まつたけ秘帖

徒然なるままmy daily & cinema,TV drama,カープ日記

仮拘束

2019-10-23 | フランス、ベルギー映画
 「Garde à vue 」
 大晦日の夜。刑事のガリアンは、連続少女強姦殺人事件の容疑者として公証人のマルティノを拘留、取り調べを始める。頑として無実を主張するマルティノにガリアンは手を焼くが、マルティノの妻シャンタルの証言により事態は一転することに…
 原題のgarde à vueとは、警察勾留︰捜査の必要のために、罪を犯し又は犯そうとしたと疑うに足りる徴表のある者を警察庁署に留置する措置、という意味だそうです。これもずっと観たいと思ってたフランス映画です。日本では「レイプ殺人事件」というひどすぎる邦題でビデオリリースされてるみたいです。
 サスペンス、ミステリーと思って観ると、ん?え?と当惑するかもしれません。日本の2時間ドラマやアメリカの捜査ドラマファン向けではなく、どちらかといえば舞台劇が好きな人が楽しめる内容になってます。物語はほぼ取調室だけで進み、登場人物も刑事二人と容疑者の3人以外はあまり出てきません。限られた空間とキャラの息詰まる緊密な密室劇になってます。

 緊迫した空気、火花散る攻防、そして不気味で不可解な謎に惹きこまれます。本当に面白いのは、視覚的に派手なアクションや奇想天外な話ではなく、欲望や愛憎でドロドロした人間の心。この映画ではそれが、シミのようにジワジワと滲み出るように描かれています。取り調べが進むにつれて明るみになる、マルティノの正体、というか、性癖がおぞましくも悲痛。コントロールできない欲望に支配された人って、怖いけど気の毒でなりません。決して悪人ではないのに、欲望のせいで道を踏み外してしまう。悪魔のような欲望って、多くの犯罪者に共通する悲劇です。そして、本来なら他人が知る由もない夫婦の秘密が、のぞかれて暴かれてしまう恥辱。ある意味、殺人よりも恐ろしい。だからこそマルティノは、ラスト近くに殺人者にされてしまう道を選んだのでしょうか。

 暴き暴かれる人間の暗部と恥部が、どこか不思議な瑞々しさ、抒情的な雰囲気の中で描かれているところが独特な魅力。時おり挿入される少女の死体遺棄現場シーンは、死体をはっきり見せず遠くから映していて、陰惨な強姦殺人にはそぐわない神秘的な美しさをたたえた風景など、映像美が印象的。撮影監督は、後年「カミーユ・クローデル」で監督デビューしたブルノ・ニュイッテンと知って納得。撮影もですが、演出も役者も極上の一級品です。「なまいきシャルロット」などで知られるクロード・ミレール監督は、どんな題材の映画でも透明感があるところが好き。リノ・ヴァンチュラとミシェル・セローというフランス映画の超大物がW主演で、がっぷり取っ組み合うような演技対決。

 ガリアン役のヴァンチュラ氏は、ギャングの親分みたいなコワモテな貫禄、それでいて人情的で悲哀もあって、いつまでもカッコつけてるだけの若作り中年俳優が見習うべきおっさん。マルティノ役のセロー氏は元々は名コメディアンだけあって、忌まわしい殺人容疑者役だけどそこはかとなく可笑しい、これぞエスプリな複雑かつ絶妙な演技。洒脱ながら目つきが厳しくて怖い。気障なポーズもエレガントですごく似合ってるところも、まさにフランス俳優。彼はこの作品でセザール賞の主演男優賞を受賞しています。ミレール監督はこの映画の次に撮った「死への逃避行」でも、セロー氏を主役に起用しています。

 この映画、ラスト近くに急転直下の展開、そして衝撃的な結末を迎えるのですが、それをもたらす運命の女、マルティノの妻シャンタル役として、ロミー・シュナイダーが登場。出演は後半だけ、登場シーンも少ないのですが、大女優のオーラ半端ないです。気高い貴婦人感、倦怠感あるミステリアスさが、ハリウッド女優にはない魅力。亡くなる1年前の作品なのですが、暗闇の中でほのかに妖しく灯った、消える寸前のロウソクの炎のような美しさが、彼女ご自身の悲しい運命を暗示していたようで、それが役に活かされていたのも悲しかったです。シャンタルみたいな役ができる大女優、日本でもハリウッドでも思いつかない。私生活が幸せで心身ともに健康な女優は、やはりロミーのように不幸も悲しみも魅惑的に演じることはできません。
 ちなみにこの映画、後に「アンダー・サスピション」というタイトルで、モーガン・フリーマンがガリアン、ジーン・ハックマンがマルティノ、モニカ・ベルッチがシャンタルでハリウッドリメイクされました。こちらもなかなかの豪華キャスト!
コメント (4)
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