私はけっこう国内各地も旅してきたが、あまり石仏などには興味を示さなかった。
路傍に並ぶそれらを撮影するために人垣ができている光景なぞ、見たくはないものの一つであった。
そんな自分が、まさか庚申塔や墓石を撮影するなんて、随分と柔になってしまったものだ。
ちょうど慈雲寺の墓石を発見して喜んでいた頃、これもたまたま訪れた開店したばかりのジュンク堂書店で発見した図書があった。
〔遺聞〕市川・船橋戊辰戦争 ー若き日の江原素六ー という内田宜人さんの著書である。
私にとって内田さんは教育労働運動の大先輩であり、労働運動と教育研究運動を一体化してとらえることを教えてくださった教職員組合のリーダーであった。
優れた文化人であることは識っていたが、こんな本まで書かれているとは知らなかった……。
この本に出会ってからは 、今まで以上に戊辰戦争に嵌っていったのは言うまでもない。
庚申塔のある東光寺にも、旧幕撤兵隊(脱走派)の墓石があったという情報を得て見て回ったが、内田さん同様に私もついに発見はできなかった。
その代わりに、ここがかつて東京湾の海岸線だったことを示す多くの貝殻が散乱しているのを確認した。
戊辰戦争後に、ここ東光寺に隣接する船橋大神宮内に灯台が建てられたのも納得できるというものだ。
(つづく)
-S.S-