柿食えば‥。
有名な句なのに、その後が出てきません。
確か奈良県の法隆寺の鐘が鳴るんでしたよね。
このアパートにも各棟の植え込みに柿の木が何本か植えられていて、散歩の途中で柿の木畑があった事を帰ってきたおやじ会議で話した。
「うちの柿もそろそろ食べられるから採ってあげるよ。」
そう言って自治会長の渋谷さんは、いつも喋っている棟の西側玄関から東側にある植え込みの方に歩き出した。
柿の木は低いから、バランスのとれない僕でも実をもぎ採れそうだ。‥が。
アパートに帰ってきて話していた時、ふとした拍子にバランスを崩し、もんどりうって倒れそうになった。何時もは、アパートに帰ってくると階段の手すりに杖をかけてストレッチなどをしながら話を聞いているのだが、今日に限って杖を持ったまま屈伸運動を繰り返していた、それがよかった。
真っ直ぐ立っていて、ちょっと振り向こうとした瞬間にバランスを崩して仰向けに転びそうになった。
必死で身体をひねり、足を踏ん張ろうとするが、脳の指令が足の筋肉に伝わらない。
病気が進行しているので仕方がないが、手に持っていた杖が傾く身体を支えてくれた。
筋肉はしっかり鍛えているのでよろけて三歩ほど後ずさりしたが、こける事なくバランスをもどした。
「あっ、あぶない。」
とは言わなかったが、松本さんも渋谷さんも一瞬顔がひきつった。
そんな僕の姿を見たすぐ後だったので、わざわざ柿の実をもぎに行ってくれた。
いたずら小僧達が近くの広場に毎日集まって泣いたり笑ったりケンカしたり、昭和中期のモノクロ写真の世界がよみがえったようだ。
でもここに居るのは、少年ではなく、でも少年の心を持った60過ぎの老人達だ。
「あっ、痛。」
渋谷さんが首の後ろを手で押さえた。
柿の木に毒を持った虫が居たようだ。
松本さんがすかさず渋谷さんの後ろに回って虫を排除しようとする。
たが、刺してすぐに逃げ去ったらしく刺されて赤くなった刺し傷だけが残った。
痛い思いまでして僕の為に採ってくれた柿の実は、実じたいの甘味もあるがそれ以上に甘くて美味しかった。
最後に一句
柿食えば 人の情けの 味がする
忠爺
有名な句なのに、その後が出てきません。
確か奈良県の法隆寺の鐘が鳴るんでしたよね。
このアパートにも各棟の植え込みに柿の木が何本か植えられていて、散歩の途中で柿の木畑があった事を帰ってきたおやじ会議で話した。
「うちの柿もそろそろ食べられるから採ってあげるよ。」
そう言って自治会長の渋谷さんは、いつも喋っている棟の西側玄関から東側にある植え込みの方に歩き出した。
柿の木は低いから、バランスのとれない僕でも実をもぎ採れそうだ。‥が。
アパートに帰ってきて話していた時、ふとした拍子にバランスを崩し、もんどりうって倒れそうになった。何時もは、アパートに帰ってくると階段の手すりに杖をかけてストレッチなどをしながら話を聞いているのだが、今日に限って杖を持ったまま屈伸運動を繰り返していた、それがよかった。
真っ直ぐ立っていて、ちょっと振り向こうとした瞬間にバランスを崩して仰向けに転びそうになった。
必死で身体をひねり、足を踏ん張ろうとするが、脳の指令が足の筋肉に伝わらない。
病気が進行しているので仕方がないが、手に持っていた杖が傾く身体を支えてくれた。
筋肉はしっかり鍛えているのでよろけて三歩ほど後ずさりしたが、こける事なくバランスをもどした。
「あっ、あぶない。」
とは言わなかったが、松本さんも渋谷さんも一瞬顔がひきつった。
そんな僕の姿を見たすぐ後だったので、わざわざ柿の実をもぎに行ってくれた。
いたずら小僧達が近くの広場に毎日集まって泣いたり笑ったりケンカしたり、昭和中期のモノクロ写真の世界がよみがえったようだ。
でもここに居るのは、少年ではなく、でも少年の心を持った60過ぎの老人達だ。
「あっ、痛。」
渋谷さんが首の後ろを手で押さえた。
柿の木に毒を持った虫が居たようだ。
松本さんがすかさず渋谷さんの後ろに回って虫を排除しようとする。
たが、刺してすぐに逃げ去ったらしく刺されて赤くなった刺し傷だけが残った。
痛い思いまでして僕の為に採ってくれた柿の実は、実じたいの甘味もあるがそれ以上に甘くて美味しかった。
最後に一句
柿食えば 人の情けの 味がする
忠爺