読書日和

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「お待ちしてます 下町和菓子 栗丸堂」似鳥航一

2015-01-03 22:12:29 | 小説
今回ご紹介するのは「お待ちしてます 下町和菓子 栗丸堂」(著:似鳥航一)です。

-----内容-----
浅草の一角で、町並みに溶け込むかのように佇む栗丸堂。
最近店を継いだ若い主人の名は栗田仁という。
精悍にすぎる容貌で、どこか危なっかしいが腕は確かだ。
とはいえ、店の切り盛りは別物で。
心配した知人が紹介したのが葵だった。
若い女性に教わるのを潔しとしない職人気質の栗田。
だが、葵との出会いが、栗田の和菓子を大きく変えることになる。
和菓子のやさしい味わいがもたらす、珍騒動の数々。
下町の温かさ、そしてにぎやかさに触れるひとときをどうぞ。

-----感想-----
東京、浅草の下町の人々が行き交うオレンジ通りのどこかに密やかに佇む和菓子屋、栗丸堂。
唐茶色の暖簾に達筆で『甘味処栗丸堂』と書かれた店は明治から四代続く老舗です。
栗丸堂は店頭で和菓子を販売する他に、甘味茶房も兼ねています。
栗丸堂の店主、栗田仁は19歳。
一緒に働く中之条は18歳で、三年前に中学卒業後すぐに弟子入りした和菓子職人です。
もう一人の赤木志保は20代後半の江戸っ子口調が印象的な強気な風貌の女性で、茶房と菓子の販売業務を志保がこなしています。
そして栗田仁と中之条の職人二人が作業場で菓子を作るのが今の栗丸堂における役割分担です。

最初の話「豆大福」の冒頭に「電気ブランで有名な日本初のバー」とあり、私は森見登美彦さんの「夜は短し歩けよ乙女」「有頂天家族」が思い浮かびました。
これらの作品に出てくる「偽電気ブラン」は東京浅草の電気ブランをまねて造ったとあり、その電気ブランとは浅草にある神谷バーの創業者、神谷伝兵衛が作ったアルコール飲料です
「お待ちしてます 下町和菓子 栗丸堂」にもこのお酒のことが出てきて、思った以上に有名なのだなと思いました。

「練り切り」という和菓子は興味深かったです。
練り切りとは、こし餡に求肥(ぎゅうひ)などを加えて練ったものに細工を施し、四季の風物を表現する生菓子のことだ。
茶席の主菓子(おもがし)などによく使われる。

これはいつだったかテレビで作っている様子を見たことがあります。
「味と外観の両面から楽しめるが、造形には美的感性を伴う技術が必要だ」ともあり、作るのがとても難しい和菓子のようです。

栗田仁の両親は一年前、交通事故で他界しています。
そして栗田は大学に休学届けを出し、栗丸堂の四代目として店を継ぐ決意をしました。
幼い頃から両親に和菓子の技術を教わってきただけあって腕は確かですが、現状では売上が厳しく、全盛期の半分にも満たないとのことです。

豆大福は栗丸堂の創業以来の名物です。
「豆大福は分類的には朝生菓子であり、朝作って当日中に食べることが推奨される」とありました。
作りたての餅生地はほっとするほど柔らかく、詰まった餡は清新で爽やかな甘さ。
二、三口で食べきれる程良い大きさと、豆が水玉状にころころと浮き出している外観は愛らしくて心が和む。

とあり、私も作り立ての豆大福を食べたくなってきました

田邊公夫というサンパウロフーズ株式会社取締役の男は栗丸堂の豆大福に思い出があります。
その田邊が栗田の幼馴染みでもある八神由加に連れられ栗丸堂にやってきて、20年ぶりに豆大福を食べた時、以前と味が違いあの時食べたものとは別物だと言われ、栗田はショックを受けます。
実は栗田自身気付いてはいたことで、両親がやっていた時よりもわずかに豆大福の味が落ちていました。

豆大福の件で悩む栗田は気分転換のために馴染みの喫茶店に行きます
ここのマスターは今年34歳になる野性的な雰囲気の男で、豆大福のことで悩んで試行錯誤している栗田のために「和菓子のお嬢様」を呼んでくれます。
そのお嬢様は名前を葵と言い、最初は人見知りをしていたが、慣れてくると明るい天然キャラぶりを発揮し出します。
「はいー」のように語尾の間延びした話し方が印象的な20歳の人です。
話し方とは裏腹に自分より1つ年上なことに栗田は驚いていました。


栗田が葵に浅草案内をしてあげるのですが、その時に出てきた「雷門の提灯は松下幸之助が寄贈した」というのは知りませんでした。
また、浅草寺は行ったことがありますが、その向こうにあるという浅草神社は行ったことがないです。
そして「浅草神社は東京で最も格が低いという説がある」というのは興味深かったです。
東京の下町、浅草にまつわる色々なことが語られているのがこの作品の特徴です。

葵は甘いものを食べるだけで、どんな材料からどう作られたのか分かるという力を持っています。
栗田の話では「凄腕の料理人ならそれに近い真似ができる」とのことです。
その力を使い、葵は栗田が作っている豆大福の問題点を明らかにしてくれます。
栗田の豆大福の餡が先代の味と違っていた理由は意外なもので、灰汁(あく)を除く渋切りという作業の奥深さを知ることになりました。
栗田が葵のことを形容した「和菓子アドバイザー」という言葉が印象的で、職人気質の栗田も葵の実力を認めていました。

また、ある人物が栗丸堂の評判を上げたくてやらせの雑誌記事をでっちあげようとした時、栗田は「日本人がすることじゃねえよ」と怒っていました。
やらせの記事で無理やり絶賛して評判を上げるようなやり方は栗田の日本人の心が許さないのだと思います。


第二話は「どら焼き」。
小学四年生の頃から因縁のある浅羽怜(あさばりょう)の誘いを受けて、栗田は葵とともに浅羽の大学の大学祭に出掛けます。

またこの話では葵のことが少しだけ明らかになります。
「わたしの家って少し変わってまして、困りごとを抱えた人たちが時々相談に見えたりするんです」
他のことには流暢な葵の口がこの件に関しては重く、何か事情があるのだろうなと思いました。
性格的には
「相手と接点を見出すと割とずけずけと物を言い、物怖じせずに行動する。自分の興味に忠実なタイプの女性だ」
と栗田は見ていました。

大学祭を訪れた栗田と葵は浅羽が模擬店で作ったベビーカステラを食べることになります。
祭りの屋台などのベビーカステラは、表面がさくっと香ばしくて中は柔らかく、一種のスナック感覚で食べられるものが多いが、これは毛色が違う。
良い意味での手作り感というべきか、甘さが抑えられており、生地は濃い卵色でしっとりめ。
ほくほくと噛むたびに、素朴ながらも確かな旨味が口内に広がる。
おそらく牛乳やバターを使わず、卵と砂糖とハチミツと薄力粉だけでシンプルに構成しているのだろう。
スナックというより、おやつと表現したくなる、どこか懐かしさを誘う味だ。

このベビーカステラもかなり興味を惹きました。
屋台のベビーカステラは私も食べたことがあって、サクサクしていて美味しいです
栗田と葵が食べた「おやつと表現したくなる、どこか懐かしさを誘う味」のベビーカステラも食べてみたいなと思いました。

ただ浅羽は和菓子が嫌いらしく、栗田を怒らせることを言っていました。
「和菓子って味も単調だし、ヴィジュアル的にも地味じゃん?俺的には、やっぱカステラとかそういう洋菓子じゃないと食べる気しないわけ」

激怒する栗田をなだめつつ、葵は浅羽に言います。
「今から数時間以内にわたしがあなたの和菓子嫌いを直してあげます」

そして葵は栗田とともに大学祭で和菓子研究会が行っている大クイズ大会に出場。
優勝商品の「小豆の大納言」を取りにいきます。

大納言とは小豆の品種だ。
粒が大きく、糖分が多く、味が強い。
見た目も光沢感があって美しく、高級和菓子の作製時によく使われる。
煮た時に皮が破れにくく『腹切れ』しないため、切腹の習慣がない役職の大納言になぞらえ、そう名付けられたという。


この大納言を使って葵と栗田はどら焼きを作りました。
ベビーカステラ用の生地をお玉でホットプレートに流せばどら焼きの皮を作ることができます。
大納言で作った餡を挟めばどら焼きの完成です。

ふんわりめ、それでいて軽い湿り気を含むしっとりした生地と、粒の形が分かる旨味たっぷりの餡が絶妙に調和していて、間違いなく美味だ。
卵が醸し出す、優しい芳ばしさ。
豆の風味豊かな、程好い餡の甘さ。
素朴で懐かしく、それでいて良いものはやっぱり良いと素直に思える和の味だ。
日本人に生まれてきて良かったと、身体の底からしみじみ感じられる、ほんわかした幸せの味わい。


このどら焼きの描写はかなり良いなと思いました
私もどら焼きが食べたくなりましたし、この作品を読んでいると色々な和菓子を食べたくなります


第三話は「干菓子(ひがし)」。
この話では「酉の市」が登場します。

酉の市とは、開運と商売繁盛を願い、毎年11月の酉の日に、日本各地の鷲(おおとり)神社ないし大鳥神社で行われる祭礼だ。
酉の日は十二支を元に、十二日ごとに割り振られるから、11月でも二度ある年と三度ある年がある。
最初の酉の日から『一の酉」、『二の酉』、『三の酉」と呼び、今日はその三番目。
秋の浅草の風物詩、鷲神社で催される酉の市の最終日だった。


浅草、鷲神社の酉の市には毎年のように行っていて縁も深いので登場して嬉しかったです^^
熊手についても語られていました。

これから迎える新しい年を景気の良いものにしようと、露店で縁起熊手を買っている者もいる。
これは大鳥こと鷲が獲物を鷲摑みにするように、熊手で『福を掻き込む』、『富を掃き込む』という言葉遊びが由来の御守りだ。


この話には澄野小春という人が登場します。
小春は栗田より6歳年上の「近所のお姉さん」的存在で、栗田も宿題を見てもらったりしてお世話になっていました。
結婚していて聡という2歳になったばかりの子どもがいて、結婚前の苗字は吉良と言います。
小春は家を不審者が覗いていることに悩まされていました。

もう一人この作品に出てくるのが小春の父親の吉良文規(ふみのり)。
「短く切り揃えた白髪の目立つ頭と、日に焼けた強面が印象的で、態度はぶっきらぼうだが人情に厚い、根っからの浅草人」とのことです。
べらんめえ口調のちゃきちゃきの江戸っ子で、小春は結婚に猛反対されたのが決定的で父のことが大嫌いになり、親子仲はすっかり冷え切ってしまっていました。

この話では「干菓子」が重要なキーワードになります。
干菓子とは、水分含有量が10%未満の、日持ちする和菓子を指す。
浅草名物として有名な雷おこしを始め、おかきや煎餅やあられなどの米菓、金平糖やボーロなど、種類は多岐にわたる。


また、この作品では「落雁と和三盆の混同」が興味深かったです。
落雁の一例としてはお盆のシーズンにスーパーでよく売っている花を象った干菓子で、これは仏前に供えるのが一義的な目的であり食べることは二の次の菓子となっています。
話の中で小春や文規はこれを和三盆だと思っていましたが、実際には落雁です。
和三盆とは砂糖のことで、葵が以下のように語っていました。

「勘違いされてる方が多いのですが、和三盆というのは砂糖のことですよ。伝統的な製法で作られる高級砂糖の代名詞で、産地は香川県や徳島県などですね。上等な和菓子を作る際よく使われ、もちろん干菓子にも用いられます」

私の場合は西武百貨店池袋本店のデパ地下でよく「和三盆のラスク」を買っていたので、和三盆が砂糖のことだと知っていました。

また文規が和三盆と勘違いした落雁について言っていた「滅法界甘いもんだぞ」という言い回しが印象的でした。
「滅法○○」という言い回しなら私も使うのですが、「滅法界」は使ったことがありません。
そこで調べてみると意味は滅法と同じとのことでした。
ひょっとすると昔ながらのちゃきちゃきの江戸っ子が「滅法界」を使うのかも知れません。

各話で「和菓子」によってトラブルが解決しています。
職人気質の栗田と飄々とした葵の会話が絶妙で、読んでいて面白かったです。
また葵には手に謎の傷痕があったりと、家のことと合わせて複雑な事情があるようです。
続編でそこが明らかになっていくのだと思います。
楽しい作品で読みやすかったので続編も読んでみたいと思います


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