興趣つきぬ日々

僅椒亭余白 (きんしょうてい よはく) の美酒・美味探訪 & 世相観察

その場かかと上げ

2021-10-28 | チラッと世相観察

先日千葉方面に行ったとき、つくばエクスプレス南流山駅内で見たポスター。


「階段を上り下りする時に使うエネルギーは、スクワットなどのトレーニングをした時と同じです。
 日々のトレーニング代わりに、階段を使ってみませんか?」
と、ポスター下部に書いてある。

     

 

これは単なる ‘筋トレのすすめ’ ではなく、混んでるエスカレーターから空(す)いている階段へ、乗降客を少しでも誘導したいという意図があるのだろう。

「混雑時は階段も使ってください」などと、事務的かつ指示口調で表現するより気が利いている、といえないこともない。


これを見て思い出したのは、バスや電車を待つあいだに立ったままでできる筋トレその場かかと上げ だ。

その場でかかと(踵)をゆっくり上げ下げし、これを何回もくり返す。(疲れない範囲で)
途中、逆につま先を上げる(片足ずつ)。これもくり返す。

そうすると、第二の心臓ともいわれる「ふくらはぎ」を刺激し、全身の血流を改善できるという。

また、これを習慣化すると、全身の筋肉を鍛えることにもなり、ダイエットにも役立つ。(とどこかの健康雑誌か本で読んだ)

いいことずくめではないか。しかも空き時間の活用にもなる。
周りに迷惑をかけるわけでもないので、わたしもバス停でときどきやっている。(習慣にはなっていないが)

ただ、仮にこれを駅のポスターに載せても、階段への ‘乗客誘導効果’ はない。


政治にしかできない手を国民に

2021-10-18 | 随感・偶感・歳時感

今朝、わが家の菜園からサトイモとサツマイモを、菜園管理者の家内を手伝って収穫してきた。

サトイモは先日すでに1株収穫しており、きょうは3株収穫。

 

 


  

根がよくはっていて、サトイモは今年は豊作である。

シャベルで根の周りを広く深く掘り進み、根をできるだけ切らないようにするのが、根の中の多数のサトイモを傷めないコツである。

 

 

 

  

サツマイモも今年2回目の収穫。

サツマイモは1回目もそうだったが、1株に大きいのが一つあって、あとは小さいのがいくつかついているという状態であった。
残念ながら不作といっていいだろう。

サツマイモは本来、肥えていない土地でも育つといわれるほど強くたくましい作物だが、今年この畑は肥料がたっぷりだった。
にもかかわらず、どのイモもそれぞれが大きく育たなかった。

それはいったいなぜだろう。菜園素人ながら愚考するに、多くのイモたちが現状の恵まれた環境に甘んじてしまったからではないか。
地中の養分を自分で必死に吸い取ろうという真剣みに欠け、みずからを太らせようという努力を怠ってきたのではないのか。

唐突ながら、今の政治もこれと同じ状況にあると思う。
コロナ対策にしても、所得格差拡大にしても、実質賃金の低下にしても、国民のほんとうに必要なところに、政治にしかできない手(養分)が届いていない。

政治の世界では、 ‘一強他弱’ を当然視し強者に媚びるばかりで、現実の庶民の暮らしが見えていない政治家が多すぎるように思う。
現実を直視することによって解決すべき問題点を把握し、それを具体的に、ねばり強く調整、改善していく人が、今の国会議員の中にいるのか。わたしは寡聞にして知らない。

国民も、テレビなどの皮相な情報に流されるだけで、自分なりの問題意識を持つ人が少なすぎるように見える。
投票に行かない人も多く、結果として現状を容認し、緊張感のない政治を許してきたのではないか。(などとフト考えた)


それはともかく、掘りたてのサツマイモは地中の湿気がまとわりついて、それが朝日に照らされ、赤紫色がとてもきれい。(上の写真)

 

 

 

    

家に帰ってきて、日陰に干したところ。


サツマイモに ‬“花丸”

2021-10-13 | 美酒・美味探訪

わが家の菜園から穫れたサツマイモの第1号。

大きくなったけど、なぜかデコボコ。細めのサツマイモを何本か束ねたような形です。

なぜこんな形になったのか? 分かりません。魔訶不思議。

 

 

 

   

輪切りにしてみると、六つの花びらの花の形になりました。まるで花形の型抜きクッキーのよう。

上の写真はそれをピカタ(小麦粉をまぶしてバターで焼く)にしたもの。
(下の三日月形の二つは、以前同じ菜園から穫れたミニカボチャの薄切り)

わが家の菜園のサツマイモ第1号は、ホクホクしてとても美味しかった。
この夏がんばって美味しくなったサツマイモくんに、“花丸”!

ついでながら、きょう10月13日は「さつまいもの日」だそうです。


秋の雲

2021-10-09 | 季節の移ろい

昨夕の、日が沈みかけた南西の空に連なった雲の群れ。

これはいわし雲か、うろこ雲か、はたまた さば雲か。

いわし雲、うろこ雲、さば雲・・・手元の歳時記を見ると、いずれも秋の季語である。


「さば雲」という言葉は、今回歳時記を見て初めて知った。
辞書(デジタル大辞泉)を見てみると、ここにも載っている。ちゃんと市民権を得た言葉だったのデスネ

 

 




     

反対方向の東側を見ると、そこには日没前の陽に照らされ、浮き上がったコスモスの花たちがあった。
「わたしたちのことも見て」と言ってるよう・・。


いま秋たけなわである。