遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う

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「佛 祈りのかたち」

2021-07-16 00:09:28 | 展覧会
既に終了した展覧会だが、御影の香雪美術館の「佛 祈りのかたち」展は面白かった。
最終日に行ったので当然ながら恒例の出だしとなった。
その前日の三日は中之島香雪美術館の「上方絵師」の初日に行ったので、これはもう怠惰としか言えねえわな。


さて今回の展示は主に仏画でした。
村山さんのご遺族さんからの寄贈の中心に仏教美術があり、それを今回特に伝・探幽の三十三観音図を全図並べるという快挙だったわけです。
展示リストを見たら16点なのでえらい少ないなと思ったら、ぎっしりみっちりの展示でしたわ。

まずは木彫の神像から。サイズさまざまのうち、十体の内から対のような男女神二体。
いずれも平安から鎌倉時代。
細身で男神は鱗文の変形のように文様の着物に虫食いもあるが、しゅっとしている。
小柄な女神は神像にしては珍しく仏像のように首に「三道」がついていた。
つまり三本横皺。とはいえ細いのね。上着の朱色が褪色してはいるが残っているのもよかった。
後ろへ回ると、髪は肩までだとわかった。

この二体の神様から展示が始まるのだった。

愛染明王図 室町時代  丁度勝曼院の愛染祭が終わった直後。愛染明王当たり前だが赤い。暗い赤さの絵。炎が形になったまま辺りに舞い散っていた。

愛染曼荼羅 鎌倉時代  これは色は割とはっきりし、愛染明王の開いた口内の歯並びがくっきり。鬼歯はない。なだらかな歯並び。上に柄杓をひっくり返した北斗七星、下に九曜の神々。蓮台などに截金や金泥が使われている。

一字金輪曼荼羅(大日金輪) 鎌倉時代  この一字金輪は転輪聖王がモデルだそう。
転輪聖王といえばヴィジュアルは「暗黒神話」のそれが浮かぶけれど、世界の王と言うことですなあ。ぐるりと七宝が取り巻く。七つの宝。ゾウ宝、馬宝、と鉱石ではない存在のものが宝として顕現する。


伝・寛性入道親王 般若理趣経 平安―鎌倉  鳥羽天皇第五子、仁和寺五世という人のだと伝わるもの。字の左に「博士 はかせ」がある。「博士」とはdoctorではなく「音階・旋律を図示したもの」だそう。それについてはコトバンクのこの紹介文がある。
(「ふしはかせ(節博士)」の略) 平曲、謡曲などの「うたいもの」、あるいは声明(しょうみょう)などの節のきまり。また、それを示すために文句のそばに書きしるす点や線の譜。墨譜。胡麻点。
なるほどなあ。
金銀砂子の綺麗な装飾経。

五鈷杵 平安12世紀  わりと可愛い。
九鈷杵 明代  九龍形式。ただし鹿角はなしなのでマカラ魚ともみなされるよう。
当時明ではチベット仏教ブームがあったそうで、こうした形のものにはエキゾチックな魅力を感じたのだろう。

二階へ上がりますと伝・探幽の三十三観音図がずらーーーっ
これは東福寺の明兆の原本の写しで、元にはないものも書き込んだ図絵。
基本的な構図として、上部に白衣やカラフルな装いの観音がいて、下部には人や人ではないものたちの物語がある。観音の化身や変化した人などにはつながりを示す吹き出しのような描写がついてもいる。観音の髪の色は群青色。

因みに原本のは西宮大谷美術館で見ている。当時の感想はこちら。
西宮の狩野派・勝部如春斎
全編ではないがこうしてみることが出来てなかなか嬉しかった。
紹介サイトには画像がある。

芥川の「蜘蛛の糸」ではないが、佛は案外暇なようで、きまぐれに救いの手を出すこともあるわけで、その時々の状況が絵になっているようにも思われる。
悪人に襲われたり、悪魚に食い殺されそうになっても助かるものは、佛の御真言を唱えるのである。
救われるには救われるだけの理由がある。ギブとテイクが信頼関係の上に成り立つのが信仰なのである。
それにしてもこの眺めは壮観でしたわ。
そうそう、三十三身の内、上空に手を合わせる人もいて、システムをわかっているらしいのもいた。
下界のそのずっと上空に仏の国。

配置的に向かい合う感じになった二図。
伝・周文 白衣観音図 室町時代  
伝・曽我蛇足 白衣観音図 室町―江戸
素知らぬ顔はしていない。

千手観音二十八部衆像 南北朝―室町  にぎやかな金仏を中心にずらり28部衆。北斗や滝も描かれている。



そして歩いて助けに来てくれたり、見守ってくれてたりするやさしいお地蔵さんの登場。
地蔵菩薩像 南北朝  来迎。右下向き。美ボーズ。

矢田地蔵縁起絵巻 室町時代  地獄めぐり図。剣の山、針の山、たいへんですわ。
ちょっとばかり奈良絵本風味がある。

閻魔王図 室町時代  罪人引っ立てられてる図。爪食い込んでるなあ。

盂蘭盆経惣釈 鎌倉時代  これはリアルに使ってたそう。色々跡がある。
そういえば六波羅蜜寺近くのお寺では地獄極楽の絵解きがあるが、あれも古いのをずっと使っている。

再び女神・男神像をみる。平安から鎌倉時代と言うのは共通しているが、全く別個の様子なので、村山さんのところで顔合わせしてから百年ばかりの間に仲良くなられたのかもしれない。
憤怒相もいて、けっこう怖い顔。手首の先は別の木だったようで今は不明。どんなポーズだったのか興味はわくけれど、他方、もしかすると何かしら怖い様子でそれであえて先を取られているのでは…とも妄想が湧く。

八幡縁起絵巻  神功皇后の軍が住吉明神に出会うところが出ていた。
老人の住吉明神に出会い、後に一行は海上でも明神に救われる。牛の角を掴んでエイッ。
海の黒牛。

松花堂昭乗 山崎離宮八幡宮梵鐘銘案文  寛永十一年十二月の月日が記されていた。

室町時代の鰐口もある。がごーーーーんとやるやつ。千四百年。今から621年前。

面白い展覧会でした。