大分県で「就農」推進の動き 離職者よ職は農にあり 生産者 「受け入れ大歓迎」(西日本新聞)
「かつて農村は雇用の調整弁だった」。大分キヤノンや東芝の非正規労働者が大量に解雇される大分県で、離職者に農場で働いてもらおうという動きが広がっている。人手不足に悩む県内の農業関係者は「職場を失った若者たちに農業の魅力を伝え、後継者に育てたい」と期待している。
(中略)
同県杵築市の「おおいた中央柑橘(かんきつ)園芸連」も選果場の補助員約20人を雇う用意がある。藤原洋三・果実部長は「長く働くことができる若い人は絶対に必要」と離職者の受け入れを歓迎。ただし「冷暖房もない環境で、賃金も決して高くない」と楽観はしていない。
同市には後継者不足から耕作放棄されたミカン畑が多い。ミカン農家の50代男性は「離職しても畑に働き口がある。ミカンをやると決心すれば、農家の仲間で支えたい」とエールを送る。
大分キヤノンのある同県国東市に隣接する豊後高田市には近年、自動車関連企業の進出が相次いだ。同市の北崎農園は、七草の選別などを行う作業員20‐30人を募集。北崎安行代表は「これまでは若者を製造業にとられていた。農業に心の充足を感じる若者が増える機会になれば」と期待を込める。
元より選ぶ余地がなかったからこそ非正規で工場に勤めていた人が大半だと思いますが、クビを切られた人を農場で雇用しようという動きがあるようです。「パートタイマーと無職のどちらがいいか、ということ」そう語ったのはオリックスの宮内会長ですが、どうなんでしょうか、失業したまま社会保障も受けられず収入が途絶えるとなれば、今まで縁のなかった農業に目を向ける人も出てくるのでしょう。しかるに、曰く「冷暖房もない環境で、賃金も決して高くない」とか。
そりゃ勿論、農業が「目的」の人はいいですよ、農業をやることそのものに「心の充足」を感じられる人なら、まぁやっていけるのではないでしょうか。しかし、あくまで目的は他にある、収入を得るための「手段」として仕事に携わっている人からしてみれば、工場に派遣されるのも農場の補助員として働くのも、あまり違いがないような気がします。むしろ「これまでは若者を製造業にとられていた」と言うからにはは、生活の糧を得る手段としての農業は、工場勤めよりも魅力のない――時間的、肉体的負担が大きく、収入が少ない、そして不安定な――仕事だと見なしても間違いではないはずです。
都会暮らしですと、田舎暮らしや農村風景を美化しがち、変なノスタルジーが募りがちですが、実際に農業を身近に見ている人からすればどうなのでしょう。後継者不足で耕作放棄された畑が多いそうです。要するに地域の若い人にとって、職業としての農業の魅力は乏しい、農業を知っていれば農業ではなく他の仕事に付きたいと思わせるもの、それは否定できません。そんな地元の人がやりたがらないような仕事を、職を失って行き場のない人に差し出すというのも、考えようによっては残酷な話です。大分の農家の人に悪気はないと思いますが、希望を感じさせる話ではありませんね。
で、もっとキツイ話はこちら。
「白木屋」「魚民」、失業者を正社員に 最大500人(朝日新聞)
居酒屋「白木屋」「魚民」など1470店を全国展開するモンテローザは19日、来春までの間に、最大で500人を正社員として採用すると発表した。主に雇用調整で失業した人たちを対象とする考えで、「やる気のある人にきてもらいたい」と話す。
年齢や経験は不問。居酒屋で接客や調理などを担当する将来の店長候補を求めている。単身者には寮も提供する。27日の神奈川県藤沢市を皮切りに、メーカーの工場などで雇用調整のあった地域を中心に説明会を開き、面接をして順次、採用を決める。
一見すると、失業者を救済しようとする試み、非正規労働者の正規化に努める試みに見えるかも知れません。しかし、外食産業と言えば超長時間労働で有名です。しかも店長候補ですよ、これを「抜擢」などと取り違えてはいけません。飲食店の店長と言えばマクドナルドでもおなじみの「名ばかり店長」、店舗で唯一人の社員として全責任を負わされるが権限はなく、開店から閉店まで365日働きづめ、しかし管理職扱いなので残業手当は出ないため、1時間当りの給与はバイト以下というのが当たり前の世界です。同じ時間を働くなら、期間工の方がずっとマシです。以前、せっかく手に入れた正社員の座を守ろうと、バイト以下の給与で必死に働いた青年の例を取り上げましたが、これも外食産業の話でした。次に過労死のニュースが流れたら、どの業界かにも注目してみましょう。
もちろん、一口に外食産業と言ってもピンからキリまであるわけです。激務薄給の名ばかり店長もいれば、本部に搾取されるだけの個人請負型店長もいる、そして中には、ちゃんとした労務管理の下、他業界と同等の賃金を受け取れる会社もあるでしょう。ただ、外食産業に異常な長時間勤務が目立つだけであって、全てがそうではないわけです。ですが……このモンテローザという会社、外食産業業界のみならず、あらゆる業種の中でも、最も待遇が悪いブラック企業として有名なんですが……
巷の噂をどこまで信用したものかはわかりませんが、中途採用に熱心な会社には、ちょっと注意した方がいいと思います。たしかに新卒至上主義は日本の悪習ですが、年に1回の採用で機能する会社とはすなわち、社員が1年やそこらでは辞めないからこそ、決まった時期の採用だけで十分なのです。逆に社員が3ヶ月も保たずに次々と辞めていくような会社は、こまめに社員を補充しないと業務が回らない、4月の一括採用だけでは対応できない、だからこそ逐次採用、中途採用が必要になってくるわけです。ともすると中途採用に熱心な企業ほど、柔軟で落伍者にもチャンスを与えているかに見えますが、実は頑なに新卒至上主義を貫いている企業の方が労務管理が行き届いていることを無視するわけにはいきません。
あまりの待遇の悪さに社員が次々と逃げ出していくような会社は、当然、欠員補充の必要に迫られます。4月に新規卒業者が入社してくるのを待つ余裕はありません。絶えずギリギリの人数で回しているわけですから! そこでモンテローザはどうなのでしょうか? 私の場合、正社員に登用すると言われても今より給料が下がるようであれば派遣社員として止まる方を選びたいのですが(参考)、モンテローザの発表は失業者からどう受け止められているのでしょうか? 無職で収入0よりは……という思いはあるかも知れませんが、生命の危機にさらされかねない激務と、派遣社員以下の時間当り給与、工場勤務の方がマシだったと思う人も出てくると思います。とはいえ失業者に選ぶ余地はない、社会保障が機能していない以上、どんな仕事でも飛びつかざるを得ないのが日本です。自分を安く売ることを、失業者に迫る社会ですから。











それにしても、一応はそれなりに知名度のある会社の「管理職」より、ことによったら自動車工場の季節工とかの方がまだマシなケースすらあるって、なんだか悪い冗談のような気がするんですけど、日本ではありふれた光景です。
一応は失業救済でもあるんでしょうが、足元を見て不人気職種に安く叩き売ったろという魂胆が見え透いてるような気がしてならないのは・・・。
自民支持基盤たる地方一次産業向け人気取りですよね、徴農にしろコレにしろ。社会の最弱者をイケニエにしての。
ただ、大分の農業に関する話はそこまで卑下するお話でしょうか。農業が収入も少なく辛い仕事なのは確かですが、そこで働く人々を少しでも増やしていくのがそれほど悪い事でしょうか。もちろん農業で十分食っていける社会環境を作る事を同時に進めるのが前提になりますが。
非国民通信さんの記事を拝見していていつも感じるのは、左翼にしては農漁業の自給や食品の安全性といった問題をあまりにも冷徹に切り捨てすぎるのではないかという事です。それこそ農業や食品の安全性といったものを憎悪しているのではないかと思えるくらいに。言うまでもなく日本においてこうした問題は古くから左翼・左派の特に大きな追求テーマであったはずなのですが。対してそれを常にないがしろにしてきたのが自民党政権・財界・右翼らでした。
普段政治や社会問題には鋭い見解を示されているのが、農業や食品の問題になると途端に新自由主義者か財界と見まがうような見解になるのはなぜなのでしょう。日本の農業が壊滅して田畑が全て大企業のものになり、そこで多国籍企業の遺伝子組み換え作物ばかりが栽培されるような未来は見たくありません。
農業同様に後継者不足に悩む辛い産業である漁業の話を例にしますが、自衛隊のイージス艦が千葉の漁船を沈めた事故で、地元の漁協が防衛省へ抗議に行った時の様子はテレビなどでも多く報道されましたが、その様は傍から見てても心から怒っているのがありありと分かるものでした。沈められた漁船にはまだ30代の息子さんも乗っていたそうで、貴重な後継者を“穀潰し”の軍隊に殺された怒りがそこにあったのは確かでしょう。我々が労働者の生活や怒りと同じくらいに共感し尊重せねばならないのはそういう部分だと思います。
「農業はきついから駄目」というような事を言って、はなから日本の食料生産業に冷酷な態度・見解をされるのは非国民通信さんの一番悪い欠点ではないでしょうか。
いかに人々が飢える事無くかつ安全な食べ物を供給するか、というのはいかなる国においても欠かしてはならない至上命題です。失業者の再就労話を絡めてまで貶めるネタにするのは二重に間違っているでしょう。
それより気になるのは、新聞の投書レベルとはいえ「失業者を農業に」の
声が目立つことです。
そのトーンが「埋め合わせに失業者を使おう」みたいなもので、
結局行き着く先は『徴農論』じゃないかと懸念してます。
農家にとってはまさに有難迷惑では。
マスコミで取り上げられる中途採用に名乗り出た企業は明らかに待遇が悪いところばかり、特にタクシー業界などは、過労死寸前まで働いても最低賃金以下の収入しかないという悲惨な業界です。
しかし、何でよりによって毛沢東やポル・ポトと同じ政策をとるのでしょうね。推進する人たちは「強制力によらないだろう。」というのでしょうが若者の文化的生存権を奪っておいて悲惨な、しかしとらざるをえない選択肢を用意するとは悪辣なものです…。
「左翼」であろうと「右翼」であろうと、トンデモな言辞はしっかりと批判する非国民様の姿勢が自分は好きです。
結局「門戸の広い職業=人がどんどん辞めていく待遇の悪い仕事」なんですよね。不況の受け皿になりうる職種とは、そういうものなのでしょうか。せっかく非正規から正規になっても、むしろ待遇が悪化する可能性が濃厚というのがどうにも……
>Gl17さん
ありましたねぇ、「徴農」。徴農の「農」の部分に入るのは他の産業でも良さそうですが、敢えて不人気職種を持ってきたところに、自民党の農業観が見えるような気もします。「辛く、苦しいもの」というイメージがあるからこそ、そこへ押し込もうとするのですよね。
>ZEDさん
端的に言うなら、私は農業を特別視しないわけです(金融業に対しても同様ですが)。たとえ農業であろうと、働く人に十分な余暇と収入を提供できない職業を肯定することはありません。農業や食の問題を神聖視せず、その他の問題と同じ基準で扱えば、こうなるものだと思います。むしろ食の問題、農業に絡むと、途端に極右層と(単語は違えど)同じ様なロジックにハマリがちな部分は左翼の欠点として克服されるべきものかと。
>観潮楼さん
結局「パートタイマーと無職のどちらがいいか」と迫る感覚は、財界筋だけではなく普通の新聞読者の間にもあるのでしょう。失業者にだって選択の権利はあるはずですが、「失業者なのだから、仕事であれば何でもありがたがるはず」とばかりに不人気業種が押しつけられる、やれやれですね。
>熊蔵さん
「不況の受け皿」の元祖であるタクシー業界も、超長時間労働と低賃金で名高いわけですよね、無職よりはマシと見せかけつつ、前職よりは確実に待遇が悪いのが常のようです。一見すると、自主的に再就職したように見えるわけですが、実際のところは「それしか仕事がなかったから」でしょうし……
>ゆうさん
食の安全に関しては、過剰に脅威が煽られている印象もありますね。もちろん、安全性確保は重要ですが、それが排他的な過剰防衛に至ることの方がより恐ろしいとも感じます。食糧自給率にしても、価格ベースではなくカロリーベースを選ぶなど、できるだけ低い数値が出るようにする、危機感を高められるものを選んで報道されているフシもありますしね。
誤解の無いようにいうと、農作物自体は天災等が無ければ意外に問題ありません。人手に渡しても余る位収穫出来るケースもあります。
問題はその収穫物を売る段階で、市場原理に左右されて労苦に似合った収入が確保し辛い点にあります。現実問題として、農作物の利益だけでやっていける農家自体がほんの僅かなのが偽らざる現実です。
また、意外に思われますが最大のネックは『人間関係の難しさ』にあります、本業でやるなら農協との関係は切り離せませんし、田舎では親密過ぎるほどの人付き合いを要求されます。それが苦にならないならOKですが、田舎生活に漠然とあこがれ引っ越した人が、精神的に疲れ果てて都会に舞い戻るケースもあるぐらいですので、適応力が無いと厳しいと思います。
これは政府が出しかねない福祉関係も含め言いますが、本当の覚悟を持って飛び込む人がいたとしても、実践面含め手厚いサポート体制の提供があったにせよ、定着できるかは五分五分でしょう。
誤解の無いよう言いますが、地場産業としての農業政策はもちろん大歓迎です。ただし、こうゆう状況を泥縄的に使って余剰となった人材を一部の人間の都合で押し付ける事には反対します。
「カエサルの物はカエサルへ」と言いますし、まず雇用面の不安解消については本来の当事者が解決すべき問題でしょう。
特に御手洗さんの工場については、政・経一体となってこの状況の原因となる雇用体制を推し進めた実態がある訳で、都合が悪くなったらトンズラというのはいがかななものか?と思うんですがね。
劣悪さで人が定着しないとこが漁夫の利を得る格好ですか
それって、いいんだか悪いんだか。
これが率直な感想です。
ふみたけさんもコメントされていますが、田舎暮らしは「あったかくていいよね〜」というほど甘いものではないと思います。
私が田舎で苦痛だったのは、とにかく交通の便が悪くて何をするにも車がないとどうにもならないこと、プライベートなことも細かく詮索されてわずらわしいことです。
その反対が都会の長所です。
逆に田舎でよかったと思うのは、新鮮な食材が手に入りやすいこと、飲食店などのスペースが比較的ゆったりしている店が多いことです。
もちろん、その反対が都会の短所です。
いろんなところで生活した結果、中途半端な都会が一番快適だと思いました。
とはいえ、「いいところがないから、働かない。」というわけにもいきませんし・・・。確か麻生総理はろくに勤務していないのに、家族の会社の社員として給料をいただいていましたが、今だと「ニート」だのなんだのと批判を浴びそうですね。総理の支持者もどうせ声高らかに支持するなら「総理のように働かなくってもいいじゃん。」ぐらい言って欲しいのです。
とかく「人間関係が希薄になっている云々」と道徳論が叫ばれる中では田舎暮らしが過剰に美化されがちですが、当然それを重荷に感じる人もいて、そう簡単にはいかないわけですよね。元から農業をやりたかったけれど機会がなかった人ならまだしも、行き場を失った人、他に選択肢のない人を農業に就かせるとなると、少なからぬ困難があるでしょうね。
>ひしさん
明日を生きる金もないとなれば、仕事を選べなくなってしまいますから。そうなると、一方的な買い手市場のできあがり、雇う側は何もしなくても選び放題ですしね。
>くみこさん
お互いに良いところも悪いところもある中で、ちょっと田舎が理想化されすぎるところはありますよね。隣の花は赤いと言いますが、都市住民は田舎に憧れ、田舎の住民は都市に憧れる、いやいや、そううまい話ばかりではないぞと……
>GXさん
選ぶ余地があるなら、決して選ばれないようなブラック企業なのに、選択の余地がない求職者に手を差し出すことで、あたかも「救世主」のように扱われてしまうのが現状ですよね。本来なら、いかなる時でも求職者に選択の自由はあるはずなのですが、欠陥品の社会保障は経済的な支えを与えず、働いていない人を白眼視する世論も求職者を追い詰める、やれやれです。
いわゆる第一次産業に属する生産者は、仲買人にはそうとうに買い叩かれます。
ちょうど、家電量販店とメーカー、更に下請けとの力関係と同じです。
携帯電話の端末を売っているところなんかは…。
ごく一部を除き、より生産現場に近いところほど、
弱い立場に立たされるのが今日の日本の姿です。
勝者・敗者、あるいは強者・弱者というのは相対的なもの。
勝者がいるのは敗者がいるから、強者がいるのは弱者がいるから。
今日の問題は、弱者のうち、敗者となる者の割合が増えていることです。
勝者が、より大きな勝利を求めた結果でしょうか。
件の動きも、弱者を別の弱者という立場に追っているだけで、
根本的にはなにも変わりません。
弱肉強食で生き残った者で構成された社会が、必ずしも強いとは限りません。
より多くが生き残れる社会が、強い社会です。
余談ですが、遺伝子組み換え食品自体は、必ずしも危険ではありません。
危険なのは、それによって粗放的農法が可能になるがゆえの、環境負荷の大きさ。
例えば、遺伝子組み換えされた菜種がこぼれて発芽しているところがあるのですが、
他の草を根絶やしにするほど除草剤をまいても、青々としているとか。
単なる帰化植物による生態系における地位の入れ替わりとは異なる問題です。
環境負荷という言葉がお気に入りみたいですが、何でも気に入らないものは環境負荷で済ませてません? 改良が可能なものを敢えて改良しないまま、古いやり方に拘る方が遥かに環境負荷は高いでしょうけどね。
「農業や食の問題を神聖視せず、その他の問題と同じ基準で扱えば、こうなる」と言いますが、聖域を作らず何にでも大鉈を振るうという一見聞こえの良い言葉は新自由主義やアメリカングローバリズムの代理人であった小泉純一郎の言い草そのものです。
極右層がいつ食料や農業の事を真面目に考えて実践的な行動をしてきたか知りませんが、そんなのと一緒にされてはこちらがたまったものではありません。ひょっとしてゼリー売りの中年(笑)瀬戸弘幸の事を言っているのでしょうか。それは壮大な誤解も良い所では。
「食の問題、農業に絡むと、途端に極右層と(単語は違えど)同じ様なロジックにハマリがちな部分は左翼の欠点として克服されるべきものかと」おっしゃいますが、非国民通信さんも「食の問題、農業に絡むと、途端に小泉・竹中・宮内的新自由主義者と同じ様なロジックにハマリがちな部分は」少し考えるべきではないでしょうか。とにかく御サイトがこの問題になると労働問題や社会問題とは打って変わって途端に冷酷になるのは見ていて怖いものを感じます。
食の安全問題もは決して侮れません。それを軽視して突っ走った結果がかつての森永砒素ミルクであり、カネミ油症事件であり、昭和電工の遺伝子組み換えトリプトファン事件であり、雪印の食中毒事件だったではありませんか。かつての大日本帝国によるアジア侵略を繰り返さぬよう声を上げる事も、こうした食品公害事件を巻き起こさぬよう声を上げる事も同じ事です。
>「収入の低い仕事だ」といって軽蔑する
これは完全な「すり替え」ですね。失業して行き場を失い、選択肢がない人に条件の悪い仕事を押しつけることを批判することが、その職業に対する軽蔑になるのでしょうか? 失業者をブラック企業で働かせることは問題のある行為だが、それと同程度に待遇の悪い仕事であっても農業なら肯定されるべき、というなら完全なダブルスタンダードです。誰しも好きな職業を選ぶ権利を有しているのに、農漁業だけはありがたがらなければならないと考える、意義があることだと言って押しつけようとするなら、それこそ信仰としか言えません。
また、農業を神聖視しないことのどこが小泉、竹中と一致するのか、単に自分の気に入らないものは「環境負荷」で片付ける誰かさんと同じで、自身の意見に賛同しない人をそう呼んでいるだけではないですか? その点では、自説に与しない人を「工作員」と呼ぶネトウヨと同じです。
一連の佐藤優現象批判でも指摘されているように、左派でも反米色が強くブロック経済的な発想に固執する人が極右層と結びつこうとする傾向は既に顕著です。こうした動きに対して国際協調路線をとるのが私の立場ですが、食への信仰を基盤にブロック経済的な発想を唯一絶対のものとする人には、受け容れがたいものでしょうかね?
農業にもそういうところがありますが、とりわけ福祉ともなりますと慈善・奉仕的なものが求められ、働く人の待遇面が蔑ろにされがちなところが多いですからね。人手不足の業界に失業者を押し込めば済むと単純に考えている人も多いですが、求職者が幸せになれる選択肢を用意できるようであって欲しいですよね。
農業に従事した体験者としては、
作物を作ることは”育児”と同じと感じます。
現在は用具や種も改良され
農業も昔より効率が良くなってきていると思いますが、
それでも作物などを作るには、
効率だけでは済まないモノがあるのでは?
天候や諸事情次第で、
全てが思うようになりません。
(子供も親の思うようにはなりませんし
それで良いと思っています)
ですが、収穫の喜びはありますし、
取りたての瑞々しさは格別です。
ですが・・
家族総出で働いても収入たるや微々たるもので、
それこそ今の”ワーキングプアー”状態でした。
なので、農業だけで生計を維持できることは、
最重要課題だとも思っています。
それにはフェアートレードのようなシステム
労働に見合った対価が得られればと思います。
またスイスの農業は自給率確保のため?
政府がかなりフォローしていて、
年収500万円前後であると聞きました。
昨今の”偽や毒”の事件も怖いですし、
もっと広く見れば、効率を旗印に、
食の独占化が始まりつつあるそうですし、
左・右関係なく、何が食生産のためになるのか
皆さんで考えませんか?
ただ「喜び」とか「やりがい」で待遇の問題が隠蔽されがちなのが日本社会で、とりわけ農業に関してはそれが無批判に行われているような気がします。福祉でもそうですが、美談化されることで、当事者にとっては切実な問題であるはずの「カネの話」が語られにくくなっている気もしますね。
方法論としては色々ありますが、農業に関してはノスタルジーが支配しているフシも強く、頑なに旧来のスタイルにしがみつき、外の動きから目を閉ざそうとする、関わり合いを持たないようにしておけばいつかどうにかなるとばかりに変革をタブー視する発想が目立つように感じています。効率は悪とばかりに非効率を追求する動きも、とりわけ農業を巡っては強固ですし。これですと補助金をつぎ込んでむりやり維持するしかありませんが、私には問題の先送りにしか見えないのです。
>当事者にとっては切実な問題であるはずの「カネの話」が語られにくくなっている気もしますね。
現状の農業・福祉、生産含め儲けが出ない仕組みが大問題かなと思います。
上のどなたとは言いませんが、都合のいい時に犠牲は尊いみたいな精神論では誰も救われない事は書かせて頂きます。
http://diamond.jp/series/analysis/10058/
ダイアモンドオンラインの記事は希望に満ちた締めを書いているようですが、私が知る限り、人手不足の時に一部悪質な連中がしてたのが、『農業研修』と称する、格安賃金による外国人労働者の不法就労でした。実際酷いケースは警察沙汰にもなりましたが、そんな実情も考慮しないで人手解消の救世主として持てはやす昨今の報道には大いに懐疑的です。
思えば小泉の「犠牲は尊い」に踊らされ、行き着いた果てがこの様なのですが、思えばあの改革とやらが誰のためだったのか?を当時真剣に考える世論があったなら、今末端の人々が困窮する事態は防げたように考えます。
正直、昨今の世論はあまりに『犠牲』を強いることに慣れてしまい、結果として自らを困窮させている気がしてならないのです。
「農業人口を増やしたい」という人からすれば、昨今の失業者に農業を進めようという動きは歓迎できるのでしょうけれど、立場の弱い人を就農させればさせるほど、「働かせてやっている」意識も高まり、より待遇面が蔑ろにされるような気がします。「研修させてやっている」という建前で外国人研修生に奴隷労働のごときものを強いた例を考えるなら、「失業者を助けてやっている」という意識がどう作用するか、希望が持てるものではありませんしね…… 美談ではなく、堂々とカネの話が出来るようにならないと、と思うわけです。
http://www.minpo.jp/view.php?pageId=4161&mode=0&classId=&blockId=2756586&newsMode=article
「救ってくれるなら誰でも」という連合の不見識さには
もはや呆れるしかありません。
非正規労働者を救いたいなら下手に動かないほうがいいとアドバイスしたくなります。
どう見ても、派遣社員より薄給であろう仕事ですね。農業だけじゃ食べていけないから工場に出稼ぎに来る人もいれば、演劇だけじゃ食べていけないから深夜に必死でバイトする人もいるわけですが、う〜ん、大衆演劇ってギャラが良いのでしょうか? とてもそうは思えませんよね。無職よりはいいかもしれませんが、でも派遣社員時代よりも貧乏になる、そんな選択肢を(選ぶ余地がない人に!)提示するのは残酷ですよね。