石原延啓 ブログ
seeking deer man

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先日、旧知の横浜美術館の主席学芸員の天野さんとお会いする機会があった。
私は日本の伝統文化の源となった中世に興味をそそられているという話をしたが、天野さんは最近「19世紀」に興味があるとのこと。様々な問題が噴出する現代の状況を考える上でも、それらの兆候は既に19世紀に存在していたのではないかということだ。モダニズムの問題は語り尽くされてきたにもかかわらず、それでもなお調べなおしているらしい。その中で例に出されたのがワシントンのナショナルギャラリーに収蔵されているマネの「鉄道」という作品だ。
長い間ヨーロッパの人々を支配していたキリスト教の呪縛から開放された当時のアーティストたちは近代の象徴とも言うべき鉄道などをよくモチーフとして選んだようだ。但しマネのこの作品は鉄道という題名にもかかわらず、女性と子供のモデルの後ろに蒸気機関車から排出された煙のみ描かれている。女性はけだるい表情で画家を観ている。女の子は背を向けて柵の向こうを行く汽車でも眺めているのだろうか。女性との関係も定かではない。発表当時この作品は相当物議を醸し出したようだ。
天野さんはこの絵を観るたびに何か置いてきぼりをされてしまった感じがしてしまうと言う。そして近代の黎明期になぜマネはこのような不思議な謎掛けをおこなったのか非常に興味をそそられるらしい。なるほど。
神が死にテクノロジーの時代の幕開けにマネは煙の向こう側に何かを見たのだろうか?輝かしい未来?どん詰まりのモダニズム?
それ以上突っ込んだ話はしなかったが、私は久しぶりに「絵読み」の楽しみを味あわせてもらった。同時に私の作品に対して大きな示唆を頂いた気がした。

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先日、電車で通勤途中に大学時代の監督(水球部)に偶然会う。スーツをビッと着こなした元オリンピック選手で超一流商社の部長を前に私はTシャツ短パン、アロハ柄のショルダーバック。口調はパキッと体育会時代に戻したものの何ともしまりがない。思わず「こんな格好ですみません」と謝ってしまった。もっとも監督はといえば大らかなもので「ええんよそんなの。それよりも何読んでるの?」と私の文芸春秋に目を向ける。選挙も近いし少し勉強しとくか~と選挙特集号を実家からくすねてきたものだが、村上春樹の新作が書評欄にあったので読んでいた。以下佐倉統という東大の情報学の教授の書評の一部を抜粋。
「人間は誰しも程度の差こそあれ、直感や情念や衝動といった無意識の領域を抱えている。・・・そこをうまく飼いならすためにさまざまな方法を開発してきた。お茶、祭り、宗教。村上春樹はこの無意識領域との付き合い方が抜群にうまい。・・・そしてぼくたちは、彼の作品を読むことで、みずからの無意識領域を鎮めたり、適度に解放したりしてきた。そうやって、現実社会に適応し、人生を送ってきた。豊かな感受性を備えた者が、その発する言葉によって共同体の澱みを解き放ち、浄化するーーーこれは、古来「宗教」と称されてきた営みに等しい。そう、村上春樹は神なき現代の巫女なのである。・・・」
芸術の果たすべき役割もまた時代によって変わってゆく訳だ。
東大教授みたいな頭のいい人が私と全く同じ考えを持っていたとは嬉しい限りです。(境界考7/10参照)
ただそれだけなんだけれどね。
監督とは神なき現代の巫女の話はせずに一通り世間話をして大井町駅で失礼しました。

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第二子の長女が生まれて親の目はどうしても赤ん坊へ向いてしまう。4歳になる長男が色々と我慢して頑張っているので週末は彼へのサービスにあてることにした。
土曜日は妻の実家でピックアップした後に世田谷区民祭りへ直行。まずシンケンジャーのショーを観る。ほとんどテレビを観ない我が家では息子もシンケンジャーを知らなかったようで反応が悪い。っていうか音声と俳優さんのアクションが今ひとつ噛み合っていなくて素人目にはギクシャクしていて何をやっているのか分からなかった。それでも30分肩車しながら最後まで観劇。優しい息子は「面白かったよ」と言ってくれた、ホッ。
そのまま屋台で昼食。日本各地から名産品がどっさり集まってきていてこちらはパパが大興奮。焼き芋やら烏骨鶏の焼き鳥やらを食して最後は青森のホタテ焼きそばで締めました。ビールが欲しかったけれど美味かった~。
次に子供向けのワークショップを目当てに世田谷ものづくり学校(IID)へ移動。
インドネシア風の影絵のワークショップは最高でした。一つの光源の前に立ちスクリーンに影を映すだけなのだけれど、元になる素材のデザインの特徴からか簡単に即興の寸劇が作れてしまう。光源に近づくだけで影が巨大化して子供に襲いかかる。もちろん長男は大興奮。スタッフの皆様、本当にありがとうございました!
それにしても影というのは不思議だ。何かこう影自体に意思があるように見えてしまう。仮面なんかもそうだけれど、よく祭りなどに使われる理由が垣間見えた気がした。
その後、違う部屋へ移って写経ならぬ写仏をした。子供ってのは不思議な生き物で、ここでも彼は異常な集中力を発揮して1時間かけて仏様を写しとりました(写真参照。)「心を静めては如何」というキャッチコピーだったが教官のお坊さんがやたらパシャパシャ記録写真を撮っていて気が散る気が散る。それでも楽しいひと時でを送らせてもらいました。
家に帰って一風呂浴びてから夜にはJリーグ観戦に等々力競技場へ。相撲の次にサッカーが好きな息子は以前より試合観戦を楽しみにしていたのだが、今回は思い立ったのがつい5日前。実は川崎フロンターレとFC東京の”多摩川クラシコ”は人気カードらしく立ち見席のチケットしか手に入らなかった。なんくるないさーとタカをくくって行ってはみたものの、4歳の子連れには少々厳しい観戦環境だったので前半途中で帰りました。(試合はその後盛り上がったらしいけれど。。。)
絵本を2冊読んでから即消灯。グゥ~ッ。

翌朝は珍しく良く寝てくれて(それでも)6時半に起床。
ゆっくり朝食(パパ作)を食べてから横浜へドライブ。しかし雨に降られて公園で遊ぶ企画が頓挫したのでアンパンマンミュージアムへ。ここは私の好みではないが息子が楽しそうなので良しとしよう。その後私の仕事場へ移動してお絵描き。その後実家へ送り届けて終了、ふう~っ。夕食はあちらでご馳走になりました。

この二日間移動中は退屈しないように信号待ちでは後ろ手にカエルをつくって息子に裏声で話しかける。すると彼はこの「かえる君」が大好きになってしまい延々と話しかけてくる。運転最中は手が塞がっているので声だけで応対する。それにも疲れて会話を止めると「パパじゃなくてかえる君は~っ?」とせがまれる。これには自分が二役やっているはずなのに何だかかえる君に嫉妬してしまった。息子は息子でパパが二役やっているのは分かっているはずなのに、話かける口調まで親しげに変わってしまって妙にかえるくんにリアリティーが出てくる。やはり子供ってのは夢と現実との境界を生きてるのかな。

それにしても子供に体力がついたのには驚きで我ながらハードな週末でした。



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