石原延啓 ブログ
seeking deer man

nobuhiro ishihara blog 
 





3/29
日曜日に夏時間になり昼が長くなった。
日差しも暖かいし、どうせ資料の本を読まねばならぬのならば行ったことがない場所へ足を伸ばして読書をすることに決める。
今日は6区のおしゃれな通りをウィーン西駅の方へ向かって歩く。
途中にアーティストがオーガナイズする小さなカフェ(一応オルターナティブスペースなのかな)があった。感じの良い空間だが作品を搬入中だったのでまた来ることにする。
そうこうするうちにトラムがごにょごにょ集まるターミナルまで行き着く。
辺りを見回すと地下鉄U6ラインのBurggasse-Stadthalleの駅ビルが見えた。この建物は変わっていて南面が急な階段になっていて上まで昇れる。上部のカフェレストランは休業中だったが、結構多くの人たちが休んで読書している。
長袖のシャツ一枚でも汗ばむ陽気。春本番、本当に暖かくなったものだ。
一時間ほど読書した後、行きに見つけた感じの良いトルコ料理屋で安いランチを食べて戻る。陽に焼けた。



そうそう3/8のブログに書いた熊の水車小屋喫茶店の看板、本当にありました。
先日買出しに出た時に変なデコレーションだなと思って写真を撮ったのが丁度ナッシュマーケットの近くだったのを思い出し、もう一度写真をアップにして見直したら確かにこれだ。(分かりづらいので赤線で縁取りしました。上部に水車小屋が見える。左下が粉屋の親父。中央に雄叫びをあげて苦しがる熊。右側に熊の首を締める若者。何だか熊が可哀想。。。)

17~8世紀の頃の話、この辺りは牧歌的風景が広がる田園地帯で水車小屋があった。寒さが厳しいある冬のこと、食べ物を求めて森から巨大な熊がさまよい出て来て「聖霊水車小屋」の粉屋の親父をとって喰おうとした。親父の叫びを聞きつけて二階に住んでいた粉引き職人の若者が後ろから熊に飛びついて首を絞めた。その間親父は脱出して人を呼び、最後にはその熊をしとめたとのこと。
無欲な若者は報酬を求めず、戦利品として熊の毛皮を貰って「ベーレンホイター(熊の皮へ)」という名前の喫茶店を始めたらしい。
粉屋の親父は記念にその絵を描かせて水車小屋の前に掲げた。以来そこは「熊の水車小屋」と呼ばれるようになったらしい。
ウィーンっ子はそんな話、誰も知らなかったけれど。
(「オーストリアの民話~アルプスの人びとの世界」窪明子 著 刀水書房より)

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3/27
5時までの飲酒がたたり、10時過ぎに起床。ルーカスは行ってしまった。
オーストリアはカトリックの習慣が根強く残り、日曜日は本当にほとんどのお店が休んでしまう。今日は土曜日、ひと仕事終えた後に単身赴任の身としては週末を生きぬくために買出しへ!
しか~し、行きつけのオーガニック屋は午後2時で閉店してた。。。
仕方なしにBILLA(大手スーパー)にでも行くか~と歩き出す。ウィーン6区のこの辺りを歩くのは初めてだ。おっと大きなスーパーがあるじゃない。BILLAとは品揃えが全然違う。日月用食材と共にキャロットジュース、よせばいいのに「Sauerkraut Saft」なるジュースも買う。ご想像のとおりザワークラフト、キャベツの漬け物ジュースですな。人参ジュース(他にトマトや野菜もあった)と同じメーカーだからそんな酷いことにはならないだろうと思ったが。。。。
いや~久しぶりにやられました。結構へんてこな飲食物を買ってきては女房に怒られているのですが、いつもそれなりに美味しく頂いてます。しかし、こ、れ、わ。。。
キャベツ本体を食べ終わったザワークラフトの残り汁を2~3日冷蔵庫で放置したような味。本当にそれに防腐剤でも入れて販売しているんじゃねーか!?(怒)
ちなみに購入後、件のスーパーから30mほど歩いたところへエドガーから聞いていたオーガニックスーパーマーケットのチェーン店を発見しただけに悔やまれる。何事も勉強ですね。



夜は日本から持ち込んだ念願の「男はつらいよ~寅次郎心の旅路」DVDを鑑賞。こてこてのプロトタイプを異国に持ち込むと何が起るか?というのはある意味私と同じテーマなので参考になるかと。
寅さんがウィーンに来るんだけれども、話は全くそれを感じさせないで進む。最後に寅さん本人が「俺は本当にウィーンに行って来たの?」と自問するシーンがあるのだけれども、鑑賞者も同じ感覚を味わう。
何だか良く出来た能のテキストに近いかも。ぶっとんでます。この作品は「男はつらいよ」シリーズの中での評価は必ずしも高くないようだけれども凄いね、寅さんって。
完璧に日本人側からのみの視点で描ききっている。ロストインコミュニケーションすら起きていない。脱帽しました。

翌朝エドガーよりスカイプ・チャットでメールあり。ルーカスが行ってしまって寂しいねえ、うんぬん。私がSauerkraut Saftを飲んだ旨を告げると一言
oh my god(彼は無神論者です。)

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3/26
エドガーの歯医者さんが郊外にキャッスルを持っている(!)ということで、そこを訪ねる。ピックアップすると言っていたエドガーからスカイプで「今、ルーカスと一緒にドローイングをしているからこないかい?」とメッセージが入る。
すぐに身支度をして地下鉄に乗った。
エドガーのアトリエで3人のコラボレーション・ドローイング。楽しかったな~。
余りに楽しくて既に出発予定を1時間超過。心配する私に対して
「いいかい、ノブ。かたぎの人たちはアーティストは変わった奴だと信じているから1時間くらいの遅刻は大丈夫。逆に約束の時間通りに間に合わせたら、君は二流のアーティストということになってしまうよ。」とエドガー。半分は冗談としても「せっかくルーカスとノブと三人でドローイングのセッションをやっているのに、パーティーのひとつくらい遅刻したって関係ないよ!」は結構本音。それくらいルーカスはエドガーにとって大切な友人なのだ。



甘美な時間は刻一刻と過ぎ去りさすがに出発。高速道路に乗ってしばらくすると「携帯を忘れた!」とエドガー。一応ディレクションは紙に書いてもらったが心もとない。時間的には引き返せないからなるようになれだ。
それにしてもオーストリアの田舎は驚くほど美しい。かつてイタリアで観た列車からの風景も美しかったが、何の史跡などなくとも、この車から見る風景には感動させられた。



エドガー曰く「日本は美しい国だけれど田舎は汚いよねえ。」耳が痛いが全くもって同感。歴史的文化的にうんぬんは抜きにして、いまでもなお風情ある田舎の風景は残っているところはあるにせよ、やはり日本の地方における景色の崩壊は目に余るものがある。「経済的な豊かさ」が唯一の価値観となった弊害だろうか?皮肉なことに高度経済成長期ではどうでもよかった「風情」みたいなものが今は「お金」になるのにねえ。おっと、そんなこと考えているからダメなんだよね。



そうこうするうちに何とか1時間ほどで到着。
お城ではなかったけれどもでかい、広い。ビックリです。かつてこの辺りの大地主が使っていた建物が時代の移ろいとともに朽ちていたのを件の歯医者さん(名前をよう覚えれんかった)が買い取ってリノベーションしたらしい。ちなみに彼女は凄く気さくな乗りのいいおばちゃん、と思いきやよくよく尋いてみれば同い歳でした。。。こちらの歯医者さんは儲かるらしいねえ。夏のパーティー用の建物、クリスマスパーティー用の建物、それ以外にもまだまだあった。。。遠目に鹿やら野兎が歩いているのが見えた。

やいのやいのするうちに我らは次のパーティーの為にウィーンへ戻る時間。
今度はアーティストThomas Feuersteinの家へ向かう。がエドガーが道に迷ってしまい、てんやわんや。ブツブツ言っているのが可笑しくてプッと吹くとテンパッているから笑わないでくれと怒られた。こりゃすみません。しかしコテコテのアーティストだねえ君も。
ウィーン市内に入って約1時間後( ..... )にやっと到着。パーティーは2、3のキュレーター以外はほとんどがアーティスト。言葉の問題や睡魔との戦いはあるにせよ楽しかった。トーマスの部屋は格好よかったなあ。あとでウェブをチェックしたらやはり面白い作品をつくっていた。



朝5時まで飲んだくれて解散。ルーカスは明朝早々にラトビア・リーガへ移動するとのことでお別れだ。ルーカス、エドガー、私は丁度3歳づつ違いでなんだか兄弟みたいだった。寂しい。最後はハグしてお互いに涙ぐんでしまいました。ビッグブラザーとしばしのお別れだ。いつか、どこかで、また。

写真は美しい車窓からの眺め。黄色い建物が歯医者さんの別邸。広くて薄暗い空間はクリスマスパーティー用建物の内装。おどけたルーカスがいるのがメインのダイニング。ご馳走さまでした。緑のタンクはトーマスの酵母(?)の作品。彼のキッチンにもこのペットボトル版が置いてあってコポコポ酸素吸入されて元気に生きてた。

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3/25
SchleifmühlgasseとEschenbachgasseのギャラリー巡り。ほとんどがエスタブリッシュされた立派な画廊だ。
そしてMQの現代美術館やらクンストハーレのグループ展に合わせて展覧会を組んでいた。
Galerie Meyer Kainer で観たサラ・モーリスによる北京五輪の記録映画は面白かった。以前は日本がこのような視点で海外の人たちから見られていたのだろうなと思う。地下鉄構内で若いカップルの痴話喧嘩の盗み撮りとか公園で太極拳を踊るおじさんおあばさんとか映像の半分以上が競技ではなくて街の風景だった。



Galerie MezzaninでやっていたMichelangelo Pistolettoの鏡の上のペインティングは参考になりそう。Constantin Luserという作家のドローイングブックも好みでありました。
夜はMUMOKで市原さんご推奨のゲルハルト・ヒュームのオープニングがあったけれど勘違いしてミスする。後日ゆっくり見直しましょう。


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3/24
前日ウィーン入りしたルーカスと私の為にエドガーが幼なじみでプロのガイドであるアンゲヘルにウィーンの市内観光をお願いしてくれた。
主にシュテファン寺院周辺を歩いてまわる。
眼鏡を掛けた牛と狼(カソリックとプロテスタントの揶揄)の壁画とか仕掛け時計とか比較的渋いところからスタート。時々エドガーの「ここのチョコレートの包装が素晴らしいから日本へのお土産に最適だ」みたいなチャチャが入りコースが脱線するのが楽しい。私が大騒ぎしていたイエズス会の祭壇の巨大なウサギの写真も明らかに現代美術家に依頼した作品だということも分かり納得。海千山千のアーティストである彼らも面白がっていた。



そして皇帝納骨所へ。
歴代皇帝の棺が並ぶこのお墓が観光化されているのにも驚かされるが、実際に棺を目の当たりにすると強烈な歴史の重みがドカンと肩にのしかかってくるような錯覚を覚える。本で読んだ強烈なキャラクターたちの死骸がすぐそこで眠っているのだ。
ルーカス曰く「ここにから人間社会のもつ典型的な構図が見て取れるよね。力のあるものが弱者を搾取するという構図は昔も今も少しも変わっていない。アメリカンデモクラシーなんて幻想だよ。金持ちが皇帝にとって代わって奴隷制をひいているようなものさ。」
穏やかなルーカスが思わず自国批判をしてしまうのも、この場所がもつ異様な力のなせる業か。
「ヨーロッパの歴史は重い。若い頃はそこから逃れたくてアメリカに渡った。でも結局アメリカにも本当の意味での自由なんてなかったけれどね。」エドガーが続ける。
反吐を吐きたくなるような歴史の重み。近代になって降って湧いたような印象があるヒトラーだってハプスブルグとナポレオンに続く3番目の帝国を名乗った。すべては抗することのできない大きな流れの上にある。それがヨーロッパ人のアイデンティティの源であることは間違いない。



ショッピング街・グラーベンに通りかかるたびに、道路のまん真ん中に異様な形をして立つモニュメントが気になっていた。これはペストの記念柱。エドガー曰く、形やコンセプトは違えども欧州の各都市には似たようなモニュメントが必ずあるということだ。これもまたヨーロッパの持つ歴史の暗い側面だろう。

シュテファン寺院内で腕自慢の大工の話とかをハ~ハ~とか聞いているとピラミッドにぱちくり眼の図像を発見。「僕の叔父さんはフリーメイソンだったんだよ」とルーカス。日本人にとっては「ダビンチ・コード」ほとんど空想の世界にあるフリーメイソンだけれども西洋の人にとっては意外と身近な存在であるようだ。
尤も三角中に眼の画像は直ちにフリーメイソンを意味する訳ではないようだが。。。

夜は丁度アンゲヘルの旦那さんTiziano Ducaが指揮をするコンサートがあるというのでコンツウェルトハウス
へ。中フォールだがオーケストラでイタリア近代~現代音楽の演奏を聴く。モーツアルトとかはちょっとな~という感じだし、この滞在中に現代音楽を聴こう!というほど気合いは入っていないので丁度良いプログラム。
Jacopo Foroni、Giuseppe Martucci、Guido Alberto Fanoが作曲家の名前。ノーノとかシャリーノとかまでは知っているのだけれども。。。指揮者のTizianoはとても気さくな人(イタリア人)で「イタリア人でさえ誰も知らないよ。」と笑っていた。個人的には美人のピアニストが入ったFanoさんの曲と彼女のアンコール曲が現代ものだったので好きだった。

その後エドガー家の近所で安くて美味いオーストリアン料理を食す。
私はトロトロチャーシューにポテトを添えたもの。コールスローも付いて来て満足。ワインを2杯のんで12€ってのは本当?
ここでは三位一体とは何なの?父と子と精霊の精霊、スピリットって何なの?みたいな話をする。スピリットは移動する。イースターには卵に宿る。ちなみにもう片方のウサギがイースターの象徴である理由は「ファック沢山で子沢山だから」とのこと。
イエズス教会の祭壇のウサギが死骸の写真でもOKなのは、スピリットは移動するって理由で問題なしなのかな。

ドイツ(語圏)人の持つ自然に関するメンタリティーは特別という話は面白かった。(cf グリム童話。)近世ドイツのロマン主義が自然愛を再燃させた?フリードリッヒ2世が経済対策で森を再生させたのも影響?
実際にエドガーが春になるとハーブをつんで自らハーブティーを作る話とかジャムを作る話とか中世の魔女を想起させられる。
ヨーロッパ。面白いです。





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3/23
ミュンヘンからルーカスが到着。
エドガーに連れれられて、主にユダヤ人にまつわる史跡を巡り街をぶらつく。ここ数日ひとりで歩いて心地良いと思った石畳の小路のほとんどがユダヤ人の居住区であることに気づかされる。美術館はすでに閉まっていたがユダヤ人広場ではレイチェル・ホワイトリードのモニュメントに遭遇。
http://orange.ap.teacup.com/kenjiido/741.html
モニュメントに刻まれたホロコーストの地名を見ながら「○○にもホロコーストがあったのか!」ユダヤ血を引くルーカスは興奮を隠さない。
「ここに僕のおばあさんはいたんだよ。彼女は10歳だったから助かった。」あるひとつの地名を指して彼は言った。
ユダヤ人としてのアイデンティティというのは日本人の私には分かりにくい。国というものを持たずに世界中に散らばり、宗教的な結束とお金の力で生き延びて来た。キリスト教を信仰する人びとからは金貸しとして軽侮されたならがらも社会の上層部に食い込み実際の世界を動かしている。そしてイスラエルの存在。アメリカとの関係。EU。NATO。観光しながらそんな話をするものだから頭が混乱してしまう。

夜風が気持ちよく「まるで夏になったみたいだね~」とエドガーは大げさに言う。
確かにコートなしで歩きまわれるようになるとは1週間前には想像だにできなかった。

cafe pruckel でワインに炭酸水を足した「何とか」という飲み物を飲んで一息つく。その後エドガーの家に場所を移し、フィルムメーカーのミカエルも加えての飲み会になり延々と話す。
話の導入は各自の仕事やら作品から入るのだが、その後はバックグランド、さらには社会全体のスステムについての議論に発展して行くのがウィーン流のようだ。
個人あるいは都市、さらには社会もそうなのだけれども、当たり前の話さまざまなレイヤーを同時に抱え込んでいる。ただ私がこちらに来てから戸惑っているのは、例えばオーストリアを理解しようとする時に当然ハプスブルグ家が出てくる訳で、この一族の支配は一時にはその所領では陽が沈まないとさえ言われるくらい広域に及んだ。私はウィーンについて勉強したいだけなのに、そこまで意識せざるを得なくなる。その支配は言語や人種にも影響しているし、イタリア、ドイツ、ボヘミアなど国と国との相互関係、現在のEUとしてのアイデンティティに関わっている。さらにカソリックとプロテスタント、そしてユダヤ教さらにはモスリムという宗教の問題。レイヤーの一つ一つが広大で、それが部分部分で重なり合っているものだから複雑なのだ。
あんたたちは一体どれだけのものを抱え込んでいるのかい!?と突っ込みたくなる。実際に突っ込むと延々トーキング、喫煙モクモク眼がショボショボになってしまうという訳です。

シルビアのお父さんはハンガリーからの移民と言っていたし、アメリカ人と言ってもルーカスのお祖父さんたちはポーランドにいてナチスの迫害を受けていた訳だし、ミカエルのお父さんはポーランドのオーストリア大使で、東が崩壊したときにそのままこちらに移民したという。だから皆んな語るよ~。
ミカエルは今、9.11についての映画を編集しているという。ファンタジーからドキュメンタリーまで過去の映像を900くらい集めて、それを繋ぎ合わせて9.11が一体何であったのかを検証、表現しようとしているらしい。ドラゴンが飛んでいる視点からの映像なんて使えそうでしょう、という言葉に興味をそそられる。
http://www.michalkosakowski.net/
「彼なんて12年フィルムを撮っていて、配給されたのが20分の短編一本なんだから、僕のフィルムが4年かかってもまだ出来上がらなくても文句は言えないね。」とエドガーが言っていたのが可愛かった。


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一応お世話になっている身なのでMQ内のルートヴィッヒ財団近代美術館MUMOKとレオポルト美術館をチェック。
MUMOKではテレビが未来を先取りしていた60~70年代にアーティストたちがどのようにTVを捉えていたか?ということに焦点をあてた大規模な展覧会をやっていた。なかなか興味深い展覧会ではあるがヨーロッパに来てまでアンディ・ウォーホールを見たくはないので駆け足でやり過ごす。それでも力の入れようは大したもので何カ所かの展示には見入ってしまう。まだ若くて髪の毛ふさふさした、あのリチャード・セラの冗談めかした(!)ビデオ作品内でレオ・キャステリの横にいるアーティストの顔に妙に親近感を覚えた。誰かに似ているな~、誰だっけかな~と思いつつ終了後のキャップションを見ていたら、なんとNYのアートスクール時代の先生の若かりし頃の姿だったのには驚いた。
またアンディー・ウォーホールTVという番組のアーカイブで若かりし頃のイッセイさんやカンサイさんがインタビューに答えていた。イッセイさんは当時も変わらず真面目でチャーミングな方であったし、カンサイさんもまた勢い余ある感じで微笑ましかった。
レオポルトの方はクリムトやシーレが中心なのだろうが、大きな作品がある訳でもなく見るべきものはなかったかな。水彩画の企画展もまずまず。ただユニセフ主催の発展途上国の子供たちのおもちゃ特集展は面白かった。空き缶、ペットボトル、針金、ビニール、木片そして牛の角(!)などを駆使して車から飛行機から電話からバイク(乗れる、荷物運びといった実用向きでもある)まで様々なおもちゃと実際に遊ぶ子供たちの写真が展示されていて、まあ、この地下でやっている小規模の展覧会が今日一だった。

そのまま買出しを兼ねて若者たちに人気があるというMQ裏のSpittelberggasse周辺を散策。若者の街の定番に漏れずヒッピー系のジュエリーショップやおしゃれなカフェが並ぶ石畳の小路の中に「気」が良さそうなオーガニック食材屋を発見。商品を見ながら感動しつつうろうろしているとお店の人とお客のおばさんが私のことを話している気配を察知。客の年配のご婦人は日本人ピアニストでお店の人に助けてやれと言われたらしい。(すみません、あまりに現地になじまれたお姿でアジア人に見えませんでした。。。)助言に従いTofu(万国共通健康食の定番、但しハーブ入り)を購入。その他パンやらジャムやらスウェッツェルやら卵など諸々買っても1000円強。お店の人の人柄も良くて英語も通じるし、MQの裏口を使えば徒歩5分。マーケットはぼったくりもいてうざいので今後はここに通ってしまいそうだ。



夜はオーガニック屋の食材を肴に、先日旧市街をぶらついた時にふらりと寄った酒屋で買ってしまった白ワインを飲んで夢心地。気持ちよく酔いながらblogを書いてます。
こちらに来るにあたり資料として何冊かの本を持ってきた。
そのうちの一冊「甦える中世ヨーロッパ」(阿部謹也著)は20年以上前の本だけれども色々と示唆に富んでいて為になっている。あとがきで筆者は「ヨーロッパは大変身近になった。けれどもヨーロッパを旅しながらも、私たちはいまだ理解しえない、多くのものにとりかこまれていると感ずることが多い」と述べている。
「この本では、私たちが一番理解しにくい、ヨーロッパの人びとの心の中をのぞくための努力をしてみたい。歴史学の用語では心的構造とか心性というが、中世ヨーロッパの人びとが何を恐れ、何を尊いと考え、どのような人生を送ったのか(後略)。」
中世はさておき、これはまさにウィーンにきてから私が感じているテーマであり、同時にただ知的関心をそそる対象にのみならず、私たち「日本人」をもう一度考え直す上でヨーロッパというのは大変面白い素材といえる。
民主主義にせよ資本主義にせよ社会主義にせよモダニズムにせよ(もちろん現代美術も)、近代の基礎となる全ての事柄はヨーロッパで生まれた。そして近代はそれまで長い間続いた教会や王様の支配に対する強烈なカウンターから誕生したはずだ。もちろん今でも保守的な人もいればリベラルな人もいるのは当然だが、当たり前のはなし、人びとは全てを内包している。だからヨーロッパの人はアメリカ人とは明らかに違うし、意図するしないに拘らずアメリカ的な価値観を追従してる現代日本人の私としてはそのビューポイントの違いから学ぶところが多い訳である。ヨーロッパとは何か?=日本とは何か?=私とは何か?ってな感じの図式かな。


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3/19 随分と暖かくなってきて春を感じる今日この頃ですが、スタジオでドローイング。
夕方になりさすがに勿体ないので外出。こちらに来る前に日仏学院のウォロノフさんに紹介されたフランス人アーティスト・スカルの展覧会をチェック。
一区の東京でいえば銀座みたいなエリアでパリやザルツブルグにも支店があるでかい画廊だったのでビックリ。
丁度彼とは入れ違いになってしまったらしく、メールで4月末に再開する約束をする。
http://www.galerie-mam.com/index/index.php



3/20 土曜日は無料ということでMAKへ行く。
ガイドにはオーストリア応用美術博物館とあるが、デザインミュージアムですね。アメリカL.Aにもブランチがあるみたい。カフェでグラスワインを飲みながら日替わりランチを食べる贅沢な週末。
写真が撮れなかったのでwebからの引用ですが、椅子の影絵みたいなのは実際の椅子をスクリーンの裏にズラリと並べて光を当てているもの。面白いインスタレーションでした。その他も昔の美しい装飾の建物に無機的でクールな陳列棚を合わせたり、デザインを扱うだけあって頑張っている。王朝時代の食器から現代の建築まで展示が少し多岐に渡り過ぎている気がしないではないが充分に楽しめた。現在はペルシャ絨毯や日本の茶碗の特別展をやっていたけれど、現代美術の展覧会もやるみたい。フランツ・ウェストやアーニッシュ・カープアの展覧会はなかなか見応えがありそうだった。ミュージアムショップも充実していて、密かにお土産買うには穴場なんではなからろうか。私は「Furniture as trophy」(狩猟で得た動物で作られた家具の本)を買う。これはなかなか面白い本です。動物の革の敷物はもちろん鹿の角の椅子、シャンデリアなどの歴史を紹介。現代のアーティストのプードルかなにか可愛い系の犬の敷物の作品はブラックだったな~。



そういえば先日イエズス会の教会に行った時、祭壇に掲げられていたウサギのどでかい写真に対する疑念が晴れた。
自分はクリスチャンではないので気づかなかった訳だが、ウサギは多産の象徴で卵と並んでイースターデー、復活祭の象徴なのだ。イースターはキリスト教以前の昔々ゲルマン人が用いた春の月名「エオスチレモナト」が由来なそうな。8世紀のキリスト教会史家ベーダ・ヴェネラビリスは「エオスチレモナト」にゲルマン人が春の到来を祝う祭りをおこなっていたことを記録している。
キリストの生誕を祝うクリスマスも実は冬至の頃だし厳しい冬の到来を認識するための古い習慣であったことは明らかだ。キリスト教の中でも重要な生と再生を意味する二つの日が冬という「死」を暗示する季節の始まりと終わりにあてがわれているのは興味深い。実際にこちらにきて西洋のの習慣についてあれこれ考え直してみるのは色々と実感できて面白い。
しかしヨーゼフ・ボイスの野ウサギにせよ、不思議の国のアリスにせよ、ヨーロッパ人にとってのウサギは日本人にとってのそれよりも深い意味がありそう。ともかくより身近な存在であることは確かだろう。



高さ約5m。この祭壇のウサギはインパクトあるでしょう?

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交流会の時に知り合った同じレジデンスのブラッドと朝に偶然ランドリーで会う。
コーヒーでも飲もうかと部屋に呼んで作品を見せる。彼も作品も見せてくれるというので彼の部屋に移動。ストリート系のやんちゃ坊主(30歳)なのだがビデオの面白い作品を作っていた。特に気に入ったのがスコットランドの工事現場に勝手に上がって行って防護網をハート型に切り抜いてしまうプロジェクト。もちろん一通り済んだ後にはオーナーが下で待っていてこっぴどく怒られた。ギャラリーが後で4000€払ったそうだ。切り取ったハート型は残念ながら貰えなかったらしい。それがあれば、更に良いインスタレーションで観客に紹介できただろうに残念。スコットランドはやはり保守的なのかな?と問うと「自分の持ちビルの工事現場であんなことやられたら世界一リベラルな国の人でも怒り狂うでしょ。」そりゃそうだ。しかしながら気の良いナイスガイだ。残念ながらwebだと彼の作品の面白さが伝わりづらいのだけれども

Brad Doweny:http://www.braddowney.com/

「通りかかった人はどんなふうに感じているようだったかい?」という私の問いに対して「僕はやるだけだから関係ないよ。人々にとってパブリックなんて仕事場と家の間の通り道にすぎないから誰も気にしやしないさ。」という答えが面白かった。私のテーマ「inbetween」に少しひっかかる。
「ストリートは楽しいよね。ちょっとした思いつきで5~10分のフィルムを作れてしまうのだから。」それでも彼にとってウィーンの街はあまり面白くないと言う。この街は多分に何かを閉ざしていて他者の新入を許さないような空気があるのかもしれない。そういう部分を突き破れば彼も一皮剥けて更にパワーアップするんだろうな。




一仕事してから旧市街を散策。
裏道ガイドみたいのを見ながらブラブラしたが、当たり前の話、観光地は観光地。それでも石畳の小道を歩いていると自分が想像していたステレオタイプの「ウィーンにいるんだなあ」と実感して幸せ。
ウィーン最古のルプレヒト教会にも偶然と立ち寄ることができた。ロマネスク様式の教会は本当に好きだ。

夜はエドガーとシルビアに誘われて若手の作家を扱うオルターナティブスペースのオープニングへ。オーナーのおじさんはガリガリの職人さんでコツコツお金を貯めて成り上がり、アートに興味を持った後はアーティストのサポートをしているらしい。今日のスペースもシルビアのかっちょいいスタジオも彼が自分で壁まで塗って作ったものらしい。しかも、なんとシルビアからはお金を貰っていないですと!
エドガー曰く、「ここではそれが普通なんだよ。店とかではともかくとして何か支払いの必要が生じて相手がアートに興味があればドローイングとかアート作品で支払うという習慣があるんだよ。」
これにはえらく驚いた。そういえばエドガー行きつけの定食屋(いつも満員)のオーナーもアートコレクターでエドガーの作品を持っていて「あと100食分無料」(エドガー)って言っていたものなあ。

オープニングは若い人ばかりなので早めに抜けてアーティストが集うといわれるカフェへ移動。そこで初めてウィーン名物シュニッツェルを食す。カツレツですな。極めて美味。延々とエドガーと日本欧州文化論を繰り広げるがこれはまた後述。オーストリア人は欧州で一番タバコを吸うとのこと。眼が痛くなり服が煙臭くなるのには閉口する。



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今日はquartier21のオフィスが企画した、レジデンスアーティストとMQ内のインスティテューションのスタッフとの交流会としてランチをご馳走になる。初めて訪れる地に身をおく私としてはありがたい会だった。MQのしくみが少しずつ分かってきた。

ランチの後に立ち寄った自然史博物館のあまりのぶっ飛び方に驚愕する。
まず民俗学博物館に寄ってみたのだが、なんと日本とヒマラヤの特別展をやっていて常設でもオーストリアのものはないという。なんじゃいと思いながらはす向かいの自然史博物館へ足を運ぶ。マリア・テレジアが旦那(フランツ1世)に贈った宝石の花束とその旦那の鉱石のコレクションで有名らしい。
私の目当てはヴィレンドルフのビーナス像で、まあここら辺りを眺めることで地霊と交信するにあたり何かしらのヒントを得られたらと思ったのだが。。。
館内へ足を踏み入れてビックリしたよ、もう。
まずは圧倒的な鉱物・岩石のコレクション。今まで行ったどの博物館でも鉱物セクションは素通りだったのだけれども、何だかまじまじと見てしまった。117kg もあるトパーズやら1m以上あるクリスタルをはじめ、陳列ケースに入れられた無数の鉱石に圧倒される。水戸黄門が印籠を出すと悪代官たちは「恐れ入る」訳だが、まさにそんな感じ。
さらにシュールさを醸し出すのが部屋のデコレーション、そうここは王宮の一部だったのだ。無数の鉱物が古めかしい重厚な木製のガラスケースに入れられている部屋でフッと天井を見上げると、体が半身鉱石になった何組もの不気味な男女が薄笑いを浮かべているではないか!半身半獣のキャラには慣れた神話オタクの私ですが、さすがに半身半鉱石のカップルにはやられた。その発想の異様さに比べたら名物(?)マリア・テレジアの宝石のブーケ(1500個のダイヤ、1200個の宝石)なんてかすんじゃったよ。



動物の進化のセクションではイモリだかオタマジャクシだかの親玉みたいなのが陳列ケースから這い出てきているし、毛むくじゃらのサイがいたり、マンモスが眼を血走らせて雄叫びをあげていたりと楽しすぎる。



かつて恐竜少年だった私が興味をそそられたのはジュラシックパークで有名になったヴェラキラピュトル。今では鳥みたいに羽や毛が生えていたというのが定説なのね。この恐竜の部屋でも天井には半身の男女が嬉しそうに恐竜の牙とかを持ってぶら下がっていた。

やっと人類の進化のところまでたどりつくと縄文土器のようなグルグル模様を発見。人類皆兄弟、共通項を見いだしほくそ笑みながらヴィレンドルフのヴィーナスを見る。これは掛け値なしで美しかた。思ったより小さかった(15cmくらい)けれど。



ここから企画展「ダーウィンがやってきた」セクションに移り、ここの展示がまたへんてこで面白かったのだけれどカメラが充電切れで残念。ミスターピッグを見て頂ければそのシュールさが分かるでしょう(足下には角のはえた兎の剥製とスフィンクス。)
さらに一階上にはおびただしい量の鳥や動物の剥製群。ここは私に昔の陰鬱な理科室を思い出させる。博物館というよりは死体を整理して陳列しているだけの印象だ。漂う樟脳の香りで気分が悪くなった。但し10€払ってでももう一度来てここの写真は撮らなくてはならない。それくらいにイカレている。

感想>>王様(皇帝)ってのは国中で一番イカレた奴ですね。世界中のものを集めたくなっちゃうのだから。冗談でなく、普通に世界中のものを集めるのが当然と思っていたのだと思う。
中央階段を昇ったところにフランツ1世(オタク)が新しい鉱石をみながらほくそ笑んでいる大きな絵が掛けられている。その下にその絵に描かれた実際の鉱石が展示されているのはご愛嬌だった。

「ウィーンは地獄への入り口。人々は色々なものを隠している。」エドガーやゲルハルドは冗談(なのかな?)で言っていた。それって独特の狂気みたいなものかな。なぜだか京都・六道珍皇寺の小野篁の古井戸のエピソードを思い出す。ウィーンも京都も皇帝のお膝元、ふるーい街なのだ。

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