石原延啓 ブログ
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四十半ばにして早ボケてきた。
本屋の文庫本週間ランキング内に伊坂幸太郎の新作が入っているのを見つけて購入したのだが、20ページまで読み進んだ時点で3年前に単行本で読んでいたことに気づいた。20ページ読み進むまで気がつかないとは。。。トホホです。

一月ほど前に白洲正子さんの著作「いまなぜ青山二郎なのか」を読む。
白洲正子ブームと言われて久しいが、日本の文化の深層に大変興味を持つ私ではあるが、大人気の白洲さんの著作を読んだことはなかった。たまたま河合隼雄との対談集の中で河合氏が「こちらが気を許すと、一刀両断されてしまうような大変な気概を持った方」みたいなことを言っていたのでアマゾンで古本を買ってみる。

本の方は小林秀雄や中原中也などのエピソードも豊富でさっと読んでしまった。小林秀雄が中原中也から奪った女性との別れをキャベツに降りた朝露を眺めているうちにふと決めて、そのまま姿を消してしまうシーンなどは「昭和やなあ」と思う。

さておき、白洲さんを通して語られる「美」の意識というのは本のタイトル通り青山二郎や小林秀雄の審美眼であり、そのまま昭和期の日本人の美術に対する物差しになっていたのではなかろうか。そういう美意識に久しぶりに触れて私自身懐かしく思い、こういった感覚はやはり好きだし、「あり」なのではないかと思う。
現代美術というものを勉強してしまって忘れてしまっていた近代の日本的美意識。

そこで10年程前にCCA(センターオブコンテンポラリーアート北九州)に於けるシンポジウムの記録本を読んでいて、会場での質疑応答の箇所を思い出した。
詳細は忘れちゃったけれど、確か聴衆の一人がパネリストの一人、フランス人アーティスト、ダニエル・ビュランに「日本で良く言われていることなのですが、作品に『魂』を込める、ということについてどう思われますか?」と尋ねた。
ダニエル・ビュランはこの質問者をガン無視して「現代美術というものは19世紀にヨーロッパで発明された概念だがら、本当に日本人に必要なの?」と切り返す。
この凄まじい上から目線にカチンときつつ、現代美術って何なのだろう?と改めて考えた。
じゃあ何なのかというのはここでははしょるけれど、ともかく白洲さんや青山二郎が見ていた世界とはかなり違う。

この「いまなぜ青山二郎なのか」には気になった記述がたくさんあり、最後に残した青山二郎の名言集を含めて後でもう少しゆっくり読み返そうと思っていたら本自体を紛失。
いや、紛失したことすら忘れていた。
老化がホント激しくて嫌になる今日この頃です。


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今朝、駅までの道のりを急ぎ足で歩いているとタバコを片手に吸いながら歩いている男の煙を吸ってしまい気分を悪くする。
スー族の方々には申し訳ないけれども暴走するフェミニスト・小宮山洋子厚生大臣のタバコ増税に賛成したくなってしまう。
まだ公道での喫煙は可能なのかな?

以前にアートイベントのプロデューサーをしているフランス人の知人と路上で立ち話していた。
待ち人が来ると、よれよれのシャツに無精髭の彼はくわえタバコをつまんでピュッと傍らに投げ捨てた。
なんで奴らはああいう動作が様になるんだろうなあ。
タバコに係わるシーンがなくなったら、映画や小説はさぞかし味気ないものになってしまう。

まあそれはさておき、嫌煙家の私としては道を歩きながらと食事の前にタバコを吸うのはやめてもらいたいものです。
ビルの喫煙ルームでもうもうと煙の立ちこめる中タバコを吸っている方々を見ていると、そんな狭い中に押し込んじゃって気の毒だとは思うんだけれどね。


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