4月14日(日) 25/8℃
周りは桜、桜、桜
いきなり「中盤」という感じです
昨日は、毎年花を楽しむ鮎川沿いを歩きました
こちらは ☟ ちょっとご無沙汰していたわが家の “ルーツ” の地
桜と、花桃が見頃になっていました
なぜか ホッ とする先祖代々一所だった「本籍地」・・・
桜や花桃を植えてきたのはjiiji でした
みんな揃ってお花見・・・
この時期は最高です
で
ここの集落・・・
「お疲れさん」
・・・が夕刻の、仕事上がり(帰宅時)の挨拶でした
勿論、当時はみんな歩き
出会えば子どもにも同様でした
小さな集落の “家族“ みたいな社会・・・
その地は誇りです
さて
☟ この記事・・・
「お疲れさま」に同質の温かさや、思いやりを感じました
《日本在住の外国人【一番好きな日本語】 2位“お疲れさま”1位は…「便利」「ダジャレにも使える」の声》 (4月13日YAHOO!JAPANニュ-ス/LASISA)
それによると
❸ 「大丈夫です」
❷ 「お疲れさまでした」
❶ 「仕方がない(しょうがない)」
jiiji も納得してしまう結果ですね
❶は
「しょうがねえじゃねえか・・・」と今もjiiji はよく使っています
諦めの癒しでもあり、次に向う、スタートの決意でもあり
みんないい言葉です
松代藩、というよりは信州が生んだ幕末の偉人、佐久間象山
吉田松陰の密航に関わったとして長らく松代で蟄居させられたり、京都で暗殺された時背中に刀傷があったとしてお家断絶にあったりと、象山はにかく尋常な人生ではありませんでした
言動も、顔も尋常に非ず
まぁ
その尋常でないところが「佐久間象山」の、佐久間象山たるところだと思います
須坂藩家老の丸山辰政が記した『三峯紀聞』に、象山らしいくだりがあります
「雄碩國手並佐久間之名士」の中に ☟
―又いと可笑しかりしは沓野山中に分け入りし時河流れに謬りて落入り一二丁溺れたりしか人夫かけ廻りて引き上げたり。佐久間いふは武士の農夫に助けられては生涯の瑕なりとて又々飛入餘程流れて自身に這ひ上りしと也。 (抜粋)
農夫に助けられたことを潔しとせず、もう一度川に流されて、自ら這いあがった・・・
象山らしいエピソードです
沓野は現在の山ノ内町沓野・・・
松代藩領だったのですね
人柄は別として、稀有な天才だと思います