鮎川俊介の「幕末・明治の日本を歩く」

渡辺崋山や中江兆民を中心に、幕末・明治の日本を旅行記や古写真、研究書などをもとにして歩き、その取材旅行の報告を行います。

2011.6月取材旅行「木下~十里~神崎」その1

2011-06-08 04:51:13 | Weblog
木下(きおろし)河岸で茶船に乗った崋山一行は、いよいよ利根川の滔々たる流れに乗り出して、香取神宮の入口である津ノ宮河岸に向かって利根川を下っていきました。木下茶船は、白帆を立て苫屋根も付いた全長四間程(約7m)の8人乗りの船。木下河岸から、崋山らが立ち寄った神崎(こうざき)まではおよそ六里余(約25km)。神崎の「川口屋」で夕食を摂った後、神崎明神に詣でて、それからまた船に乗って津ノ宮河岸まで赴き、その河岸の旅籠「佐原屋」に宿泊しているから、神崎には遅くとも午後6時頃までには到着しているのではないか。とすると、崋山一行は木下河岸を午後1時ないし2時頃には出発しているということになります。木下茶船は、川の流れに乗り、さらに白帆に風を受けて、時速5~6kmの速さで利根川を下っていったものと推測されます。苫屋根によって直射日光が遮られ、大河の流れや両岸の景色を眺めながらの快適な船旅で、炎天下をただひたすら歩くよりもずっと楽であったことと思われます。その崋山がたどったコースを、現在、船で行くことはできないから、利根川の堤防の上を木下(きおろし)からまず神崎(こうざき)まで歩いてみることにしました。以下、その報告です。 . . . 本文を読む