読書日和

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「舞台」西加奈子

2017-04-01 20:43:50 | 小説


今回ご紹介するのは「舞台」(著:西加奈子)です。

-----内容-----
太宰治『人間失格』を愛する29歳の葉太。
初めての海外、ガイドブックを丸暗記してニューヨーク旅行に臨むが、初日の盗難で無一文になる。
間抜けと哀れまれることに耐えられずあくまで平然と振る舞おうとしたことで、旅は一日4ドルの極限生活にー。
命がけで「自分」を獲得してゆく青年の格闘が胸を打つ傑作長編。

-----感想-----
語り手は29歳で現在無職の葉太(ようた)で、ニューヨークで立ち寄ったお店で朝食を食べているところから物語が始まります。
外れのお店だったようで、注文した「アメリカンブレックファスト」のパンとコーヒー、オムレツの不味さに心の中で不満を言っていました。
同じく心の中での「アメリカ人にとってコーヒーは水みたいなものだと、聞いていたのだ。スタバに入るのが一番安全だとも、聞いていたのだ」という言葉は興味深かったです。
アメリカはスターバックス発祥の国でもあり、コーヒーの美味しい国かと漠然と思っていたのですが、実際には不味いお店が多いようです

葉太は知名度の高い作家だった父の残したお金で初めての一人旅をし、初めてニューヨークに来ました。
葉太は昔からはしゃいだ人間にはバチが当たると思っていて、「はしゃぐな」と自分自身に言い聞かせてきました。
しかし初めてのニューヨークを前にはしゃいだ気持ちになります。
何とかはしゃがないように気持ちを押さえ込もうとしていて、セントラルパークを前にした時の「ここでうっかり歩く速度を上げると、セントラルパークを見つけ浮かれている観光客と思われかねない」という心境など、何だか周りの目を気にしすぎていて自意識過剰だと思いました。
それでいて周りの人間を胸中で見下したり馬鹿にしたりしていました。
例えばセントラルパークでリスや鳩に餌をやる老婆を見かけたら「セントラルパークでリスや鳩に餌をやる心優しい老婆を演じている」と決め付け馬鹿にしていました。
周りの人を胸中で勝ち誇ったように馬鹿にする様子は度が過ぎていて痛々しいほどでした。
自分自身も「演じている」のですが、そこは見ないようにしてことさら他人を馬鹿にしているのもまた痛々しかったです。

葉太はセントラルパークで「小紋扇子(こもんせんす)」というペンネームの大好きな作家の新作小説を読もうとしていました。
セントラルパーク内を歩いて行き、ついに小説を読むのに良さそうな場所に巡り会いさっそく読もうとしたその時、泥棒にバッグを盗まれてしまいます。
ここでも自意識過剰な葉太は周りのアメリカ人達には意味の分からない日本語で叫んでも馬鹿にされるのではと思い、叫んだり犯人を追いかけたりすることもなくそのまま見送っていました。
周りの目が気になりすぎてがんじがらめになってしまっていると思いました。

バッグには財布やパスポートなどが入っていました。
日本総領事館に行ってパスポートを再発行してもらわないとなのですが、「初日で盗難(笑)」と総領事館の人から馬鹿にされるのではと思い、3、4日経ってから行くことにします。
手持ちの資金はポケットに入っていた12ドルしかなく、一気に極貧生活の苦境に立たされます。

空腹に悩まされる葉太は、どうにか安い食べ物を見つけていきます。
ボリュームのある90セントのピザを売ってくれるピザ屋では店員の目を気にせずその場で立ったままピザを頬張っていました。
これは常に人の目を気にする葉太には異例のことでした。
「これまでだったら「どれどけ腹が減ってるんだ」と思われるのが嫌で、新幹線の中で駅弁を食べるときも、新横浜駅を通過するのを待っていたほどだったのに」という言葉は目を引きました。
私も結構人の目を気にしてしまいがちなのですが、まさか駅弁を食べるタイミングにまで人の目を気にしているとは相当だなと思います。
私の場合は新幹線の中では小説を読んだりしたいため、駅弁は東京駅を出発したらすぐに食べ新横浜駅に着く頃には食べ終わるようにすることが多いです。

やはり空腹の威力はすごい。乾いた、ほとんど具の載っていないピザを、こんなに美味いと思うなんて。そして、人の目を、こんなにも気にしないですむなんて。
これはあまりにお腹が空いていると、もはや人の目を気にする余裕もないということだと思います。
バッグを盗まれて極貧生活になったことで、葉太は食べ物を食べる時には人の目を気にせずに振る舞うことができました。

葉太は父に鬱屈した思いを持っています。
バッグを盗まれる前も盗まれた後も、父の「なりたかった自分を演じる姿」への蔑みの思いなどを何度も胸中で吐露していました。
「嫌い」ともはっきり言っていて明らかに父を嫌っていました。
しかし葉太はその嫌っている父の遺したお金を使ってニューヨークに一人旅をしていて、この矛盾が人間らしいと思いました。
嫌いなのに父のお金に頼ってもいて、それは「名前も聞きたくない」というほどに嫌っているわけではないということだと思います。

極貧生活の日にちが経つごとに、葉太は次第に精神が不安定になっていきます。
躁鬱状態になっていて、異様に明るくなって外を歩きながら色々な人に陽気に声をかけたりすることもあれば、それを後悔して落ち込むこともあります。
本人も危険な精神状態になっていることを自覚していました。

葉太には亡霊が見えるという特異な体質があります。
ニューヨークでも何度も葉太が亡霊を見る場面があり、しかしただ亡霊が見えるだけで特に事件が起きたりはしないので、亡霊が見えることに深い意味はないのかなとも思いました。
それが後半でこの体質が生かされる場面があり、物語の構成が上手いなと思いました。

また、この小説ではニューヨークについてのガイドブックに書かれている言葉が何度も出てきます。
しかし葉太がこのガイドブックを手に持って読んでいる場面は出てこなかったので、一体このガイドブックはどこにあるのかなと思いました。
これも後半でどんなガイドブックなのか分かる場面があり、しかもかなり意味のあるガイドブックで、やはり物語構成が上手いと思いました。


会話がほとんどないのがこの小説の特徴で、その会話の代わりのように自分自身の心の中での思い、考えたことがたくさん綴られていました。
自分自身の心の声、沸き上がってくる思いと向き合う小説だと思います。
2015年には「サラバ!」で直木賞を受賞された作家さんでもあり、物語構成が凄く上手いと思いました。
またいずれ他の作品を読んでみたいと思います。


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