読書日和

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「背律」吉田恭教

2016-05-02 16:11:30 | 小説


今回ご紹介するのは「背律」(著:吉田恭教)です。

-----内容-----
男性医師が自宅マンションで死体で発見された。
発見者は婚約者とその妹。
死亡推定時刻に同僚医師が被害者宅を訪れていたことがわかり、捜査は順調に進展するかと思われた。
いっぽう厚労省の医療事故調査チームは手術ミスの告発を受けて、被害者のいた病院を調べていた。
殺人事件と告発は関係しているのか、それとも……。
通低する哀しく切実なテーマが、医療サスペンスと本格ミステリーを融合させる!

-----感想-----
本屋で小説を見ていた時、この作品のタイトルと表紙、帯に書かれていた文言が目を惹きました。
帯の裏面には次のように書かれていました。

ALS……筋萎縮性側索硬化症。1年間に人口10万人あたり1人から2人程度が発症するといわれる、筋肉の萎縮と筋力低下をきたす神経変性疾患。患者の半数ほどが、発症後3年から5年で呼吸筋に麻痺がはじまるとされる。また、知覚障害や感覚障害が起こりにくいことも特徴。有効な治療法はまだない。

この言葉と、タイトルの「背律」が「法律に背く」という意味と考えられること、さらに帯の表面には「あなたなら、どうしますか」とあることから、ALSの患者さんが安楽死を望んでいて、医師が法律に背いてその望みのとおりにし、安楽死について読者に問うような物語なのかなという印象を持ちました。

プロローグで呼吸筋に麻痺の始まったALS患者に人工呼吸器が取り付けられた6年後、真田明菜は姉の由香里とともに東京都府中市の霊園に両親の墓参りに来ていました。
その日は父の六度目の命日でした。

父に人工呼吸器を付けるかを巡って母と由香里は激しく対立しました。
父は医師にも家族にも呼吸筋の麻痺が始まっても人工呼吸器は付けないでくれと一貫して言っていたのですが、母は延命させたいと言い、由香里は父の意思を尊重すべきと言っていました。
そして由香里がいない間に母は父の担当である長谷部医院の院長に人工呼吸器の装着を頼みます。
この時院長は「現行の医療法では、一度装着した人工呼吸器は、患者さんが亡くなられるまで何があっても外すことができません。本当にいいんですね」と言っていました。
母は「お願いします。きっと主人は天寿を全うしたいと望んでいます」と言っていましたが、この時既に全身が麻痺して声も出ない状態の父は「あれほど人工呼吸器は付けるなと言ったのに何てことをするんだ」と心の中で激怒していました。
人工呼吸器を着けてから一年後、父は亡くなりました。
その四年後に母も膵臓癌で亡くなっています。

真田由香里は東京の港区三田にある旺林医大病院神経内科に医師として、明菜は同じ病院の小児科に看護師として勤務しています。
由香里には長谷部優樹という婚約者がいます。
真田家のホームドクターである長谷部院長の次男で、由香里と同じ旺林医大病院神経内科に主任医師として勤務していて、年齢は由香里より5歳上の33歳です。

両親の墓参りから帰る時、長谷部と電話で話した由香里はまず新宿で買い物をしてから恵比寿にある長谷部のマンションに行くことを伝えました。
明菜は長谷部に免許を取ったばかりで車の運転は大丈夫かと揶揄されて言い返したりしていました。

そして二人が新宿での買い物を終えて長谷部のマンションに行くと、部屋がめちゃくちゃになっていて、襲撃されて血だらけで倒れている長谷部の姿がありました。
既に長谷部の心肺は停止していました。
医師刺殺事件が幕を開けます。

落合美里は警視庁本庁に籍を置き、捜査一課第四強行犯捜査第九係第五班に所属する刑事です。
遠藤という男が班長をしています。
「渋谷区恵比寿で起きた医師刺殺事件」の第一回捜査会議で、安住豊という同僚医師が事件のあった日に長谷部に電話をしていて、その内容を聞くと「プライベートなこと」の一点ばりで内容を話したがらないでいることが明らかになります。
一体何を話していたのか気になるところでした。
捜査の割り振りが決められ、美里は渋谷警察署刑事課の奥本という中年男性と組んで捜査を進めることになります。

大内山碧は国家公務員U+2160種試験に合格して東京都霞が関にある厚生労働省医療安全推進室で働くキャリア官僚。
碧は唐突に室長から医療事故調査支援センターへの出向を命じられます。
このセンターには「厚労省一の怠け者」と呼ばれる向井俊介という男も出向してきていて、碧は医療事故の調査を向井と組んで進めることになってしまい愕然とします。

物語は明菜、美里、碧、この3人が順番に語り少しずつ進んでいきます。

美里は長谷部について聞き込みをしていきます。
そうすると前の婚約者と婚約破棄していたことが明らかになります。
前婚約者は同じく旺林医大病院の総合内科に勤める桐生紗季医師で、美里によると「超の字がつく美人とは聞いていたが、まさかこれほどの美形とは思わなかった」とのことで、圧倒的な美人で性格も良く、なぜ長谷部は一方的にこの人との婚約を破棄したのか気になりました。
また事件当日に長谷部に電話をしていた肝臓外科の安住医師が1ヶ月ほど前、長谷部と激しく口論していたことが明らかになります。
安住は事件当日の死亡推定時刻に長谷部の部屋を訪れているのが防犯カメラにも写っていて、最も怪しい人物でした。
このほか、長谷部と仲の良かった脳神経外科の坂本医師も事件当日の死亡推定時刻に長谷部の部屋を訪れていました。
何人かの人物が捜査線上に浮上してきます。

碧は向井とともに旺林医大病院の肝臓外科を調査することになります。
ここ二年間で同一医師による腹腔鏡を使った肝臓手術で患者7人が死亡し、さらに同医師が執刀した開腹手術でも過去3年間で6人が死亡していて、明らかに患者の死亡数が多いです。
その医師は安住医師でした。
ちなみに医療事故調査支援センターは向井を助手としてあてがったのですが当の向井は助手になる気は全くなく、最初から自由奔放に振る舞って碧を困らせます。
旺林医大病院の院長や事務長、医師や看護師などから話を聞く際にも向井はスマホをいじってばかりいて、とても話を聞く態度ではなかったです。
ただ時折鋭いことを言うことがあり、碧は振り回されっぱなしでイラついてはいるものの、次第に向井の「厚労省一の怠け者で全く役に立たない」という印象を改めることになります。
碧はイラついてばかりですが碧と向井の会話は面白いです。
旺林医大で院長に話を聞いた際、院内の誰かから、安住の手術について院長に対して内部告発があったことが明らかになります。

安住の医療ミス疑惑の内部告発について、向井が「内部告発が良心によるものとは限らない」と言っていたのは印象的でした。
碧は「院内に良心的な人がいたのでは」と言っていましたが向井は「その人物が個人的に安住医師を恨んでいる可能性もある」と言っていてなるほどと思いました。
何かと問題の多い安住医師なのでその可能性は十分あると思いました。
また、物凄い美人の桐生医師の母が安住医師の手術で亡くなっていたことも明らかになります。
婚約を破棄されたことで動機を持つ桐生医師が長谷部を殺害し、母を死なされたことで恨みを持つ安住を陥れるために何らかの方法で長谷部の部屋に呼び寄せ、罪を擦り付けようとした可能性も考えられます。

やがて物語が進むと刑事である美里と医療事故調査をする碧・向井が旺林医大病院内で遭遇する場面が出てきます。
ここでは美里が「肝臓外科の安住医師のことを調べているのはなぜか」と聞きますが向井は全く相手にせずあしらっていて、美里は激怒していました。

そしてまさかの第二の犠牲者が出ます。
自殺か他殺か、また二つの事件は同一犯なのか別の犯人なのか、気になるところでした。

帯にALSのことが書かれていたので冒頭だけではなくどこかで物語に絡んでくると思ったら、やはり終盤で絡んできました。
長谷部も真田姉妹の父親だけではなく意外なところでALSと関わりがありました。
そして予想どおり「尊厳死」についての問題が出てきました。
美里と向井は対立していましたが、それぞれの発言からヒントを得て結果的には協力して捜査を進めていました。

この作品は文字の間違い(誤植)が多く、そこは残念でした。
普段よく読む純文学、大衆文学の小説とは違うタイプの小説なのであまり文字間違いの校正をしないのかなと思いました。
ミスが多くなるとせっかくの盛り上がる展開に水を差すことになるので気をつけたほうが良いのではと思います。
内容はミステリー小説だけに誰が犯人なのか楽しめる作品でした。
ALSはどこかで必ず関わってくると思いましたがそんな関わり方をしているとはと驚かされました。


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