興趣つきぬ日々

僅椒亭余白 (きんしょうてい よはく) の美酒・美味探訪 & 世相観察

I NEED TO BE IN LOVE

2017-04-25 | 時には芸術気分
お題「カーペンターズで好きな曲は?」に参加中!

カーペンターズの曲はどれも大好きだが、その中からあえて一つを選ぶとすれば、I NEED TO BE IN LOVE(日本語でのタイトルは「青春の輝き」)だろうか。

 “私には愛が必要だってこと、自分でも分かってるの” (訳:余白)

というフレーズが入っている。

歌詞も素敵、メロディもきれい、伴奏もよし、なによりカレンの声と発音が美しい。

「発音が美しい」というのは、わたしがそう思うのでなく、実は今から20年ほど前、わたしは英語を一生懸命勉強していて、その当時、会社の同僚だったネイティブのアメリカ人が言っていたのだ。

地方訛りのまったく無い、標準的なアメリカ英語なのだそうだ。

そのころわたしはカラオケなどに行っても、ナット・キング・コールの「モナリザ」や「プリテンド」などを、おくめんもなく歌っていたものだが、カーペンターズの歌は難しくて歌うことができなかった。

連音の具合か、発音の間合いか、カセットテープ(上の写真)で何十遍聴いても、いわば体に浸透してこなかった。

何十遍では足りなかったのかもしれない。何百遍と聴いていれば、わたしの英語力も、もう少しマシなものになっていたことだろう。

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小碗ダイエット

2017-04-22 | ダイエット

‘小さなご飯茶碗’ を、ネット通販で購入した。(上の写真左)
砥部焼のご飯用茶碗である。

実は一年ほど前までも、砥部焼の小さめの茶碗を使っていたのだが、うっかり手をすべらせ割ってしまったのだ。

砥部焼の茶碗は肉厚で、熱々のご飯をよそっても熱が指先まで伝わりにくく、そこが気に入っていた。

池袋のデパートなどでも、砥部焼の食器は常時置かれてなく、すぐに買い替えるというわけにいかなかった。
しかし、4月を迎えた今も ‘年末・年始太り’ がなかなか解消しないので、今回思い切って通販を利用してみたのだ。

 

 

 

    

「なに、それ。ぐい飲み?」
というのが、この茶碗をわたしが梱包から取り出したときの、家内の第一声だった。

わたし自身もすぐ、これが以前持っていたものより、さらに一まわり小さいものであることに気がついた。

(失敗したな。こういうのはやっぱり見て買わなきゃな)
と思ったが、ダイエット用に買ったので、むしろこれでよかったのではと思い直した。

実際に使ってみると、入るご飯の量はヘラ(しゃもじ)に軽く一杯半ほど。おかずの量にもよるだろうが、これではとうてい食いしん坊なわたしのスキッ腹を満たすことはできない。

ついお代わりをして、結局食べる量が増えてしまうのか、それともこの小碗に慣れて、ダイエット効果が表れるのか、わたしは今、試されている。
2017.4.22

*上の写真の徳利は普通の一合徳利。徳利・猪口とも砥部焼。下の写真の丼ぶり茶碗は、一般的な普通の大きさ。

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春の到来、完了

2017-04-18 | 季節の移ろい

わが家の花壇に、チューリップが咲きました。

チューリップの花は、色によって咲く時期に若干の違いがあります。
真っ先に勢いよく咲いたのが、オレンジ色と黄色の花。

 

 


   

あと、赤、ピンク、白などが続きます。

二三日後には開くでしょう。

 

 

 

   

オレンジ色のチューリップというのは、あまり見ないのではないでしょうか。

 オレンチ(俺ん家)に オレンヂゆれる チューリップ  (おそまつ)

 

 

 

   

黄色はきっぱりと、なんのためらいもない黄色です。

周囲の空色の花は忘れな草。黄色との対比がきれい。


Spring has come.

という英語を思い出しました。
英語文法では現在完了形です。「春が来た」という単なる過去形では表せないニュアンスが感じられます。

梅が咲き、散って、桜が咲き、これも散り、今チューリップが開きました。
これでようやく ‘春の到来が完了した’ というところでしょうか。

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文章を考える場所

2017-04-14 | 言葉ウォッチング

「三上(さんじょう)」という言葉がある。
文章を作るのに適した三つの場所を言う言葉だ。

広辞苑を見ると、

「三上 = [欧陽修、帰田録]文章を作るに最もよく考えがまとまるという三つの場所、即ち馬上・枕上・廁上。」

とある。

馬上は文字通り馬の上。枕(ちん)上は寝床。廁(し)上は手洗い(トイレ)のこと。
(欧陽修<「欧陽脩」とも>は宋の学者・詩人。「帰田録」はその著書)

わたしは馬に乗って文章を考えたことはないが、枕上、廁上ならある。
このブログ用にいったん書いた文章を、夜寝床で反芻し、翌日修正を加えることなどしょっちゅうである。

「馬上」を現代風に「歩いているとき」と考えれば、これもなるほどと思う。

ただ、わたしの場合、「三上」は、単に文章を作るときだけでなく、何かを考えたり、思い出したり、アイデアを思いついたりすることの多い時間でもある。

というと格好いいが、雑念、妄想の多いわたしにとっては、いわば 妄想時間 であると言ってもいい。(「瞑想時間」ではない)

              

そう考えると、わたしの妄想時間はこのほかにもある。

鏡前(きょうぜん)・・・鏡の前。洗面所で歯をみがき、ひげを剃っているとき。
 ひげを剃りながら声を立てて ‘思い出し笑い’ をし、ときどき家内にあきれられている。

床前(とこぜん)・・・布団(床<とこ>の上げ下ろしをしているとき。
 何か動作をしているときのほうが妄想世界に入りやすい。

景前(けいぜん)・・・目の前の景色・情景を見るともなく眺めているとき。
 例えば喫茶店の窓際に座って、ぼんやりと道行く人や外の情景に目を向けているとき、など。

以上の三つである。(いずれもわたしの造語)

これをとりあえず、妄想の三前(さんぜん)とでも呼んでおこうか。

              

ところで、わたしは小さいころから引っ込み思案で、優柔不断なタチであった。行動より不安や心配が先に立つのだ。(先に立つのは「怠惰」も、じゃない?)

「やらなきゃなんないことは、考えてないでサッサとやんなさい」
と、母によく叱られたものだ。

今考えてみればそれは、遅かれ早かれどうせやらねばならないことは、後に引き延ばさず、「覚悟を決めて」やりなさいという母の教えであったのだ。

こういう教えのことを一般に、妄想三前の教えと言う。(言わないって)

2017.4.14

*上の写真は菜の花と蜂。本記事と関係ありません。

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『ふたりユースケ』 好評発売中! 

2017-04-09 | 時には芸術気分

児童書の新刊をご紹介します。

『ふたりユースケ』 (三田村信行・作/大沢幸子・絵/理論社・刊)

・・・父の転勤で小さな町に越してきた小5の「小川勇介」は、その町で神童といわれていた「大川雄介」の ‘生まれ変わり’ ということにされてしまう。

勇介が神童・雄介に “生き写し” だったからだ。

神童・雄介は勉強ができただけでなく、礼儀正しく、言葉遣いも丁寧で、町中の誰からも敬愛され、さびれてしまったこの町の将来を担う「希望の星」でもあった。

ところがその雄介は、二年前の中学二年生の夏休みに、川におぼれて死んでしまったのだ。

そこに転校してきた勇介は、神童・雄介の生まれ変わりとして、町中の人々の期待を背負うハメに・・・


文句なしにおもしろい児童書(創作児童文学)です。子どもだけでなく、大人が読んでもぐいぐい引き込まれてしまう。

町の人々の期待を一身に負った転校生・勇介は、その後どうなるのでしょう。
ぜひこの本を手に取ってみてください。大きなドラマ展開が待っています。

小学生、中学生のお子さん、お孫さんに買ってあげて、後で借りて読むのもいいでしょう。

https://honto.jp/netstore/pd-book_28334988.html

https://www.amazon.co.jp/%E3%81%B5%E3%81%9F%E3%82%8A%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%82%B1-%E4%B8%89%E7%94%B0%E6%9D%91-%E4%BF%A1%E8%A1%8C/dp/4652201931

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新宿西口点描

2017-04-09 | 散歩、時々旅

昨日、一昨日と新宿西口まで行ってきました。

両日それぞれ、親しい人たちとの ‘飲み会’ があったためです。

偶然二日続いてしまいましたが、毎日飲み歩いているわけではありません、念のため。

一昨日は曇りのち晴れ。昨日は雨のち曇り。写真にそれが表れています。

上の写真は青梅街道の歩道橋から見た大ガード方面。(一昨日)

 

 

 

    

同じ場所から右の方向に目を転じると、この景観。

左側に見えるのが、東京モード学園の入っているコクーンタワー。

 

 

 

   

へぎそばの「越佐庵」。一昨日の集まりはここでありました。
新潟の美味しい酒が多く、つい飲みすぎてしまいました。

 

 

 

   

帰り際にちょっとのぞいてみた「思い出横丁」。

客に外国人が増えたなぁ、という印象をもちました。
浅草や上野、銀座などとともに、外国人の観光スポットの一つに入ったのでしょうか。

昔からここにいた、たくさんの飲んべえオヤジたちは、今どうしているのでしょう。
肩身の狭い思いをしているのか、それとも酔客同士、外国からの観光客と適度にコミュニケーションをとって、国際交流に貢献しているのか。

 

 

 

   

京王プラザホテル(手前)と東京都庁。(昨日)
都庁の上部には、霧がかかっています。

この写真を撮っていると、急に後ろから声をかけられました。
「この敷地内での写真撮影は禁じられています」
ドキッとして振り向くと、立っていたのはこのビル(新宿センタービル)の警備員と思しき、青い制服姿の若い男性でした。

(なに、あと5メートルも左によれば、一般の歩道じゃないか。柵を越えて入ってきたわけでもなし・・・)
と思ったのですが、そこは紳士の(気の弱い)わたし、「はい」と素直に従いました。
「ご協力ありがとうございます」
と警備員さん、笑顔を向けてくれました。人の好さそうなお兄さんです。

 

 

 

    

木の切り株ではありません。

地下からの通気孔ですね。(後ろのビルは京王百貨店)

ツタがからまり、それなりの雰囲気が出てきました。

 

 

 

   

「うおや一丁 新宿西口店」。昨日の集まりはここでありました。

ゆったりしたスペースの、ここもよいお店でした。

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満開です

2017-04-07 | 季節の移ろい

散歩道の桜も、いよいよ満開です。(きのう4月6日)

まだ八分~九分咲きといったところかもしれませんが、気象予報士の依田司さんに拠れば、「八分咲きから満開という」そうですから(先日、テレビ朝日の番組で)、これで満開と言っていいでしょう。

「満つれば欠く」という言葉もあるように、ピークを迎えればあとは衰えるしかないので、「滿つる」直前がいちばんいい時なのかもしれません。

 

 

 

    

きょう夕方から明日にかけて(金、土)が、この辺ではお花見のピークになることでしょう。
なんとか天気も、もちそうです。

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もうすぐ満開

2017-04-02 | 季節の移ろい

今日は、ひさしぶりに暖かい日となり、散歩に出かけました。
風はまだひんやりしています

散歩道の桜は、まだ一分咲きといったところ。

上の写真だけ見ると、二、三分咲きに見えるかもしれませんが・・・、

 

 



上のほうの枝は、まったく開いていません。
桜は下の枝から開花していくのですね。

開花度合は一日で大きく変わります。
今日、4月2日の分をアップしておきました。


来週にはきっと、満開となることでしょう。
今年も、お花見の季節がやってきました。

 

 

 

   

対岸の白モクレンは今が満開です。

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春に耕す

2017-03-31 | 季節の移ろい

先日、近所に借りているわが家の菜園を耕しに行ってきました。

5メートルほどの畝、二つ半です。

 

 

 

    

    三本鍬。

    これでエンヤコラと耕します。

二、三日前に、二日続けて降った雨のせいもあるのでしょう。土は重く、鍬にねっとりこびりつきます。
作業ははかどりませんでしたが、けっこういい運動にはなりました。

春の雨、これが夏穫れ野菜を育みます。

菜園管理者の家内によると、ここに、4~5月にかけてナス、トマト、インゲンなどを苗で植えるのだそうです。

今年もわが家は、おかげさまで野菜には恵まれそうです。


ところで、「耕す」という言葉には、「すきやくわで田畑をたがやす」という意味のほかに、
「農夫がたがやして食を得るように、労働して生活のかてを得ること」
という意味もあるようです。(「福武漢和辞典」)

生きることも「耕す」ことなのですね。

どんな仕事でも、足元の土をひと鍬ひと鍬掘り返していくように、一歩一歩進めていくことが大切なのでしょう。
そうすれば、かならず実りのときは来るのです!

 

 

   

キャベツを収穫。
軟らかい春キャベツでした。





  
  ニンニク。




  
  タマネギ。




  
  ホウレンソウ。

どれも順調に育っています。



*以下、2017.4.3に追加アップ

  

収穫したばかりの春キャベツが、朝食に登場。

新鮮でシャキシャキ。 軟らかくてレタスのような食感です。

と言っても、レタスほど水っぽくなく、甘みのある濃い味でした。
ビタミンCなど栄養もより豊富なのだそうです。

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洒落っ気のない店ですが・・・

2017-03-25 | 美酒・美味探訪

武蔵野の古刹、平林寺わきにある蕎麦屋、「さか重」に行ってきました。

ここに来るわたしの ‘お目当て’ は、上の「さか重そば」(1,300円)。

 

 

    

茶そばを白身魚(この日は鯛)に巻き、軽く焼き上げ、熱々のうす口出汁をたっぷりかけたものです。
少し焦げたソバが香ばしく、鯛も旨味があり、つゆの出汁が効いていて、たいへん美味しい。

ほかの店にはちょっとない、ユニークな ‘種もの’ です。

 

 


   

刺身も少しですが、付いていてます(この日は中トロと鯛)
分葱のヌタなど箸休めの小皿がいくつかと、うす塩の肉厚梅干も添えられ、燗酒を一本もたのめば、しばし至福の時を過ごせます。

 

 


    

洒落っ気のない店ですが・・・。

 

 

 


 

平林寺。

以前、平林寺前のこの道路には、上に境内林がこんもりと覆いかぶさっていて、昼もうす暗いような景観でした。
今はすっきり刈り込まれ、道にかかっている枝はありません。

ネットで調べてみると、平林寺境内林の雑木林の植生保護のため、伐採が進められているようでした。

わたしとしては、少なくとも道路わきの境内林は道に覆いかぶさるくらいのほうがいいように思います。
古刹らしい荘厳さと神秘性が感じられるからです。

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