遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う

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イスタンブールへ飛んでゆこう その0

2023-09-18 16:41:25 | 旅行


昔からそうだが、わたしは旅行前日に支度がまだ終わらず、終わっていてもドキドキして眠れないという特性がある。
今回、12年ぶりに海外へ行くことになった。
理由はちょっと色々あるが、要するに行きたいところの一つ・イスタンブールの名所巡りというお誘いにあらがえなかったということさ。
既にコロナ隆盛の折にパスポートは失効。新たに作ったのが6月上旬。以前と違い、谷四の大阪合同庁舎や阿倍野近鉄まで行かずとも、豊中市民は豊中市内でパスポートを取れるようになっていた。ありがとう。
というわけで旅行記のプレ話から始めるか。

阪急蛍池駅というと、大阪空港への玄関口でもある。ここからモノレールに乗り換えるのだ。
それで大阪空港まで一駅。
ホームに立って柴原方面を見ると、トンネルから出るモノレールが見えると何だかラッキーな気分になる。
反対側は門真まで行くモノレールで、千里中央や万博公園へはこちらからがよい。
そんな駅と隣接するルシオーレビルの4階だったか、パスポートセンターがある。
2階がどちらの駅ともイケイケになっていてスタバがあるが、行った日・時間帯によるのかやたらと買い物中の主婦や退屈そうな老人ばかりで、ちょっとスタバとは思えない風景になっていて、それはそれで面白かった。
なんしかスタバの注文システムを理解できない年配者が多く、わたしはしばしばボランティアで店員さんにご老人に代わって注文したりということがある。
をいをい待て待て。それはどうでもいいのだ。←「どうでもいいことですが」はこのブログの常套句。

まあとりあえずドキドキしながら「すんません、パスポート新しく作りたいんですが」と行ったのが6月アタマ。
その場ですぐ下の階の証明写真機に行って様子したり(関西弁。様子しぃが名詞)まあちょっと小綺麗にして色々手続きしましたよ。
5年か10年かということで、世界平和を祈って10年にした。
10年後も経済的にまだ何とかなってることをも祈って。

1週間か10日後かに連絡が来て、パスポートを取りに行く。
をを、綺麗ではないか。中のノートは北斎「富嶽百景」のあちこち図。
パスポートケースを百均に探しに行くもみつからず。文具屋にもなし。
少し留保。

今回のツアーは長年お世話になってる大学の先生(西洋美術史)の講座付き見学旅行で、参加者は十人。これは先生つながりで、わたしが実際に知っているのはコードネーム「024さん」くらいで、この人と同室にしようとお話済み。あとは知らんのですが、まあ先生のつながりの皆さんだとそんな「気が合わない」こともなかろうし、それ以前にわたしは基本的にどなたとでもベラベラベラベラ…
旅行社は京都の個人経営のところ。今回2グループをイスタンブールに連れてゆくことになり、色々大変みたい。
わたしらのツアーはホテルアンバーというところに拠点を置いて、毎日迎車のバスとガイドさんとでのたのた動くのみ。別グループはブルーノ・タウトの足跡を追うという壮大なツアーで、足を痛めてるわたしには無理。建築史家の先生の下、走れ走れという感じらしい。
こちらの先生にもお世話になっているのですが、今回はやっぱり普通の観光名所を巡り、サバサンド食べてトルコのゴハン食べてお菓子食べて、ボスポラス海峡クルージングしたいですがな。
何度かトルコに来てるなら別として、素人なもんで。

ところでわたしのイスタンブールの最初の「出会い」は昭和の子どもならだれもが知るという大ヒットソング「飛んでイスタンブール」です。
実際会社に「八月の1週間ほどイスタンブールに行きます」と言うた途端、課長もセンター長も他のみんなも♪飛んでイスタンブール と歌ったもんな。
帰宅して隣家の叔母・叔父にも「実は」というと、やっぱり
♪飛んでイスタンブール どうせフェアリーテール 
…どちらかがここまで歌ってたな。

それから青池保子さん「エロイカより愛をこめて」ね。
イスタンブールのアンカラにはCIAも常駐してるけど、われらがNATOのエーベルバッハ少佐はイスタンブールに何度か出張して色々ととんでもなく働いている。
最初は「第七の封印」で、これは昭和末期の作品で、ラストのオチが秀逸というより、ある意味悲惨で、ソ連崩壊後の目から見れば、この件もソ連崩壊への道筋の一つになったのではと思わせもする。
その作中、KGBのエージェントで好敵手たる「仔熊のミーシャ」により大けがを負わされた少佐は、ボスポラス海峡でソ連の船に乗り換えるミーシャを狙って狙撃する。
この話の中でエロイカことグローリア伯爵の蘊蓄が語られ、まだ子供のわたしはそれを読んでコンスタンティノープル陥落などを知ったのだ。
再開後の「ビザンチン迷路」
これは21世紀の作品で、ここからコンヤの舞踏などを知り、ビザンチン芸術を美術音痴のキャラが「硬直死体」というのに大ウケしたなあ。
そしてここからサバサンドを知ったのだ。
まことにありがたい。

支度を始めるのも基本的に遅い。
それでもまあ旅行社さんや先生から色々メールが来たりで、わたしも買い物の参考にさせてもらって、某日ヨドバシへ向かった。
海外旅行の色々グッズ売り場で店員さんを一人専用につけてもらい、色々と買い物をする。
基本的に自分の判断が出来ぬもの・知らぬものを購入するときは専門家の知恵に頼ることにしているし、服や靴なども百貨店で本気で買うときは同じ店員さんにずっとついてきてもらうことにしている。

そこで海外向けの変換器、キャリーのベルトなどなど小物ではパスポートケース、バッグ、耳栓、スマホのためのSDカードまで購入。本当はデジカメを買い替えたかったが、昨今のデジカメをめぐる状況を考慮して購入はやめた。
いろいろと買い物もしたし、良いものも見たしで機嫌よく帰宅。

旅行社さんから届いた前支度の中にトルコ語の日常会話本が入っていた。
実はわたしは外国語習得に向いていないのだが、とりあえず読むだけは読むことにした。
こういう本です。

結局食べ物のページだけ熱心に見てるというね…わかりやすい反応してしまいましたよ。

いよいよ前夜。詰めようとした大型のスーツケース、これがまさかの暗号錠が解錠できないというトラブル。
うわわわわわわ
焦るやん。
それで小型の「ぶち当てられても強いぞ」キャリーを出してきた。中からハノイツアーの資料が出てきたので、そうかこれで行ってたかと納得。
百均で買ったプチ南京錠を設定しようとしてできない。これはまずい。慌てて隣家へ。
叔母と二人でうんうん唸っていたというより、岡目八目で叔母が「これは裏向けが設定個所では」と言い出し、やっと設定。
しかしこの設定ですらも実は後でえらいこっちゃになるのをこの時は知らなかった。

イスタンブールはモスリムの国なのでそんなに厳しくはないがモスクに入るには髪を隠さねばならない。
先生にどんなのがいいですかと尋ねたら、程経ることなく届きものが。
まさかの千總の綺麗な綺麗な濃い青の絹のストール。をいをぃをいをいをいーーーーっ


支度してもしても終わらないので3時半までかかった。そこからシャワーして4時に就寝5時に起床。
猫に朝ご飯をやってから家を閉める。猫の世話や庭の水やりを叔母に頼んで、駅まで歩く。
梅田について三番街の空港バスへ。7:05についたがけっこう並んでいるので7:20出発便に乗るとこれがギリギリ。
ラス3でしたわ。さあいよいよ関空へGO!

本編へ続く。

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