「菖蒲&勝負しかない」 「連作 ショウブはついている」 「連作 曇天駄作に泣いている」より
例年と比ぶれば、今年の我が家のショウブは今一つだが、それでも私のなかでは勝負はついている。
子供の頃に過ごした社宅の公園に、連休が過ぎた頃に咲く、花があった。
ブランコの柵の向こう側のジメッとした場所で、その花は咲き乱れていたが、シュッと伸びた細い葉がびっしり生えた群落から、頻繁に顔を出して子供たちに嫌われていたのが、蛇だった。
そして、その花びらの根元には、蛇の柄にも似た網目模様があったため、子供たちはその花の正式名称を知る前に、その花に「蛇の花」と名付けていた。
その花こそ、アヤメなのだ。
明確に苦手だとか嫌いだとかいう花を持たない私だが、アヤメだけは未だに嫌いだし、その思いは諸般の理由もあって近年特に強まっている。
いずれショウブか杜若ならば、多少は迷うが、アヤメと杜若であれば、勝負はとっくの昔に決まっている。
そんなことを思いながら毎年菖蒲湯に使っているのだが、その効果を実感できるほど勝負に強いわけではないのは、アヤメの執念深さのせいだろうか?
例年と比ぶれば、今年の我が家のショウブは今一つだが、それでも私のなかでは勝負はついている。
梅雨とは思えない青空のもとショウブあり 6/15
子供の頃に過ごした社宅の公園に、連休が過ぎた頃に咲く、花があった。
ブランコの柵の向こう側のジメッとした場所で、その花は咲き乱れていたが、シュッと伸びた細い葉がびっしり生えた群落から、頻繁に顔を出して子供たちに嫌われていたのが、蛇だった。
そして、その花びらの根元には、蛇の柄にも似た網目模様があったため、子供たちはその花の正式名称を知る前に、その花に「蛇の花」と名付けていた。
その花こそ、アヤメなのだ。
明確に苦手だとか嫌いだとかいう花を持たない私だが、アヤメだけは未だに嫌いだし、その思いは諸般の理由もあって近年特に強まっている。
いずれショウブか杜若ならば、多少は迷うが、アヤメと杜若であれば、勝負はとっくの昔に決まっている。
そんなことを思いながら毎年菖蒲湯に使っているのだが、その効果を実感できるほど勝負に強いわけではないのは、アヤメの執念深さのせいだろうか?