石原延啓 ブログ
seeking deer man

nobuhiro ishihara blog 
 






森アートセンターのオープニングでドバイから来ているプランナーの方を紹介された。夕食を共にしている時にたまたま神話についての話になったら、中東は砂漠だから部族は食事や水を求めてうろうろしているうちに様々な不思議な話が口伝で親から子へと伝わっているんだよと教えてくれた。宗教ではないからモスリムとは別個だよとも。中東=イスラムと思い込んでいた私には非常に興味深い話。
そして口伝というところで先日聞いた話を思い出した。
東チモールから来たアーティストによると、自分の家系というのは大きな樹になぞえられてご先祖様の逸話とともに長男にのみ伝承されているとのこと。同じ樹の中では結婚できないなどなど決まりもあるらしい。かつて柳田國男が自邸に出入りしている老大工に「あんたは死んだらどうなるんだい?」と聞いてみると「わしゃ死んだらご先祖さまになるんだわい」と答えられて非常に安堵したという話を読んだことがある。しかし、こういった価値観が守られていた血縁的地域的なコミュニティーは西欧で発見された「個人」という近代的な自我の蔓延と共に崩壊してしまった。
今さら再び昔のコミュニティーの再生を望むのはナンセンスだけれども、行き詰まりを感じさせる現代社会の仕組みの中で新しいコミュニティの可能性を探る時に、信頼しているディレクターの方がおっしゃっていた「同じ場所におらずとも価値観を共にする者同士が星座の星のように点在してひとつひとつのプラットホームをつくることなんじゃないかなあ」という言葉が印象的でした。インターネット時代ならではの話。民主主義が成熟してくればくるほど、個人が名前を出して責任を持って行動するということが重要であるという話には襟元をぴしりと正されました。


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昔マンガで見たような、まさに絵に描いたようなグラグラの木。ビーバーの仕業だそうです。

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月、火と恩師を訪ねて福島県いわき市へ行って参りました。
いわき市は広くて、訪れたのは北端に近い久之浜。
第一原発から約30kmほどの距離ですが、爆発時の風向きの影響で南相馬とか浪江町ほど染量は高くありません。
何度か泊ったことのある宿は東電で働く人たちが長期滞在する契約をしているとかで、先生のスペースの地主老夫婦のお家にやっかいになりました。
以前と全く変わらない静かな里山の風景を見ながら先生と山のように話をしたのですが、たまたま太平洋戦争時の空襲の話になり、いわき市街地で暮らす4~5歳だった先生は度々防空壕に避難ししたり実際に米軍機が掃射しているのを見たりしていたとか。物心ついたばかりの先生はそういう緊張した生活が日常でずっと続くと思っていたのだけれども、終戦直後のある日ラジオから軽音楽が流れてきたのを聞いて、自分を覆っていた黒い霧のようなものが突然にパーっと晴れたと言っていた。それが凄くリアルに感じられたので、「逆に今回の原発事故は同じような目に見えない黒い霧に突然覆われてしまったということですね」と言うと、全くその通りですね、と同意されていた。
翌日は6号線を北上して境界区域ギリギリまで行ってみた。検問の場所は原発まで7~8kmくらいか。ここら辺りまで来ると除染作業もやっていなくて時間が止まっているような風景。結構交通量はありましたが、作業帰りか対向車に乗っているほとんどの人がフード付きの青い服を来てマスクをしていたので正直怖くなる。目に見えない分、放射能は怖いです。
その後いわき市街地まで南下して別の知り合いを訪ねてから帰京しました。
(写真は第一原発より約10km付近で見た積み上げられた巨大な袋の山。除染された土が入っていると思われる。)

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