読書日和

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「夢見るレシピ ゲストハウスわすれな荘」有間カオル

2014-12-30 16:36:20 | 小説
今回ご紹介するのは「夢見るレシピ ゲストハウスわすれな荘」(著:有間カオル)です。

-----内容-----
ここは東京の下町、山谷と呼ばれるかつてのドヤ街。
日雇い労働者が姿を消し、いま安宿を求めて訪れるのは、外国人旅行者と留学生たち。
家族とはうまくいかないし恋も不調、自分を抑えて生きてきた、そんな千花が故郷を飛びだし辿り着いたのは、マイペースなオーナーと、しっかり者の翔太が経営するゲストハウス「わすれな荘」。
個性豊かな住人たちとの賑やかな日常に、千花の心もほぐれていく。
でもみんな、それぞれに事情を抱えているようで……。
とびきり温かで美味しい、ひと冬の物語。
オリジナルレシピ付き。

-----感想-----
主人公は壁坂千花。
秋田県出身の26歳で、実家を出て東京にやってきました。
千花が降り立ったのは東京メトロ日比谷線の三ノ輪駅。
私はこの駅で降りたことはないですが、ひとつ手前の入谷駅には「酉の市」で鷲神社に行く時に降りています。
なので三ノ輪の描写に出てきた東京らしからぬひっそりとした雰囲気というのもよく分かります。
大規模なビルが立ち並ぶ都心の中心街とは違う、これこそが下町というものです。

兄夫婦が子どもが生まれたのをきっかけに実家に来て同居することになり、千花は母親に色々嫌味を言われ実家を追い出されてしまいました。
そして千花は「胸の奥で燻っていた不満と諦めが、これはチャンスだと囁いた。もう26。いや、まだ26。やり直せるかもしれない」と心の中で思っていました。
日本の首都、東京での暮らしに希望を持っていました。

しかし、恋人だと思っていた東京在住の下澤剛史に電話をかけたら冷たくあしらわれ失恋し、希望も一気に萎んでしまいました。
そんな状態で、すっかり沈んだ気持ちで三ノ輪の街を彷徨っていました。
転んだ千花が荷物をぶちまけてしまった時、海老原翔太という人が助けてくれました。
翔太は「わすれな荘」というゲストハウスでオーナーの代わりをしています
ゲストハウスはホテルとは少し違い、ハウスでの共同生活になるものの全室個室ではあります。
ご飯は基本自由で、みんなで何かを作って食べたりもします。
千花も「わすれな荘」にしばらく滞在することになり、狭い三畳の部屋での滞在が始まります。

他に「わすれな荘」に滞在しているのはベトナム人のクオン、神戸から来ている西条歌穂、ドイツ人のオリバーとヤン、ネパール人のスディール。
そして管理人の橋島大樹と、管理人に代わって「わすれな荘」を管理している海老原翔太で、合計8人です。

物語は以下のように構成されています。

Step1 ブイヤベースの包容力 ―レシピ ブイヤベース
Step2 ジャガイモは飢饉の他になにを救うか? ―レシピ バインミー
Step3 紅白クラムチャウダー対決 ―レシピ マンハッタン・クラムチャウダー
Step4 激辛料理は涙を隠して活を入れる ―レシピ エマダツィ
Step5 夢見るソウルフード ―レシピ きりたんぽ鍋

作品タイトルが「夢見るレシピ」なだけあって、どの章も料理の描写が出てきます。
みんなで作ったり食べたりしているのは読んでいて心が温まって良いものです
ブイヤベースには欠かせないソースだというルイユソースは、たぶん食べたことはあるものの名前は知りませんでした。
「マヨネーズに似た、だがマヨネーズよりも濃いオレンジ色のソース」とのことです。

ベトナム人のクオンはかなり料理が得意で日本語も上手なのですが、日本語の使い方に面白いところがあります。
以下、クオンと翔太のやり取りです。

「ワタシはこうやって原型のブイヤベースが好きデス。日本の鍋に似てますね。みんなで箸を突き合うのがいいデス」
「箸を突き合うじゃなくて、鍋を突き合う、な」
「こりゃ、一本取られたね」
「取ってねーよ」

このコントのようなやり取りが何度かあってなかなか面白かったです^^

オーナーの橋島大樹の初登場は衝撃的でした。
千花が最初ゴミと間違ったほどで、ボロボロの黒いコートを着て庭にうずくまっていました
管理人の仕事もせずに外を歩き、毎日ホームレス達と飲んでいるとのことです。
その橋島によると「わすれな荘」の正式名称は「ゲストハウス・ブリッジアイランド」で、玄関先に置いてあるわすれな草の大きな鉢が看板代わりになり、それを外国人客が「わすれな荘」と間違って読んだのが始まりで、それが口コミで広まっていき「わすれな荘」と呼ばれるようになったとのことです。

都会の人間関係は、ある程度距離を取ることが礼儀だと誰かが言っていた気がする。過干渉(パーソナルスペース)に気をつけて、と。
千花が抱いたこの気持ちはよく分かります。
都会では田舎のような近所付き合いもあまりないですしね。

「ジャガイモは世界の飢饉を救った食べ物だ」というのは知りませんでした。
痩せた土地、寒冷地など、条件の悪いところでも育つジャガイモは、いろいろな国で飢饉から人々を救ったとのことです。
たしかにジャガイモは炭水化物がそれなりに含まれていて良い食べ物なんですよね

ジャガイモ料理では千花が作った「秋田名物だまっこ鍋」が印象的でした。
水菜やネギなどの野菜と一緒に丸めたジャガイモ団子が浮いています。
本来はきりたんぽの原型であるお米を潰して丸めた団子を入れるそうですが、この時はジャガイモ団子で代用していました。
ジャガイモ団子もきりたんぽと同じく秋田の地方に伝わる食べ物で、茹であがったジャガイモをすり潰して片栗粉を混ぜて一口大に丸めていっていました。
この鍋はとても美味しそうでかなり食べてみたいと思いました

フライドポテトの描写では「ただ細長く切って揚げて塩を振っただけのジャガイモが、ホクホクとしてとても美味しい」とあり、とても共感しました。
ホクホクしていてさらに塩が効いていてほんとに美味しいんですよね

ちゃんと自分の気持ちを伝えることは大切だ。
我慢して心の中に溜めて澱になってしまう前に、きちんと相手に伝えることが。

千花のこの思いもよく分かりました。
たしかにそのとおりだと思います。

三ノ輪がかつては「山谷(さんや)」というドヤ街だったというのは知りませんでした。
ドヤは宿を逆にした言い方で、日雇い労働者が集まる安宿エリアとのことです。
その名残で今もこの辺りには安いホテルや旅館が連なっているようです。

ビッグマムと呼ばれる、本名マーガレット・ブラウン・中山という「わすれな荘」の常連の人が立ち寄った時に、悩む千花に言った言葉も印象的でした。
「泣かないで。千花はとても素敵な女の子。最初から順風満帆に行くことは難しいわ。人生はトライ&エラーの繰り返しよ」
何事も上手く行くとは限らないし、むしろ上手く行かない場合のほうが多いんですよね。
ほんとトライ&エラーの繰り返しだと思います。
ビッグマムは他にも
「遠慮と謙虚を行動力や勇気がないことの言い訳にしてはだめ。今できないことは将来できるようになればいいのです」
とも言っていて、これも良い言葉だなと思いました。

ビッグマムは「赤いクラムチャウダー」を作ってくれました。
これは初めて聞いた料理で、クリーミーな白いクラムチャウダーがボストン風なのに対し、トマトベースの赤いクラムチャウダーはマンハッタン流とのことです。

千花が働くことになった浅草の和雑貨店の店主、滝川源治郎も良いことを言っていました。
「アルバイトじゃなく社員を募集しているのは、本当の仲間が欲しいからだ。俺は日本中から集めてきた、日本のよき伝統を広めたくてこの店をやっている」
本当の仲間が欲しいというのが良いなと思いました。
日本のよき伝統の和雑貨を一緒に広めていってくれる真の仲間がほしいということです。

千花は絵を描くのが得意でイラストレーターになりたいという夢があるのですが、母親は千花が絵を描くことに反対でした。
「絵が上手くたっていいことなどなにもない」と露骨に千花を否定している様子が描かれていました。
たしかに絵よりも勉強ができたほうが良いという親の気持ちは分からなくもないのですが、千花がお洒落することにも反対、絵を描くことにも反対でことごとく反対してばかりで、これでは千花が窮屈だろうと思いました。
この母親は千花にとって呪いの呪文のような存在になっていて、現在の千花のビクビクしがちな性格の造形に大きな影響を与えたのではと思います。
物語の後半は千花が母親の呪縛を解き放ち一歩を踏み出せるかが大きな焦点になっていました。

日本のラーメンについて「千花は知らなかったが、日本のラーメンはインスタントも含め外国人に人気だった。帰国する外国人がカップラーメンの箱を持っていることは珍しくない」とありました。
ラーメンは分かるのですが、カップラーメンのほうもそこまで人気とは意外だなと思いました。
日本の国民は普段そんなに意識していなくても、外国から見ると日本のカップラーメンはすごく美味しいということだと思います。

ネパール人のスディールがクオンにかけられた言葉に激怒したことへの千花の考えも印象的でした。
そこに悪気はなくとも、正論は時に人の心を抉る凶器になる。
これはまさにそのとおりです。
悪気はなくても、何気なくかけた言葉が相手を怒らせたり心に重大なダメージを与えたりすることってあると思います。

千花はくよくよと考えて悩んでしまうところがあり、そこは私と似ていました。
神経をすり減らしやすいタイプでもあり、千花もあれこれ悩みながら生きていくのはなかなか大変だと思います。
それでも最後は勇気を出して一歩を踏み出せていて良かったです。


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