何を見ても何かを思い出す

He who laughs last laughs best

機は熟したオールをつかめ ストロベリー・ムーン

2017-06-09 23:55:55 | ひとりごと
今日6月9日、皇太子ご夫妻の御成婚記念日に、およそ200年ぶりとなる生前退位(譲位)の根拠となる退位特例法が成立した。

リークで始まりリークで終わった この法案は、リークしたところが最大限の旨味を得たという、何とも後味の悪いものであるが、それが 本法案の成立過程(リーク)と無関係な皇太子ご夫妻の御成婚記念日に成立しただけでなく、その’’負’’を背負って新たな時代を切り拓かねばならない未来を思う時、一層 苦々しさが増してくる。

そんな苦々しさを一瞬忘れさせてくれるような今日6月9日の満月は、「ストロベリー・ムーン」と呼ばれ「愛する人と見ると幸せになれる」とも云われるそうだが、この月を皇太子ご夫妻はご一緒に見ておられない。
皇太子様は地方公務で石川県をご訪問されているが、雅子妃殿下は先月下旬から急性扁桃炎にともなう微熱が続くため東宮御所にて治療をされているからだ。

歴史上見たこともない敬称と予算・人員の倍増だけが決まり、安定的な皇位継承問題は置き去りとなっている困難な状態で、船出の準備をされねばならない皇太子御一家の新たな旅路が幸多いものとなるよう、心から祈りたい。
そんな時いつも私の心にこだまする歌がある。

中島みゆき氏 作詞作曲の「宙舟(そらふね)」は、私自身の応援歌でもあるし、誰かを応援する時に届けたい曲の一つでもある。そんな「宙舟」には、謂われ無いバッシングの数々に黙って耐えておられる皇太子御一家を応援するとき、特に強くシャウトしたい歌詞がある。
今日という日は、ここにもそれを記しシャウトしたいが、胸に収め、応援する力へと変えていきたいと思っている。
それを後押ししてくれる記事を見つけた。

<退位特例法成立 皇位継承へ 人柄にじむ皇太子さま> 毎日新聞2017年6月9日 21時09分配信より引用
天皇陛下の退位を実現する特例法が成立し、皇位を継承される皇太子さまにも注目が集まる。公務をこなす一方、趣味の登山や研究活動にも積極的な皇太子さま。温厚でユーモアに富む人柄が、親交のある人々をひきつけている。
皇太子さまは5歳の時、長野・軽井沢近くの山を天皇陛下に連れられて登って以来、山歩きが好きになった。幼少期のご一家の登山の思い出を山岳雑誌に寄せている。
<父は山登りの途中、たとえ花のない植物であっても興味を抱いて足を止め、おもむろにリュック・サックから三分冊の分厚い「原色日本植物図鑑」を取り出す。その度に頂上に早く着きたいという私の望みは絶たれるのであった>
日本山岳会の会員で、これまでに登った山は170あまり。山岳写真家の白籏史朗さん(84)の著書を愛読し、交流もある。白籏さんは「山の話をする時の皇太子さまは天真らんまんな笑顔。山は自由になる時間の少ない皇太子さまが心を解き放てる場所なのだと思う」と話す。
皇太子さまは学習院大学で日本中世史を専攻し、現在も大学史料館の客員研究員をしている。学生時代には試験監督のアルバイトを経験。問題用紙を配布し、受験票の写真と受験生の顔を照合した思い出を史料館の講座で語ったことがある。
<張り詰めた会場の雰囲気に圧倒されてしまいました>
自身を護衛する警察職員が大学の腕章を付けてその場に溶け込み、バイト体験に協力してくれたという逸話も感謝の気持ちとともに明かした。
歴史研究に加え、近年の研究テーマは水問題。水を通して貧困や環境などを考察し、国内外の治水・防災関連の施設に足を運ぶ。国際会議などで度々、講演してきた。
研究を通じて交流のある国土交通省OBの広木謙三さん(57)は「穏やかでいてユーモアに富み、場を和ませて相手をリラックスさせてくださる。海外の水の関係者にも皇太子さまのファンは多い」と人柄を語る。研究者としての皇太子さまに実直な姿勢を感じるという。「歴史に学び、今と未来に生かすことを考える姿勢が一貫していて、講演などで語られる内容は説得力がある」

『歴史に学び、今と未来に生かすことを考える姿勢が一貫して』おられる皇太子様が、ご自分のオールで正しいと信じる道を歩んでいかれるように、心から応援したいと思っている。


追記
「心をあわせ’’聖域’’を目指せ」で、「聖域」で大倉氏の登山経験の有無が判明したと書いたが、その答えを記し損なっていた・・・・・。
恐ろしいことに、大倉氏は学習院大学で山岳系同好会に属していたと云う。
『山にばかり登っていた。山に行きすぎて、卒業するまでに五年かかった』(本書 著者による後書きより)
つまり大倉氏は、「ズブの素人」を槍ケ岳に登らせるための訓練を心得ている人であった。
ズブの素人のうえに、体力の減退をひしひしと感じつつある私、そんな私が今年もまた無鉄砲にも山の計画を立て始めている。
もう一度「夏雷」を読み返し、そこに書かれていた「2~3ヶ月でズブの素人が槍ケ岳に登れる訓練」を研究しなければならないと思う、6月9日である。
「ずぶずぶの素人 その壱」 「ずぶの素人改めダメな素人」 「ダメ素人のアルペン踊り」 
「ずぶの素人orナチュラリスト 比較」 「ずぶの素人と玄人の境界、その先へ」



心をあわせ’’聖域’’を目指せ

2017-06-09 12:55:55 | ひとりごと
「夏雷」(大倉崇裕)を読んで以来、この作者の登山経験の有無が気になっていたことは、「ずぶずぶの素人 その壱」にも書いた通りだ。
気になりながら本を読む時間が取れないでいたが、先日 大倉氏の経歴を記した本を見つけてしまったので、読んでみることにした。
「聖域」(大倉崇裕)

本の帯より
『安西おまえはなぜ死んだ?
「「安西が落ちた」好敵手であり親友でもあった男の滑落の報せに、草庭は動揺する。認めたくない事実を受け入れようとした瞬間、草庭の頭に浮かんだひとつの疑問―安西はなぜ滑落したのか?彼の登攀技術は完璧だった。山に登る上で必要な資質を、すべて具えた男だった。その安西が、なぜ?三年前のある事故以来、山に背を向けてきた草庭は、安西の死の謎を解き明かすために再び山と向き合うことを決意する。』

本書を山岳ミステリーとして読めば、正直なところ、その種明かしは読み始めてすぐに予測がついてしまった。
とは云え、とりあえず本書は推理小説のジャンルに含まれるので、その種明かしは書かないが、姿の見えない重要人のカラクリは「失踪者」(下村敦史)と ほぼ同じである。「紛いものが目指す捏造のてっぺん」
更には、帯が本書のあらすじを全て語りつくしているため、何をモチベーションにして読み進めようかと考えた時、本書の題名「聖域」が指し示しているものが何かが気になり始めた。
山を語る際の「聖域」とは、素直に考えれば、頂上のことである。

本書の山屋さんが目指す山は、8000メートル級の山であったり、もはや数少ない未踏峰といわれる山だ。
それらの頂上は勿論’’聖域’’と呼ばれるに相応しいし、本書のエピローグで’’聖域’’という言葉が用いられるときも、それは明確に山頂を指している。
だが、これは深読みにすぎるかもしれないが、本書から私が受け取る’’聖域’’という言葉には、単純に山の頂上という以上のものがある。

本書の主人公・草庭は学生時代の遭難事故をきっかけに山を離れていたが、そんな草庭を山に復帰させたがる者たちがいた。
草庭の山のパートナーだった安西や、大学山岳部の顧問だった教授や、勤務先の大先輩たちだ。
個々に見れば、それぞれ違う事情も目的もあるのだが、そこで一致するのは、草庭に自分の夢を託すということだ。
勤務先の大先輩は「いずれ(草庭が)八千メートルを極めてくれると信じていた。それを見るのが、俺の夢でもあった」と言い、草庭が山に関わることで職場におこる厄介事の処理を一人で負ってくれていた。
山岳部顧問の教授は「海外遠征は俺の夢でもあったんだからな。託せる奴がいるだけ、俺は幸せものだ」と言い、安西の滑落の謎の真相に迫る度に危険な目に遭う草庭の危機を救おうとする。
そして、この二人は安西の夢(目標)を引く次ぐのは、山のパートナーだった草庭だと信じている。

本書は確かに山岳小説なので、’’聖域’’(山頂)という夢を追う者・それを引き継ぐ者・応援する者という登場人物で構成されているが、誰にとってもそれぞれに 目標やそれを後押しする者があると思う時、本書の「聖域」というタイトルと、その達成に自らの夢を重ね応援する熱い想いが、心を温かくした。

個々人にも、例えば家庭や職場や社会活動において、誰かに目標や夢を託したり、それを応援することがあると思う。
夢(目標)を託すと云うと、ともすれば利己的な打算が働きがちだが、個人的な利害を超えた大きな夢を実現しようとするときには、夢を繋いでいくしかない場合もある。
そのような夢の領域を’’聖域’’というのかもしれないと感じながら今週 本書を読んでいたのは、今日という日が皇太子ご夫妻の御成婚記念日であり、天皇譲位の特例法が成立する日でもあるからだと思う。

皇太子御夫妻は御成婚から8年、悲しい流産を経て授かられたお姫様がお一人おられる。
お姫様ご誕生から何度も女性天皇を望む声はあがるが、その度に様々な横やりが入り実現せぬままに、皇族方の人数も寂しい状況となっている。
日本は2039年、出産可能な女性が激減するため地方自治体が半減すると云われているだけでなく、現在すでに人口減に転じており、女性を労働力として必要とする政府は「女性が輝く社会」「一億総活躍社会」と謳っている。

だが、皇室の唯一のお姫様は、女性だということ一点をもって、その存在が否定されたままでおられる。

皇室の、いや日本のあるべき方向性を示すためにも、今 男女の命がともに等しく、男女が対等な立場で手を携えていくことの重要性を明らかにするべきだと思うが、事はそう簡単には運ばない。
日本の古代は輝かしく、世界に先駆け女性が活躍し女性天皇がおられたにもかかわらず、現在の日本は明治期の荒ぶれ者がつくった決まりごとを後生大事に抱え込み、事は一歩も進まない。

このような世にあっての女性天皇の実現は、その夢を体現なさる方にとっても、託す者・応援する者にとっても未踏峰であり’’聖域’’であるがゆえに、実現への道程は厳しく長いと思われるが、女性が男性とともに輝く社会の実現は、国民一人一人にとって希望となると信じるので、また信念を大声で云うことが出来る社会であることは、誰にとっても生きやすいものだと信じるので、今日6月9日に、これからも’’聖域’’を極める方々を心をこめて応援し続けたいと決意を新たにしている。