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福井へ二泊三日の小旅行➅「一乗谷朝倉氏遺跡」平面復原地区~朝倉義景館跡

2023-10-26 16:21:54 | 旅行

きょうも青空の広がった洗濯日和です~

 

まだまだ続く福井旅行記です、、、二日目は朝食後出発「一乗谷朝倉氏遺跡」へ・・・

「一乗谷レストラン」駐車場から

春の北陸の旅 一乗谷朝倉氏遺構を訪ねる : 三道楽ノート

この日は、汗ばむほどの強い日差しが!

「平面復原地区」を歩き

標識が!

細かいことが解らないので想像しながら周って・・・

石が仕切りになって敷地が分かれているのでしょう。

町家群ですね、、、

行く途中に「福井県立一乗谷朝倉氏遺跡博物館」がありましたが、時間の都合で立ち寄らずに・・・

予習してから周ればもっと、よく理解できたのでしょう、、、

 

道路を挟んで左側へ

一乗谷川

「朝倉大橋」を渡って

「朝倉館跡」へ・・・

 朝倉氏は現在の兵庫県養父(やぶ)市出身の豪族で、南北朝時代に朝倉広景が主人の斯波高経(しばたかつね)に従って越前に入国しました。朝倉孝景の代、1467年の応仁の乱での活躍をきっかけに一乗谷に本拠地を移し、斯波氏、甲斐(かい)氏を追放して越前国(えちぜんのくに)を平定しました。以後孝景(たかかげ)、氏景(うじかげ)、貞景(さだかげ)、孝景(たかかげ)、義景(よしかげ)と5代103年間にわたって越前国の中心として繁栄し、この間、京都や奈良の貴族・僧侶などの文化人が訪れ、北陸の小京都とも呼ばれましたれ、朝倉氏は滅び、城下町も焼き尽くされました。(特別史跡 朝倉氏遺跡 特別サイトより)

「朝倉義景館跡」に・・・

「唐門」から

豊臣秀吉が朝倉景義弔うために寄進したと伝えられる門で、義景館の入口にあたる。

現在見られるのは江戸中期に再建された貴重なもの(ガイドブックより)

遺跡内へ・・・

きれいな鯉が!

 一乗谷は、福井市街の東南約10kmにあり、戦国大名朝倉氏の城下町の跡が、良い状態で埋まっていました。遺跡の発掘調査は、1967年から進められ、1971年には一乗谷城を含む278haが国の特別史跡に指定されました。また、1991年には諏訪館跡庭園(すわやかたあとていえん)、湯殿跡庭園(ゆどのあとていえん)、館跡庭園(やかたあとていえん)、南陽寺跡庭園(なんようじあとていえん)の四庭園が特別名勝に指定されました。さらに、2007年には遺跡出土品のうち、2,343点が重要文化財に指定されました。(特別サイトより)

調査員の方もおられます。

逆光で💦

右に、土塁と井戸

左→

奥に土塁が

うしろは山!

上は「湯殿跡庭園」

ですが、上がらずに左の「特別鑑賞スポット」へ・・・

真向かいに「唐門」

ガラス張りの床

「鑑賞スポット」から

「義景公墓所」

「湯殿跡庭園」

気になりますが、前日の階段の上がり降りとなだらかなでしたが石畳歩きが堪えています

 

「唐門」(西門)から

出て、

橋を渡ります~

蘇った往時の城下町「復元町並」を見学します、、、

後方に山、前に一乗谷川に土塁で囲まれた堅牢な館。戦国時代最強といわれたことが偲ばれます。

そして、昭和42年(1967)から始まった発掘調査で約400年ぶりに蘇った戦国時代の城下町を見てきました。

つづきます