映画に関しては、過去の栄光かもしれないけれど、私なりのプライドがある。
映画の世界にハマったのは中学生の頃だった。テレビの深夜放送でハリウッド全盛のミュージカル映画が放送されていて、フレッドアステアのファンになった。映画館が好きだった。暗い空間に広がる目眩く西洋の明るい映像。確かに私たちはアメリカナイズされていた。
一旦映画が好きになると、雑誌「スター」を買い、スーパースターに憧れた。
ソフィアローレンの深い二重に憧れて、セロテープを三日月に切って上の瞼に貼り、二重になるかもしれないと努力もした。
少し歳を重ねると、雑誌は「キネマ旬報」に変わり、イタリアンネオリアリズムなどと言い出し、ルキノビスコンティという監督にハマり、いつの間にか見るべき映画が沢山あった。映画館の時代は、一つのロードショー映画を見逃すと、当分見ることができなくなる。
そういう緊張感を持って映画を見ていた気がする。今のように、テレビで繰り返し見るなどということはない。何度も見たい場合は、映画館に居座った。現在のように入れ替えはなく、何度も見られた。田舎の大映系の映画館に小林正樹監督の「切腹」が上映されたので、自転車に乗って観に行った。観客はマバラだった。しかし、知恵遅れっぽい青年がうーと小声で唸りながら会場をクルクル回っていて、集中できなかった。ある意味平和な時代だった。結局集中できなくて、40代になってテレビで鑑賞することができた。戦国時代が終わって、武士の収入がなくなった時代の悲劇だった。小林正樹のような監督は今の時代、出てこない。なんて言うか、映画を観てください、分かるから。
田舎から東京に出てきてからは、3本立てなんていう嬉しい機会にも恵まれ、
戦艦ポチョムキン、とか映画ファンが見るべき映画を観て歩いた。しかし、映画好きな友達がいなくて、いつも一人で見に行った。がしかし、若い女性が一人で観に行くと、痴漢に狙われた。特に安くて3本立て映画館とかは痴漢が多かった。時に男装して観に行ったこともある。邪魔されたくない。
スウエーデンの監督のイングマルベルイマンとかインドのサタジットレイ監督大地3部作とか観て歩いた。私なりに理解したんだと思う。今のインド映画とは違って踊りも歌もなかったけど、大地3部作は面白く観た。上映は岩波ホールだった。
こう言った話はキリがない。私の歴史です。
私と娘は寺の長男にサブカル親子と言われている。娘も映画は好きだけど、見事に好みは違う。落語も好きらしいが、好きな噺家も全く違うから面白い。
彼女の世界は時代もあるし、幅広くてついていけないかも。
ところが面白い事があった。以前、まだ娘が家にいた頃、私はオーストラリアのロックグループ「メンアットワーク」にハマり、家でガンガンCDをかけていた。散歩にもウォークマンで聴きながら、犬と歩いていた。
それが少し前、何かでたまたま娘はメンアットワークの曲を聴き、ビビーンと来たらしい。少し時間が経って、母親が以前ガンガン掛けていたのを思い出したらしい。わずかな共感がある事が嬉しかった。お互い譲らない自分だけの世界を持っている。人がなんと言おうが好きな世界である。
先日、娘からこれ聞いてみて、とメッセンジャーでユーチューブの動画が送られてきた。それが練馬のビヨンセと言われるチャンミナの「ハレンチ」と「美人」という曲だった。全く知らなかったので強烈なインパクトを受けた。胸ぐらを掴まれたような衝撃だった。びっくりした。娘がそれを送ってきて、私が反応したことは嬉しい事である。ついつい好きなことがマニアックな世界だったりする事が多い私ですが、ピンポイントで見抜かれていたなんて。
あれから毎日「ハレンチ」聞いて元気もらってる。