読書日和

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「静かな雨」宮下奈都

2017-01-02 14:39:02 | 小説


2017年最初の小説レビューです。
今回ご紹介するのは「静かな雨」(著:宮下奈都)です。

-----内容-----
忘れても忘れても、ふたりの世界は失われない。
新しい記憶を留めておけないこよみと、彼女の存在がすべてだった行助(ゆきすけ)。
「羊と鋼の森」と対をなす、著者の原点にして本屋大賞受賞第一作。

-----感想-----
2004年に文學界新人賞佳作に入選した宮下奈都さんのデビュー作が単行本化されたので読んでみました。
冒頭、クリスマスの日に行助は会社が倒れたことにより無職になります。
幸い年が明けてすぐ昔いた大学の研究室の助手という職を得ます。

ある日行助は最寄り駅の近くにあるたいやき屋に寄りそれが思いの外美味しかったことからそのたいやき屋に興味を持ちます。
そのたいやき屋はこよみという女の子が切り盛りしていて、学生からは「こよみちゃん」、大人からは「こよみさん」と呼ばれ親しまれています。
行助はこよみに好意を抱くようになり、たいやきを買いつつ話をするようになります。

たいやきについてこよみが「食べるのは急がないと、味が全然違っちゃうもの」と言っていたのはそのとおりだと思いました。
たいやきは買った瞬間はカリッとしていて時間が経つとしっとりとしてきます。
そしてカリッとしている時のほうが風味も良いので早めに食べたほうがより美味しく食べられると思います。

行助は生まれつき足に麻痺がありずっと松葉杖を使っています。
そんな行助を見てこよみは「瞳に秋の夜みたいな色と、あきらめの色がある」と言います。
「あきらめを知ってる人ってすぐにわかるの。ずっとそういう人たちを見てきたから。あきらめるのってとても大事なことだと思う」
これを言った時のこよみの声は優しかったとあり、こよみはただ優しく朗らかなだけの人ではないことが伺われました。

ある日、こよみがひき逃げ事故に巻き込まれ、意識不明の重体になってしまいます。
なかなか目を覚まさなかったのですが3ヶ月と3日眠り続けた7月のある日、ついに目を覚まします。
しかし目を覚ましたこよみには高次脳機能障害という診断が下され、短期間しか新しい記憶を留めておけないことが明らかになります。
その日一日の、日付を跨ぐ前までなら夜になっても朝の記憶を忘れてはいませんが、寝て起きて次の日になると何もかも忘れ、事故に遭う日までの記憶に戻ってしまいます。
事故の日以降の新たな記憶を積み上げていくことができなくなったのです。
この記憶障害は第1回本屋大賞受賞作の「博士の愛した数式」の80分しか記憶が持たない数学者が思い浮かびました。
こよみは正式には「外因性精神障害」という診断になりました。

行助はこよみのそばにいて助けになってあげようとしますが、行助の姉が「覚悟はあるの?」と言ってきます。
行助は少なからずこよみに好意を持っているため姉はそこを心配していました。
一晩寝て起きると前の日の記憶が全てなくなってしまう人と恋人として付き合っていくのは甘いものではないです。

秋になりこよみはたいやき屋を再開します。
ある男子高校生がたいやき屋に来てこよみに学校での勉強のことを愚痴るのですが、「もう高校なんて辞めちゃいたい」「何のために勉強してんのかわかんないよ。勉強したら将来何かの役に立つと思う?」といった愚痴はいかにも子供っぽいと思いました。
辞めちゃいたいと言っていますが実際には辞める気はなく、「勉強にうんざりしている自分」をこよみさんに見てもらいたいだけにしか見えないです。

こよみはよく図書館で本を借りてきて、読んでみて気に入った場合に初めて買います。
そしてその中でさらに気に入った本を小さな本棚に残します。
行助はその本棚の中で同じ本が二冊あるのに気付きます。
読んでみると「記憶力をなくした数学者の話」とあり、これは明らかに「博士の愛した数式」のことだと思いました。
その本が出たのは2003年で「静かな雨」が発表されたのは2004年なので、執筆する時に「博士の愛した数式」が結構影響を与えたのかも知れないと思いました。

行助はこよみを守っていくのだと決心していたはずなのですが、ムカムカしていたことからこよみに前の日の記憶がなくなってしまうのを知っていて「昨日も言ったのに、忘れたの?」「覚えてないの?」と意地悪なことを言ってしまいます。
これは行助の弱さです。
一晩寝て起きると前の日の記憶が全てなくなってしまう人と恋人として付き合っていくのが甘いものではないというのが、こういうところにも現れてきます。

男子高校生は相変わらずたいやき屋に来てこよみに話しかけ続けます。
私は大して悩んでもいないのにさも悩んでいるように言い、悩んでいる自分をアピールするような人に良い印象は持たないです。
そしてそんな男子高校生の何もかもを見抜いた上で大人の対応をしてあげているこよみは偉いと思いました。

「静かな雨」は107ページという短い物語なので簡単に読むことができます。
デビュー作なのでさすがに最近の作品にして2016年本屋大賞受賞作でもある「羊と鋼の森」などと比べると文章表現力が見劣りしてしまいます。
それでも今日の宮下奈都さんの透き通るような静謐な文章の片鱗は見ることができ、今回作者の原点の小説を読むことができて良かったです。


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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
秋の気配 (latifa)
2017-09-09 19:06:24
はまかぜさん、こんにちは(^^)/
いち早く、読まれていたのですねー。
宮下さんのデビュー作が、今になって刊行されるなんて、人気が出た証拠なのでしょうね。
読めて嬉しかったです。

>私は大して悩んでもいないのにさも悩んでいるように言い、悩んでいる自分をアピールするような人に良い印象は持たないです。
 私もです。 おバカな私は、真剣になって相談にのってあげたりしたのに、後から、ほんとはそんなに悩んでなかったのね・・・って解って、がっかりしたことが結構ありました。

>そしてそんな男子高校生の何もかもを見抜いた上で大人の対応をしてあげているこよみは偉いと思いました。

 本当にね!まだ若いのに、凄く大人ですよね。
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latifaさんへ (はまかぜ)
2017-09-09 22:05:02
こんばんは
10年以上前のデビュー作が今になって刊行されるのは、やはり人気が出たからだと思います。
本屋大賞を受賞することができて良かったです。

真剣に相談に乗ったのに後から実はそんなに悩んでいなかったと分かるとがっかりしますね
悩んでいる自分を見せたいのではと思います。

こよみはとても偉いと思います
事故には遭いましたが、ぜひこの先の人生は幸せになってほしいと思います
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