石原延啓 ブログ
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昨晩吉川英治の「私本太平記」を読み終えた。
昨年冬NY在住の頃、ギリシア人の友人に保元・平治の乱について聞かれてきちんと答えられなかったのが悔しくて41st.のbook off(があるんです!)で$1払い「新平家物語」を購入して地下鉄通勤中に読んでいた。意外に面白かったので帰国後も11巻最後まで読み通した。今回の「私本太平記」もたまたま大森のbook offで見つけてそのまま読み通した次第。同じ作者だが、読み物としての出来は「新平家物語」の方が上であったと思う。しかし個人的に思うところはこちらの方が多かった。
なぜだろう?
私は茶道、華道、能などなど室町時代に今日の日本文化の土台が確立したのではないかと思っており、自分が作品を通して表現したいと思っている世界観も根底でここらあたりと密接に繋がっている。
敬愛する歴史学者の網野善彦の著作もまたここらあたりを多く扱っている。政権の移ろいでなく民衆の力の変遷を重視する網野史観によれば、この時代ほど日本人が大人数で日本中を大移動したことはないという。また後醍醐天皇という魔王のような傑出した存在が日本古来の境界を彷徨う階層の人々を束ねて戦い、農本主義から台頭してきた武士という新しい階層に破れ去ることでその後の日本のヒエラルキーの土台を方向づけたとも言う。
太平記はいわゆる鎌倉時代末期から建武の新政を経て南北朝時代の終焉までを描いた物語だが、私欲にかられた裏切りだらけでとにかく悲惨だ。(忠臣楠木正成の周辺のみ美しくは描かれていたが、後半の足利尊氏、直義兄弟の骨肉の争い辺りになると著者自身までがへきへきしているのが良く分かって面白い。)
私たち、あるいは世界の人たちから見た日本人の印象は、規律を重んじ組織に殉ずるようなキチンとした人々といった感じではなかろうか。しかし、実はそのような日本人像は江戸時代に以降に形成されたもので、太平記の頃よりあとに続く戦国時代までの日本人というのは全く異なった世界観を生きていたのではなかろうか。
そのような時代を背景にお茶や生け花、能など世界に誇る日本文化の原型が作られたのは大変興味深いところだ。

(ハッキリ言って一般的にみれば「私本太平記」は分かりづらい部分が多くてあまり面白くないと思う。時代背景は本当に興味がひかれるのだが。昔NHK大河ドラマで「太平記」をやっていたが、前半はこの時代の異様な雰囲気が醸し出されていて良かったが、物語がより複雑になる後半になると演出が状況の説明に追われてさっぱり面白くなくなってしまった。原作の「私本太平記」も同じ。
この時代の歴史小説で最高なのは山田風太郎の「婆娑羅」でしょう!まったくのフィクションだけれど、婆娑羅大名・佐々木道誉を主人公に太平記の登場人物たちが異種異様に大変面白く描かれています。超お勧めの一冊です。)

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6月12日、人の紹介でシンガポール人アーティスト・Jason Weeが訪ねてきた。
彼は現在東京のアーティストインレジデンスに滞在中で神話に出てくる半身半獣の肖像を描いているアーティストをリサーチしている。私はここ数年境界をテーマにそこを行き来する存在として「鹿男」を描き続けているので白羽の矢が立ったらしい。ウェブで見た彼の作品はどちらかと言えばポリティカルでシンガポールという小さな国を色々な角度からアイデンティファイしようとしているように見受けられた。それがまたどうして半身半獣なの?と本人に聞いてみると~
彼もまた中間的な存在に興味があるという。というのはシンガポールは小さな島で歴史的に見てもさまざまな大国の影響を受け続けてきた。今回のリサーチは現在取り組んでいる論文(アート作品にするかどうかは未定)の為のもので、半身半獣という世界共通のアーキタイプの違いを調べることで、それぞれの国の特徴、違いを浮かび上がらせようとしているようだ。確かにインドの怪鳥ガルダが仏教に入って八部衆・迦楼羅(かるら)になり日本のからす天狗の元イメージになったりとか、調べてみると面白い。Jasonはさすがに細かいところまでチェックしていて、インドネシアのガルーダは顔が人で体が鳥なのに日本の密教での姿は顔が鳥で体が人だとか、国立博物館で見た阿修羅像はクモを思い起こさせるが確かに手足や眼の数がクモと一緒だとかよく気がつく。
彼のプロジェクトを聞いていて思い出したのがオーストラリアのレジデンスにいた時に聞いたアボリジニの「ソングライン」の話。オーストラリアの原住民・アボリジニは種族の分布などについてまだまだ分からないことが多いらしいのだが、彼等の唄う歌をしらべることによってそのテリトリーが浮かび上がるということだ。資源を巡ってけんかが絶えない人類ですが、調べてみるとこんなに美しい色分けのやり方もあるんですねえ。

写真は左よりタイ、インドネシア、モンゴルの紋章と迦楼羅像
Jason Wee 作品>> http://kayngeetanarchitectsgallery.blogspot.com/2007/10/blog-post_18.html




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6/2~3とエドガーの映画(「AUN」)の撮影現場、河口湖まで行っきた。
現地に着いてみるとエキストラの科学者Eであったはずの私は化学者Aに昇格していてセリフが2つもついている!おまけにエキストラは私のみになり、あとの4人は本物の役者さんときたもんだ、話が違う。テンパっている現場でごねる訳にもいかずに泣く泣くメークさんに身を任す(ファンデーション塗るだけだけど。)そして衣装さんに従い着替えて待機(自前の服に白衣をはおるだけだけど。)着替えた私に衣装さんが「good」と親指を立てて「石原さん、どこから見ても服装に気を使わないもさーっとした科学者ですよ。」・・・結構その服をよく着て出かける私としては複雑な心境だ。
そうこうする間にリハーサル。現場は日本の古民家で長い間使われていなかったらしくてホコリが凄い。大道具さんが監督の指示で建具を動かしてしつらえる。エドガーはもともとアーティストなので映画の絵(構図)にこだわりがあってダメ出しが多くなる。必然的にスタッフと役者さんたちもカリカリきているようだ。それでもなんとか私たちのシーンを撮り終えることができた。
ちなみに私のセリフは「ア、ウ、ン?」というのと「これはどういった植物なんですか?」のふたつのみだが3シーン撮るのにまるまる二日間かかった。ここまでエネルギー使ってみると、正直編集でカットされずにちらりとでも残ってくれればいいんだけれどなあと思う。エドガーはこれからオーストリアに帰って特殊効果と編集をして年内には完成予定とのことだ。

今回良かったのは映画撮影の現場を体験できたことと本物の役者さんから芝居について色々と話を聞けたこと、そして撮影の合間にエドガーと久しぶりにじっくり話せたことだった。
話は近頃様々なアーティストがテーマとして挙げているグローバニズムの生みだした問題点に及んだ。例えばオーストリアではムスリム系の移民が多く、エドガーが行っていた学校も現在8割方イスラム教徒だということだ。それだけならば問題はないが、驚いたことにムスリムの生徒たちの父兄が女性の先生に対してほおかぶりを強要しているということだ。拝金主義によって世界の価値観を均質化しようとする傾向に批判的な私ではあったが、まさか自由平等の名の下にこのような文化の虐待が起こっているのには驚いた。それにしてもどこかの代議士が「この先の高齢化社会を乗り切る為に移民をもっと受け入れるべき」みたいなことを言っていたが、今各国が悩んでいる移民の問題についてどう思っているのかな。差別や民族の問題について疎い日本では遠いところの話にすぎないのかもしれないけれど。
守るべきものは一体何なのか?「自由」の意味は各人それぞれ違うから、「フェア」であることと相手を「リスペクト」することが問題解決の第一歩だねとエドガーと話していた次第。

写真は左から監督エドガーとブラジル主演俳優陣、撮影現場の古民家
Edgar Honetschlaeger web site>> www.honetschlaeger.com

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5/28、ギャラリー小柳と21_21のオープニングへ行く。
小柳の展覧会の写真家・鈴木理策さんとは数年前に恒例のS邸忘年会でお目にかかり、意気投合して呑んだくれて以来。「凄く突っ込んだ面白い話をした覚えはあるのに、その後酔っぱらっちゃって何話したか思い出せないんだよねえ」とお互い苦笑しました。しかし件の会で理策さんの写真集「サントヴィクトワール」を初めて拝見した時に、思わず酔って崩れていた姿勢から正座しなおした記憶がある。理策さんは必ずアーティストとは言わずに自分は写真家だと名乗る。写真は自分の思い込みを一切入れずに唯その場のありのままの姿を記録するものだとおっしゃっていた(だんだん思い出してきたゾ!!)。確かにそれぞれの写真作品からは、まるで「念写」したような個々の場所が持つ強烈な磁力のようなものを感じ取ることができる。そして特筆すべきは彼の持つ卓越した構成能力だろう。後に送って頂いた熊野の火祭りを題材とした写真集(東京の皇居の写真から始まり空路和歌山に入り火祭りまでの紀行を写真で綴っている)などはまさに代表的な例だ。普段の生活の場である東京から熊野という聖地へ境界を抜けて入って行く様を固唾を飲んで見入ったものだ。同時に歴史的な関係性も暗示していてその仕掛けの巧みさに舌を巻く。今回の展覧会「White」もやり過ぎなくらいにその構成能力を存分に発揮していた。
その後、21_21へ移動。弓を取り出し引いて放つところまでするからくり人形の精度にびっくり。1mほど離れた直径5cmほどの的に全て当ててました!

5/30、トーキョーワンダーサイトのオープニング。普段は個々で活動している若手アーティストたちMIHOKANNO が自身でキュレーションしたグループ展「Hello! MIHOKANNO」。以前から気になっている千葉正也や松原壮志朗などもメンバーで期待通り面白い展覧会だった。今回のマイベストはCOBRAのビデオインスタレーション。これは笑った。笑いながらも非常にハートワーミングな後味を残す。新しい形の幸せ論?普段はビデオ作品を最後まで観れない自分が終わった後に率先して拍手してしまいました。COBRA本人がいたので「最後に皆んな拍手してましたよ!」と言ったら「外で聞いていて(嬉しくて)少し泣いちゃいました。」その言葉にこちらも少しジンときちゃった。
彼等に共通するのは一見グロテスクであったり不可解であったりナンセンスであったりするのだが、どこかに一貫してポジティブな空気があるところであろう。コレクターのO先生と館長がその辺りを新しい日本のコミュニティーの可能性と絡めて熱心に話をしていたのが印象的だった。


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