奈良国立博物館は一年の展覧会で必ず決まった展示をする。
冬には「おん祭り」春には「お水取り」秋には「正倉院」展。
これらは欠かすことなく続けられている。
そしてその隙間の季節に興味深い特別展や特別陳列がある。
とはいえ、ことしは近代まれな状況で、当初の予定が色々崩れていっている。
開始が遅れたが、ついに始まったのが「御大典記念 特別展 「よみがえる正倉院宝物ー再現模造にみる天平の技ー」(令和2年7月4日~9月6日)
これですよ、これ。
わたしは7/5に出向いた。
で、十日以上経ってからようよう感想をまとめようとしている。
会期は長いのでまた行くし、というのがわたしの遅筆と怠惰を招いたわけです。
さてこの素晴らしい展覧会はすべて正倉院宝物の再現品・復元品で構成されている。
「複製品だから偽物」と考えてはいけない。
奈良時代の日本、中国、ずっと遠くの国から来たものたち、それらが年に一度一部だけ世に出るのが「正倉院展」であり、それも本来は正倉院の虫干しの間のご褒美なのだ。
そのお宝は人類のお宝であり、後々までも守り続けねばならない。
そしてそれらがどのような構造で構成されているかを知ることもまた大切だ。
修復とは全部知ってないとできないことなのだから。
今回の展示の意義についてはサイトから引用するとこうなる。
「正倉院宝物の本格的な模造製作は、明治時代に奈良で開催された博覧会を機に始まりました。当初、模造製作は修理と一体の事業として取り組まれ、昭和47年(1972)からは、宝物の材料や技法、構造の忠実な再現に重点をおいた模造製作がおこなわれるようになります。以来、人間国宝ら伝統技術保持者の熟練の技と、最新の調査・研究成果との融合により、芸術性・学術性の高い優れた作品が数多く生み出されてきました。
本展は、これまでに製作された数百点におよぶ正倉院宝物の再現模造作品の中から、選りすぐりの逸品を一堂に公開するものです。再現された天平の美と技に触れていただくとともに、日本の伝統技術を継承することの意義も感じていただけますと幸いです。」
明治の技術から平成の技術までをこの展覧会で見ることが叶うのだ。
とても凄いことではないですか。
そんなの他ではなかなか見ることは出来ない。
(だから特別展なのだが)
喜んで見に行った。
始まりは映像だった。
正倉院の外観、模造された経緯、その材料集め、意義などを映像と共に解説するのをみる。
繊維物は現在の糸では再現できないそうで、これが解決したのは皇居内の蚕の存在だった。
歴代皇后が育てるお蚕さん。その中でも純日本種の「小石丸」の吐き出す糸が古代の絹織物の再現の大立者になった。
更に染料の二ホンアカネ。これも皇居にわずかに自生するのを上皇様が知っておられて、提供してくださったそう。
ご夫妻で大事にされてきたお蚕さんと野草とが古代の再現を可能にしたのだ。
映像を見ていてちょっと胸が熱くなった。
いよいよ場内へ。
何やら管弦の音色が響く。
きっと再現された琵琶などの演奏の音なのだろうと見込む。
1.楽器・伎楽
秋の正倉院展でも再現された音色が奏でられることがあり、そのたびに喧騒の中でじっと耳を澄まして古代の(再現されはしたが)音曲を聴く。かなり楽しい。
再現された音色というものは大体において現代の西洋音楽に慣れきってしまった我々の知る音階から離れたものなので、見知らぬ音の集合となり、それはそれでとてもた魅力的なのだ。
泉屋博古館の鹿ケ谷の本館の青銅器室には古代の鐸の音色の再現があり、現代の音階とは全く異なることをしる。そしてその音階の不思議さを面白く思う。決して不快ではないのだ。
こうした音階を心地よく感じるのは右脳だか左脳だかよく知らないが、その関係からくるものだという。
東洋、就中、東アジア人と西洋人の好む音声とは隔たりがあったのだが、今は西洋音階にすっかり脳を変えられてしまった。
しかしながらここで流れる音声を心地よく感じる人も少なくはないようだった。
作品名や資料などはサイトのリストを引用。
磁鼓 じこ 1口 高38.3 口径22.5 昭和62年(1987) 加藤卓男 宮内庁正倉院事務所
のぞくと綺麗な釉溜まりがみえた。外側も綺麗。
加藤卓男はラスター彩の復元で有名だが、その名手だけにこの人がそれを
再現した、それ自体が素敵だ。
洞簫 どうしょう 3管 ①長38.3 ②長39.0 ③長40.6 明治時代(19世紀) 奈良博覧会社 奈良国立博物館
甘竹簫 かんちくのしょう 1口 幅31.0 高28.0 厚2.3 昭和48年(1973) 坂本曲齋(二代) 宮内庁正倉院事務所
昔の雅楽の楽器というものは形もすでに遠い物であり、その音色を想像することも実はできなくなっている。明治と昭和の復元品の違いは、実際に使えるかどうかということも含まれているそうだ。
漆槽箜篌 うるしそうのくご 1張 総高173.0 横80.5 明治27年(1894) 稲生真履 宮内庁正倉院事務所
実は箜篌というものを知ったのは絵からだった。
藤島武二「天平時代」からだった。
「ビルマの竪琴にも似ているなと思ったが、実際のサイズなどはわからないままだった。
2017年の正倉院展で箜篌の残欠が出て、ようようサイズの見当もついたが、今回の展示でやっと現物を見ることが叶った。
なおその前年に
古楽器の絵葉書からの追想
で、自分の見たアジアの古楽器の写真などを挙げている。
参考までに描かれた箜篌
藤島武二 天平時代
青木繁 享楽
右側に箜篌がある。月琴は弐つばかり。
吉川霊華 箜篌
やはり大きいのは大きいな。
漆槽箜篌 うるしそうのくご 1張 総高173.0 横80.5 明治27年(1894) 稲生真履 宮内庁正倉院事務所
全体に素晴らしい装飾が為されている。これが箜篌なのかという驚きがある。弦楽器はやはり経年に負けるのだ。
それが今こうして再現されている。非常に綺麗な象嵌などがみられる。漆芸の美。
特にサイドの方をよく見てほしい。
螺鈿槽箜篌 らでんそうのくご 1張 総高183.0 横80.0 明治28年(1895) 稲生真履 宮内庁正倉院事務所
こちらも同じく明治の再現品。既に125年経っている。それだけでもこれは価値がある。
キラキラしたものは意外に潜んでいてシックな感じがするが、やはり素敵。
金銀平文琴 きんぎんひょうもんきん 1張 全長113.3 縦28.5 明治12年(1879)小川松民・神田重助・太田儀 之助・石黒政近 東京国立博物館
東博にあるのか。見たこともなかった。
檜和琴 ひのきのわごん 1張 長155.5 明治時代(19世紀) 森川杜園 奈良国立博物館
一刀彫の森川杜園の作品。木彫の良さを堪能。ガラスの向こうなので檜の匂いはわからない。
ただ、一目見ただけでどうしてか森川の鹿の置物が思い浮かんだ。彼の製作だと知る前に。
なにかそんな木の感じがある。
行ったのは二日目だったからか、まだ人も集まってはいないし、ソー・ディスも考えないとあかんのだろうけど、ぐるぐると遠巻きと近くで見るのとの枠組みが出来ているのがこちら。
螺鈿紫檀五絃琵琶 らでんしたんのごげんびわ 1面 全長108.0 最大幅30.9 平成23~30年 (2011~2018)
木地:坂本曲齋(三代) 象嵌:新田紀雲 加飾:北村昭斎・松浦直子 絃:丸三ハシモト株式会社 宮内庁正倉院事務所
あー、これはもう21世紀の芸術品。素晴らしい。北村さんが参加しているだけでも嬉しい。
じっくりと眺める。こんな所にと思うような所にも手が入る。蝶々がいた。知らなかったなあ。
すごいなあ、こんなにも豊潤な拵えだったのか。
現物の美を知っていて尚、そう思った。
模写 紫檀木画槽琵琶捍撥画 もしゃ したんもくがのそうのび わのかんばちえ 1枚 長41.9 幅18.0(画部分) 平成30年(2018) 松浦直子 宮内庁正倉院事務所
琵琶の腹の部分の絵。つい近年の仕事。現代にもこの仕事が続いていて、本当に良かった。
琵琶袋 びわのふくろ 1口 長93.9 幅43.9 厚5.1 平成3年(1991) 株式会社龍村美術織物 宮内庁正倉院事務所
さすが龍村美術。嬉しい。こういう仕事を見るたび、初代平蔵の獅子狩文錦の復元の苦難の道を思い出して涙ぐむのよ。
紅牙撥鏤撥 こうげばちるのばち 1枚 長20.0 上端幅5.7 厚0.1~0.4 昭和58年(1983) 吉田文之 宮内庁正倉院事務所
象牙に染色して細い細い刃面で絵を。丁寧な仕事。
酔胡王面 すいこおうめん 1口 縦37.0 横22.6 奥行29.4 平成14・15年 (2002・2003)財団法人美術院 国宝修理所 宮内庁正倉院事務所
カラフルすぎて笑ってしまった。赤トンガラシくらいな朱。
十二神将も当時のままの彩色で再現したら「なんじゃこりゃー」になったが、これもその仲間。
つまり日本人の美意識はいつのまにか古びの着いたもの、剥落を尊しとするものに変化していったということなのだな。
伎楽人形 呉公 ぎがくにんぎょう ごこう 1具 昭和時代(20世紀) 株式会社龍村美術織物 奈良国立博物館
前期のみ。おじさんのマネキンでもある。ちょっとまえのめり。
続く。