何気無く大切な一日が、かけがえ無く今日も過ぎてゆく 高橋忠史・多系統萎縮症と生きる・唄い屋。

難病の多系統萎縮症に侵されても音楽を諦めない男のライヴ報告や日々の思い・命のメッセージ

まだまだ歩けるこの足で

2015年11月30日 23時43分11秒 | Weblog
今日も、唄ってる。


  生きる

 誰もがみんな生きているんだ
 だけど 悩んでる
 意味もわからず生きているんだ
 そして 泣いてる

   答えは何処にも 見つからないけど
   生まれてきた意味を 探し続けている
   すべって転んで泥にまみれて
   苦しみもがいて のたうちまわり
   失敗ばかりを 繰り返しながら
   そのたびに何度でも 何度でも起き上がる
 誰もがみんな生きているんだ
 笑って いたいから
 

 誰もがみんな生きているんだ
 いつも 悩んでる
 意味もわからず生きているんだ
 だから 泣いてる

   たしかな事なんて 誰にもわからない
   精一杯今日を 生きていくだけ
   すべって転んで泥にまみれて
   苦しみもがいて のたうちまわり
   失敗ばかりを 繰り返しながら
   そのたびに何度でも 何度でも起き上がる
 誰もがみんな生きているんだ
 笑って いたいから
 誰もがみんな生きているんだ
 笑って いたいから
 笑って いたいから
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笑ってます

2015年11月29日 20時26分17秒 | Weblog
「ワッハッハ」

僕はいつも笑っています
あなたのそばにいて
僕はいつも笑っています
どんな時でも〜♪

アカペラライブで必ず唄う曲です。
このアパートに来て散歩を始めてから一年、散歩は数回休んでも、おやじ会議を欠席した事は無い。
雨の日も風の日も嵐の日にも。

なのに、ここ数日美観部の仕事の疲れがたまりにたまって、おやじ会議の終った八時半までぐっすり眠ってしまって出れなかった。
じっと立っているのも身体が揺れて辛い。
歩くのも、揺れるだけじゃなく足が突っ張ってつまずきそうになるので、疲れ方が半端でない。

後、何ヶ月歩けるかわからない。
でも、本当に歩けなくなるまであきらめません。
その先の僕が出来る事もいつも考えている。
最後まで出来る事は、笑う事だけ。

散歩から帰って来たアパートの近くの電柱のつけ根に咲いた花。
夜の冷たさにも耐えて、沢山の散歩中の犬達にションベン引っ掛けられても、朝日を浴びて輝いてる。
僕も、命果てるまで笑顔絶やさない。
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蜘蛛の糸

2015年11月28日 19時58分30秒 | Weblog
12月も間近で朝晩の冷え込みもきびしくなってきたというのに朝のおやじ会議をしている側の植え込みに、二層になった蜘蛛の巣。
目の荒いでもキメの細かい編み込みの真っ白な絨毯を重ねたような複雑なつくり。
弱肉強食の昆虫の世界で、冬に向かう残りわずかな活動期間、残酷だが残り少ない命をうばうために複雑できめ細かな捕獲の仕掛けを作って己の命をつなごうと頑張っている。

後少し、少ししか時間が無くったって、あきらめずに精一杯頑張って命をつなごうとしてる。
命を奪って、命を守る。
残酷な事だが、われわれ人間も同じように生きている。
そして、あきらめずに精一杯生きている者の作り出すものは美しい。

美しい物を作り出そうとするんじゃなくて、精一杯頑張っていると美しい物が産まれたりその姿が美しかったりする。

本物って、こうやって産まれるんですね。
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富士山

2015年11月27日 19時11分02秒 | Weblog
肉眼ではもっとハッキリ見えた。
富士山だ。

最初に見たのはいつだっただろう。
記憶にない。
何ものにも邪魔されず、空に向かってそびえ立つ。
その雄姿があこがれになったのは、東海道を、列車で、バスで、自転車で、歩きで旅する度にいつの間にか心にも焼き付いてしまったから。
何度も音楽をあきらめそうになった時、心のどこかでそびえ立つ富士山が励ましてくれた。
さえぎるもの無くそびえ立つものは、さえぎるものが無いぶん又風当たりもつよい。

そうさ、雄姿を多くの人に見てもらう為には、向かい来る強い風に耐え続けなければならない。
何事にも屈せずつき進む勇気を教えてくれる。

風雪に耐えしのぶ事が、雄姿を産むんだと教えてくれる。
僕も、耐える強さを持たなきゃと思う。
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一匹と一人

2015年11月26日 20時04分45秒 | Weblog
親父は家族思いだったが、亭主関白で潔癖症だった。
その反動で僕というだらしない人格が育ったのかも知れない。
行ないは総て正しく、非の打ち所の無い人だったからずーっとたちうち出来なかった。

でも、そうやって頑張ってたんだよね。
たちうち出来なかった親父と、生まれて初めてケンカしたのは親父が亡くなる直前だった。
ガンにおかされてガリガリなった身体で、闘い続ける事に潰れそうになって強がる事が出来なくなったんだろう。

わがままになった親父は、理不尽な事を言って母を泣かせてしまった。
母の涙を見た時始めて親父の苦しみはわかっていながら
「なんでおかぁちゃん泣かすんや!。」
声を殺して怒鳴った。
その数日後、親父は亡くなった。

毎日のように母を怒鳴り散らしていた親父だったが、実は母にだけ甘えていたんだと知ったのはまだ親父も母も健在だった頃。
命に別状なかったが、母が癌で入院していた時の親父は、まるで別人のようにボーっとしていた。
部屋の壁を見つめ続ける毎日だった。
ぐずだのろまだと怒鳴ってばかりいたくせに、その母が居なくなっただけで、何も手に付かなくなった親父。

亡くなった後親父の話しばかりする母。
支え合って生きて来たんだね二人も。
一匹と一人、もう一人の家族が居ないだけで何もやる気が起こらない。
猫と僕、…ボーっと…。
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後、もう少し

2015年11月25日 14時42分59秒 | Weblog
今日も美観部の仕事は、チップ作り。
安物だが優れものの剪定バサミは大活躍。
自分で選んで買った道具が思いのほか活躍すると、自分の選球眼が良かったと錯覚し、つい嬉しくなって作業に力が入ってしまう。

途中から雨が降り出したのであともう少しだったが今日の作業は一時間で終ってしまった。
部屋に戻ってジンジンする右手の作業用手袋をはずした。
親指の付け根と薬指の第一関節の所にも水ぶくれの豆が出来ていた。
夢中になると痛みも忘れて没頭してしまう。
後先考えず、何時もどんな時でもこうなってしまう。
普段はボーっとしてる奴なんだけどな。

こんやから数日、典子さんが居ない。
猫のセイと数日間一匹と一人暮し。
何だか、心に大きなデッカイ穴が空いたようでスースーする。
なんだろうな?。
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マイ剪定バサミ

2015年11月24日 16時40分55秒 | Weblog
チップ作りが始まった。
刈り込み作業で出た枝は、葉っぱを落として集会所の裏に集められている。
枝を切り刻んでにチップをつくる。
それを植木の根っ子付近に撒いて、春先から夏秋に掛けての草の生育をおさえる。

渋谷さんから美観部員としてもらっていた剪定バサミがあったが、手の握力が弱まって扱いにくくなったので仲間の杉さんにもらってもらった。
チップ作りに参加するには、枝を切る剪定バサミがいる。
数日前からネットで調べていたら、普段の3分の1の力で2センチ近い太さの枝を切る事が出来るという剪定バサミを見つけた。
なななんと、991円で送料無料。
これなら握力が低下した僕にも扱えそうだし、金欠の僕にも買える値段だ。
そして歩行困難な僕にとって、玄関まで届けてもらえるのは有り難い。
買う人間には有り難いが、生産者はいくらもらえているのか、複雑なきもちだ。

剪定バサミを持って集会所の裏へ。
山積みになった切り枝を3センチ〜4センチの長さで切り刻んでゆく。
説明通り、かなり太い枝でも以外と軽い力で切ることが出来た。
優れものの剪定バサミのおかげで足でまといになる事なく美観部員として仕事が出来た。

昨日スライスしてしまった親指のバンドエイドは血まみれになって、中指の第二関節あたりに大きな豆が出来ている。

今日出来ることを、一所懸命精一杯頑張った。
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親指をスライス

2015年11月23日 20時04分07秒 | Weblog
今夜の晩御飯はキャベツのポトフを僕が造ることにしていた。
典子さんはニンジンが好きでは無いので薄くスライスしようと、100円ショップで買ったスライサーを使った。
両手とも感覚が薄れていて、上手く包丁が使えないので安物であってもスライサーは必携アイテムだ。

あともう少し、ニンジンは見事にスライスされていった。
手元までスライスされたニンジン。
やめようと思ったが、後もうチョットと欲をかいた。
バランスが取れなくてフラフラしているのは足元だけじゃない。
指先は、パソコンのキーを打つのも困難になっている。
ブログを書くのも、パソコンの時はキーを打ち損なうので倍の時間が掛かってしまう。
身体中のバランス感覚がドンドン悪くなっているのに、何かに集中し始めるとつい忘れてしまう。

アッ!。
やべっ!!。
やっちまった。
痛みも何も感じなかった。
ニンジンを握っていた手の親指に緊迫感が走った。
だが、時すでにおそし。
ニンジンをスライスしていたはずが、はずみで指の先っちょをスライスしてしまった。
痛みの感覚もなく、しばらく血も出てこなかったから大した事はないと思ったがしばらくすると。
スライスした指先から血が吹き出してきて止まらなくなった。
バンドエイドも無く、血の吹き出す傷口を塞ぐ手段もなく、野生の動物のようにただ傷口から吹き出す血をなめ続けた。
脊髄小脳変性症を遅らせる薬を輪ゴムで束ねていたのを思い出し部屋に戻った。

輪ゴムを親指の根本になんじゅうにも重ねて巻いて血どめをした。
しばらくして血が止まったが、入れ替わるようにズキンズキンと痛みがやってきた。
料理をすることが出来ない。
血が止まったので、近くのスーパーに出掛け、バンドエイドを手に入れて料理を続けた。

つい、健常者の頃のように、出来ると思い込んでしまうが、障害者なんだという事を常に認識していないと大怪我をする事になる。
まだ出来ると思いたいが、無効な希望を抱いていると大怪我をしかねない。
今の僕が障害者であり、日々その障害度は上がっているだと、しっかり認識する精神的強さを持たなければ行けない。
そして、呪文のように毎日書いているが。

一所懸命精一杯に頑張ります。
ポトフは美味しく出来ました。

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何をやらせても愚図な奴です、僕は。

2015年11月22日 20時14分49秒 | Weblog
千日連続ライブの時お世話になった天竜区の鈴木さんから先日の大昌寺ライブの感想と三枚のCDの注文があった。
そのうちの一枚、「東京」が無くなっていた。
すぐに焼いて作ればいいのに、刈り込み作業の疲れがとれない事を自分の言い訳にして、伸ばし伸ばしにしてしまった。
子どもの頃からずーっと一緒だ。
三つ子の魂百まで…そんなことわざがある。
まさしくその通りだ。
これではいけない、グズグズ引きずって物事を引き伸ばすたびに反省する。
だが又繰り返して反省する。
その繰り返しでもう63歳になる。
同じ事ばかりで反省を繰り返しても一ミリも成長出来ない情けない男だ。

だけど、駄目な自分もふくめて高橋忠史だから、これからもおなじ反省を繰り返しながらも精一杯頑張っていこう。
どこまで情けなくても、一所懸命精一杯頑張って生きていこう。


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待ちぼうけ

2015年11月21日 21時19分37秒 | Weblog
目覚ましは、6時半に設定してあるが、目覚ましが起動する前に目覚める。
疲労が蓄積しているのだろう、目覚めてもなかなか起き上がれない。
昨日も一昨日も、やっと起き上がった後、今日は美観部の仕事休ましてもらおう。
本気でだるいから、本気でそう思う。

でも、おやじ会議に出ると、どんなにふらついていても手伝う約束をしてしまう。
今日出来ることを一所懸命精一杯頑張る。

美観部の秋の刈込みは今日で総て終了。
作業はまだまだ続くが、後は座り仕事だからこれからは倒れる心配はなく、安全に作業を手伝える。
足でまといならなくて済む、よかった。

夕方、孫たちと食事をするというので、マンションに出かけたが、マンションの玄関先で立ったまま40分待ったが、連絡をくれるといっていた典子さんからは連絡が無く、こちらからメールしても返事がない。
立っているのも疲れてしまって、アパートに帰ることにした。
行って帰って来ただけの3時間。
待ちぼうけだけで終ってしまった。
よくある事だから、しゃーないか。
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