新・名も無い馬ですが・・・・・

2013年11月3日に旅立ったマイネルスティング。
その想い出と一緒に、これからも名も無い馬たちの応援をしていきます。

女子4人プラスワンで行く「あの馬は今」ツアー・その3

2013-09-29 | 日記
先週の大雨3連休を思えば、嘘のような秋晴れ連休。
「私達ってホントに普段の行いが良いんだね」などと戯言を言ったり、笑ったりしている内に、予定通りの時間に車はナイス達が待つ(別に待ってないから)牧場に到着です。


まずは恒例のゴッドマザー参り。
ナイスネイチャの偉大なる母、ウラカワミユキとその相棒コーセイのところへご挨拶。
最近は人参を千切りにしてあげてます。


         
          ミユキママ、おん年32才です。まだまだ若いよ!!

         

         
         ミユキママの大親友、コーセイさん、29歳の素顔です。 まだまだイケてるよ!



千切り人参といったらこの方、キャプテンベガ様です。
食べ方はいくらか上手になったような・・・・・・微妙??
それでも最初の頃からみたら、食欲は旺盛になってきました。
体調が良い証拠でしょう。



         



さて、いよいよ登場のナイスネイチャ。
牧場の王様だった彼も、円熟したというか、年取ったというか、すっかり穏やかで丸く(体も)なってます。
会うたびに好々爺という言葉が似合ってくる気がします。
ちょっと寂しい思いがしないでもありません。
ナイスにテイオーの旅立ちを報告しました。



        
         私たちに、というか人参に、まだ気づいていません。



        
         「テイオーがどしたって?」


         
     

        
         今は亡きテイオーの事を偲んでいるのでしょうか・・・?

     



ここには明日また寄るので、日が翳らない内に今夜のお泊まり所“アエル”へと向かいます。


                             
                                


爽やかな朝の空気と共に、昨日の疲れを癒した私たちはしっかり朝食をとってスタートです。
ただ一つ心残りだったのは、朝が早かったので、アエルのお馬さん達(ニッポーテイオー、ダイユウサク、ウイニングチケット、ヒシマサル)に会えなかったこと。
アエルさん、お馬の放牧、も少し早くなりませんか?(願)

今日の最初の訪問はこの大御所のいたところです。


                  
         
         1964年度3冠馬、最終的には5冠馬となったシンザンです。
          

ギネスブックにも載ったシンザン。
引退後から旅立ちまでの日々をここ、谷川牧場さんで過ごしました。
今は息子ミホシンザンが父の長寿を越えようと頑張っています。

そしてここにはこの方たちの墓碑もありました。



         
         トウショウボーイ、グリーングラスと戦ったホクトボーイ、後ろに控えしは、シンザンの息子
          菊花賞馬のミナガワマンナです。



         
         ハイセイコーのライバルだった、タケホープ。



この偉大なる名馬たちに見守られるように、幻の2冠馬ミホシンザンはいました。




         
                                   (らすかるさん撮影)


蜘蛛の巣に引っ掛かりながらやっとそばまで行ったのに、急にズンズン歩き出して、入口の方に行ってしまったミホシンザン。
あわてて追いかけたから、全身の画像が撮れませんでした。(泣)

入口近くに来たら今度は牧柵にピッタリくっついてまたまた全身が撮れません。
ミホシンザン、協力してくれてるのか、嫌がらせしてるのかどっちなん?



        
         
          「私ゃ自分の居たいとこにいるだけだよ」



         
          「ここは涼しくて良いんだよ」



         
          “好きなように生きる。”それが長生きの秘訣なのかもしれません。




「1馬身、2馬身、世界のルドルフが日本のミホシンザンを離していく!」
シンボリルドルフの日本最後のレースとなった1985年の有馬記念の直線で、アナウンサーが絶叫したセリフが頭に蘇ってきます。

あれから長い長い月日が流れ、ルドルフも今は天馬となってしまいました。

これからもずっとずっと、ルドルフの分も長生きしてね、ミホシンザン!!


そしてふと振り向くと、後ろの放牧地にいたのは、1994年度オークス馬チョウカイキャロルです。
「気位が高くて賢い」と関係者さんの言葉でしたが、この日、なんと彼女は私たちにゴロ打ちを披露してくれました。



         
         背がえりした瞬間には間に合いませんでした。



         
          「見たわね」





ミホシンザンの長生きを願いつつ、車は昨日に引き続きW牧場さんへと走ります。
今度はナイスと共に暮らしている仲間達をご紹介です。

まずは、仲良しフッちゃんとフシギちゃん(ダンツシンガー)。



          


実は今、フシギちゃんはふけ(発情)が来ていて、お向かいの牡馬(元)に熱い思いを抱いているのです。



          


ジ~っと見つめる先には・・・・・・



          


ナイスネイチャの息子、セイントネイチャです。
こちらにはもう1頭、元牡馬がいるのですが、


          
          
          ヒカルで~す。


どうも、フシギちゃんはチャラオ系のヒカルより、しぶ系のセイントがお好みの様で、ただひたすらジ~っと見ています。



          



          
           「・・・・・・・」



ところが、そんないじらしい乙女の気持ちなどにはトンと気づかない、このスットココンビは、



          
          


          


毎日、こんな風にじゃれあってます。

そんな情景を見ているもう1頭。



          

キャプテンベガ様です。
かなり関心があるようで乗り出して見てます。

さて、この恋の行方はどうなるのでしょう・・・って、フシギちゃんのふけが終わったら消えちゃうと思いますがね(笑)。


反対側の放牧地にはヒカルと同じトウカイテイオー産駒のケイウンコユキがいます。
6才になったコユキは、穏やかに仲間たちと暮らしています。
そのおもざしは父、テイオーを彷彿とさせ、思わず涙ぐみそうになりました。(同じ父なのに、ヒカルにはそんな思いがわかないのは何故なのでしょう~~?)



           



           




次はいよいよツアーファイナルです。

もう少しお付き合いしてくださったら嬉しいです。  つづくよ~
       
                     

          




女子4人プラスワンで行く「あの馬は今」ツアー・その2

2013-09-25 | 日記
これ以上ないくらいの秋晴れの中、またまたこれ以上ないくらいの順調さで、私たちを乗せた車は日高路を進みました。
一応、初めてお伺いする牧場さんは今日はもうありません。
あとは親戚に行くような気もちで行ける、スティングの所とナイスの所が今日のスケジュールに残っているだけです。

まずは、スティングのところへ・・・。
ここで私たちはまた、スティングの賢さを改めて知らされる事になるのです。

牧場に着いて車を降りた私たちは、何故かこの日に限り、ビッグゴールドさんのところへ行きました。
ゴールドさんの為にと届けられた立派なリンゴをゴーちゃんに食べさせようと、みんなでワイワイ言いながら、写真を撮ったりリンゴをあげたり、しばらくはしゃいでいました。
ちなみに、スティングはリンゴはあまり好まないようです。





 季節的な皮膚病(おむし)でたてがみが減ってしまったゴールドさん。 涼しくなったら治るとかで、もう少しの辛抱だからね。



その内に誰からともなく「そろそろスティングのとこに行かなきゃ」と言い始め、私たちはやっと動き出しました。

人参の入ったバケツを持って、側道(この言葉をナビで聞いた時、食堂と勘違いしたのは私です)をブラブラ歩きながら、スティングの放牧地まで呑気に向かった私たち。

                           


到着すると、スティングはずっと向こうで青草を食んでいます。
「スティング!  スティング~!」と呼ぶのですが、聞こえてないのか気づいてないのか動きません。
何人かで何度も何度も呼ぶと、やっと顔をあげ、こちらに向かってゆっくり歩き出しました。

ところが、みんなが待っている1メートルほど手前でストップし、横向きになってまた草を食みだしたのです。
「あれ~?」
みんなで名前を呼びながら、バケツを見せたり人参を見せたりしてもこっちを見もしません。
「スティング、拗ねてるよ」
誰かが言いました。




            
          私たちのすぐそばです。  拗ねてます




確かに、私たちが人参を持って待っているのはしっかりわかっている筈です。
それが、すぐ近くまできて、わざとらしく草を食み始めたのは、明らかに拗ねている態度です。
それでも少ししてやっと傍までやってきました。 それも、嫌々と云うふうな動き方で。

それからは取りあえず人参のバケツ食いをしたりして、いつものスティングに戻ったように思えました。

向かいの放牧地の1才馬たちに人参をあげるために走りまわったり、しばし、いつも通りの触れ合いタイムが続き、やがて次の場所へ向かうための時間が来てしまいました。



           
           「何や気分のらへんねん。」




           
           「おいらの気持ちなんて誰もわかってくれへん」




           
           「・・・・・・・・・」





「スティング、帰るからね。 また来るからね」
と、お別れの言葉を言いながら歩き出すと、じ~っと見ているスティング。
それもいつものシーンなのですが、何かいつもより寂しそうな感じがして気になりました。


          

           



歩きながら、“今日のスティングはおかしいね”、と言ってハッと気づきました。

スティングは私たちが来ているのがわかっていたのです。
ゴールドさんがいる放牧地とスティングのいるところはかなり離れているのですが、スティングには私たちが騒いでいるのが聞こえていたのだと思います。
以前、会員さんが訪れた時、同時にゴールドさんの会員さんも数人見えていて、会員さんがスティングに話しかけても、首を伸ばしてゴールドさんがいる方をずっと見ていた、といいます。
スティングにはゴールドさんの方向から賑やかな声が聞こえていたのかも知れません。
「私1人でごめんな」とその会員さんが言うと、やっと納得して人参を食べ始め、相手をしてくれたそうです。

だから今日も、ゴールドさんのお客さんなんだと、自分には関係ないやと思っていたら、見た事のある顔ぶれで、
「何や、おいらのお客やんか。 せやのに何でおいらの方が後なんや。 怒るで、しかし!」
というのが、今日スティングが拗ねていた理由だと推測されます。(あくまで推測ですが)

思い返せば、スティングが以前いた牧場さんは、オリオンザサンクスを始め、ブライアンズタイム、トーシンブリザード、エスケープハッチなど、錚々たるメンバーが繋養されていました。

スティングに会いたくて来てくれる人など殆どいなかったでしょう。
誰かのファンの人が、ついでにスティングのとこにも寄る程度で・・・。

それが、この牧場に移ってからは、自分に会いに人が来てくれる。
マイネルスティングのファンだという人がたくさん来てくれる。
自分専用の馬着や無口がある。
そういう事がだんだんわかってきて、スティングの自信につながり、喜びにつながっていったと思うのです。
だから、自分のお客さんというのをスティングはしっかり覚えています。

「次からは真っ先にスティングのところに行こうね」
みんなとそう言い合いながら戻ってきたのでした。


                              

この話にはまだ続きがありまして・・・。

翌日、スティングのところに寄る予定はなかったのですが、昨日のスティングの寂しそうな姿が気になって、帰りにもう一度寄ろうと云う事になりました。
もちろん、真っ先にスティングのところへ。

そうしたらスティングは、私たちの姿が見えるとすんなりよってきたのです。
で、いつものように人参をたっぷり食べて、帰る時間が来て
「スティング、また来るからね」
そう言うと、納得したように青草を食べに奥の方へ歩いて行ったのです。
明らかに、昨日とは違う態度でした。
今日は自分のところに真っ直ぐ来た事をわかっていたのでしょう。


       
            
            
            「今日も寄ってくれてありがとな。  また来てや。」



「スティングは賢いねえ。」
「何でもわかってるんだよね」
親ばか母さん達は、何だかちょっと誇らしい気持ちと、ホッとした気持ちで帰途についたのでした。



                         
        牧場の仲間達    


            
           
  牧場のガードドッグ、ジロー君。 人によっぽど酷い目にあわされたのか、知らない人が怖くてたまりません。
心のトラウマが消えるまで、ゆっくりゆっくり慣れていこうね。
ここに来る人はみんな優しい人ばかりだからね。



           
           「ぼく、ホントは怖がりなんでつ。」




そして、牧場のアイドル、モッヒー君ですよ。
今回、モッヒー君の男気(セン馬ですが)を見てしまいました。
モッヒー君の放牧地は、子連れ母さん馬たちの隣です。
いつもは母仔馬たちはずっと奥の方にいるのですが、私たちがモッヒー君のところに行くために放牧地を横切ったので、人参を持ってると思い付いてきたのです。
で、柵越しにモッヒー君とごたいめ~ん。
母さん馬は無視なのですが、何を思ったかモッヒー君、柵に伸びあがって威嚇始めちゃいました!
モッヒー君は放牧地の中でも杭に繋いであるので、飛び出す心配はありません。

最初は無視していたナウシカ母さんですが、あまりしつこくモッヒー君が威嚇するのでついに切れました。
ガウガウやりあい始めたので、牧場の奥様がモッヒー君を繋いでいた杭をもっと遠くに離してしまいました。
モッヒー君はセン馬ですが、当て馬のお仕事をしています。
セン馬にしたのは、あまりに性格が荒くて、牝馬に嫌がられてしまうためだったのだとか。
可愛い顔して、なかなか男気が強いモッヒー君なのです。



          





         
         「僕たんだってやる時はやるでしよ」



前髪が伸びて、顔が見えません。
私のヘアゴムで結んであげました。
余分に持ってきていると思ったヘアゴム、忘れてきてました。
おかげで、ツアー中、ホテルで貰った輪ゴム使ってました。 ちと痛いのですよね、輪ゴムって。



         
         「モッヒーでし。目の前が明るくなったでし」



そして、お兄ちゃんに良く似てるオキテ君の妹です。



         
         「兄ちゃんよりあたちの方がいけてるでちょ」


        

そんなこんなで長くなってしまいました。
まだまだ続きますので嫌がらずに見て下さいまし。


                おまけ                        


         
         「拗ねたりしてゴメンな。」 反省スティング(爆)




                     



女子4人プラスワンで行く「あの馬は今」ツアー・その1

2013-09-24 | 日記
早いものでテイオーが旅立ってからもう1カ月近くたちます。
心に開いた穴からスースー秋風が入ってきます。
それでも涙は止みました。
いつもと変わらぬ日々の中で、悲しみや寂しさを薄めようとしている自分がいます。
人の優しさがあらためて心に沁みる秋、エドリンです、こんにちは。

馬友のオニキスさんから、阪神競馬場の“テイオー追悼献花・記帳台”の画像を頂きました。
これは第1週なので、今はもっとお花も記帳も増えてる事でしょう。
あらためてテイオーファンの多さに感動を覚えます。



                           




       待ちに待ってたツアーだよ~!!

1カ月以上も前から、ああだこうだと計画を練っていたミニツアー、いよいよスタートで~~~す。
女子4人と息子の様な若者男子1名の、何が飛び出すかお楽しみ!のビックリ箱道中、素晴らしい秋晴れのもと、順調に始まりました。
前日、神奈川県からの馬友さんを迎えに行った時、空港内で迷子になった(私が)以外は、車のミス・ナビのおかげで時間的にもゆとりある出だしです。

順調にお仲間さんを拾って、まず最初に向かったのは、ライデンリーダーのいる牧場さんです。
中央競馬G1レースを地方競馬にも開放した1995年に、史上初めて地方在籍のまま中央の牝馬クラシックに出走したライデン。
前哨戦“報知杯4歳牝馬特別(G2)”をあっさり勝ち、桜花賞は単勝1・7倍と云う1番人気におされたのです。
残念ながら、桜花賞はワンダーパヒュームに、オークスはダンスパートナーに敗れましたが、地方馬も中央で勝負できるという事を証明した功績は大きいと思います。

そして今は、相棒のお馬さんと一緒にのんびりまったり余生を過ごしています。




        
         笠松の名牝“ライデンリーダー”です。


        
        
         「安勝さんは元気なのかしら?」



実はこの牧場さんには、引退馬ネットのサポートホース第1号であるフジヤマケンザンもいるのです。
ハクチカラ以来の国際重賞を勝ったケンザンは、チームケンザン友の会の方たちに見守られ、余生を楽しんでいます。


        
        「いらっしゃいませぇ。(違)」



        
        「良い天気だなぁ」

     “チームケンザン友の会



                               

どこまでも青く澄んだ空と綿菓子のような白い雲に誘導されながら、車は日高へと向かいます。
停車した先にはこんなお馬さん達が。


2003年スティやーズS(G2),2004年目黒記念(G2)を勝った、妙に(失礼!)ファンの多かったチャクラが種牡馬として頑張っています。





        放牧地の奥の方から動かないので、ズームで撮りました。
        ぼけているのはそのせいです(違います、腕のせいです)。







そして、1993年の有馬記念でトウカイテイオーの奇跡の復活に花を添えてくれたこの方。
ビワハヤヒデです。




「何かぞろぞろ来たぞ」





        「寝たふりしてよ」





        「オッ、帰るぞ。 さて起きるか」





今年25才になった1994年小倉大賞典勝馬メイショウマリーンもいるのですよ。
牝馬ながら65戦も走ったマリーン、今はのんびり草を食む毎日です。



         





                               

車が動き出した時、それまで放牧地の真ん中あたりで寝ころんだままだったビワハヤヒデが、やおら立ち上がって動き出しました。
私たちが必死で写真を撮っている時には、昼寝でもしているかのように動かなかったのに (おかげで写真撮るのが大変だったョ)、帰るとわかったら‘よいしょ’と起き上がるってどゆこと?

有馬でテイオーに負けた腹いせ?(ないない!)

ま、寝姿のビワも可愛かったから良しとしましょう。

そんなこんなで次に着いたのは、会うのが楽しみだったイクノディクタス嬢。

牧場の息子さん、中学生くらいのボクちゃんに連れてこられたイクちゃん。
さすが、メジロマックィーンやテイオーと浮名を流しただけあって今でも本当に美女さん。
おまけにとってもなつっこくて、ずっと私たちの側にいてくれたのです。
美しい上に優しいイクちゃん、もてるのは当たり前ですね。
こんな可愛いイクちゃんが‘鉄の女’と呼ばれていたなんて信じられない!!(同ブログ内「会いに行くよ」を見てね)



        
         見よ、おん年26才とは思えないこのボディ。




        
         


        


ツアーは始まったばかりです。
まだまだ続きますから、お楽しみに~~~

                        

★テイオー追悼行事とスティング便り★

2013-09-08 | 日記
トウカイテイオー追悼の献花台、記帳要請のご協力、有り難うございました。
おかげさまで、昨日はトウカイテイオー追悼レースが、各地の競馬場、ウインズでの献花台設置と記帳が始まりました。

トウカイテイオー追悼レース
 9月7日  第4回中山競馬11レース 「紫苑ステークス(秋華賞トライアル)」
       第4回阪神競馬11レース 「西宮ステークス」

このレースの馬券には‘トウカイテイオー追悼’と入っています。

      



また、全国の競馬場、ウインズのターフビジョン・館内モニターにてトウカイテイオー特集ビデオが流されます。

献花・記帳は9月7日から9月29日までとなっています。

献花、記帳は社台スタリオン・ショップ・オン・ザ・グリーン&グリーンテラスでもおこなっています。
今、札幌競馬場が工事中なので、札幌近郊の方はこちらへ行って頂けたらと思います。
ショップさんにお聞きしたところ、「来店人数次第なので、いつまで、と云う事は決まってない」との事です。
なるべく早めが良いかも・です。


       
                                 (らすかるさん撮影)

      振り返れば
      歩いてきた道は、光と影の編み込み模様
      それでも、父から譲り受けたオーラは
      色あせることはなかった。
      いつでもシャンと顔をあげ、悠然と明日へ向かって行った。

      そして今、貴方は
      父の待つ天へと帰る。
      親仔して
      真の天馬となるために。


      テイオー、喜びと感動
      幸せとたくさんの涙を ありがとう!





        スティング君からご報告です。

あの暑さは何だったんだろうと云うように、日一日と秋の涼しさが増してきている北海道です。
本州はまだ真夏のような暑さが続いているようです。
どうか体調を崩す事のないように、皆さまご自愛下さいね。
そして、例年にない程の大雨、強風、竜巻。
被害にあわれた方々に心からお見舞い申し上げます。
お天気がこれ以上暴れ回らない様に、空にお願いしたい気持ちです。

さて、我らがスティング君、暑さにも負けず元気に過ごしているようです。

そして、スティング君の2代目相棒、2号君(タケノハーモニー2012、父アドマイヤオーラ)、ビッグレッドファームが落札して下さいました。
これからは、ビッグレッドファームさんのニューフェイスとして、スティングと同じマイネルをつけて走ります。

がんばれ~~~2号君!!

        
        「頑張るから応援してね!!」



        
        「僕たんからもお願いしますでし」BYモッヒー        



デビューしたら応援よろしくお願いします。


        
        「2号君頑張りや。おいらも栄養つけて頑張るで。 みんなも応援したってな」
        




   

ブロ友で馬友のオニキスさんが、念願だった一口馬主さんになりました。
彼女が見染めたお馬はこの仔です。
ピッツネイルちゃん。
2011、4月18日、牝、葦毛
父・クロフネ、母スブレッタ(母父Nureyev)

小倉でデビューして2戦。
まだ「競馬ってなに?」状態のお嬢ちゃんですが、女は魔物、いつ変化するかわかりません。
その日を楽しみに、応援したいと思います。

オニキスさんが小倉まで横断幕を抱えて応援に行きました。
その時の画像を頂いていたのですが、テイオーの事があって、アップするのが遅くなってしまいました。
オニキスさん、ごめんなさいね。


          


 
          



          




ピッツネイル嬢のこれからに関心がある方はこちらのブログまで。

        BABOOからの手紙







8月の末から、天気も雨ばかりですが、心も雨ばかりでした。
でも、いつまでも泣いていてはテイオーに怒られそうです。
「めげない勇気」を見せてくれたのはテイオーですから。
私、エドリンはもう、悲しみから脱皮します!!
テイオーファンのみなさん! テイオーのために元気になりましょう~~~~!!! 









★★★そして今、テイオー神話が始まった★★★

2013-09-01 | 日記
2013年8月30日、トウカイテイオーが亡くなりました。
死因は急性心不全。25才でした。

史上最強馬で皇帝と呼ばれた、シンボリルドルフの初年度産駒として産まれ、無傷で皐月賞、ダービーと勝ち上がり、親仔2代の無傷の3冠馬誕生か!と期待されたのですが、残念なことにダービーレース中に骨折していた事が判明し、菊花賞を断念。
それ以降は怪我と闘いながらも、国際G1となった年のジャパンカップ優勝、そして感動の涙でつつまれた1年ぶりの有馬記念優勝と、強いだけでなく、見ている人の心を震わせるような感動を与えてくれた競走馬でした。

引退後は、社台スタリオンで種牡馬として繋養され、3頭のG1馬(トウカイポイント、ストロングブラッド、ヤマニンシュクル)を出しましたが、何故か種牡馬となる後継馬には恵まれませんでした。

何とか後継ぎをとの思いで、関係者様やスタッフさんの手厚いケアを受けながら最後まで現役を続けていました。
今年も2頭の花嫁をむかえましたが、この仔達が最後の産駒となりました。


       
                             

                  



テイオーに対しての思いは、あまりにたくさん有り過ぎて、とても私の拙い文章力では表しきれません。
愛しているとか、大好きとか、そんな言葉を超越して、父ルドルフとテイオーは私の心を支えてくれている大きな柱でした。
2011年にルドルフを、そして今テイオーを失って、私の心の2本柱は消えてしまいました。
でも、私は倒れたりしません。
何故なら、ルドルフやテイオーが私に与えてくれた馬の仲間達がたくさんいるからです。

引退競走馬に関心をもったのも、そのきっかけはルドルフとテイオーでした。
そして、4頭のサポートホースに関わらせて頂き、その縁から知り合う事ができたたくさんの馬友さんたち。
サポートホースの中には、テイオーと同期生のナイスネイチャ、テイオーと同じルドルフの仔ツルマルツヨシがいます。
これも縁なのか、テイオー繋がりなのです。

‘テイオー死す’の知らせを受けた時、ルドルフの時と同じ様に、心が凍りつきました。
何も考えられず、ただボ~ッと座り込んでいました。
感情が無くなったかのように、悲しいとか辛いとか思う事もなく、ただただ1か所をジーッと見つめていました。
どのくらいそうしていたのかはわかりませんが、しばらくの間、抜け殻だけの私がそこにいました。

1日たち、2日たって、やっと現実を受け入れる事が出来るようになってきました。
時々ふっと涙がこみ上げそうになりますが、何とか自分を立て直しています。
別れはいつも辛く悲しく、何度経験しても慣れる事はありません。
でも、2頭の偉大な馬たちが残してくれたもの、それを明日に繋いでいく事が私のすべきことだと思うのです。

そこでお願いがあります。
競馬界に大きな功績を残したトウカイテイオーの献花・記帳台を、それぞれの競馬場、ウインズに設置してくれるようにJRAに要望して頂きたいのです。
下記から要望を送信できます。
どうかご協力お願い致します。
 
http://www.jra.go.jp/faq/faq_mail.html






                   




集めていたテイオー関連の写真や切り抜き記事を取りだして思いでに浸ってみました。

何枚か懐かしいものを載せてみます。

写真からの取り込みなので画像が良くありませんが我慢して見て頂ければ幸いです。




       
   1994年10月23日   引退式  この後テイオーは人参のレイをかけて貰いました。





      
      スタリオンで居眠りしているテイオーです。




      今は亡き翼とテイオーです。 




       
   2004年11月28日、ジャパンカップの日8レース “トウカイテイオーメモリアル”
   この日、札幌競馬場ではテイオーのお披露目がありました。



        
   まだまだはち切れそうな馬体でした。






   
   
   2010年、引退馬協会のツアーで。  これが見おさめとなってしまいました。               






   
   スターはいつでもカメラ目線なのです。





テイオーは父ルドルフの元へ旅立ってしまいました。

でも、テイオーの生きてきた軌跡はしっかりと残っています。

テイオー神話は今始まったばかりなのです。

テイオーファンの方達、テイオーが無くなった今だからこそ一緒にテイオー神話を次世代へと語り継いでいきませんか?

チームテイオーに関心のある方はこちらまで飛んでみて下さい。


          チームテイオー応援サイト





トウカイテイオー・・・・・・さよならは言いません。

だって、私の心の中にはいつでも貴方がいるからです。

貴方にいう言葉はただ一つ。     ありがとう

貴方に出会えて本当に幸せでした。