遊行七恵、道を尋ねて何かに出会う

「遊行七恵の日々是遊行」の姉妹編です。
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「毘沙門天 北方鎮護のカミ」はカッコいいぞ

2020-02-17 22:03:39 | 展覧会
奈良国立博物館でこの時期に特別展「毘沙門天 北方鎮護のカミ」展が開催されている。
「お水取り」はどうなったのかと心配したが、そちらも同時開催なので安心して出かける。
毘沙門天は七福神の一人だが、別名は多聞天、つまり四天王の一人でもある。
コワモテのようでいて、二つのグループに属してどちらにも欠かすことのない存在なのは素晴らしい。

今回のチラシは二種ばかり見た。他にあるのかもしれないが、知らない。
どちらもなかなかかっこいい。



これは好みの問題だね。

並び方も変わる。


とりあえずカッコいいのだよ、本当に。

会場全体にたくさんの毘沙門天が立っていて、辺りを睥睨する。
手には宝塔を載せて武器を握っていたりいなかったり。
中には遠見をしたり合掌したりもいる。




ぐるぐる歩いて自分好みの毘沙門天さんを探すのも楽しい。
そういえば小唄に七福神の歌があった。探したらあるサイトさんが歌詞を載せていたのでご紹介。
「そもそも我らは 西宮の恵比寿三郎左衛門の尉
色の黒いは大黒天よ 長い頭巾被って老いらく姿のおやじさん 誰じゃ誰じゃ
言わずと知れた寿老人 顔の長いは福禄寿 布袋は土仏
その中に美しいのが弁財天女
と、褒めたれば そこで毘沙門腹を立て
「なぜ褒めた なぜ褒めた、七福神のその中で、弁天一人をなぜ褒めた」
と、いうのも野暮かいな 笑う門には福来たる」


毘沙門天はなかなか厳めしいが、こんな俗曲でも怒るオジサン役をこなしている。





兜跋毘沙門天の立派な像が東寺から来ていた。
このスカート部分の文様がいわゆる「毘沙門亀甲」
その足を支える地天女と二鬼がなかなか可愛い。



ところで信貴山縁起絵巻で有名な信貴山の朝護孫子寺からも可愛いサイズの毘沙門天が来てはるのだが、ここのお寺は実はわたし個人、縁がある。
わたしがまだ母のおなかにいた頃、親族一同でお参りに行ったそうな。既に妊娠中だったので「申し子」に行ったわけではない。
だが面白いことに母以外の全員が「おとこおとこ」と男児出生を願ったそうで、母だけが「おんなおんな」と祈ったらしい。
こういう時はやはり生むものが優先されたのか、生まれたわたしは女児だった。
そしてわたしの実名もここからいただいたのだった。
わたしは信貴山の毘沙門天にそれ以来行ってないので、いつかお礼に行きたいと思っている。






今回の展示は3/22までなので「お水取り」の時にぜひ。

なおお水取りの展示のうち今年は本陣の再現模型がないのが誠に残念。
それ以外は例年と同じ。
いつ行くかまだ思案中。ドキドキする。

なにわの企業が集めた絵画の物語展にゆく

2020-02-15 02:03:30 | 展覧会
例によってのうっかりさんだが、この展覧会も終わってしまっていた。
てっきり2/16までかと思っていたらまさかの2/15まで。
わたしが見たのは先週。もっと早よに書けよ遊行七恵。

表題通りの展覧会は今回場所を変えて江之子島文化芸術創造センターで開催された。
ここはいい建物でこんな感じ。


前回は二年前に堂島リバーフォーラムで開催された。
当時の感想はこちら。
「なにわの企業が集めた絵画の物語」展をみる



今回は写真撮影可能だけどSNS不可と言うことなので挙げない。
撮影可能でよいのは額装や軸装の良さを挙げることが出来るところだが、それだけに残念。

よい作品がたくさん出てましたわ。
一点ずつの絵入りリーフレットもいただきましたしな。



洋画が多いが、浮世絵やポスターもあり、いいラインナップだと思う。

ブーダン、マルケの風景画、マネの夫人像に始まり、明治に生まれて20世紀半ば頃まで活躍した日本の洋画家の作品も並ぶ。

和田英作、赤松麟作の風景画はどちらも住友電工さんの所蔵で、いいセンスだなあと感心した。
単に有名な作家の絵を持つというだけでなく、何を選ぶかによって見えてくるものが変わる。
素敵なコレクションだ。

山下新太郎 菊 丸い鉢いっぱいに小菊が活けられている。赤白黄色に単色でないものなどいろいろみっしり。
ルノワール風な彩色が明るい。
この絵とルオーの手品師がコクヨの所蔵品。
コクヨもありがたい。
コクヨと言えば元専務で鉄ヲタとして世界的に名高い原信太郎のコレクションが今は横浜にある。原鉄道模型博物館
あれも本当に素晴らしい。

浮世絵では国貞の美人画、広重の江戸百がある。
発色もよかった。

サントリーコレクションのポスターもぞろぞろ。
これらは元はグランヴィレコレクションだったな。90年だったか中之島にあった府立芸術情報センターでも見ている。
江之子島のここはその後身と言う立ち位置でよいのかな。
そしてサントリー美術館大阪なき今、中之島美術館準備室に寄託されている。
ありがとう、サントリー、ありがとう、サントリー。

ローランサンの可愛らしい絵はアートコーポレーションか。
この展覧会のおおもとのタイトルは「こーボーレート・アート・コレクション」だったな…

児島善三郎 薔薇 白い鉢に赤と黄色の@@なバラが活けられている。色彩は少ない。
児島のバラの絵を見ると思い出すのが大阪を舞台にした今東光の傑作「春泥尼抄」での会話。
新地の高級クラブに行った若い跡取りたちがその場に飾られていた児島のバラの絵を誉めるのだ。
実際、児島のバラの絵があるとやはり良いものだと思う。
わたしは児島の絵は風景画の方が好きだが、本当に素晴らしいといつも楽しく見ている。

繊維のような絵があった。
須田国太郎 けし 暗い色調に茫洋とした花が開く。いいなあ。須田の良さがわかるようになったのは大人になってからだ。

山口華楊 虎 1956 丸一鋼管所蔵

かっこいいぞ、虎。肌の感触、毛並み、いいな。

二年前もここの企業は華楊の虎を出してくれた。

親戚かもしれない虎たち。


ロイヤルホテルからは小磯の美人、京阪からはデパートのイメージイラストに採用した早川良雄のポスターも来ている。

大林組の岡本太郎の絵はやっぱりわからない。
わたしは岡本太郎は三次元の作品の方が好きだ。絵は配色が暴力的だ。

現代日本画、90年代の洋画などもあり、普段自分の見ないようなものもあって面白く眺めた。
次の開催がいつになるかは知らないが、本当に恒例行事になればよいなと思った。



梅と桜の美術

2020-02-13 22:16:20 | 展覧会
大和文華館のリニューアルオープンから既に十年が経っていると知ってびっくりした。
そうか、そうか…
それで今回の展覧会は恒例の花をモチーフにしたもの。
梅と桜の美術。
梅と桜はどちらも日本人の美意識に深く生きる花。
どちらも尊い。
岡本綺堂「青蛙堂鬼談」の中の「清水の井」に梅殿と桜殿という二人の美人が現れる。どらちも本名も正体も不明で、都から逃れてきてその地の領主のもとにかくまわれ、三人で楽しい暮らしを過ごすのだが、やがて悲劇が起こる。
この二人の美人はそれぞれの美しさから「梅殿」「桜殿」と呼ばれるのだが、それはどちらも素晴らしいからこその命名。
なお一文だけここに挙げる
(領主は)「梅と桜とを我がものにして、秘密の快楽にふけっていたのであろう」
どちらも手放せない美しい花なのだ。

イメージ (2532)

大和文華館所蔵の梅と桜を描いた絵画と工芸品が集まるほかに、春日大社からもよいものが出てきていた。
このチラシの上部の絵がそれ。
イメージ (2536)
白い桜は漆喰風に盛り上がり、金の雲も紺の川も緑の土坡もイキイキと描かれている。
赤く小さな躑躅もそこかしこに咲く。
左は八重山吹が咲き乱れる。春の勢いのある屏風。

チラシ下は雁金屋兄弟がこしらえたものを後に原羊遊斎が模造したもの。とても好き。
今回は蓋裏の文字の写真も出ていた。深省名義で何かかいてあり、更に羊遊斎が写したことも刻まれていた。

松梅佳処図 蘭坡景苣・天隠竜沢賛  室町時代の南禅寺界隈の二人。滝もあり、なかなかダイナミックな様子。
室町時代の画僧の仕事と言うものはなかなかよいなあ。そう思うようになったのも今世紀からか。
あとは建長寺の祥啓の墨梅図もある。

花鳥図屏風 雪村  これまたよろしい。ぐりーっと水が力強く流れ込む。その様子を鶯が眺める。白梅も椿も咲き、何故か秋の鳥の雁も来る。鶺鴒、鴛鴦もいてみんなで水の流れを追う。
左をみると、白鷺に白蓮、柳に燕、風が強い。右の水、左の風、いずれも勢いがある。

四君子図 山本梅逸  ああ久しぶり。調べたら8年ぶりかも。
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全て白さが際立つ。白梅、竹は線描の美。菊は色調の変化がいい。蘭は茎がたおやか。

鉄斎の梅の絵も二点。わたしは鉄斎がニガテだが梅の絵は別で、以前に扇面に描かれた梅の絵を見て以来、そうそうニガテではなくなった。
ここにあるのは1911年の二枚。
寒月照梅華図 満月に届くような真っ直ぐな梅の枝
梅華満開夜図 じいちゃんと孫らしき二人が梅見中。ちょっとほのぼの。

梅雀図六角筥 平福百穂  原画を百穂が描いた愛らしいボックス。
こちらは三年ぶりかな。
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最初にこのブログに登場したのは2008年頃かな。

彩漆絵梅文盆、梅秋草文盆  漆絵のお盆二枚。シックだな。

織部梅文皿  五点とも絵柄が違うが可愛い。白い織部で灰梅色と緑がとてもしっくりしている。

色絵梅文大壺 有田の名品。これですがな。
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何度もここにご登場いただいておるのです。

琉球紅型衣裳  三点 花柄が可愛い。季節の決まりはない。

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さて桜。
源氏図屏風、稲富流鉄砲伝書、岡田為恭の春秋鷹狩茸狩図の春の茸狩り図もある。
このあたりもレギュラー。何度見ても楽しい。

親鸞聖人剃髪図 田能村竹田 1833  ぼんやりした春の風情がある縦型の絵。異時同時図というより、その季節のその日のことだけを切り取った絵。
春の別れ。俗世から仏縁へ。

花卉図扇面 江戸前期  朱色と金雲と柳に桜、足元にはタンポポ。和やかな世界。

蒔絵桜桐文鏡巣 室町  チラシ。幾何学文に桜と桐。なかなかかっこいい。これが着物の柄になっても素敵だ。

枝垂桜の嵯峨棗が二つ・可愛いなあ。こういうのは好きだ。
古九谷様式の赤い桜が描かれた徳利もある。
桜へのときめきがそこにある。

そしてこちら
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描かれた桜のうち、大和文華館の誉れ・寝覚物語絵巻の桜は金色に輝く。
花弁が舞い散るときもきっと金色の花びらが辺りに広がり、鏤められた金砂子のようになるだろう。

東山名所図屏風  個人蔵のもので初見。よい機会に巡り合えた。
若衆がうろうろ。江戸前期だろうが、ちょんまげもいる。もう茶筅髷はいない時代。
音羽の滝でしゃべる二人。世間話しながら滝に打たれるのもいい。
ツバキも咲いているが、それだとまだ寒いだろう。
ずっとその下には田畑と鶴。京に田舎ありというより、市街地を離れるとこうして田もあり九条ネギも植えられているだろう。
町中に戻ると、茶店や髪結いもある。人々の表情は穏やか。餅つきをする人もいる。川では布洗いもする。芝居小屋をのぞくともう野郎歌舞伎だった。そんな時代の東山。

南都八景図帖が二つ。
佐保川の桜、猿沢の池の月、春日野の鹿などなど。
どちらの絵もそれぞれの良さがある。

佳い心持で庭園を行く。一番の梅園はまだ花開いていなかったが、丘の梅の小径には梅がみられた。



他に白椿、そして橘の実がなっていた。

次回は梅が満開の頃か。それから三春の滝桜も楽しみだ。

上方界隈、絵師済々 京都画壇の立役者たち

2020-02-10 23:47:08 | 展覧会
中之島香雪美術館の「上方界隈、絵師済々」展は好評のうちに京都編を終えて今は大坂編に変わった。
大坂画壇もたいへん面白いのだが、「諸事情」により認知度はあんまり高くない。
しかしこうして中之島香雪美術館が大きい展覧会を開いてくれることで世の人々にも大坂の絵師の良さを知らしめることになるのではないかと期待が膨らんでいる。
それに丁度大阪歴史博物館が森狙仙を中心とした展覧会を月末から始めるので、二つの展覧会を見て回れば、たいていの昔の大坂の絵師の事を皆さん覚えられるのではないか。それなら嬉しいな、と一ファンとしては思うのだった。

さて京都編だが、例によって展示が終わってからのこの感想である。
別にひとさまに期待されているわけではないので、その点は気楽ではある。



京都画壇の立役者たち
1. 応挙登場
応挙以前にも当然よい絵師はそれこそ多士済々なのだが、応挙先生ご登場で世界がひっくり返った。これがスタンダードになったわけですね。
そしてこういう人が現れると、どういうわけか同世代にも凄いのが集まってくる。世代が違っても弟子とか次代に凄いのが現れる。
こういう現象はなんていうのでしょうね。

桜に月図 冷泉家時雨亭文庫  もああとした美。後世の朦朧体の先駆みたいなもあぁとした様子。桜は一重花。濃淡がいい。

三井寺との関係が深い頃の作品が来ていた。
芭蕉童子図屏風 1769 芭蕉と子供というモチーフはどこから来てるのかと考えたら、これはあれか中国の子福者・郭さんのアイテムか。


白鶴美術館の風雪三顧図襖も来ていた。1783
例の三兄弟が雪の中さむいさむい言いながら孔明の所へ行くやつ。でもこの日も孔明は不在。弟が窓から「あ、また来た」な顔してる。
これは白鶴さんのだけに襖の引手が双鶴になっていた。

牧童図 1789  前掲の芭蕉坊やたちから20年、これは十牛図の一図みたいなもので牛に座って笛を吹いている。
弟子の蘆雪がこのモチーフ大好きでいい絵をいくつも残した。
烏丸光祖の和歌がつく。
あけまきの うしとおもはて ふく笛の しらへすくれる 心なるらし

応挙が虎、呉春が龍を描いた龍虎図 1791

可愛いよねえ。大好き。
呉春の龍も大人しそう。


2.応挙スタイル
応挙 雪松図 1788 あー、いかにも応挙先生。よくわかる。

呉春 雪松図  こちらはもあっとしている。師匠の死後、応挙に学んだというのがこの辺りに出ていると思う。

源琦 桜花遊鯉図 1795  これも師匠の絵をうまく自分のものにしているな。ぬっと現れる二匹の鯉

応瑞と応受のコラボもある。西湖小青図  中国美人の絵だが、物語の背景を知らない。説明を読むと哀しい美女の話だった。18歳で悶死。ここでは静かに読書する図。
…とはいえ、わたしの知ってる小青シャオチンといえば「白蛇伝」の白娘パイニャンの侍女で、ふたりは西湖の辺りにいたはず。
どちらが元ネタなのだろう。

森寛斎 七難図巻  先生の巻物の写しというべきかな。ここでは火事のシーンが出ていた。えらいこっちゃである。


3.京界隈、絵師済々
それこそ冒頭に挙げたとおりの多士済々な絵描きたち。

池大雅 六遠図・試錐図巻 1762 木村蒹葭堂のために書いた図巻。可愛いシーンが数点出ている。

曽我蕭白 鷹図 1767頃  花がカラフルだが奇矯な雰囲気はない。秋草が生え、どんぐりがころころ。

原在中 小督図 1835  これはまたカラフルな図である。派手なというべきか。隠棲する小督を見つけ出すと世界が明るくなった、そんな感じ。

長沢蘆雪 山家寒月図  山の上に松がたくさん濃淡でその遠近を示す。頴川美術館の松の絵と同じタイプの松。月光がすうっと枯れた梅を越えて山家に差し込んでくる。
まんが日本昔ばなしに出てきそうな山家である。

呉春 秋汀木芙蓉小禽図 絵もいいが呉春の字がまた可愛くて味があってよろしい。


4.応挙一門
嶋田元直 春秋耕作図屏風  京都近郊の農地の様子。ほのぼの。田植えの人々が可愛い。畑のものは九条ネギとか万願寺トンガラシとかそんなのかもしれない。

源琦 西王母図 1796 さすが中国美人の名手。チラシにもありました。

桃を持つ美人。三千年の長寿の桃。

山口素絢 美人図  こちらは和美人の名手。弟子にこんな美人画の名手二人を擁するところも応挙一門のカッコよさだなあ。

奥文鳴 鴛鴦図  静かな様子。色もいい。

山本守礼 孔明龍図 1782  三幅対 孔明の被り物がどうもロールが目立つな。伏龍・臥龍だからとりあわせもこれだ。

最後に応挙先生の子孫への教訓書、つまり遺言。絵入り。松、菊、高張提灯を掲げる女、扇…
あまりよくわからないがやはり絵はうまいのだった。

今の大坂編は大阪歴博の森狙仙と併せて見に行きたいと思う。

没後50年 鍋井克之 

2020-02-06 17:19:23 | 展覧会
大阪市立美術館 コレクション展      没後50年 鍋井克之  
鍋井克之という洋画家は息の長い人で、大阪万博の前年まで生きて、よい絵を世に送り続けた。この人は小出楢重の同志というような立場で大阪の洋画壇を牽引し、戦後は関西洋画壇の重鎮として活躍し、他方洒脱な文章をものして面白いもの随筆を書いた。

先般、池田市歴史民俗資料館で展覧会が開かれた。
鍋井克之は小出同様大阪市内の生まれだが、その喧騒を避けて郊外の池田市に移住し、そこで生涯を終えた。
池田市というのは小林一三の沿線開発で日本初のローンによる建売住宅販売などもあったところだが、他方落語の「池田の猪買」や呉春らの移住もあった古い土地でもある。
古代のくれはとり・あやはとり姉妹の物語も伝わり、隣の豊中市同様北摂の中心地と言って差し支えない。
その池田市でかれは良い成果を上げた。今もそれは輝きを失わない。
昨秋、展覧会の感想を上げるべきだったがわたしはやり損ねてしまい、今回の感想に回想を絡めてゆこうと思う。

信濃橋洋画研究所開設の折の記念写真があった。
小出、国枝金三、黒田重太郎らが一緒に写る。
「骨人」と自称した小出楢重よりまだ小柄だった。見るからに気さんじな顔をしている。
「気さんじ」とは古い大阪弁で今の言葉ではないが、鍋井さんにはよく合うように思う。
飄々とした風采の人だが、しかしその描きぶりは重厚で、独自の重い色を気軽に使っている。

鴨飛ぶ湖畔 1932年(昭和7) 第19回二科展 1面 油彩 カンバス 本館(鍋井澄江氏寄贈) 琵琶湖の景色だそうである。うねる水面、寄せる波。ゆっくりとまるでストップモーションの連続画のように見える鴨たち。これはワイルドギースというやつかと思いつつ、琵琶湖の北の方では鴨肉を使ったのっぺい汁があったなあなどと思い出した。


東京スケッチ 1921—22 (大正10—11)3枚 インク 鉛筆 紙 本館(鍋井澄江氏寄贈) 鍋井『風景画を描く人へ』(1922年)図版  鍋井克之は小出と同じく東京美術学校の出だから東京にも数年暮らした。
小出も鍋井も同じような感慨を抱いたようで、帰省する際に「嫌やなあ、あの温気」とイヤな感じをもろに持っていた。
そしてカサカサの東京をかっこええなと思っていたフシがちらちらみえる。

グレーとセピアの風景画が三枚。教本の挿絵図版である
廃院、虎ノ門の屋敷、築地海軍参考館前など。
この廃院はどこのかはわからないが、よい建物に見えた。

春の浜辺 1931年(昭和6) 第18回二科展 1面 油彩 カンバス 本館(鍋井澄江氏寄贈) シュールな景色である。
もこもこな貝殻たちが手前に集合する。湾曲した先に海。
この年、小出が急死している。

刈田の雨 1933年(昭和8) 第20回二科展 1面 油彩 カンバス 本館  これは池田の風景だそう。雀が一斉に飛ぶ。稲むらがたくさん。
モネの積みわらではなく、「稲むらの火」を思い出す。

行水 1936年(昭和11) 第23回二科展 1面 油彩 カンバス 本館(鍋井澄江氏寄贈)  庭に盥を出して行水する丸髷の女性。傍らのアジサイの小さい木、白い木花にうっそりと闇が潜む。上の方には綺麗なぼんぼりが灯されていた。
なんとなくこの後に幻燈でも見ようかという気分になる。

納涼映画会(戦況ニュース)1938年(昭和13) 第25回二科展 1面 油彩 カンバス
本館(鍋井澄江氏寄贈)  いかにもその時代の光景。浜寺の夜間、皆が街頭スクリーンに集まり中国大陸での大日本帝国陸軍の勝利の様子を映像でも見る。喜ぶ少国民たち。その様子をほぼ二色で少し鳥瞰する形で描く。
展覧会に出したということは、もうその頃にはそうした要請を受けつつあったのかもしれない。

明治三十一年陸軍大演習 帝塚山御野立所之図 1937年(昭和12)1面 油彩 カンバス
本館 明治天皇記念館(旧桜宮公会堂)壁画  今では聖徳記念館に明治天皇の御代の事蹟を伝える大壁画があるくらいだが、この当時は大阪でもそんな場所があったらしい。
ここは今ではウェディングになってしまった。そう、ここ


立岩の海岸 1961年(昭和36) 第4回新日展 1面 油彩 カンバス 本館(鍋井澄江氏寄贈)丹後半島、松山市、北海道にあるのでどこだろう。やはり丹後か。色がとても明るい。てりやきのような感じ。

素描 1922—39年 (大正11-昭和14)4枚 水彩 鉛筆 紙 本館(鍋井澄江氏寄贈) 鍋井さんもフランスに行ってます。小出はフランスに行っても「なんもないわ」的な発言をしたが、それでも色彩が変わったからやはり効力があった。
鍋井さんのフランスはこの頃の素描に出ている。
ノルマンジーの少女、北京の公園、そして毛馬の閘門。

場末の町の夕暮(十三附近)1961年(昭和36) 第6回日本国際美術展 1面 油彩 カンバス 本館  えらいタイトルやけど、これはまあ…この時代やしなあ…

桜宮公園風景 1966年(昭和41)1面 油彩 カンバス 本館  花火の時とか花見とかそんな時にてくてく行くのだけど、大阪の公園と言うのはそれぞれ違った趣があり、なかなか素敵な絵になるのよな。

鍋井さんは随筆の名手でもあった。
絵描きに文才が高い人は多くて、洋画家だと中川一政を筆頭に木村荘八、岸田劉生、梅原龍三郎、小出楢重らの書いたものはどれもこれも非常に面白いのだった。
それで本も出すから、当然本の装幀などにも美意識がゆきわたる。
自分の本だけでなく、小説家と組んだ本などの装幀も挿絵もたいへんよろしい。
池田で見たものからいうと、宇野浩二の相棒として彼の小説の表紙や挿絵を飾った作品群は特によかった。
小出をモデルにした「枯木のある風景」はかれの遺族から嫌がられたそうだが、この小説で宇野は長い停滞期から脱出したのだった。

木村荘八の「東京繁盛記」の対みたいな、というてええのかな、鍋井さんには「大阪繁盛記」がある。
昭和の真ん中の大阪のあちこちを描いたカラフルなよい風景画と文の名本。その原画や素描がずらり。

『大阪繁盛記』(原画素描) 1959年(昭和34)5枚 水彩 鉛筆 紙 本館(鍋井澄江氏寄贈)
『大阪繁盛記』(原画) 1959年(昭和34)13面 油彩 水彩 鉛筆 ボード 紙 本館 (全24面で揃い)

文楽の名人・吉田文五郎が人形を遣う様子、中之島公園、大阪国際空港、御堂筋、大阪城、阪急百貨店の前、地獄極楽のからくり、道頓堀、宗右衛門町、メトロ、造幣局の通り抜け…
なにもかもが今に続く大阪の楽しみだった。

延若 いがみの権太  昭和時代 1面 インク 水彩 紙 本館(鍋井澄江氏寄贈)
延若 五右衛門-お多福豆時代- 昭和時代 1面 鉛筆 紙 本館(鍋井澄江氏寄贈)
二世延若というと上方歌舞伎の大看板で、その代表作のうち「楼門」の石川五右衛門があまりによくて、一般にも「絶景かな絶景かな」が膾炙した。わたしは息子の三世の晩年の芝居を少しばかり見たことがあるが、お父さんの時代まではまぁ上方歌舞伎言うのも華やかでしたろうから、息子さんは間ぁのわるいひとやなあ…という感想を持った。
独特の風貌がええもので、絵になるとまさに「浮世絵から抜け出たよう」なのだった。


『大阪繁盛記』 「大阪の看板」挿絵 1959年(昭和34) 布井書房刊 9枚 インク 水彩 紙 本館(鍋井澄江氏寄贈) 実際現在も「大阪の看板」いうのは目立つものが多い、めちゃくちゃ多い。
「かに道楽」の看板なんか大阪やないと考えつかんわな。それを飾るところがやっぱり凄いわけですよ。
それで鍋井さんの見た看板がさらりと描かれている。
僚友・小出楢重の実家・天水香の噂の亀の看板がどーん。これは小出の随筆にもあるが、火事の時にこの亀から水がばーっと出て消火したという伝説があるそうな。その亀を描く鍋井。「五寶丹 金龍湯 不換金」などと薬名らしきものが記されている。
他には大きな筆の看板、足袋、「の」の字の看板などなど。

『大阪ぎらい物語』 挿絵・表紙装幀図案 1962年(昭和37) 布井書房刊 13枚 インク 水彩 鉛筆 紙 本館(鍋井澄江氏寄贈) これまた故郷がイヤヤいう気持ちもよくわかるのだが、それを突き抜けると逆説的な言質となる典型。
エンタツ・アチャコ、モシモシ屋、ハモの皮、堺事件の切腹、六代目の長庵…おうおうなつかしい。


ところでこれは展覧会には出ていないが、紀州の名所を絵巻風に集めた巨大な絵があって、今は高島屋史料館に所蔵されているが、それはかつて天王寺駅かそこらにどーんっと飾られていたそうな。
それをタピストリーにしたのがこれだったかな。



やはり鍋井克之はええわ、ほんまに。
再評価される日を待ってます。