興趣つきぬ日々

僅椒亭余白 (きんしょうてい よはく) の美酒・美味探訪 & 世相観察

菜園は夏模様

2022-04-27 | 季節の移ろい

わが家の菜園の現況です。

行灯(あんどん)のようなものがたくさん立っています。これは植えられたばかりの「トマトとナスの苗」にかぶせた風よけ。

乳母日傘というか過保護というか・・・。いえいえ、外の風は時にたいへん強く、外気に触れたばかりの苗を倒してしまうこともあるのです。
大地に早く自分で根を張っておくれ。

(手前)の畝には、ニンニクが力強く成長しています。
こちらは半年前に植えられ、おおい(行灯)も無しに、厳しい冬の寒さを生き抜いてきたツワモノです。

ところで、「行灯」というのは、風よけの ‘菜園用語’ として定着している言葉のようですね。
わたしは「昼行灯(ひるあんどん)(ぼんやりした人、気がきかない人)としての評価が、定着しています。

 

 

 

 

   

ニンジンの畝。

だいぶ大きくなってきました。

 

 

 


   

少し間引き。

かわいそうなようですが、生で食べられる。とても甘い。

 

 

 

   

これはタマネギ。

これも大きくなってきました。5月から食卓に上り始める。

 

 

 


   

グリンピース。

これも5月には食卓に。
わたしはグリンピースの炊き込みご飯が好きです。

 

 

 

   

2月末に、種ジャガで植えたジャガイモ。葉が大きく育ってきました。

ジャガイモはタマネギとともに、さまざまな料理に使うことのできる、料理の万能選手です。






     

ジャガイモの葉についたテントウムシ。

テントウムシは、アブラムシなどを食べてくれる益虫なのですね。

 

 

 


   

防虫ネットの中にも、さまざまな野菜が生育中。

これはキャベツ。

 

 

 

   

これはエダマメ。

エダマメといえば、ビール。夏が待ちどおしい。

菜園は夏模様です。


ナニワイバラとスズラン

2022-04-25 | 随感・偶感・歳時感

ことしも咲きました、わが家の庭に、ナニワイバラとスズランが。

過去の記事をふり返ってみると、この二つ、ほぼ毎年取り上げています。
記事内容も似たり寄ったり・・。

「またか」とおっしゃらず、本ブログの恒例記事としてお許しください。

ナニワイバラは去年だいぶ枝を刈り込んだのに、今年また、元気に花を咲かせました。

たくましいバラです。

 

 

 

   

花びらが、清廉潔白を絵にかいたような白。

ただ花の命は短く、花びらがすぐに散ってしまいます。

でもそれは潔さの証(あかし)。心にやましさがなくたくましい。その上に潔さもある。
わたしもそんな生き方、したいものです。

 

 

 

   

スズランはことしも庭のすみに。

こちらは、うつむき加減で控えめに咲く。

それはきっと、自分というものをしっかり持っているからでしょう。
他人の目を気にして、目立とう、目立とうとばかりしていると、こんな咲き方はできません。

 

 



     

よく見れば、鈴の形も愛らしい可憐な花。

 

 


     

さきほどは、ミツバチもやってきた。
すみっこに咲くからといって、孤独ではないのです。

蜂に蜜をあげ、自分は受粉を手伝ってもらう。自然のサイクルの中に、しっかり組み込まれているのですね。

わが家の庭の初夏のエース二つ、ご紹介しました。


ことしも若葉のころ

2022-04-20 | 季節の移ろい

新緑の季節が始まりました。

ここ妙音沢の斜面林には、まだ手付かずの林が残っています。

フレッシュな若緑。若葉萌え出す今が、この自然林のいちばん美しい時といっていいかもしれません。

 

 

 


 

墓園内の桜並木も、もうすっかり葉桜に。

これは、桜の若葉。

 

 

 

   

墓園正門わきの外壁。今ツツジの花が真っ盛り。

「若葉だけじゃないのっ、きれいなのは。わたしだってぇ」
と主張しています。







   

コサギ(右)とチュウサギ(ダイサギか)

種がちがうのに、さっきからつかず離れず仲よくしています。

「きみはきみ、ぼくはぼく。されど仲よし、おなじサギ」
と言っていいるのでしょう。

(5) 若葉のころ  /  ビージーズ  歌詞 - YouTube


タケノコご飯

2022-04-16 | 美酒・美味探訪

タケノコ(竹の子、筍)は、今がまさに旬。
炊き込み御飯が大好きなわたしとしては、タケノコはタケノコご飯でいただくのがいちばん好きです。

生のタケノコを、米ぬかと赤トウガラシを入れて湯がき、灰汁(あく)を抜きます。

時季のものだからか、タケノコは火を通しても、春の香りは抜けません。
春を味わう、そこがえもいわれぬ美味しさです。

でも歳時記を見ると、タケノコご飯は筍飯(たけのこめし)として載っていて、夏の季語なのですね。

きのう、きょうと2月の寒さに逆戻りし、おかげさまで「冬と春と夏」を同時に味わいました。

炊き込み御飯といえば、タケノコご飯は毎年なんとかありつけていますが、マツタケご飯はもう何年も食べてないなあ。

 

 

 

    

4月の満月を「ピンクムーン」というようですね。

知りませんでした。
ネットで調べると、アメリカで古くからそういわれてきたようです。

満月は明日(17日)ですが、せっかく撮ったので上げておきます。(ちょっといびつに写っちゃった)


花の季節が始まります

2022-04-09 | 季節の移ろい

わが家の花壇に、チューリップが咲きました。

 ♪ ならんだ ならんだ
    あか しろ きいろ

花壇が一気に華やかになりました。

赤、白、黄色の単色のほかに、黄色と赤のミックスもあります。

 

 

 


    


単色もきれいですが、ミックスもきれい。赤と黄色と白のまじり具合が微妙です。

どのように色を混ぜ合わせるか。配色とデザイン、美を追求する芸術家も容易になしえない、自然の技です。

 

 

 

    

花壇の外側(上部)に配置したボリジという花。

一見地味で、葉とともにここではチューリップの引立て役を演じていますが、よく見るととてもきれいな花ですね。

桜は散っても。これからが春本番。花の季節が始まります。


せぼんこ

2022-04-05 | 随感・偶感・歳時感

                    *上の写真はわが家の庭に咲いたシレネ・カロニアーナ(鉢植)。本記事とは関係ありません。


「おとうさん、また、せぼんこだよ」

と、たまに帰省する娘が、食卓などでつい前かがみになってしまうわたしを見て、注意する。
「年を取るとそのまま固まってしまうから、気をつけてね」と続ける。

「せぼんこ」とは、「ねこ背」「背中がまるい」という意味の、わたしの故郷新潟の方言である。

東京と埼玉で育った娘が、なぜ新潟の方言を使うのか。

「小さいころ、わたしもお兄ちゃんも、おとうさんにいつもそう言っておこられていた」からだそうだ。

はるかな昔にわたしが子供たちに放った矢が、今ブーメランとなってわたしに返ってきている図である。

姿勢は見た目の印象を大きく変える。
わたしの矢は「いつも胸をはって堂々としていなさい」という意図で、娘の矢は「いつまでも若々しくいてね」という意味である、としておこう。

 

 

 

    

    散歩道わきの小公園にある「背のばしベンチ」。

       

散歩の途中、ときどきここにすわって、思いきり背を反らしている。

わたしの ‘せぼんこ解消’ に、少しは役立っているであろうか。