読書日和

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「あかりの湖畔」青山七恵

2014-12-06 20:54:28 | 小説
今回ご紹介するのは「あかりの湖畔」(著:青山七恵)です。

-----内容-----
湖のほとりにある「お休み処・風弓亭」の三姉妹。
次女の悠は女優を目指し、高校生の花映も外の世界に憧れ、一人長女の灯子だけが、生まれ育ったこの場所でいつまでも変わらぬ生活を望んでいた。
ある日、姉妹の前に一人の青年が現れる。
「運命を変える」出会いが、封じられた記憶を揺さぶって―
大切な家族だからこそ、打ち明けられない秘密がある。
人生の小さな分岐点を丹念に描き、心を静かにふるわせる傑作長編小説。

-----感想-----
今年の春から読みたいと思っていたこの作品、ついに今回読むことになりました。
冒頭の季節は梅雨が明けて、夏が始まる頃。
湖と緑の描写が良かったです。

湖に落ちる日の光は水の上に跳ね、いくつもの細かなイガの形となって躍っていた。
湖面が凍っていなければそれは特別珍しい景色でもないのだけれど、雨が終わったあとのこの濃い緑の季節にだけ、灯子はそこに音楽を聴く心地がした。
大きく息を吸うと、肺の中で緑に染まった細かな音符が弾け、なめらかな旋律が体に広がっていくようだった。

水のほとりで緑に囲まれて日の光を浴びながら、リラックスして深呼吸している様子が凄く上手く表現されていると思いました。

三姉妹の長女、久米灯子は26歳。
湖畔で食堂を営むお休み処、風弓亭(ふうきゅうてい)の主として働いています。
そして風弓亭は灯子たち家族が住んでいる場所でもあります。
次女の悠は髪も短くしていて活発なタイプ。
短大を出て数年とあったので23歳前後のようです。
三女の花映は高校二年生。
三姉妹の父は源三と言います。
従兄弟の俊介は三女の花映と同い年の高校生で、よく花映をからかったりからかい返されたりしています。

案内所の事務員になってからの源三は、毎日自分でアイロンをかけた白いワイシャツに細かい格子柄のネクタイをきっちりと締めて、朝の食卓に現れた。
仕事が終わって帰宅すると、すぐに自室で昼間の服を脱いでしまい、夕食にはくたびれた寝巻姿で出てくる。
朝に見送ったいかにも事務員らしい格好の父が、夜はそんなふうにちんまり落ち着いているのを見るにつけ、なんだか新札の千円が百円玉十枚になって座っているようで、灯子はときどき笑ってしまうのだった。

この「新札の千円が百円玉十枚」の表現は面白いなと思いました。
春から初夏にかけて何冊か作品を読んだ時にも思いましたが、青山七恵さんはやはり表現力が抜群に高いと思います。
同年代の作家さんということでよく引き合いに出す綿矢りささんを上回っているかも知れないとまで思いました。

灯子は風弓亭に執着を持っています。
序盤でただ「執着しているのは自分だけだ」とあり、なぜ執着しているのか気になりました。

源三の妹で三姉妹の叔母の芳子は毎日風弓亭を手伝いに来ています。
従兄弟の俊介は芳子の息子です。
淳次という人もよく出てきます。
淳次と灯子は同い年で小さい頃から仲が良く、血はつながっていないが親戚です。
作中である人物を除くとただ一人灯子のことを「トト」と幼い頃の愛称で呼ぶ人でもあります。

木曜日は灯子の定休日です。
風弓亭に定休日はないですが、木曜日だけはいつもは街で働いている悠が灯子の代わりに店番をしてくれます。
木曜日になると灯子は温泉街まで下りて親友の清(きよ)に会いに行きます。
この描写から、風弓亭は山のほうにあることが分かります
ネットで調べてみたら、どうやら群馬県の榛名山、伊香保温泉、高崎市の辺りがモデルになっているようです。
風弓亭があるのは榛名山で、温泉街は伊香保温泉のことだと思います。
また、清が中居として住み込みで働く丹下楼(たんげろう)という旅館の描写では、箱根の温泉街が思い浮かびました。
清が灯子を引っ張り出してきた合コンの場で灯子のことを「天上の人」と言っていたように、ごみごみとした俗世間から隔絶された場所に居ることが分かります。

東京からやってきた橋本辰生という青年の出現は、やがて灯子たち家族の日常に変化をもたらします。
辰生は東京には帰らずにひいらぎホテルというところで働くことになります。

灯子は悠の彼氏の隆史と顔を会わせることはめったにないとありました。
何かがあるなと気になりました。
読んでいくと灯子は悠の彼氏の隆史が好きで、しかしその気持ちに蓋をしていることが分かります。

夏が終わる頃、花映が17歳になりました。
そこで灯子が思う花映についての描写がありました。

若い花映が家の中でのびのび生きているというだけで、灯子はこの一家がずいぶん救われているという思いがした。
油断するとすぐに家じゅうに忍び込もうとする、形のない不安も寂しさも、そのすっと気持ちよく伸びた腕や足で、軽やかに蹴散らされる気がする。
花映は一家の薬箱に残された最後の特効薬のようだった。


何だかこの一家が随分疲れているようで、なぜそうなっているのか、原因が気になりました。

悠には東京に行って女優になるという夢があります。
年が明けたらすぐに隆史とともに上京し、劇団の研修生になるとのことです。

灯子たちの母親は消息不明になっています。
これも過去に何があったのか気になりました。

ある時、灯子は辰生から悠が湖の近くにある山荘の前で泣いていたと聞かされます。
普段活発で泣くところのあまり想像できない悠がなぜ泣いていたのか灯子は気になっていました。
辰生はひいらぎホテルで働き始めてから、風弓亭によく来るようになっていました。

またある時、花映が男の人と二人で歩いているのを清が見ていました。
灯子はそれを聞いて胸騒ぎがします。
本当なら学校にいるはずの時間だったし、相手の人も花映が話していた人とは全然違う人だったからです。
このことでやがて花映と口論になります。

「わたしが誰と付き合ったってお姉ちゃんに関係ないでしょ?わたし、お姉ちゃんみたいにはなりたくない。こんな山奥で、なんにもしないで、一日中ぼんやりしてる人になんか、なりたくない」

灯子、悠、花映の三姉妹を中心にそれまでの日常に少し変化が起き、徐々に波紋を広げていきます。
悠が泣いていたという山荘、灯子はその山荘に秘密があります。

やはりいつかはここに戻ってこなくてはいけないのだ、それが、きっと、運命というものなのだ…

灯子が一家の疲弊を心境吐露していたのにもつながっているであろうこの秘密、気になるところでした。
そしてそれは消息不明になった母親にも関係することでした。

終盤は父の秘密、さらには辰生の秘密も明らかになり、驚きの展開でした。
ゆったりとしていた物語に緊張が生まれていました。
純文学らしい繊細な表現とミステリアスさが合わさった面白い作品だと思います。


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