松田洋子のアトリエ絵リアル

松田洋子(マツダヨウコ)の絵画創作活動軌跡 ~ときどきポエムも登場します~☆⇒「麻生洋乃のライティング詩リアル」で検索

夏のなごりが感じられない…常夏みたい!でも虫たちは?

2012-08-28 22:40:49 | Weblog

集合住宅に住んでいますが、各戸のドアがある通路上に毎日カナブンの緑色に光った死骸がいくつも転がっています。

この写真の場所あたりから、虫はぶーんと勢いよく飛んできて、壁やドアに体当たりして命尽きるのでしょうか?

それから、表に出ると歩道には蝉の死骸が転がっています。蝉は一週間しか地上では生きないといいますが、短い生き物の命が、こうやたらと転がっているのを見るのは、虫の生ではあるけれど悲しく、ああ、夏も終わりなのかなという感じはあります。

蝉はなぜ、歩道に転がっているのだろう?と、去年から気になっていました。 飛んでいる途中でガソリン切れで、垂直に落ちる場所が、たまたま歩行者のわたしが歩く歩道だからで、ほんとうは面積で言えば車道にいっぱい落ちているはず…。車道では休むまもなくクルマが行き来しているから、からからに乾いたような蝉は、轢かれてこなごなになってしまうのでしょうか? 土に帰ることもなく、アスファルトの焦げ付いたような場所で…。

蝉の鳴き声がだんだん変わってきた。ミンミン、ジージーが、ツクツクホーシ、カナカナというふうに…これも夏の終りをつげているのでしょう。

しかし暑さは、今夜のテレビの気象予報士が言う。「明日は、今日以上に残暑がきびしくなるでしょう」

 


柿の実~赤く色づくのは秋だけど

2012-08-26 22:13:38 | Weblog

夕方、日の落ちようとする前に、約4km歩いている。

歩くコースの最初に柿の木がたくさん植えられていて、今は葉と同じ緑色がたわわ。緑というより、この場合は青というのだろうか?

さるかに合戦を思い出した。さるがかにに投げつけたのは「青いかたい柿」だったかな?

考えてみると、秋の実りの時期には、たいていの柿の実は橙色から朱色に染まり、

かたくて青い柿の実はめずらしいのではないのかな? なんて…

さるが青い柿を捜すほうがたいへん!

赤い柿をほおばっている余裕なんてなさそう…

ここは「柿生」

禅寺丸柿発祥の地(王禅寺に」原木がある)で有名。

今年の秋には「柿サミット」も開催されるという。

しかし、散歩コースの柿畑の柿…禅寺丸ではないし、いつも風景として秋の実の色づきを見ているのだけど、もしかしたら出荷もされず、そのままではおいしくないのかもしれない。実質は観賞用なのかもしれないななんて思いながら、陰になった桜並木を歩いてゆく。


大村コンさん、ステキです!夢では別のつわものが…

2012-08-23 21:18:08 | 日本

コメディアン・俳優の大村コンさん、子どものときから知っていましたが、先日テレビドラマで見てびっくり! 若い! きょうの読売新聞の記事を見てびっくり! 81歳なのですね!

わたしの母より1歳年下。テレビで見た画像は60代と見まがうかっこいい姿でした。

めがねが、超似合う、ステキなタレント、これからも応援しています!めがねかけていないと、大村さんとは気づかないかも?

もし、大村さんとわたしが街でであったら、きっと何かが起こる! 混雑した場所で、ぶつかって、「ごめんなさい、こんちゃん」と、多分わたしから声をかける? 「ばかだなあ」とこんちゃん。

実は、わたし、今、「ばかだなあ」とわたしに言ってくれる人いないんんです。心からわたしの性格見抜いて言ってくれたらいっぺんで惚れちゃいますね!こんな夢みたっていいでしょ?

夢といえば、おとといの朝方、政治家の石原親子が出てきました。最初は息子が登場、いつのまにか父親と変わってしまい、わたしは不思議な飲み会に誘われて、こちらは気をもむばかり。内容は、たいしたことないですが、市場の生鮮食料品を石原父が好きなだけ買い、それを居酒屋で料理してもらい、周りのひんしゅくもかいながら、わたしは気まずい思いをしていました。好きなお酒を飲ませてもらったおぼえがないのが残念。せめて、うまい日本酒夢でも飲みたかった。石原さんのおごりなら、一生に一度の最高の酒だったかも・夢でも難しいね。


第11回 川崎・富川(プチョン)~日韓美術交流展 2012

2012-08-21 10:44:39 | 美術

会期:9月5日(水)~9月9日(日)

時間:10:00~18:00(最終日は15:00まで)

会場:アートガーデンかわさき(タワーリバーク3F)
                               JR川崎駅・京急川崎駅より徒歩2分。

主催:NPO法人川崎・富川-日韓美術交流会

共催:(財)川崎市文化財団

後援:川崎市・(財)川崎市国際交流協会

★ 川崎と韓国(富川)の美術協会の会員の作品約120点を展示します。

★ 私の出品作品は、「ときのすみか」です。

この美術交流展は、川崎市と富川市の友好都市提携を記念して、1996年に第1回が開催されました。

・美術を通して、韓国富川市と交互に美術交流展を開催し、お互いの国を交流することにより、相互理解と異文化交流を図る。
・子どもの健全育成(韓国をはじめ、外国の子どもの絵画交流)を図る。
 

・大人の絵画展は隔年相互の国において開催。
友好都市である川崎・富川市で絵画交流。
・子ども国際絵画展は毎年開催する。


出てきましたとの連絡~おばあちゃんの肖像画

2012-08-20 21:48:59 | 美術

今夜、母から電話がありました。

母が自分では入れた覚えがない倉庫に、その絵はありました。

やはり……でした。暗い狭い倉庫に、母が自分の母親の肖像画をしまうかしら?

母は、こんなところにしまったはずはないと言います。

でも、昨日はタンスの引き出しまで開けて捜していた母です。

覚えがなくても、しまいかねません。でも、わたしは、ただ、「ああ、そうだったの?」とこたえるばかり。

おばあちゃんは、きっと、人の目にふれないところにおいて欲しかったのかもしれない。

母に、見つけて欲しくはなかったのかも? 

だとしたら、ギャラリーに展示するのをいやがっているのかなあ?

わたしの思いは複雑。

でも、人間としてはかなりいい顔のおばあちゃんだから、できれば公開したい。

ちょっと考えます。


おばあちゃんの肖像画が消えた…お盆の間に…

2012-08-19 21:54:31 | 美術

 そろそろ、個展の準備を少しずつしていこうと思い、気になる絵を1枚、実家に取りにいきました。

 おばあちゃんの肖像画です。おばあちゃんは、すでに亡くなっており、その肖像画は未発表の作品で、おばあちゃんの供養のためにも、一度化粧直しをして、ギャラリーに展示したいと思っていました。

 このブログでは過去に、この作品の画像を紹介しています。(今は見ないほうがよいです)

 いつも置いてあった実家の部屋にいけば、すぐ見つかるはず。その10号の作品を、帰りは風呂敷に包んで電車で運ぼうと思っていました。

ところが、ないのです。

たくさんの作品を、実家に預けていますが、母と二人で暑い部屋の中を汗だくで捜したのですが、とうとう見つかりませんでした。

10号の絵なのに、母がタンスの引き出しの中まで捜していたのにもびっくりしましたが…

……お盆の間に消えてしまったみたいです。

おばあちゃんがこの世にやってきて、こんなどアップのしわだらけの肖像画、恥ずかしくてこの世にはおいておけないといって、あの世に持ち帰ったのかもしれません。

母も、不思議だ不思議だと言っていました。

母には、「今はこれ以上捜しても疲れるだけででてこないよ。あすかあさって、ふと、なんだ、ここにあるじゃないの、なんていうふうに出てくると思うよ」と言っておいたけれど、……出てきたとしたら、それは多分おばあちゃんがあの世に絵を持っていったところ、あの世のみんなから、「そんな下手な絵、下界に戻してしまえ」と言われて、しかたなく返したものに違いないのです。だから、近いうちにかならず見つかると思います。

 


あのキウリを食べてみましたが…

2012-08-17 20:42:24 | 健康

今夜、このキウリをスティックにして、味噌をつけて食べてみました。

皮が、硬くて、始めはなんとか食べはしましたが、皮に問題がありました。

その後は、スイカのように、皮だけ残しました。

中身は、ジューシーで美味しかったです!

千枚切りにすれば、皮の問題はないです。

千枚切りとミョウガを混ぜれば、さっぱりしたサラダになりました。


信州で採れた野菜を紹介します!

2012-08-16 10:40:47 | 健康

~信州のおみやげは、たくさんあるけれど、なんといっても、採れたての野菜です!~ 

● このトマトは、前回このブログでご紹介した完熟トマトです。ああ、一週間くらいのトマト三昧はシアワセです!

 

● このキウリ、どてっとしていますね。ズッキーニじみている。野菜たくさんの中、まだ味わっていません。スティックにして味噌つけるかな?

 

● ミョウガは、細く刻んで冷奴やそうめんの薬味にしています。味噌汁の具にしてもいけます。

 

 

●このカボチャ、去年は食べてびっくり! こくがあって甘くて最高なことがわかりました。今年はだから、余計にゲット。厚めに切って電子レンジにかければすぐ食べられます。てんぷらも最高。さきほどは、煮物にして鍋に入れて煮ていましたが、このブログの編集をしている間に水分がなくなり焦がしてしまいました。今、一切れ味見したら、ねっとりとしてもったいないほど美味しい!やった!出汁は使わず、水ひたひたに酒とみりんと醤油をバラパラ振っただけ。素材の実力はすごいです!料理屋さんに出しても大丈夫そうな味でした。

● 下の画像は、今編集中に焦がしてしまった鍋とカボチャの煮物です~おそまつさまでした~


トマトは健康の強いみかたです★~~完熟が最高!

2012-08-15 22:51:14 | 健康

●上の画像は、信州(信濃大町)の畑で完熟したトマトです。

 これを、さっそく料理に使いました。

 まずは、大好きないつものサラダ⇒ 一口大に切ったトマトに塩をふり、その上にみじん切りにした玉葱をたっぷりとのせ、オリーブオイルをかけます。

 信州で採れた茄子と、ウチのベランダで収穫したゴーヤと、しめじ、ベーコン、信州で採れたトマトを炒め、シオコショーし、最後にチーズを溶かします。

★   ★   ★

トマトは脂肪を燃やす成分が豊富。お通じも改善し。コレステロール低下作用も!

種やその周りにあるゼリー部分は、水気が多いからといって捨てずに残さず食べるのがいい!

でも、なるべく多くトマトをとるには、やはりトマトジュースがおすすめです。

トマトに多く含まれるリコピンには、体内の脂肪細胞を抑える働きや、糖尿病予防、改善に役立つホルモンを増やす働きがあるといわれています。ほかにも、ビタミンC、グルタミン酸、クエン酸、果糖などの成分が含まれています。それらによる、運動の疲労を軽減するはたらきにも注目したいですね。

トレーニング前や、トレーニングの合間に飲むトマトジュースが、運動後の疲労軽減効果が期待されると、研究結果も発表されています。

最近はアスリートやトレーナーの中にも、トマトやトマトジュースを、日常生活の中に取り入れて活用している人が増えているといわれます。

わたしは、子どもの頃、トマトはあまり好きではありませんでした。青臭く、美味しさがわかりませんでした。大人になり、トマトジュースを飲むと、これはけっこう好きな味でした。

ある日、信州の田舎で、畑で熟れた真っ赤なトマトを食べたときに、世界が一変しました。ほんとうのトマトを知らなかったのです。冷やさなくても、真夏の畑で熟れたトマトはあまりに美味しくて、それから、ほんもののトマトの大ファンになりました。

でも、そんなトマトにめぐり合うのはまれ。スーパーで美味しそうなトマトがあっても、1個150円もする。そんなトマトを、いつも横目で見てため息をつくけちなわたし。

だから、トマトジュース始めました。

筋力トレーニングと合わせて飲むと、さらに効果がありそうです。

理想は1日3杯ですが、1杯からでもOK、元気になりそうですね。

きょうも、朝、20分筋トレの前に1杯、夕方40分のウォーキングの前に1杯、無添加トマトジュースを飲みました! これも続けてみるつもりです♪~

お酒なんかも、トマジューで割るといいかもね!(わたしは割らないけど)


ロンドン五輪も閉幕し、眠れない日々とのお別れです…

2012-08-13 23:19:24 | 美術

毎日、五輪選手の活躍で勇気や元気をもらいながらも、深夜から明け方の放送なので、おそらく大多数の方々が、生活のリズムが乱れてしまったのでは?

でも、やはりライブと録画では、観戦している者の緊張感が違いますね。

ライブには、何が起きるかわからないドキドキ感がある。選手との時間共有による一体感がある。

そんなわけで、つい、とくに日本選手が活躍するほど、眠れない。

五輪が終わり、やっと、自分のリズムにもどれそうです。

この間、計画倒れになったこともある分、久々にゆっくりした夏休みを過ごしてハッピイだったような気もします。

まだまだどうしようもない暑さは続くけれど、気を引き締めて、おとなしく待っているひとつひとつのものにとりかかっていこう!


猛暑の中の神社は意外と涼しい~白鳥神社~

2012-08-10 14:45:23 | 美術

白鳥神社 (川崎市麻生区白鳥)

 今年正月4日、自宅から歩いて30分のところにある白鳥神社を詣でた。

 たくさんの幟が連なってはためく階段を上りきると、閑散とした境内の風景があった。

 正月だから、もう少し賑やかだと思ったが、この日は仕事始めの日。

 すれ違った参詣者は年配の男性二人と赤ちゃんを抱いた若夫婦のみ。

 おみくじが束になって結ばれていた。昨日までは賑わっていたのだ。

 いつか元旦に来たときは初詣客が狭い階段に列を成し、お神酒もふるまわれ、小さな神社に親しみをもったものだ。


 そして8月1日、猛暑の午後であったが、写生するために、またこの神社を訪れた。

 参拝し、ぐるりと境内を見渡す。本堂の左側にある建物の陰を選び、スケッチを開始。

 山鳩がクウクウと鳴く。トカゲの子どもが身を光らせて足元に寄ってくる。

 風が通り、気持ちよく筆が進む。


 子どもが三人寄ってきた。

 「上手だね!」 「いつから描いているの?」 「描くのも速いんだね!」

 子どもから賞賛されて、うちわで扇がれたようで暑さが吹き飛ぶ。


 ここは片平・五力田地域の鎮守社である。

 御祭神は日本武尊(ヤマトタケルノミコト)で、社名は日本武尊の霊が白鳥となって飛来したという伝説に由来している。

 他に愛染明王も祀られ、縁結びの神としても知られ、信仰を集めている。


 参拝のときに見上げると、揺らした鈴の上から龍の彫刻が目に飛び込んできた。 

 絵の中に、龍の目を二つ入れてみると、気のせいだろうか魂が入った気がした。

 


小泉八雲、かじりだしました!

2012-08-09 10:05:34 | 文学

先日、このブログでご紹介した「日本の面影」を観劇してから、小泉八雲の心を知りたいと思うようになり、図書館で本を探しました。

開架棚には見つからず、検索機で検索してみると、書庫に「怪談・骨董 他」平井呈一訳があることがわかりました。さっそく、図書館員に出してもらい、貸し出しを受け、外出のときの移動中に車内で読み始めました。これは、全訳小泉八雲作品集第10巻(恒文社)です。

まだ、四分の一ほどしか読んでいませんが、いろいろな発見があり、猛暑の中の納涼にもなるなと、じつに楽しく読んでいます。

読み終わりましたら、ぜひ感想を載せたいと思います。

たまたまですが、先日の「夏の文学教室」(磯崎憲一郎)の「小説を駆動する力」という講座(このブログで紹介済)に参加して、夢についての話も聞いたので関心が高まりました。

小泉八雲は、日本に来る前から怪談のような話は書いていたといいます。おそらくそれは、「夢」にも関連したきっかけからきていると思われます。そうすると、文学教室の今年のテーマ「土地」にも係っており、たいへん興味深い夏を、わたし自身が体験しているという気がします。

また、これらの文学的なことが、わたしの挑んでいる美術的なことへ自然と影響し、自分の作品が新たな境地へ向かう可能性も秘めているともいえます。
 

 小泉八雲(1889年頃)
 

●誕生
 パトリック・ラフカディオ・ハーン
 1850年6月27日
 ギリシャ王国、レフカダ島
 

●死没
 1904年9月26日(満54歳没)
 東京都新宿区西大久保
 

●墓地
 雑司ヶ谷霊園
 

●職業
 小説家
 随筆家
 民俗学者ほか
 

●国籍
 日本
 

●活動期間
 1894年 - 1904年
 

●代表作
 『骨董』
 『怪談』
 

●配偶者
 マティ・フォリー(1875年 - 1877年)
 小泉セツ(1891年 - 1904年)
 

●子供
 小泉一雄(長男)
 稲垣巌(次男)
 小泉清(三男)
 

●親族
 小泉凡(曾孫)

 


日本近代文学館 夏の文学教室(8月4日)Ⅰ時間目:磯憲一郎

2012-08-07 14:35:06 | 文学

8月4日(土)、第49回日本近代文学館夏の文学教室(最終日)を受講しました。

6月から気にしていた講座です。購入せぬまま時が経ってしまいましたが、ラッキーなことに、8月4日の招待券(当日券2000円相当)が手に入りました。

この日はⅠ時間目:磯憲一郎、Ⅱ時間目は高橋源一郎、Ⅲ時間目は古井由吉でした。

今年のテーマは『文学・「土地」の力』です。

Ⅰ時間目のご紹介をします。

<磯憲一郎> ~小説を駆動する力~


 磯氏は、この教室の主催者側から「夢の話」を依頼されたといいます。
 そこで、「夢」は「土地」なのか? とご本人もはてなと思いながら、土地の話より夢の話を中心に、テーマに近づくという展開になりました。

★ ★ ★

 夢というのは、その内容の中で、どんな荒唐無稽なことでも受け入れている。そしてリアルで具体的である。ということは、夢は小説の原形であり、 起源ではないかと思われる。
 小説は、書かれた一行を受け継いで次の一行にいく。一行の次に来る一行が、その前の一行が推進力になってできていく。小説ならではの現象といえ る。これは夢の中で自分がとらわれている力と同等なのではないか。予期しない現象をいかに起こしていくか? これは芸術のテーマでもある。

 カフカの「変身」(新潮社カフカ全集第1巻:川村二郎訳)を見てみよう。朝、グレーゴル・ザムザは自分が虫になっていることに気がつき、そのま ま自分が虫であることを受け入れてしま う。にもかかわらず、自分が選んでしまった仕事(生地のセールス)のグチを並べ立てる。寝過ごした自分が虫なのに、それでも出勤するためにまだで きていない仕事の準備を気にしたり、遅刻した自分が社長に叱られる覚悟をし、電車に乗ろうと考えている。そして、なかなか起きてこないグレーゴル を心配した家族は、ドアの外でグレーゴルがドアを開けようとがんばっている行動を励ます。
 (翻訳本で訳者が複数いる場合、その訳者が自分に合っているかというのも大事)

 こう見てみると「変身」は、必ずしも暗いテーマではなく、むしろ面白い明るい小説なのではないか。これは、毒虫になったことを主人公が受け入れ て、前に進もうとする話。一行が推進力になり、次の一行に進む。ここに小説の世界を広げるための強さがあるのではないか。(タモリがよく、「…… なわきゃないだろう!」というが、大げさなことやありえないことに対して、次の段階で受け入れるところに強さがあり、世界が広がる)

★ ★ ★

 次に、ボルヘスの「南部」(集英社世界の文学:篠田一士訳)。これは短編で、全文のコピーが資料として配布されました。

「南部」のあらすじ~(以下)
  アルゼンチンの町中に住むフワン・ダールマンという市立図書館員が、アパートの階段で誰かが閉め忘れた扉の縁が原因で額に傷を負う。夜明けに 眠りから覚めるとすべてのものの風味が失せ、高熱が彼を襲う。彼は病院に運ばれ、敗血症の手術を受ける。幸い病状は回復し、まもなく予後のために 彼が所有する南部の農場に行くこととなる。しかし、乗った列車の車掌はなぜか正規の駅ではなく途中の見知らぬ停車場で彼を降すこととなると告げ る。彼は降りた駅で馬車を待つ間、ある店で食事をする。店主は病院の看護人とそっくりだ。なぜかダールマンの名前まで知っている。その店で彼は思 いもかけない展開で一人のよた者に決闘を挑まれる。
           
 店主が震える声で、ダールマンは武器を持っていない、といって反対した。このとき、思いがけないことが起こった。ダールマンが南部 ― 彼の南 部 ― の権化だと思った、恍惚とした老ガウチョが、隅から抜き身の匕首を足許に投げてよこしたのだ。ダールマンは匕首を拾う。

 「出かけようぜ」と相手が言った。彼らは外へ出た。ダールマンには希望がなかったとしても恐怖もなかった。ナイフの闘いで死ぬことは、敷居をま たぐとき、病院で針を指された最初の夜だったら、かれにとっては救い、喜び、祝祭になっただろうに、と彼は感じた。あのとき、もし自分が死を選ぶ か夢みることができたら、これこそ自分が選び夢みた死だっただろうにと思った。ダールマンはどう扱っていいかわからぬ匕首を握りしめながら、平原 へ出ていった。


 以上があらすじだが、ラストへなだれ込むこのスピード感を見ると、ここは強引で圧倒的な力に満ち満ちた場所といえる。
           
 はたしてこの思いがけない展開で決闘に赴く瞬間は、南部に向かう途中の病み上がりのダールマンに起こった現実の出来事なのか? 病院で高熱にう なされる中でのダールマンの見た夢だったのかもしれないという見方もできる。

 主人公のダールマンは、ボルヘス自身ともいえる。

 ボルヘスは自分の作品に非常に厳しい人だった。そして「南部」は読み応えのある作品。ここでは、小説の力がはたらいており、原理的にもつ小説を 駆動する力の起源は「夢」にあるのではないかと考える。

 芸術を考える上で掘り下げられるもの。それは「夢」に内在する力であり、それは芸術に内在する力でもあるのではないか。小説の本質に近づくもの ともいえる。


★  ★  ★
 

 以上が、第Ⅰ時間目の大体の内容です。       
             
 ボルヘスの母方の家系も南アメリカの独立運動で勇名をはせた軍人を輩出した家系であり、市立図書館の事務員で『千夜一夜物語』を手放さないナ イーブで繊細なダールマンの南部への想いは、ボルヘスその人を象徴しているのかもしれません。
           
 ダールマンが向かおうとした南部の農場は、彼が信奉するインディオの槍に刺されて死んだ軍人だった母方の祖父の家を買い戻したものだ、という設 定がされています。
「南部」という濃密な時間と空間をもつ土地に帰し、しかしダールマンは永久にその、一度目指した土地には戻れないという予感が、わたしの中に大き く広がりましたが、ラスト描写は確かに衝撃的で強引、「南部」という土地のもつ力により、これも「変身」と同様、不幸な物語ではなく、むしろダー ルマンは幸福の中でこの物語と共に終わった気がします。

● 「変身」を読まれた方は多いと思いますが、これも訳を比べて読んでみると、行間から伝わるものが微妙に違ってくる面白さを味わうことができそうです。

● 「南部」は、すぐに読める短編です。出版社・訳者もいくつか出ています。ただし、文学全集の中の作品が手に入りやすいと思います。未読の方にはぜひお薦めしたい作品です。誰でも夢を見ることでしょう。「夢」ということを考えると、誰でもが入ってゆけそうな世界だと思います。


第17回全国縦断古代史講演会「明日香村まるごと博物館フォーラム」

2012-08-01 10:54:46 | 日本

 

 

 

★  ★  ★

古代史の魅力を伝える「第17回明日香村まるごとフォーラム」(奈良県明日香村、古都飛鳥保存財団、明日香村地域振興公社、読売新聞社主催)が、7月14日午後、東京・有楽町のよみうりホールで開かれました。

「高松塚古墳壁画発見40年~保存と活用~」をテーマに研究者が最新の知見を紹介しました。

「飛鳥美人」とたたえられる国宝壁画は劣化が進み、10年をかけた修復作業が行われています。調査や修復の担当者による講演と、壁画の保存と活用を考える討論には、700人以上の古代史ファンと思われる来場者が熱心に聞き入っていました。(読売新聞7月30日付記事参考)

★  ★  ★

私は、6月の読売新聞の記事で、このフォーラムを知り、先着順だったので、その日のうちにメールで参加の応募をしました。

参加費は無料です。

今まで、別の主催者が企画した有料の奈良歴史イベントに応募したことがありましたが、抽選に外れ、なかなか講演会などに行く機会がもてなかったので、先着順ならと即応募したわけです。

すぐに参加できるとの返信メールが主催者側から届き、応募権である画面を印刷し、大事に壁に貼り、その日を楽しみに待ちました。

0時45分開始予定のフォーラムでしたが、その前にどうしても行かなくてはならない場所があり、早めに家を出ました。

「上野の森美術館日本の自然を描く展」に自分の2点の作品が展示されていて、会期が短く、この時間しか訪ねられなかったのです。これに行ったので、写真撮影ができ、ブログには「ときのすみか」Ⅰ、Ⅱを画像アップすることができました。

そこからよみうりホールまではJR線ですぐでした。有楽町駅前のビルの上階です。20分前に会場に到着。すでに多くの参加者が、すでに資料を受け取り、席を確保し、ロビーに出て売店のパンをかじったり、おにぎりをほおばったりしていました。多くの人たちは昼食はそんなふうに簡単に済ませていたようでした。

私は自動販売機で350mlの冷たいお茶を買い、ペットボトル入れに入れ、半分ほど飲んでのどを潤しました。それから会場に入り、席を選びます。中央前方は全部ふさがっていました。できるだけ前がいいと思い、少し端でしたが、ステージに向かって右側の10列目くらいのところに席を確保。

参加者の年齢層は、土曜日の午後であるにもかかわらず、若者が見当たりませんでした(たまたま私の目に入らなかったのかもしれませんが)。見渡す限り50代以上がほとんどだったように思います。また、席の状況を見て、応募した人は全員参加できたように思いました。

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<高松塚古墳をめぐる動き>

1972年に極彩色壁画が発見されてから2年後に壁画が国宝、出土遺物が重要文化財に指定されました。

その後、1978年、東壁男子群像などの壁画にカビが発生し、その後もカビの発生が続きました。

2001年12月、工事に伴い石室内にカビが大量発生し、2002年1月には修理担当者が西壁の壁画の一部を損傷させてしまい、2003年3月には文化庁が壁画に黒カビが発生したことを公表しました。

2004年6月には、白虎の線描が薄れるなど壁画の劣化が判明し、2005年6月に壁画を石室ごと墳丘から取り出し、修復することを決定しました。

2007年4月から8月には、石室を解体し、壁画を修理施設に搬入しました。

2012年以降、壁画の絵部分の修理を開始し、2017年度には壁画の修理完了見込みとなっています。 (以上、読売新聞2012年7月30日付記事からの情報です)

 

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松村恵司奈良文化財研究所所長は、石室解体はかけがえのない壁画を残すための苦渋の決断だったと述べていました。取り出した壁画は10年計画で修復が進んでいく予定で、将来的にはカビなどの影響を受けない環境を確保して現地に戻すとのことです。修理は現在順調に進んでいるとの報告です。

後半は、4人のパネリストによるパネル討論がおこなわれました。それぞれの立場からの発言、個人的な意見、いろいろな方向からの自由な討論が面白く、古代のロマンに花咲かせる部分もあり、たいへん楽しい時間を、古代史ファンの皆さんと共有できたと思っています。

私も、過去2回ですが奈良明日香を訪れ、日本のはじまりの地に大きなロマンを感じ、惹きつけられました。何点かの画のモチーフにも、明日香というこの地を使いながら作品を描いてきました。

このフォーラムが終わってからの帰り道、さっそくまた明日香を訪れる日を決めたいと思いました。