山本飛鳥の“頑張れコリドラス!”

とりあえず、いろんなことにチャレンジしたいと思います。

日曜の都内迷走

2021-01-31 23:47:57 | 車・運転・道路・駐車場2021

週に1度は車を走らせないといけないので、今日は「都心」に向いて運転してきた。

またもや、わけがわからない道をあっちこっち走ってきた。

どこを走ったか、だいたい書こうと思ったのだが、時間がかかるのでやめておく。

新宿・四谷・靖国神社・千鳥ヶ淵・春日通り・茗荷谷・護国寺・池袋駅前・・・・

なんとか脱出し、山手通りから中野方面に南下、青梅街道に戻る。

まあ、こんなことを繰り返していれば、少しずつ都心の道路がわかってくるかな?

 

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初心に返る

2021-01-30 23:00:04 | 放送大学

何かを達成するためには、まず目標を立てないといけないそうだ。目標がないのに、知らないうちに到達するなんてことは、全くないとは言えないものの、珍しいことだろう。

特に、達成しにくいことは、目標を決めて、それに向かって計画を立てて実行していかないとダメである。

しかし、私は、いまだに今後の目標がたてられない。今年の目標さえ立てられない。

これまでも、人生の目標を立てずに生きてきたのであり、今後もどこに向かっていくのかわからない。

人生の大きな目標なんか立てられないから、せめて個々の身近な目標を決めるべきなんだろうと思う。

・・・

そこで、まず目の前にあるものとして、放送大学の単位の取り方を考えた。

放送大学というのは変なもので、自コースの専門科目を16単位取ると卒業しなくてはいけなくなってしまうそうだ。それで、今回も「生活と福祉コース」をたったの19単位取っただけで追い出されることになってしまった。(2年間で19単位というのは、とても少ない単位である。昔、普通の短大の時は2年間で100単位以上取っていた。)

あっけなく卒業というのは、その前も「社会と産業コース」を単位の読み替えとかいうもので、早々に追い出されてしまったことがある。これは、その前に「自然と環境コース」を中退しているため、その時にとっていた関係のない科目の単位が、専門科目の単位として読み替えられてしまったらしいのだ。自コースの専門科目をほとんど履修していないのに卒業してしまうというのも不思議なものだ。

そのため、「生活と福祉コース」に再入学してからも、「社会と産業コース」の科目を取ったりしていたのだが、今度は「生活と福祉コース」の取りたかった科目も多々残したまま卒業することになってしまうので、さらに新しい別のコースに再入学しても、「社会と産業コース」と「生活と福祉コース」の取り残した専門科目を取っていくということになり、もう多分野に渡り、何がなんだかわからない状況になってしまうのである。

そうやって、既に卒業したコースの科目の履修を補充したい欲望にかられながらも、せっかく新しいコースに入学するのだったら、そのコースの科目も取ってはみたいものだが、うかつに単位を取るとまたすぐに卒業させられてしまうので、要注意である。

そして、ふと調べてみると、これまでは基盤科目を跳び越して、専門科目ばかり取っていた傾向が強いので、基礎的な知識が抜け落ちていることに気が付いた。

これはまず、基盤科目から地道に単位を取っていくべきかもしれないと思った。

そんなわけで、今度は初心に返って、基盤科目をまず取り、それから導入科目・専門科目の順に、積み上げていこうかなと考えている。

基盤科目は、基礎的なもので、すぐに役立つような知識ではないような気がするが、20年も放送大学に在籍していながら、履修していない科目が多い。

今年は、最初から大学を始めるような気持ちで、やり直してみようかなと思う。

始め方は決まったものの、やはり、到達点を見定めることはできず、行き当たりばったりになりそうだ。

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近況

2021-01-30 08:40:45 | 日記2021

この頃、何かにつけて物事が行き詰っているように感じる。それは、このコロナ禍で毎日のように聞かされる感染者数・重症者数・死者数・変異型の発生数などに気が滅入り、そして経済の疲弊をひしひしと感じ続けているからだ。

政府も頑張ってはいるのだろうが、与党国会議員が会食しただの銀座のクラブに行っただのと、うんざりするようなニュースばかりが流れ、野党はこのような与党の振る舞いや新型コロナ対策の不備に関して、国会で菅総理をいじめている。確かに菅総理の言葉は国民に響かないが、こんな艱難はいまだかつてなかったので、きっと誰が舵をとってもうまくはいかないに違いない。だんだん菅総理がかわいそうになってきた。

コロナ禍で、人と人が精神的に傷つけあうのを見ると、ますます心が疲弊していく。

今は年寄りの家族のためを思ったら、会いにいかないことが一番の愛なのだそうだ。人と人が接しないことが一番の愛だというので、電話だけで済ませている。衣類の買い物もできない不便な場所に住んでいる実家の母に物を送ってやりたいが、新型コロナウイルスまで送ってしまったら大変だ。今は何も送らない。誕生日の祝いもできない。

こんな状況が長引けば、遠く離れた状態が年単位で続くうちに、実家母はコロナではなく寿命が尽きてしまいかねない。高齢の人にとって、1年や数か月は残された人生の中の貴重な時間である。それが孤独に戦い続ける日々になってしまう。そんな母の生活を考えると、さらにこちらも気が滅入ってしまう。

自分自身や夫さえもが、けっして若くはない年齢に達しており、もしコロナに感染したら、重症化してしまいかねない。

最近は近所の店や施設でも感染者が発生し、消毒したり一定期間閉鎖したりするところも見かける。

ついには、家族の友人の看護師さんが感染した。医療従事者は戦地に赴いているようなものだ。

職場ではなんだかわからないが、いきなり連日の休みを入れている人がいる。体調不良という理由の人もいれば、特に理由がわからない人もいる。
リモートワークなので、もし新型コロナに感染していても、社内には濃厚接触者は居ないことになるし、社内に公開する必要も無いのかもしれない。

コロナ禍の中で、別の持病が悪化してしまったのか、たまたま関係ない病気になってしまったのか、それとも仕事がないから有給休暇を取っているのか、気持ちが滅入るので休みをとって気晴らししているのか?まるでわからない。

わたしも長期間休みたいくらいだが、有給休暇が有り余っているわけではないし、休んだからって何をする予定もないのだから、しょうがなく仕事を続けるのみだ。

ずっと座っている生活は、不健康で体調不良にもなるように思う。

ここまではネガティブなことばかり書き並べてしまった。

だったらどうするって話で、今後はなんとか、気持ちを立て直して前向きに暮らしていかなくてはいけないなと思うのだが、長くなったので一旦この記事は終了。

 

 

 

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久保田早紀“異邦人”

2021-01-29 23:51:41 | 日記2021

異邦人・久保田早紀 Best Collection・Nikon Film Process -シルクロードのテーマ-

数日前に、テレビでこの歌のことが取り上げられていた。

この歌は、はじめは「白い朝」という題名で、久保田早紀さんが中央線で短大に通う途中の風景などを歌ったものだったそうだ。歌いだしの「子どもたちが空に向かい両手を広げ~」というのは、日本の東京の郊外の子ども達の姿だったのだ。

しかし、当時シルクロードブームのCMとして使うことと、歌謡界で歌を売り出すためには、それっぽい歌が必要だったために、急遽この曲が、シルクロードっぽい内容に変更されたのだそうだ。

「白い朝」ではインパクトがないため「異邦人」という題名になったという。確かに「白い朝」という歌詞もあるが「異邦人」に変わっているところもある。

2番の歌詞はかなりシルクロードっぽくなっているので、最初の子供たちも外国の子どものように思えてくる。

そして、この曲は大ヒットし多くの人に強烈な印象を与えたのだった。

本人は元々作った歌が別物になってしまったことに最初はかなりの違和感があったようだ。
だが、作品というものは、多くの人の意向によって色々に変化させられて別の命を吹き込まれるものであり、より良いものになっていくのだろう。

最初に作った人が、自分の感性のすべてをささげて完璧だと思って完成した作品が、見事に滅茶苦茶にされてしまったとしても、新たに出来上がったものは、多くの人にとって魅力があり、価値のあるものとなる。そういうものなんだなあと思った。

テレビでは、現在の久保田早紀さんが出ていた。今は久米小百合さんという本名で、キリスト教会で音楽活動をしているのだそうだ。

若い頃もきれいな人だったが、今もとても素敵なご婦人になっていて、良かったなと思った。

・・・

今になってwikiなどで調べると色々なことがわかるが、この人は私より1学年年上だということがわかった。

「異邦人」が売り出されたのは1979年10月1日だったようだ。この時、私は短大の2年で、久保田早紀さんは短大を卒業されていたのだろう。私は4畳半のアパートに下宿していて、テレビはなくラジカセで音楽を聴いていた。「異邦人」を歌う久保田早紀さんの姿をテレビで見たのは、冬休みに実家に帰ったときだったのだろう。

たった1つ年上の短大生だった人だなんて当時は思いもしなかった。まるで自分とはかけ離れた別世界の人だと思っていた。

いや確かに別世界の人であることは変わりないけど、当時はインターネットから情報を得ることもできなかったから、遠い世界の人のように感じたのだろう。

この頃、昔のことをよく思い出し、自分が20歳のころにスターだった人がみんな60代になってるな~と思い、その人たちが今現在も自分の道を進み、輝いていてくれることが、私の励みにもなるのだった。

 

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野口五郎「これが愛と言えるように」

2021-01-28 23:57:03 | 音楽

このあいだ、「ハイアットリージェンシー」のことを書いたときに、このホテルが「小田急センチュリーハイアット」だったころのことを思い出し、1983年にここで撮影されたテレビドラマ「誰かが私を愛してる」の主題歌「19:00の街」を載せた。(1/23の記事

この歌は野口五郎が歌っていたのだけど、このドラマに主演していたのだった。
なんだか、すごく懐かしく思えて、そのあと、you tubeで野口五郎の歌を色々聴いていた。

野口五郎は若い時から歌が上手だったけど、声もきれいだ。

西城秀樹・郷ひろみ・野口五郎の御三家で3人ともそれぞれに魅力のあるスターだった。
残念ながら西城秀樹は亡くなってしまった。
現在でも、よくテレビに出演するのは郷ひろみであり、よく若さを保っているものだと感心するのだった。よく出るとはいっても、私が見るのは大晦日の紅白歌合戦くらいなので、そこに出場する姿を見て、60才過ぎてもよく歌を続けているな~、それに若い時より上手になったなと思うのだった。

そして、この年になっても歌を続けているのは郷ひろみだけなのかと思ったりしていたのだ。

しかし、you tube を見たら、そうじゃない。野口五郎もちゃんと歌を歌い続けているということを発見したのだ。

しかも、その歌声は、今もぜんぜん変わらないではないか。
顔は確かに老けたけれど、声だけ聴いたらもっと若い人が歌っているかのようなのである。

昔の歌も色々聴き直すと良いのだけど、最近の曲では「これが愛と言えるように」っていうのがある。

作詞 松井五郎   作曲 森正明

この歌、なかなかいいんじゃないかな。

野口五郎 / これが愛と言えるように

 

 

 

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厚生年金の請求

2021-01-27 22:44:56 | 日記2021

最近、61歳になり、厚生年金を請求するための手続きをする時がきた。
書類は3か月くらい前に送られてきていたが、手続きするのは誕生日が過ぎてからである。
厚生年金の受け取りは、以前は60歳だったが、今後は国民年金と同じに65歳になっていくそうだ。
今は移行途中なので、生まれた年によって受け取り開始年齢がずれていくようになっている。

年金請求のために提出しなければならない書類はたくさんあって、わけがわからない。

年金をかけた年数や、仕事の状況や、家族構成や、年収などによって、人それぞれに必要書類も変わってくる。

私の場合は、

戸籍謄本

振り込み口座の通帳コピー

マイナンバーカードのコピー

雇用保険被保険者証のコピー

夫のマイナンバーカードのコピー

夫の年金証書

          のようである。

マイナンバーカードがあるので、提出する書類はまだ少ないほうのようだ。

もし、ない場合は、住民票や課税証明書なども必要になるらしい。

年金支給の条件は、自分だけではなく家族の状況によっても変わってくる。今は私が年下で、収入も少ないため、夫が加給年金というのをもらっているが、こういうものも状況によって変わるので、収入が超過していないことを証明するためにも収入証明が必要らしい。

逆に私が年下の夫を養うなんて状況の場合は、私が加給年金をもらうこともありうるため、いちいち配偶者の年金や収入なども申告しないといけないのだ。

なんでこんなものまで必要なのかと思うものがあるけど、とにかく送っておけばいいか。

年金事務所まで相談に行くという方法があり、そうすれば確実らしいけど、コロナの緊急事態の最中でもあり、人との接触を避けたいので、郵送にすることにした。

こんなに色々面倒くさい手続きだが、私は長い期間サラリーマンの妻3号だったので、厚生年金をかけていた期間は短く、しかも給料が少ないから支払っていた額も少ないので、月にすれば1万円くらいしかもらえないのである。一方、相変わらず給料から厚生年金が1万円以上徴収されてしまうので、まったく意味がない感じ。

それでも、これまでは徴収されるだけだったらから、同じくらい支給してもらえるだけでも、プラスマイナスゼロで良いと思うべきか。

10月生まれの友人が4月ごろから支給が開始されるとのことなので、私の場合は6月以降になるのかなと思う。

誕生日が過ぎたらすぐにもらえるわけではないので、がっかりだが、年間にもらえる金額は変わらないはずだ。

国民年金がもらえるようになるまでは、まだ4年あるので、頑張って働かなくてはならない。

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放送大学の教科書

2021-01-26 23:32:48 | 放送大学

今、身の回りにある放送大学の教科書を一列に並べてみました。

昔は、こんな色ではなく、もっと地味な表紙でしたが、そのころのものは全部捨てちゃったと思います。近年のものもかなり捨てました。

最近は、光沢のある表紙で、このオレンジ色の派手なのが多いようですが、最近気づいたことに、これって色分けがされているんですね。

オレンジ・黄色は専門科目。
緑・水色が導入科目・共通科目。
赤っぽいのが基礎科目・基盤科目。
茶色が総合科目。

そんな感じに色分けされているのかな~

実際、微妙な色の違いは、家にある教科書が日に焼けて変色したのかもしれないし、よくわからないです。

分野別のコースによって色が違うっていうわけでもないようですね。

どこかに説明があるかなと思って、検索してみたのだけど、よく出てくるのが、「放送大学の教科書(使用済)をまとめて売ります」というような情報ですね。

放送大学の教科書は、数年で改訂されるので、古いものは授業では使えないですね。学費は教科書付きで放送授業1科目11000円で、教科書不要だと1000円引きくらいだったと思います。授業を受けるのではなくて、ただ読んで勉強したい人が買うのかな?教科書を単独で買うと3000円以上したと思います。

私の教科書は、書き込みをしているので、売り物にはなりません。

書き込みは、放送を視聴しながら記入したり、提出課題の問題に出た部分や試験の過去問題に出た部分などをマークすることが多いです。

特に、教科書持ちこみ可能科目は、今までに出た問題のところを重点的にやっておくと、けっこう点が取れるんですよね。

私は、1番最初に20年くらい前に「人間の探求コース」っていうのに入りました。今は「人間と文化コース」という名前になっています。

昔の自分は、このコースが1番得意な分野だったのです。

しかし、今になってみると、なんか難しそうで、なかなか専門科目を履修する気になれないものばかりで驚きます。昔取った科目名も全部変わっている感じで、履修したことのある科目がみつかりません。

いつかまた余裕ができたら、元の得意分野の科目も取ってみようかなと思います。

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目が痛い

2021-01-25 22:56:08 | 日記2021

現在の状況。

目が痛い。

久しぶりに仕事をしたからかもしれない。

そんなわけで、今日は早く寝ようと思う。

週初めから疲れた~

 

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片づけ3日

2021-01-24 23:14:27 | 日記2021

金曜日に、ルミナススチール棚(4段)が届いた。これは、リモートワーク用のプリンターを載せるために買ったもので、届くのに1週間かかった。
ちょうど週末になったので、かえってよかった。

新しいプリンターは、1月8日に電気屋に行って買い、車で運んできたものだ。
それをリモートワークの机と横並びで3m離れたところにある、高さの低い台の上に仮置きしていたのだが、元々その台の上に置いてあった物の置き場所がないので、やはりプリンター用の棚を買うことにした。

そして、棚はリモートワークの机の背後に置き、プリンターはその一番上に置いて、下の段には、衣類や雑貨の入った段ボール(元々その場所に積みあがっていたもの)を置けば良いと考えていた。

金曜日は、とにかく、棚を組み立てて、所定の場所に置いてみた。

これは、本箱の前に置くことになってしまうのだが、ルミナスは金属の柱と棚板でできていて、背板がないので、奥の本箱の本が取り出せるのである。本箱の棚板の高さに合わせて、ルミナスの棚板の位置も調整できるので便利である。

それで、さっそく1番上にプリンターを置いてみたのだが、これが不思議なことに、パソコンのすぐ近くに持ってきたのに、3mのUSBケーブルが足りないではないか。

いったいどうなってるんだ?と思ったら、USBケーブルを机から一旦床まで下して、床の上を伝い、棚の下から上まで線を延ばすと4mくらいの長さが必要になってしまうことに気づいた。

3mでは、床まで線を下すゆとりがなく、床上20cm以上の空中を渡ってしまうので、それをまたいで歩かなければならず、ひっかかってしまう。

それで、結局1番上の段に置くはずのプリンターが下から2段目の段に置くことになってしまい、大幅に配置変更となった。(印刷はWi-FiよりUSBケーブルの方が断然速い)

そして、一番上の段に、段ボール箱を積み重ねるという倉庫のような状態で、センスも何もあったものではなくなってしまった。(この棚はアイボリーみたいな色で金属っぽくなくて良いんだけど。)

その後も、とにかくあちこちに積みあがっている段ボールをできるだけ処分しようと、要らない書類や印刷物や雑誌などを片づけ始めた。

それを昨日も今日もやっていたのだけど、いつものごとく、片づけようと思うとさらに散らかるばかりなのである。

もう頭が痛くなってきた。書類の中身を確かめ、捨てるものと保存するものに分類し、保存するものも仕分けして、あるべきところに収納しなくてはならないが、とにかく頭の中が支離滅裂な人間なので、なかなか整理整頓ができないのである。

捨てる書類や雑誌はかなりあって、その分だけは容積がなくなったはずだが、とめどなく床の上に散らばった捨てられない様々なものは、またいっしょくたに、いくつもの箱や袋に押し込んでしまった。

また後日にしよう。

本当に片づけというのは、大変なことだ。

タンスの上のホコリなども珍しく掃除したが、部屋は依然としてゴタゴタ。

・・・

この掃除と配置換えをしている最中、棚を設置するときに、ハイビスカスのつぼみが1つもぎ取れてしまい、パキラの葉っぱも1つもぎ取れて葉のない枝になってしまった。

その前にも、夫が私の仕事机の所に座ったときに、後ろの植物のことを考えないで椅子を動かすものだから、もうすぐ咲きそうだったハイビスカスのつぼみを落としてしまった。

今回の模様替えでハイビスカスのつぼみが2つおじゃんになってしまった。それで、ハイビスカスは4~5日前に3個咲いたのを最後に、つぼみが1つも無くなってしまった。

花がないので、枝をかなり切り詰めたから、その分少しすっきりした。

・・・

片づけは、さらに少しずつ続けなければならない。

週末はあっという間に終わってしまった。

 

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放送大学卒業式中止

2021-01-23 21:03:57 | 放送大学

今年の放送大学の卒業式は、やはり新型コロナの影響で中止になるそうだ。
昨年も中止だったそうだ。

これまでは、「NHKホール」で卒業式が行われていたが、今年は「幕張メッセ」で開催される予定だったらしい。
「NHKホール」が3月から耐震工事で休館するからだそうである。

2年前は、「NHKホール」の卒業式に行った。その前は平成19年(2007)に行った。
今度のコースはずいぶんと簡単に卒業に至ってしまい、やはりシステムがおかしいように思う。

初めて「幕張メッセ」で開催されるんだったら、行ってみるのも良かったなと思う。
ちょっと気分が違うだろう。
しかし、年々、服装なども用意するのが面倒になってくるので、無いなら無いで気が楽だ。
自宅で、卒業証書が届くのを待っていれば良いのだ。

・・・

ところで、毎回卒業式の後に、祝賀パーティーが開かれる。これはホテルの宴会場で行われ、会費が1万円くらいするので、1度も出席したことはない。立食パーティーで1万円って高すぎるのではないだろうか。貧乏人はそんな予算はない。こんなところに行くくらいなら、その分の金額を、もう1~2科目授業を履修する学費に回したほうが良い。あるいは、家族でおいしいものを食べたほうが良い。

それに祝賀パーティーは、知っている人も居ないので、行ってもポツンと一人になったら嫌だなと思う。本当に学友なんていう人は存在しない。通信だからしょうがないし、面接授業でもその場限りである。

昨年も今年も、結局新型コロナでパーティーも中止だが、昨年はハイアット リージェンシーで開催される予定だったらしい。

ずっと前は、違う会場だったような気がする。

卒業式が終わると、貸し切りバスみたいなのが出ていて、それに乗って会場に移動するみたいだ。

ハイアット リージェンシーって、今年のお正月に新宿を散歩したときにあったホテルだと気が付いた。

これだ。写真が撮ってある。

私は、このホテルは建物ができたときから知っているけど、その当時は「センチュリーハイアット」と言った。小田急のホテルだ。テレビドラマのロケにも使われたホテルである。野口五郎が出ていた。
ロビーに大きなシャンデリアがあって、エレベーターからそれが見える。宿泊したこともある。

しかし、知らないうちに「ハイアット リージェンシー」という名前に変わっていたのである。

ここで、パーティーをやっていたのか~~

次に卒業するときは、コロナもおさまってるだろうけど、私は何歳かな?60代中ごろかな。

多分その時もパーティーには出ないと思うが・・・。

 

19:00の街 (センチュリーハイアットが舞台になったドラマの主題歌)

 

 

 

 

 

 

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たぶん卒業になってしまう

2021-01-23 18:47:27 | 放送大学

つい3日くらい前まで、自分が今年卒業するとは知らなかったので、全く寝耳に水である。

まだ「生活と福祉コース」に再入学して2年しか経っていないのだが、他コースを卒業し継続入学した場合は、自コースの専門科目を16単位取ったら卒業になってしまうというのだ。

放送授業は1科目2単位だから、たったの8科目取ったら卒業になるわけで、1年当たり4科目、半年当たり2科目取ったら、2年で、ハイおしまいってわけだったのだ。

だから、もっと長く居たい人は、基礎科目やら他のコースの専門科目などを履修していれば、6年間は居られるわけだけど、自コースの専門科目が16単位までしか取れないって、それはおかしい気がする。

そんなわけで、他コースをいっぱいとるならば、自コースの意味がないではないか。

・・・

これは、単位の取り方を間違ってしまった。卒業してしまうと再度入学金を払わないといけないので、絶対に損である。

次はどのコースにするか?

自然系は1度挫折しているので、あとは「心理と教育」か「情報」しかないけど、「情報」はついていけそうもないので、「心理と教育」にしようと思う。

これもあんまり興味がないけど、既に卒業したコースの科目を取りまくっていればよさそうである。

 

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シーフードカレー

2021-01-22 20:54:38 | 食べ物

今夜は、家にあるもので夕飯を作ろうと思って、冷凍のシーフードミックスを使ってカレーにすることにしました。

そして、カレーを作っていると、テレビで「今日はカレーの日です」と言っているではないですか。

偶然だけど、ちょうど良い、ということで、よしブログネタにしようと思ったのでした。

そして、お題になっているとも知らず、写真を撮っておいてよかったんだけど、
なんか、もしかしてカレーが逆向きですかね?

カレーライスの写真って、カレーが手前でご飯がうしろになるんだったかな? まあいいや。

(カレーが手前のほうに写ってるのも載せておこう。でも、あまりシーフードカレーに見えない写真。)

ルーは、ハウスのシーフードカレー用のルーが買ってありました。
これは、シーフードに合った味になっているそうです。「海の幸カレー」っていうんですね。

夫は「肉ではないのか」とがっかりしていましたが、そんなものは作る人間の勝手なので、作る人間が食べたいものを作るのが、我が家のルールですよ~。

それから、サーモンのたたきも作ってみましたが、これも偶然テレビで、鮭とサーモンの違いとか、日本人がサーモンを生で食べるようになった経緯などが放送されていました。

私は炙りサーモンが好きで、周りが焼いてあるのがいいなと思うのですが、以前初めて自分で作ったときには、フライパンで周囲を焼いてから切ったら、ぐちゃぐちゃバラバラになってしまったのです。

その後、まず先に切ってから、元どおりの形に固めて、周囲を焼くという方法を知りました。

なので、今日はその方法でやったらうまくいきました。

ただ、もっと強火で焦がしたかったのですが、ガスコンロのセンサーで自動的に弱火になってしまうので、難しいです。

時間をかけると中まで火が通ってしまうからです。

たれは、玉ねぎドレッシングとポン酢とレモン汁を適当に混ぜてみました。

夫はサーモンはあまり好きではなく、鮪が好きなのですが、これも作る人間の勝手で、私が好きなものを作ったのでした。

・・・

あっ、そうだ。今日はカレーの日ってことですが、学校給食が「カレー」の日なんだそうです。
ってことは、家でカレーを作ると、子供は昼も夜もカレーになっちゃうから要注意ですね。

うちは、ジジババで、学校に行ってるような子供がいないからいいんですけどね~

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マスクで耳が痛い

2021-01-21 23:24:49 | 日記2021

今週は、在宅でできる仕事が少なくて、出勤して仕事をしている。

今日は、会社にはほとんど人が居なくて、同じフロアーではたった一人で働いているようなものだったが、たまに他のフロアーからやってくる人がいたり、掃除会社の人が出入りしたりもするので、1日中マスクをしたまま仕事をしていた。

そうしたら、左耳の後ろが痛くなってきた。

私が今使っているマスクは、シャープのマスクなのだが、シャープのマスクはゴムがとても細いのである。

そのせいなのか、長時間つけていると特定の場所に圧がかかってしまうのかもしれない。

これまで何か月もずっと使ってきたのだが、こんなに毎日長時間つけていることがなかったので、痛みは感じなかった。苦痛を感じるのは今日が初めてである。

それで、人がほとんど来そうもないときには、ちょっとの間、はずしていたりもしたのだが、人が居ないからと言って安心できないような気もする。

天井の空調から空気が出て循環しているが、ビル内のどこからか空気が移動してくるのかもしれない。

もしその空気に新型コロナウイルスが混じっていたら大変だと思うので、誰もいなくてもマスクをしておいたほうがよさそうだ。

また、ドアノブや複合機のタッチパネルなどを触った手で、無意識のうちに口や鼻に触れてしまうかもしれないので、マスクをしていた方が良いと思うのだった。

でも、こういう状況が毎日続くと、次第に耳の後ろの痛みが悪化してきそうである。

私の仕事はまだ人との接触が少ないから良いけど、1日中人と接触している人は、こういう悩みもありそうな気がする。

うちの夫は週に3回だけ働いているが、ユニ・チャームのマスクをしている。これは耳にかける部分が太いから痛くないのかもしれない。(私はこのマスクは耳がふにゃっと倒れて外れてしまうので使えない)

今後家庭内感染を防ぐべく、家庭内でもマスクをするなんてことになったら、耳の痛みゆえに、さらにマスクが苦痛になりそうだ。

今日は、あまりに耳の後ろが痛いので、人の少ない帰り道では、マスクを外して歩いたりしたが、すぐに人が近づいてくるので、あわててまたマスクをするのだった。そんなことを何度も繰り返した。

今は、外でもマスクをしないとひんしゅくを浴びてしまうから、大変だ。

逆の立場だとしても、マスクをしない人とすれ違う時は恐怖を感じてしまうから、マスクをしないわけにはいかないのだ。

今の世の中、マスクは、感染から守ってくれるものとして、欠かすことのできない大切なものなのだが、耳が痛いと、ついついマスクを疎ましく思ってしまったりするのであった。

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割り切れない気分

2021-01-20 23:41:14 | 日記2021

何が割り切れないのか、よくわからないのだが、何かすっきりしない気分なのだ。

コロナの影響が経済活動に影を落として来ているような気がする。

そして、それがわが身にも関連しつつあるように思う。

職場では、例年1月の後半になるとかなり忙しくなってきて、年度末に向けて追い込み状態となる。

ところが、今年はやはり暇なような気がする。

それで、今日は在宅でする書類点検の仕事がないので、会社に出勤したのだった。

社員はほとんど居なくて、新人の女性社員2人だけが出勤していた。そこに私パートババアの3人のみ。

入社して1年にも満たない人が、入社して1か月も満たない人に仕事の説明などをしている。
なんか、寂しい光景だ。

最初に出勤したのは私で、真っ暗な廊下を歩いて行く。セキュリティーを解除しないと電気がつかないのだ。

なんなんだろう・・・こういうことの繰り返しが、元気な明るい精神をだんだん蝕んでいくような気がするのだ。

その後、しばらくすると人の気配がして、他の人がちらほらと現れた。

帰りは帰りで、人の居ない真っ暗な部署のほうに行って、電源や戸締りを確かめたりするのだが、外がいくらか明るいので、その明かりをたよりに窓のほうに歩いて行く。

新人の正社員の人たちは、高度で重要な仕事を推し進めているが、私は単純な書類の廃棄作業をひたすら進めていく。

ペーパーレス化になったので、この作業はいずれ近いうちになくなるということだ。

新しい書類の点検の仕事は、ペーパーレスでも必要だが、新しい仕事を受注しなければ発生しない。

その新しい仕事が問題である。関係する会社によっては、急激に売り上げが落ちてひどい業績になっているとのこと。そのため、我が社への仕事の発注もかなり減るらしい。

また、別の会社は、変わらずに仕事を依頼してくるとのことであり、すべてが最悪の状態になるわけではないようだが・・・。

正社員の中には、業績の悪くなってしまった会社を主に担当している人もいるため、その仕事は必然的に減る事だろうし、それは私の仕事にも影響してくる。

もし会社全体の仕事量が減ったとすれば、これまでパートがやっていた単純な仕事を正社員がするという可能性もあるだろう。

そうなると、パートが要らなくなるんじゃないのか?

・・・

コピー機などは、出勤者の居ない部署においてあるので、わざわざ広範囲に電灯をつけるのも面倒だから、今日は半暗闇の中で書類をコピーしていた。

これもまた、精神がすさんでくる気がするけど、こんな仕事でも仕事があれば給料がもらえるわけで、こういう作業さえもう不要ですと言われたら、本当に大変なことになるなあと思う。

書いていてわかってきたけど、割り切れない気分というのは、そういうことなのだ。


 

 

 

 

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単位認定試験終了

2021-01-19 21:06:33 | 放送大学

本日は、放送大学の試験解答を郵送しました。

21日消印有効なので、遅くとも明日の夜までには解答して投函しなくてはいけません。
今日はちょうど仕事が暇だったので、半日休を取って試験をやってしまうことにしました。
新型コロナの影響で、試験会場での試験ができないため、自宅で自分で問題を解いて解答用紙に記入し、郵送するという方法です。

今回は、「日本語リテラシー」「生活者のための不動産学への招待」「食と健康」を受験しました。
どれも勉強不足でしたが、特に難しいのが「食と健康」です。

年のせいか、全然覚えられません。これがもし試験会場での受験だったら絶対に合格点は取れないと思います。
3科目なんか受験したら、精神的にも肉体的にもヘトヘトになってしまいますので、自宅受験でよかったなあ~とつくづく思います。

とはいえ、新型コロナは早く収束してほしいです。頑張って試験会場に行きます。

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さて、今回驚いたのは「卒業が見込まれる皆様へ」という郵便物が届いていたことです。
これは、今回受験する科目が全部合格して単位が取れれば、今のコースを卒業になるそうなのです。

それは、知りませんでした。ばかに早く卒業できるのですね。

もっと色々な科目の単位を取りたかったのですが、とりあえず卒業できれば一旦卒業しようかと思います。

やはり、6つのコース全部を卒業できたら良いと思うので、そのためには、できるだけ早く卒業できるものを卒業しておいた方がよさそうです。

人生もそんなに長いものじゃないし、放送大学のない生活というのもやってみたい、というか、もしそうなれば、何か別のことに目が向けられるかもしれません。

別のコースに継続入学したとしても、どのコースの専門科目も受けられるので、受講したい科目は今のコースを卒業してからで良いです。

そういえば、放送大学ってどうして最低限の単位を取ってしまうと卒業しなくちゃならないんだろうか、と思ったんです。編入の場合は6年間居られるのだから、その間めいっぱい単位を取れたらよいですね。でも卒業要件をみたす単位を取ってしまうと卒業させられてしまうのですね。

考えてみると放送大学って、そもそも学部は1つなんですね。「教養学部」という学部なのですね。
その中にコースが6つあるので、そりゃ確かに、普通の大学でも同じ学部を何度も卒業したりはしないのかな?と思います。
だから、それができるだけ良いのかもしれません。

本当に卒業になるのかどうかわかりませんが、もし卒業になったとしても、今年は卒業式は無いだろうな。
もし、あったとしても、新型コロナが怖いから、行かないだろうなあと思います。

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