読書日和

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「創薬探偵から祝福を」喜多喜久

2016-01-02 17:07:50 | 小説
2016年最初の小説レビューは創薬を題材にした作品です。
今回ご紹介するのは「創薬探偵から祝福を」(著:喜多喜久)です。

-----内容-----
創薬チーム、それは原因不明の難病奇病に苦しむ者の最後の望み。
主治医からの依頼を受け、限られた時間内に病のメカニズムを解明、対応する新薬を創造して患者を助けるのが彼らの役割だ。
調査担当の薬師寺千佳と化学合成の鬼才・遠藤。
ふたりは、数々の難題をクリアして得た成果で、ある女性を救おうとしているのだが―。
科学×人間ドラマ。
ミステリの新たな扉が開かれる。

-----感想-----
「ジェノサイド」を読んだ時に創薬に興味を持ち、この作品を読んでみました。
主人公は薬師寺千佳と遠藤宗史(そうし)の二人。
薬師寺千佳は28歳で中堅製薬会社、旭日製薬に医薬情報担当者(MR)として勤めていて、遠藤宗史は32歳で大手の外資系製薬会社ゼルフィに研究員として勤めています。
この作品は次のように構成されています。

第一話 見えない檻
第二話 百億分の一の運命
第三話 受け継がれるもの
第四話 希望と覚悟と約束
第五話 破壊、そして再生


第一話 見えない檻
駒川武夫の息子、悟はエボラ出血熱のような症状の病で苦しんでいます。
駒川武夫と付き合いのある村井は大学病院の病院長をしていて、悟はそこに搬送されて検査と治療を受けています。
検査の結果エボラ出血熱にはかかっていないことが分かりますが、しかし何の病気かが分かりません。

世田谷区の閑静な住宅街にある「クリニックK」。
日下(くさか)貴美恵という30代半ばの女性がここの病院長をしています。
Kの由来は日下貴美恵のイニシャルがK・Kだからとのことです。
また、日下貴美恵は八王子にある日下病院の病院長でもあります。
非常に稀な疾患の積極的な治療が可能な医療施設であることが、日下病院の大きなアピールポイントです。
「URT(Ultra Rare-disease Treatment・超希少疾患特別治療)」という公的な制度を確立し、世界で一人きりという超希少疾患に苦しむ患者さえ受け入れ、その病気のためだけに薬を作っています。
希少疾患の場合は患者の数が少なく採算が取れないため、薬の開発は行われないようです。
なので世界で一人きりというような超希少疾患の患者のために治療薬を作ってくれる日下病院の存在はありがたいと思います。
ただし日下貴美恵はお金に貪欲なので患者には高額の治療費を請求することになります。

千佳が「クリニックK」に行くと、日下貴美恵が悟の原因不明の病を治すための創薬をしてほしいと依頼してきます。
千佳と遠藤には「薬師寺姫子を助けたい」という果たすべき目標があります。
千佳の姉であり遠藤の婚約者である薬師寺姫子が治療の目処の立たない昏睡状態に陥って二年になろうとしています。
二人は薬師寺姫子を助けるため、本来の仕事の他に日下貴美恵の依頼を受けて希少疾患の創薬をしながら、姫子を昏睡状態から目覚めさせるための手がかりを探しています。

駒川悟はうなされながら「呪い」という言葉を口にしています。
アフリカのS共和国のアラツィヌという地図にもない「幻の村」に行っていて、そこから帰ってきてから謎の病で生死の境をさまよっています。
一体謎の病の原因は何なのか、千佳と遠藤は試行錯誤しながら治療薬を作ろうとします。

また、千佳は遠藤のことが好きなことがうかがわれます。
ただし遠藤は婚約者である姉の姫子を目覚めさせることに全身全霊をかけていて、千佳のそんな気持ちには全く気付くそぶりもなく、そこが千佳には寂しいようでした。


第二話 百億分の一の運命
岩里真吾は東京エレファンツというプロ野球チームの不動のライト。
しかし岩里はスランプに陥っています。

千佳の仕事内容について詳細に語られていました。
医薬情報担当者(MR)である千佳の日常業務は、医師とのやり取りが中心となります。
薬効や副作用など、自社製品に関する情報を医師に伝え、それらを積極的に使用してもらうように働きかけるのがMRの仕事です。
この話では照旺(しょうおう)大学病院の中岡先生という内科医に営業をかけていました。
ただ中岡先生の車がやって来るのを駐車場で待ち、車から出てきた途端に話しかけにいくなど、待ち伏せのようなことをやっているのはどうかと思いました。
これくらい営業攻勢に行かないと自社製品を使ってもらえないのだと思いますが、嫌がる人もいるだろうと思います。

岩里真吾が患者としてURT(超希少疾患特別治療)を依頼してきます。
岩里は視神経の腫瘍により視力に問題が生じていました。
スランプの原因はこれでした。

千佳は岩里の治療について意見を求め、飯田橋にある中央理工大学の生物学科の教授、志賀徳馬氏を訪ねます。
志賀徳馬は千佳の姉、姫子がまだ意識があった頃、当時苦しんでいた手術不可能な脳の腫瘍を縮小させるために動いていた「旧創薬チーム」のメンバーの一人です。
生物実験を担当していました。
旧創薬チームもかつて千佳や遠藤と同じように、希少疾患の患者のために創薬をしていました。
当時は日下貴美恵の父である今は亡き日下公一郎が率いていて、彼こそがURT制度の創始者でした。
千佳が旧創薬チームの人に会ったことを遠藤に言うと遠藤は途端に態度を硬化させ、旧創薬チームを許していないことが分かりました。
旧創薬チームは姫子を死の危機からは救ってくれましたが、変わりに薬の副作用で昏睡状態にしてしまい、遠藤は彼らにわだかまりがあります。

混沌として見える物事の裏側に潜む、絶対的な因果を突き止める。それが研究者の使命だ。

この言葉は良いなと思いました。
絶対的な因果を突き止めてきた結果、今日の高度医療があるのだと思いました。


第三話 受け継がれるもの
現在、URT制度による治療を実施しているのは日本で日下病院だけなのですが、この話ではURT制度の治療受託申請をする企業が新たに出てきます。
リュオードというベンチャー企業で、佐水圭という旧創薬チームメンバー(情報収集を担当)の女性が代表取締役をしています。
さらに副社長も来堂哲弘という旧創薬チームメンバー(創薬の合成担当者)で、徐々に旧創薬チームのメンバーが話に登場してきます。

この話では新塚美幸という骨突起異形成症という病気にかかっている人を救うために創薬をすることになります。
あちこちの骨からバラのとげに似た鋭い突起が形成されてそれが組織や血管を傷つけてしまうという病気です。
ただしこの患者はいわくつきで、千佳は不審な点に気付きます。
やがて今回の依頼の真の目的に気付くことになりました。
創薬ミステリーだけあって謎解きの要素もあります。


第四話 希望と覚悟と約束
藤崎乃々葉は16歳の高校二年生。
「骨髄機能低下」という病気で造血機能が極端に低下し、貧血や免疫力の低下で危険な状態になり、現在は集中治療室に入っています。
彼女は体調を崩す直前に背中の腫瘍の除去手術を受けていて、それを除去してから造血機能に問題が起きました。
骨髄移植のドナー探しは難航していて、移植以外の治療方法を探せないかということで、日下貴美恵にURT制度での治療を依頼してきました。
この依頼は第三話に出てきたリュオードと合同で行おうということになり、旧創薬チームの合成担当者、来堂哲弘が再び登場します。
ただし遠藤は旧創薬チームと合同で創薬することには反対していて、千佳はどうやって遠藤を説得するか苦心していました。

この話を読んでいると、創薬ミステリーとはどうやって病を治すかの謎に挑むことだと実感しました。
また、この話では旧創薬チームメンバー最後の一人、蓮見晃(あきら)が登場。
蓮見晃は生物系の研究者で、「オールマイティにさまざまな技術を会得してきた人」です。
蓮見と遠藤が話をした時、遠藤のことを「望みの物質を探し当てる嗅覚を持った稀有な科学者」と評し、高く評価していました。
蓮見は姫子を助けたいと思っていて、その思いが頑なだった遠藤の心を少し変化させました。
しぶしぶながら蓮見と協力して「骨髄機能低下」の治療に臨みます。

治療でiPS細胞を使おうということになり、京都大学の山中伸弥教授の名前が登場しました。
細胞の初期化―無垢な状態への巻き戻し―に用いる遺伝子は、最初にその組み合わせを発見した京都大学・山中伸弥教授にちなんで<山中因子>と呼ばれるとありました。
小説にも名前が登場して、改めて山中伸弥教授の研究の凄さを感じました。


第五話 破壊、そして再生
第一話では9月だったのが第五話では5月下旬になり、時間が流れていました。
遠藤は研究職を追われ、毎日資料室に保管されている資料を整理するだけの閑職に追いやられていました。
姫子を助けるために日下貴美恵のもとで希少疾患患者のための創薬を優先してきた結果、本業のゼルフィ社での研究業務が疎かになっていて、以前からまずい状態ではありました。
それに加え、姫子を昏睡から目覚めさせるための治療がついに始まったことで重荷から解放されたのか、遠藤は無気力状態になってしまいました。
千佳にも「創薬研究をしばらく休みたい」と言っていて、ゼルフィ社でもこの無気力状態のためついに研究職を追われてしまったようです。

この話では遠藤が駅の階段から落ちて病院に搬送されます。
そしてそこから予想外の展開になっていきました。
この作品での「ミステリー」はどうやって病を治すかの謎に挑むことだと思っていたのですが、殺人の謎を解く「ミステリー」の要素も出てきます。

創薬を題材にした物語は読んでいて新鮮でなかなか面白かったです。
もしかしたら続編も出るかも知れないのでまた千佳や遠藤の活躍を読んでみたいなと思います


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