこに置いておいてほしい」と頼みました。
「くれぐれも早まって出さないでほしい」と念をおして頼み込みました。
というのは、以前、やはりクラックさんの卒業生で地方競馬に行った仔がいました。
その仔はデビューしたものの勝てそうで勝てない状況が続いていて、ついに業を煮やした馬主さんが手放しそうだと聞いたM代表は、調教師さんに「出す時は必ず連絡してほしい、こちらで引き取るから」とお願いしたそうです。
ところが、連絡のないままにその仔は消えてしまいました。
その時の事をM代表はずっと心の傷として抱えていたのです。
前にお伺いした時、「あの時は本当に悔しかった。自分が引き取って、ゆっくり時間をかけてもう一度競走馬として走らせてやりたかった」とおっしゃっていたのを思い出します。
なので今回は絶対に見失いたくないとの思いで、必死だったそうです。
その仔は性格が人懐っこくて大人しく、立ったままウトウトしている姿は愛らしく、M代表のご家族やスタッフさんにも可愛がられていて、特にご家族が「何とか助けてあげて」とM代表の背中を後押ししてくれたそうです。
そういう仔ですから、競走馬や競技馬としては無理でも、初心者向けの乗馬やセラピーホースなど、その仔に合った道で生かしてあげれるのではないかとM代表は考えました。
その為にはまず、その競馬場からあまり遠くない預託先を探さなければなりません(長時間の移動は怪我の状態からまだ無理です)。
おまけに怪我の治療や療養もあります。
それを引き受けてくれる預託先でないと駄目なのです。
ところがM代表は、その近辺の牧場さんや乗馬クラブを全く知らないそうで、藁をもつかむ思いで私に連絡下さったのでした。
でも、私などもっと知りません。
それでも、引退馬ネットならと思い尋ねてみたところ、何と、数日前に引退馬ネットあてに「預託馬いませんか?」というメールが来ていたと。
それも、その競馬場から小一時間ほどの所です。
偶然というにはあまりにグッドなタイミングです。
すぐさま連絡をとって頂き、M代表にバトンタッチし両者間で話し合った結果、状態が安定するまでそこの牧場さんに預託して、動いても大丈夫になったら北海道に戻すと云う事で話が決まりました。
この仔も持っている仔です。
競走馬のゲートは開かなかったけど、生きていく道のゲートは開きました。
雪が溶け、暖かい日差しが青草のじゅうたんを包み込むころ、元気になったこの仔が、心配し続けたM代表やそのご家族、クラックステーブルのスタッフさんの元に帰ってきます。
M代表が何故ここまでするのか。
それはこのお馬だけに限ったことではありません。
昨年、オキテが怪我から復帰後、成績がパッとせず引退という言葉が現実味を帯びてきたことを相談した時、「もし最悪どこにも行き場がなくなった時にはいつでも引き受けますよ。」と言って下さり、オーナさんや調教師さんと連絡を取り、今後のオキテについて話して下さったことがありました。
その後、何とか1勝をあげる事ができ、体調も戻り始め、現役続行の決断がくだされましたが、あの時のM代表の言葉にどれだけ安心したか知れません。
M代表は言います。
「私の気持ちや家族やスタッフの思い、周りの皆さまのご尽力もあり、こうして命を繋げました。
しかし、こんな風に全ての馬を助ける事が出来ないのが現実です。
それを差し引いても、自分たちに夢や利益をもたらしてくれた馬たちに対して、人間があまりにドライなのではないかとも感じています。
このような事を言うと、甘いとか現実を見ろと言われそうですが、中にはこういったもの好きな育成業者がいても良いのではないかと思っています。」
馬世界の関係者さんの中には引退馬の余生を見ると言う事を良く思わない方もいると聞きます。
現実に私も「こんな金にもならない事、良くやってるね。」と言われた事があります。
むっとして「お金では買えない物を貰っていますから」と答えましたが、鼻で笑われました(苦笑)。
動物愛護に関しては様々な考え方があると思います。
動物の肉を食べるのに何が動物の命だ、と、良く言われます。
確かに、私たち人間は生き物の命を頂いて生きています。
それはどうにもならない事実です。
その償いとして、救える命は救いたいと考えることはおかしいでしょうか?
難しいことはわかりません。が、人間の楽しみのためだけに産まれてきて、その為だけに悲しい別れを何度も味わい、脚が折れそうになっても一生懸命走る馬たちを、天寿まで生かしてあげたいと願う事はバカな事でしょうか?
無駄だと言われても、馬鹿馬鹿しいと笑われても、こういうM代表のような方がいると思うと頑張る気持が蘇ってきます。
再びM代表の言葉です。
「そして新たにホースマンを目指してる若者、今現在ホースマンとして頑張ってる人たちが、自分の為に身体をかけ、命をかけてる馬たちに感謝し、命の尊さを受け止めながら馬たちに接していける環境や、そうした考えの人たちが1人でも増えていけば良いなと考えているのです。」
少しずつ、馬たちをとり囲む環境が変わってきている様な気がします。
M代表、これからも頑張って下さいね!! (でもきっと、お金持ちにはなれないだろうなぁ・爆)
長文、お付き合い有り難うございました。
気分直しにクラックステーブル時代のオキテの画像、お見せします!
2月17日、名古屋競馬第2レース出走のオキテ、3着と頑張りました。
レース内容も良くなってきている様な気がします(親ばか??)。
見限らず応援お願いしま~~~す!!
「みなさ~ん、僕ですよ~~~。」
「ちょっと昔のオキテですよ~」
「変顔遊びしてますよ~」
「変顔やったら負けへんで、どや!」 by スティング
「おすましすればイケメンだい!」 by オキテ
今はもう少し大人っぽくなったオキテです。
睡眠不足で目の下にクマさんをかい始めている人、私以外にも沢山いるんじゃないでしょうか。
何と言っても男子フィギュアの羽生選手、サイコーですね。
ビジュアルもいけてるし、態度も謙虚で素直でしっかりしてるし、素晴らしい!!
まだ19才。
あと何回オリンピックに出られるでしょうね。
“楽しみ~”とワクワクしながら、ふっと気づきました。
私はあと、何回その姿を見られるんだろ・・・・・・・・・
あらためて100まで生きるぞっと決意したエドリンです、こんにちは。
春はまだまだ遠い感じですが、心が暖かくなる出来ごとに出会いました。
ほんのちょっと、私も関わらせていただきました。
それは・・・・・・・
3年前、日高の牧場に1頭のサラブレッドの牡馬が産まれました。
その仔は他のトネッコ達と同じ様に元気に育ち、サマーセールに向けて育成場に預けられました。
コンサイナーとしてその仔を預かったのは“クラックステーブル”さん。
そうです、オキテが卒業した育成場です。
ちなみにコンサイナーとは、セリ市場に向けて上場馬を、立ち姿や歩き方、馬体・毛艶を良く見せる事や躾など、より良い条件で売却するための仕上げを委託される専門業者のことです。
そこでも順調に仕上がり、いよいよセリです。
ところが好事魔多しで、セリの当日、何が気に入らなかったのかその仔はセリ場の馬房の壁を蹴っちゃったんです。
そして、右後肢の蹄骨を骨折しセリは欠場。
生産者さんの必死の看護でリハビリを出来るまでに回復し、再びクラックステーブルさんに入厩。
リハビリ、調教と頑張り、どうにか競走馬になるべく地方競馬へと旅立てたのでした。
厩舎での調教もスムーズにいき、ゲート検査、能検を無事クリアー。
競走馬デビュー目前の最終追いきりで、今度は右前膝と蹄骨を骨折。
その怪我は酷く、競走馬能力喪失という悲しい結果になってしまったのでした。
それは競走馬としてだけではなく、生きると云うことをも失う事を意味していました。
走れなくなった馬には居場所はないのです。
その事を知ったクラックステーブルのM代表は、調教師さんに連絡を入れ、命には別条がないことを確認すると、「自分が引き取るから、行き先を確保するまで数日間そこに置いておいてほしい」と頼みました。
「くれぐれも早まって出さないでほしい」と念をおして頼み込みました。
というのは、以前、やはりクラックさんの卒業生で地方競馬に行った仔がいました。
その仔はデビューしたものの勝てそうで勝てない状況が続いていて、ついに業を煮やした馬主さんが手放しそうだと聞いたM代表は、調教師さんに「出す時は必ず連絡してほしい、こちらで引き取るから」とお願いしたそうです。
ところが、連絡のないままにその仔は消えてしまいました。
その時の事をM代表はずっと心の傷として抱えていたのです。
前にお伺いした時、「あの時は本当に悔しかった。自分が引き取って、ゆっくり時間をかけてもう一度競走馬として走らせてやりたかった」とおっしゃっていたのを思い出します。
なので今回は絶対に見失いたくないとの思いで、必死だったそうです。
その仔は性格が人懐っこくて大人しく、立ったままウトウトしている姿は愛らしく、M代表のご家族やスタッフさんにも可愛がられていて、特にご家族が「何とか助けてあげて」とM代表の背中を後押ししてくれたそうです。
そういう仔ですから、競走馬や競技馬としては無理でも、初心者向けの乗馬やセラピーホースなど、その仔に合った道で生かしてあげれるのではないかとM代表は考えました。
その為にはまず、その競馬場からあまり遠くない預託先を探さなければなりません(長時間の移動は怪我の状態からまだ無理です)。
おまけに怪我の治療や療養もあります。
それを引き受けてくれる預託先でないと駄目なのです。
ところがM代表は、その近辺の牧場さんや乗馬クラブを全く知らないそうで、藁をもつかむ思いで私に連絡下さったのでした。
でも、私などもっと知りません。
それでも、引退馬ネットならと思い尋ねてみたところ、何と、数日前に引退馬ネットあてに「預託馬いませんか?」というメールが来ていたと。
それも、その競馬場から小一時間ほどの所です。
偶然というにはあまりにグッドなタイミングです。
すぐさま連絡をとって頂き、M代表にバトンタッチし両者間で話し合った結果、状態が安定するまでそこの牧場さんに預託して、動いても大丈夫になったら北海道に戻すと云う事で話が決まりました。
この仔も持っている仔です。
競走馬のゲートは開かなかったけど、生きていく道のゲートは開きました。
雪が溶け、暖かい日差しが青草のじゅうたんを包み込むころ、元気になったこの仔が、心配し続けたM代表やそのご家族、クラックステーブルのスタッフさんの元に帰ってきます。
M代表が何故ここまでするのか。
それはこのお馬だけに限ったことではありません。
昨年、オキテが怪我から復帰後、成績がパッとせず引退という言葉が現実味を帯びてきたことを相談した時、「もし最悪どこにも行き場がなくなった時にはいつでも引き受けますよ。」と言って下さり、オーナさんや調教師さんと連絡を取り、今後のオキテについて話して下さったことがありました。
その後、何とか1勝をあげる事ができ、体調も戻り始め、現役続行の決断がくだされましたが、あの時のM代表の言葉にどれだけ安心したか知れません。
M代表は言います。
「私の気持ちや家族やスタッフの思い、周りの皆さまのご尽力もあり、こうして命を繋げました。
しかし、こんな風に全ての馬を助ける事が出来ないのが現実です。
それを差し引いても、自分たちに夢や利益をもたらしてくれた馬たちに対して、人間があまりにドライなのではないかとも感じています。
このような事を言うと、甘いとか現実を見ろと言われそうですが、中にはこういったもの好きな育成業者がいても良いのではないかと思っています。」
馬世界の関係者さんの中には引退馬の余生を見ると言う事を良く思わない方もいると聞きます。
現実に私も「こんな金にもならない事、良くやってるね。」と言われた事があります。
むっとして「お金では買えない物を貰っていますから」と答えましたが、鼻で笑われました(苦笑)。
動物愛護に関しては様々な考え方があると思います。
動物の肉を食べるのに何が動物の命だ、と、良く言われます。
確かに、私たち人間は生き物の命を頂いて生きています。
それはどうにもならない事実です。
その償いとして、救える命は救いたいと考えることはおかしいでしょうか?
難しいことはわかりません。が、人間の楽しみのためだけに産まれてきて、その為だけに悲しい別れを何度も味わい、脚が折れそうになっても一生懸命走る馬たちを、天寿まで生かしてあげたいと願う事はバカな事でしょうか?
無駄だと言われても、馬鹿馬鹿しいと笑われても、こういうM代表のような方がいると思うと頑張る気持が蘇ってきます。
再びM代表の言葉です。
「そして新たにホースマンを目指してる若者、今現在ホースマンとして頑張ってる人たちが、自分の為に身体をかけ、命をかけてる馬たちに感謝し、命の尊さを受け止めながら馬たちに接していける環境や、そうした考えの人たちが1人でも増えていけば良いなと考えているのです。」
少しずつ、馬たちをとり囲む環境が変わってきている様な気がします。
M代表、これからも頑張って下さいね!! (でもきっと、お金持ちにはなれないだろうなぁ・爆)
長文、お付き合い有り難うございました。
気分直しにクラックステーブル時代のオキテの画像、お見せします!
2月17日、名古屋競馬第2レース出走のオキテ、3着と頑張りました。
レース内容も良くなってきている様な気がします(親ばか??)。
見限らず応援お願いしま~~~す!!
「みなさ~ん、僕ですよ~~~。」
「ちょっと昔のオキテですよ~」
「変顔遊びしてますよ~」
「変顔やったら負けへんで、どや!」 by スティング
「おすましすればイケメンだい!」 by オキテ
今はもう少し大人っぽくなったオキテです。