京都 洛北の時計師 修理日記

時計修理工房「ヌーベル・パスティーシュ」京都の洛北に展開する時計修理物語。
夜久野高原で営業再開しました。

時計師の京都時間「京の預かり時間」

2017-12-07 09:49:59 | 時計修理

12月7日木曜日。大雪の大安。
昨日は寒空の中一日時計の引き取りを待ちました。なぜかいつも残ってしまう時計。
今週日曜日をお休みするので映画をあきらめて工房に出てきました。

預かっているお客さんにとって必要のないものだったのだね~。
それにしても修理代金は荷物と引き換えの業界。
お客さんに引き取りに来てもらわないとそのまま負債になるので国産時計部門は累積赤字のまま。
昨日、カシオのソーラー電波デジタルのクレームがあった。「朝、文字盤が曇って使い物にならん!どうしてくれる」とお門違いのクレーム。工房で販売したわけでもなくソーラー電波は修理は工場以外で無理な使い捨て時計です。また工場に送って見積もりを伝えるとキャンセルになる。
とくにデジタル時計は気温が下がると内部の水分が結露を起こしてガラスの内部が曇ることは私たちの常識なのだ。
カシオG-SHOCKがスキー場で使えない!と何度もクレームを受けた。その都度なんとかご理解いただいて帰ってもらう。懐かしい思い出です。

ソーラー電波時計は工房では迷惑時計。煮ても焼いても喰えない。
ドラキュラにはソーラー電波時計を売ってはいけない。夜間専門のタクシー運転手、看護師にソーラー電波を売るな!すぐに止まるぞ!

ドラキュラ伯爵は生まれて一度も自分の顔をのぞいたことがない。鏡に姿が写らない設定なので自分がどんな顔をしているのか解からない訳です。彼の家庭にあるニンニクパウダーも一度も使われないで消費期限を迎える。

私とよく似た人生だ。お客様と接近する仕事。迷惑なのでニンニクは使わないままでそのまま消費期限を迎える。
時計の修理に日々埋没しているとよく失敗する。これを「ドラキュラの失敗」という。

顔いっぱいにヤスリ掛けした金属くずを貼りつけて居酒屋さんに入ったことがある.お店の人ぎょっとしていた。
また工場時代にはセンスの悪いスーツ一着だけで数年間通した。
当然朝起きた後に髪のセットなど無関係。床屋には前回いった記憶は飛んでいるので伸び放題。自分の姿に関心がないのだ。
こんな人を見かけたらそいつはドラキュラか時計師だと思って優しくしてくだされ~。
ぼちぼち時計業界恒例の販売店応援と言って工場の若手ドラキュラが売り場に立つころです。
諏訪、盛岡など空気のきれいな山から降りてそれぞれ都会の売り場に入る季節が来ました。

今日、明日と千本釈迦堂では「大根焚き」です。大きな鍋に湯気の中に大根がいっぱい浮いている光景は実に美しいものです。
昔々、煮ても焼いてもあたらないダイコンバイヤーだったことを身に染みて思い出すイベントなのだ。
明日行ってみようと思う。



コメント
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