石原延啓 ブログ
seeking deer man

nobuhiro ishihara blog 
 





先週、十日町まで妻有トリエンナーレ作品の撤去へ行って来た。
地元で何かと世話をして頂いていたHさんと小蛇の娘が片付けの達人で予想外に早く作業終了。
キナーレ明石の湯でひと風呂浴びて、へぎ蕎麦食べてから馴染みの飲み屋へ。
「とりあえず~」とビールをオーダーしかけると
「ハイ、とりあえず日本酒ね!」といきなり鮎正宗のボトルとコップを渡された。
その後はここお決まりのパターンでずるずると日本酒に浸る。
普段は日本酒をがぶがぶなんて無茶な飲み方をしないのだが、この店は例外。
村佑の茜のボトルをほとんどひとりで飲んじゃった。
しかし良い酒だ。全く二日酔いをしなかった。
翌日は件のHさんにお米を持たせてもらう。
ホント親戚のおじさん以上に甘えさせていただきました。
最後まで人情の街・十日町でありました。
約3ヶ月お世話になり、本当にありがとうございました。

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十和田を案内してくれたアーティスト・山本修路君。
余りに馴染んでいるので地元のアーティストかと思いきや、まさかの東京在住。更にその風貌とあまりに落ち着いた物腰から同年代だと思っていたら凄く若かったのでビックリ。
彼は「実生」つまり発芽して数年もたっていない、森の中を歩いていても見過ごしてしまうような小さな樹々の芽をテーマにしている。今回は彼の説明を聞きつつ彼の視点で奥入瀬を散策してみたら普段とは全く違う森の表情が見えてきたのが面白かった。
そして突然に押田神父の聖書ヨハネ伝「漁師の告白」の冒頭部を思い起こした。
「無生に。かかわりの御言(みこと)が在(い)ます。」
この「無生」は当初「実生」であったと聞く。しかし最後に書き換えられたそうだ。
一般に知られるヨハネ伝の翻訳「はじめに言語があった。」では伝わらない深い導入であることを察するが、学のない私にはイメージしきれないもどかしさがある。
しかし今回、一日に1~2時間しか差さないという木漏れ日の中で健気に生えている松の実生を見た時になんとなく実感できるものがあった。
修路君曰く「この僅かな光のお蔭でこいつは2~3年育ったけれど、もうこれ以上は大きくなることはないでしょう。それもまた自然の理なのです。」
「お前はいくつだ!?この若年寄!」と突込みたくなるのを抑えながら、なるほどとうなずいた。

「その御名は隠れ身(かむい)さまに向かって在(あ)り。そして隠れ身さまである。
すべてはこの御名によって生まれ起った。生まれ起ったことのうち
この御名なしに生まれ起ったことはひとつもない。
この為手(して)なる御名のうちにおいのち在り。おいのちは人々の光なのであるが、光は無明に照りても無明はこれに届かなかった。」

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修路くんが案内してくれた奥入瀬の雲井の滝。
先日の波打ち際もそうだけれど、やはり自然の力で水が打ちつけられると何かが発生するのというのは明らかである。
ふわーっていう涼しくて気持ちよくて明らかにポジティブな空気に浸ることが出来た。
滝に打たれる修行ってのが苦行とかにあるけれど、意外に精神の鍛錬とかでなくて身体的(気功的?)な
変化を求めているのではないかと思った。
まあ、夏の暑い時期ならまだ良いけれど冷たい雪解け水とかはご勘弁です。
っていうかそれやったら死んじゃうか。


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栗ちゃんの作品鑑賞後はせっかく来たのだからと、地元に馴染み切ったアーティスト・修路くんに案内してもらって奥入瀬から十和田湖へ。
風が心地よいとはいえ気温は30℃超。それでも紅葉が始まっているのには驚いた。


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十和田では知る人ぞ知る名店(?)松本茶舗で衝動買いした全長20cmの栓抜き。
おかみさん曰く「私が嫁いだ時には店頭にあったから15年は経ってるかも。。。」
家に帰って昭和を感じるなーと惚れ惚れ見ていたら女房にあきれられた。
裏側を写真に撮れば良かったのだけれど、カタカナで「ゴールドラビット」とがっつり書いてあるのがまた渋い。
友人曰く、栓抜きが金属でずっしりと重いのは、栓の真中を叩いて抜きやすくするためだとか。
無駄を省いて格好だけに走らず、機能だけを求めた昔の武骨なデザインは今見てみると何とも言えない味があります。
しかしあの重さは凶器にもなりうるな。

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前の週末、もうすぐ終わっちゃうから来てよと電話をもらったのもあって初めて十和田市現代美術館へ。
栗林隆「WATER 水 WASSER」展最終日に何とか間に合った。
腐れ縁の友人を評するのも照れくさいけれど良いアーティストになったなあ。話では聞いてたけどサーフィンの映像作品にはド緊張した。
夜は地酒で泥酔しながら大いに語る。彼は夕張や軍艦島でもプロジェクトをやっているけれど、日本のエネルギー政策に共通する「蓋をする」方法の話が印象的だった。
写真はメイン作品解体中の栗ちゃん。いちいち気にしてたら次の作品に影響しちゃうからとバキッと無造作に壊しはじめたのもまた印象的でした。

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