石原延啓 ブログ
seeking deer man

nobuhiro ishihara blog 
 





2/21
日本の神様リサーチをしようと思い立ち茨城県鹿島神宮へ行く。
私の案内人はいつもdeer man(鹿男。)
鹿島神宮がその名が記す通り、奈良の春日大社の鹿の神様が分霊されたものだから、一度は訪ねなければと気になっていた。
イメージとして成田山と混同していたので車で向かってみると、意外に東京から遠く感じた。
確かに地理的には東北への入り口、かつては蝦夷討伐を祈願した地であるとされる訳で、実際にそんな距離感である。
坂東太郎を東関道で渡るのは3回目。広く開けた利根川河口に出ると以前鹿島灘にサーフィンしに来たことを思い出した。

12年に一度の神幸祭というお祭りに見られるように、利根川を挟んで千葉県側に位置する香取神宮や摂社の坂戸神社、沼尾神社との関係性など鹿島神社について調べてみると興味深いことが多い。
例えば漁業に携わる人たちによる土着的な女神信仰からの推移。
少し時代は上るが中国の道教にまつわる女神・媽祖を祀った神社も周辺にいくつか残っている。
また、どうも以前は物部系の神様であったものが藤原氏が権力を握った時に現在の祭神タケミカヅチにすげ替えられたようだ。
その他にも神話に於ける神功皇后の三韓征伐で鹿島の神が船団を守護したということとか時代が上って蝦夷討伐との関係性などなど。
いずれにせよ時の権力抗争によって神様の配置換えが行われていたのは間違いない。

実際に訪ねた鹿島神宮は巨木が生い茂り、なかなかの雰囲気だった。
圧巻は摂社の坂戸神社、沼尾神社。
神宮で地図をもらい車で向かうが、周りは畑や森で民家がぽつぽつ。
森の中にひっそりと佇む様子からは外部の人間が立ち入ってはいけないような、ある意味恐ろしげな神々しさを感じられた。(写真は沼尾神社。)
空気の密度の濃さから、ちょっと韓国の堂山を思い出したかな。
最後に香取神宮でお団子をお土産に買って帰る。極めて美味。

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先日、タイ在住の友人と久しぶりにスカイプ。
「日本はこれから大変だねえ」と彼。
「これから石油や穀物が高騰したらどーすんのよ?」
対して「天下のNHKはエジプトのニュースもほどほどに相撲の八百長問題ばかりやっていたよ、日本は何だかんだ言っても能天気なんだよねえ」と私。
そう、ドミノ倒しで今はリビアが大変(民間人へ無差別空爆だって!?)なのを横目に話題は大相撲、です。

八百長騒動に関して最初は「何を今さら」という感が拭えなかった私ですが、さすがに今回は大相撲未曾有の危機ですなあ。
思えば昭和52年初場所、何故だか荒勢のがぶり寄りに惹かれて相撲ファンになった私は、以来相撲の歴史まで研究する大の好角家になってしまった訳だが、八百長なんてものは小学生であった当時でも当たり前に存在すると思っていた。
ことさらに正義感ぶって不祥事を攻撃するのは昨今の日本人(マスメディア)の悪い癖だが、かつての現代、ポストの八百長批判記事は嫌悪感を抱きつつも大変興味深く読ませてもらった。

私が思うに相撲はスポーツでも格闘技でも伝統芸能でも神事でもない。
相撲は「相撲」であって上記のどれでもない曖昧なもので、その曖昧な「相撲」という娯楽を各人が好き勝手に楽しむものなのではないだろうか。
今の大相撲に直結する歴史を見てみても、江戸時代の「最強」力士・雷電為右衛門やその先輩の「最強」横綱・谷風梶之助はやたらと体が大きかった故に見せ物の「看板大関」からキャリアをスタートさせている。
相撲はありとあらゆる要素をごちゃ混ぜにした興行なのだ。
そして競技としてのシンプルさとごちゃまぜに付随した様々な要素から極めて日本的な娯楽となった。

八百長なんてありえない!と今までしらを切り通していた協会もさすがに今回は進退極まってきたと私が感ずるのは、やはり公益法人という地位だろう。
大体にして携帯で星のやり取りをするなんて素人だよ。プロだったら証拠を残すな!と言いたい。

貴乃花(現親方)の引退でひとまず好角家人生に終止符を打った私だが、近年長男が大の相撲ファンになってしまい、一緒に朝青龍と白鵬の激闘を楽しんでいた。
あ~幼稚園児に八百長問題は説明したくないなあ。

建設的に考えれば大相撲が生まれ変わる歴史的なチャンスかもしれない。
組織としてのあり方は再建委員会とかの識者の方々が是正して下さるだろう。
ここで長年の相撲愛好家として提言したいのは!!!!

1)お相撲さんを「一年を二十日で暮らす良い男」に戻せ!
戦前の年二場所の時代、空前のブームに即して相撲協会は一場所十一日制を十三日制に、さらに十五日制に変えた。
対して時の名横綱双葉山は「それは本当に辛い。満足な相撲を取れなくなるかもしれない」と言ったとか。あの双葉がですぞ!
若貴亡き後の相撲の乱れは観賞するに偲びなかった。
むやみに太った力士がのっそり出てきてぶつかってはたき込みでおしまい。
相撲ファンは数年前に発見された100年前の相撲の映像をもう一度見直して欲しい。
横綱小錦、大砲、後年一時代を築いた常陸山、二代目梅ヶ谷はまだ三役だったろう。本場ではなくて撮影用の取り組みにもかかわらず、もの凄い攻防の連続。一番一番が手に汗握る。一場所の取り組み全てを引き分けて「あれでは横綱でなくて分け綱」と酷評されたという大砲にしても、巨人力士にしては足腰がしっかりと鍛えられ、どうしてどうして晩年の小錦を見事割り出して破っていた。小兵力士たちにいたってはバックの取り合いでレスリングの様。
一番一番がタイトルマッチ。そう、かつて相撲は現在の総合格闘技みたいなものだったのです。
そしてそんなことは一年に九十番も出来る訳ないのです。

2)土俵を一回り大きくしろ!
かつて大相撲は一度だけ土俵を大きくしたことがあったはず。(大正時代だったか昭和初期だったか忘れたけど。)
平均身長・体重が大きくなったという理由であった記憶があるが、外国人力士も増え、今は比較にならないくらいに体が大きくなった。怪我も増えるだろうけれども簡単に土俵を割る事ができずに怪しい相撲も減るだろう。

ここまで書いて思うのは、私は大相撲を愛しているのだ!
例えどんな状態になっていようとも!
そしてもっとも敬愛すべき力士は横綱貴乃花だった。
八百長を告発している元若の鵬曰く「(八百長をやらずに強かった)貴乃花親方は凄い。本物のサムライだ!」
二子山勢が活躍した数年の間、大相撲全体が本当に変わった。
全然違った。
千代の富士は(貴乃花に負けて)上手く辞めたよなあと思ったものだ。
残された弟弟子の北勝海なんて十回くらい優勝して名横綱として引退するはずだったのに、晩年にガチンコとらされて可哀想だった。。。
若貴や安芸乃島、貴闘力相手に必死になってた取り組みが今でも目に浮かぶ。

貴乃花みたいな若者(当時)は本当に希有な存在だったのにマスコミは面白可笑しくこきおろしたよなあ。
りえちゃんは健気だったかもしれないけれど女優だぜ。
相撲だけの真面目な青年に太刀打ち出来る訳ないじゃない。
大関になるまでの貴乃花はほんとうにキラキラしていて本物のスターだった。
日本人はよってたかって自分たちの宝物をゴミ箱に打ち捨てようとした。
勿体ない。
後年、膝に大けがをして望んだ優勝決定戦で武蔵丸を投げ飛ばし、どうだと言わんばかりに不動明王と化した貴乃花は勇姿は忘れられない。
ああ、大相撲よ!!

小学生から中学時代まで、休み時間によく相撲を取ったものだ。
紙相撲で昔の名力士を再現して星取り表を作っていた。
月刊「相撲」を定期購読していた。
二十代の頃、飲み屋で初めて会った老人と戦前の相撲の話題で盛り上がった。
いつも大体三段目力士まで把握していた。
友人たちと、「小錦と同じ土俵に上がるのと、マイクタイソンと同じリングに上がるのとどっちが嫌か?」という究極の選択ゲームをしたことがある。
相撲に関しては語りだせば尽きる事がない。

大相撲が今後存続するのは難しいかもしれない。
公益法人の立場を守るのも八百長を無くすのも難しく、興行を再開しても先細りになってゆくのではないかな。
それでも私は大相撲を好きでありつづけようと思う。

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上の子に絵本を読んでいたら、台所から女房の「キャ~ッ」という悲鳴が。
何事かと声をかけてみれば、1歳7ヶ月になる娘が包丁を持ってニコニコしながら歩いてきたらしい。
そっと取り上げて事なきをえたが、大きさといい、ぬいぐるみが動いているみたいなところとか、ホラー映画「チャイルドプレイ」のチャッキーを思い出す。
尤もうちの娘の顔はモンチッチだけれども。。。
最近は好奇心が強くなってきて家中の色々な場所を開けては何かを持ち出してきてしまう。
可愛いけれど心配である。

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さっきベルポートのATMにお金をおろしに行ったら凄いものを見た!
American Pop Night というイベントらしいのだが、カントリーグッズに身を包んだおじさんおばさんの集団が。。。
バンドも入って踊っている!
昔観た映画「ブルースブラザース」にも登場する種族が、まさかこの現代の日本にも生息していたとは!!
あ~驚いた。
まあ、好きな事をやるっていうのは心身の健康維持に良いからね。
下写真は映画よりカントリーバーでStand by your manを唱うシーン。



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ネットで拾った記事が面白かった。
サッカー、スペインのレアル・マドリーのジョゼ・モリーニョ監督がイタリアの「スカイスポーツ」のインタビューに答えた。
ちなみにモリーニョは昨シーズンインテル・ミラノ(長友万歳!)で欧州チャンピオンズリーグを制覇しながらも、様々なストレスを理由に数年の契約を残しながらもたった1年でイタリアを後にしている。
「イタリアはストレスがたまる。だが、美しい、美しいんだよ!」とモリーニョ。
以前にイギリス、プレミアリーグでチェルシーを率いている時のクレスポ選手との会話からの引用が笑えた。
クレスポ曰く
「イタリアにいるとイタリアに疲れる。でも、イタリアにいないとイタリアが恋しい。」
これは名言だ。

昨年ウィーン滞在中にエドガーとルーカスの個展のオープニングでローマを訪ねた時のことを思い出す。
久しぶりのイタリアにワクワクするエドガー。空港に着くと早速にコーヒーをおごってくれた。
「いいかい、ノブ。ウィーンのコーヒーも有名だけれど、イタリアのコーヒーに比べたら比較にならない。イタリアは素晴らしいよ!」
そして2日後のエドガー。レストラン、ホテル、タクシーにぼったくられそうになって怒り心頭。
「だからこの国はダメなんだよ!EUのお荷物さ。本当に疲れる(怒)」
そうザッツイタリーなのだ。
ウィーンに戻ると「やはりオーストリアのコーヒーは美味い」だって(笑)

しかし、そんなイタリアからやってきたザッケローニ日本代表監督は大仕事をやってくれた。
日本でもしばらくはイタリアネタが続きそう。

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土曜日のアジア杯優勝、感動しました。
丁度仲間内で新年会があったのだけれども、野球部出身でサッカー好きでもない友人のYは
「今日は決勝戦を観たいから早く帰る」と早めに席を立ち皆からブーイングを浴びていたが、
こんなことからも今回のアジア杯に於ける世間での注目度が伺い知れる。
さて、試合の方はここで述べるまでもなく延長戦を制して日本がオーストラリアに勝利したのだが、
決勝ゴールをあげたFW李忠成選手の逸話が印象深い。
在日4世の彼は北京五輪を契機にに日本国籍を取得していて今回初めて日本代表に選ばれたのだけれども、
アジア杯に望むにあたりお父さんから「ふるさとの為に頑張れ!」と声をかけられたらしい。
日本「国」の為でもなく、朝鮮「民族」の為でもなく「ふるさと」の為に頑張れ、と。
私はこの「ふるさと」という言葉にもの凄い可能性を感じるのだ。

昨日車で帰宅途中にたまたま李選手のインタビューを聞いた。
「自分は在日だが悩んだ末に日本国籍を取得して子供の頃からの憧れである日本代表になれた。また、元F川崎のチョンテセ選手や柏のアンヨッハ選手は韓国籍で北朝鮮代表を選んだ。自分は後進の為にこういう道もあるのだということを記したい」みたいなことを言っていた。
李選手は新しいタイプの「日本人」の鏡だと思う。日本は単一民族国家だと思っている人は慣れていかねばならないけれど、こういう人種や国籍の選択ということはグローバル化が進む世界では当たり前のこと。
ともあれ「国」や「民族」というアイデンティティは大切だけれども、私はそれ以上に人それぞれが生まれ育った文化的背景を重要視したいし、「ふるさと」という言葉に涙が出るくらい感動した訳です。

http://www.youtube.com/watch?v=D7XruPazzh8

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