遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う

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ショーケン追悼から70年代ドラマへの追憶へ

2019-03-29 23:06:05 | 映画・演劇
ショーケンが死んだ。
病気で死んだとニュースは言った。
「俳優の萩原健一さんが亡くなりました」と言った。
そうか、そうなのか。
ネットで先に訃報を見た。死因なども記してあり、既に家族葬が営まれ、後日のお別れ会などもしないとある。
ファンは自分の心の中でかれの葬儀をするしかない。

1970年代に子供時代を過ごしたので、魅力的なドラマをいくつも見た。
あまりに面白すぎて、夢中になった。
結果として、それが今も活き続けているので、その後の長い歳月を殆どTVドラマなしで過ごすことになった。

人生にはふつう時間時間の区切りがある。
学校の卒業、就職、結婚、出産、離婚、死別など。
それで人間の人生にメリハリが生まれるわけだが、今あげたこれらの通過儀礼と疎遠でいると、時間が地続きになる。
時間が地続きになると、進歩または退化もほぼなくなる。
十年二十年どころか三十年くらい時間が連続してしまう。
わたしにとって昭和の末から平成の末の30年間が将にそれだった。
そしてそれがいいことかわるいことかはわからない。

70年代に制作されて、夢中になったドラマを試しに挙げてみる。
傷だらけの天使
俺たちの勲章
俺たちの旅
岸辺のアルバム
冬の旅
探偵物語
横溝正史シリーズ
「赤い」シリーズ
このあたりが不動の地位だ。
悪魔のようなあいつ
これは放送当時主題歌しか聞くことが出来なかった。
たまにチラチラ見れたが、小学生には刺激が強すぎるという理由で見せてもらえなかったのだ。
しかしそれが却って執着となり、今に至るまで深い思い入れがある。
(新八犬伝、ウルトラマン、仮面ライダー、少年ドラマシリーズ、特撮ものはあえてここには入れない)
現在の自分の根底にあるのはこの数々のドラマで、そこには松田優作、萩原健一、水谷豊、中村雅俊らがいた。
そして優作は随分と前に世を去り、今また萩原健一がいなくなった。

前掲のドラマは一部を除き繰り返し再放送をしてくれた。
いずれもどこかにせつなさ・もののあはれに近い感情が流れ、子どもにもその哀しみが理解できた。
中学生になるとより深くその哀しみの「正体」がわかるようになってきて、ますます作品への愛着が増した。

中でも「傷だらけの天使」と「俺たちの勲章」にはそのせつなさが深く活き、全体を覆っていた。
少しばかりの幸せが手の中に入りかけた途端に失われる。
喜んだことも無意味になる。明日の行方も分からない。
ある種の閉塞感と無常観とがドラマの背に流れ、わたしたちはそこに反応した。

ショーケンにも優作にもその哀しみを体現する何かと、どこか憎めないものとがあった。
ただ優作は長くそれを暴力的表現を用いることで隠し、短い晩年の十年程にそれを露わにした。
ショーケンは最初からそれがダダ漏れだった。
二人の違いはそこだった。

「太陽にほえろ」でショーケンが初代新人刑事マカロニを、優作が二代目新人刑事ジーパンを演じたことを思い出す。
七曲署の新人刑事は必ず衝撃的な最期を遂げねばならない。
ドラマも後年には古参を死なせる方向へ変わっていったが、長くその伝統は変わらなかった。
マカロニ刑事の最期は脚本をショーケンが変更を申し入れたと聞いたことがある。
かっこいい死に方で描かれていたのだが、かれはそれを拒否し、立ションの最中にいきなり通りすがりの強盗に刺殺されるという形にした。
そのカッコ悪さが、実は最高にカッコよかった。
70年代らしいロン毛にファッション性豊かなショーケンが鼻歌交じりに機嫌よく立ションをするという構図、なんの意味も理由もない突然の死。
その次のジーパン刑事・優作の「なんじゃこりゃーっ」はあまりに衝撃的だったが、このマカロニの最期はせつない…


映画「約束」についても少しばかり。
最初は助監督に入ったそうだが、結局は主演になり、岸恵子とせつない、せつなすぎるわかれを演じた。
あの当時も今も作品を想うたびに「せめてあの『約束』を守れなくなったことを伝えてあげてほしい」と強く願ったものだ。
だが、それが不可能だからこその『約束』なのだった。

遠回りになったが、ようやく「傷だらけの天使」にきた。
ツイッターでRTしたものをここに引用する。









そう、これなのだ。
泣けてしまう。

「傷だらけの天使」は綾部貴子(岸田今日子)の綾部情報社で酷使される調査員・木暮修(ショーケン)、乾亨(水谷豊)のせつない日々を描いたドラマだった。
二人の住まうピルの屋上のペントハウスには心の底から憧れた。長年「ペントハウス」という単語にすぐ反応してしまい、グラビア雑誌「ペントハウス」にも、「もしかしたら」と淡すぎる期待を抱いたくらいだった。
このドラマについては話したいことは無限にある。
だからこそ、今はまとめられない。

マンガ家やまだないとも「 傷だらけの天使」へのどうしようもない焦がれを懐いていた人で、ある時ついにそれを描いた。
それがまたどうしようもないほど修とアキラの空気を再現していて、最高だった。
これはやはり根底にこの作品への憧れと焦がれがないと出来ないと思う。


わたしの中では常に修とアキラが生きていて、水谷豊の「アァニキィィィ」と呼ぶ声が耳にリフレインする。
最終回、みじめに滑稽にそして憐れに死んでゆくアキラの遺体をドラム缶に詰めて、修は一人夢の島へ捨てに行く。
既に綾部事務所は解散し、綾部貴子は外国へ高飛びした。
悪徳刑事を止めて、「貴子さん…」と涙ぐむ事務所ナンバー2の辰巳五郎(岸田森)といい、このドラマはもう本当にどうしようもなく哀しくせつないのだ。

今の水谷豊が賢そうな右京さんを演ずるのを見る度、アキラや「俺たちの勲章」での「ひとりぼっちの殺し屋」を想っているのはわたしだけだろうか。

ドラマの中で修には死別した妻との間に幼い息子・健太がいることが紹介される。
健太の名は高倉健と菅原文太から一文字ずつ採った、というのがいい。
その高倉健も文太ももうこの世の人ではない。
綾部事務所の人々も大方はそうだ。生き残ったのは水谷豊だけ。


まだまだ書きたいことはいくらでもある。だが、これ以上は今は書かない。
今は秘かに追悼し、あの時代に作られたドラマを脳内再生しながらせつなさに溺れるばかりだ。


さよなら、ショーケン・萩原健一…




所蔵品展の楽しみ 2019.2月 @京都国立近代美術館

2019-03-01 22:57:17 | 展覧会
こちらは京近美
ツイートのツリーはやや小さめに表示されるらしい。
今回はそのまま挙げる。


















日本画をみる。









上野伊三郎とリチ夫妻の仕事。




















所蔵品展の楽しみ 2019.2月 @東京国立近代美術館

2019-03-01 22:35:45 | 展覧会
ツイッターなどで挙げたものをまとめます。
やっぱり東博、東近美、京近美などの所蔵品をみるのは楽しいし、撮影させてもらえるのはありがたいことです。

東近美から



この有馬さとえは知らなかったが、近藤ようこさんから色々教わり、作品の多くが鹿児島にあることを知った。
岡田三郎助の弟子だというのも納得の美人画である。




実際小学生の時に図工の宿題で自分は手毬が大量に空に浮かぶ情景を描こうとしたが、それはおそらくこれらの絵の影響下にあったのではないかと思われる。




珍しく川西英の花が主題の版画。梅原はいかにも梅原なバラ。元気でよろしい。


連作から。














那須ってよさそうなところなんやな。


連作から



随分前に町田でいい展覧会があり、よい図録をもっているが、それでもこうして撮影したくなる。