尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「資質向上教員」ばかりの学校?

2011年05月13日 22時37分06秒 |  〃 (教師論)
 来週は沖縄へ行くので、書きたいことをまとめて書いてしまいます。(それでも全部は書けない。)
 まずは「教員免許更新制」がらみの話を2回ほど。

 教員免許更新制の目的は、文部科学省のサイトにこうあります。
 「教員免許更新制は、その時々で教員として必要な資質能力が保持されるよう、定期的に最新の知識技能を身に付けることで、教員が自信と誇りを持って教壇に立ち、社会の尊敬と信頼を得ることを目指すものです。
 ※不適格教員の排除を目的としたものではありません
 ご丁寧にも※が書いてあるけど、そこの問題は明日以後にでも。
 
 別にいい目的じゃないか、何の問題もないでしょうという感じですね。いや、その通り。なんで更新しないと失職するのか、なんで免除される教員がいるのか、なんで自費で大学に自分で申し込まないといけないのか、自分で自主的に研修するんじゃ資質向上は計れないのか等々、そういう根本的な制度設計が間違っているけど、制度の目的(としてタテマエ的にここに書かれていること)自体は別に異論ありません。

 で、果たして今の大学等の講習でこの目的は達成されるのかという問題もあるけど、それは今置いておきます。(ついでに書いておくと、毎年数万人も行う講習で一斉に資質向上するわけもなく、でもいいんだよね、だってホントの目的は教師への嫌がらせなんだもん、ってことなんでしょう。)

 そうすると、10年立つと全員更新講習を受けて(新採10年以内を除き)、「資質向上教員」だらけになります。今全国で校長による業績評価に基づく勤務評定が給与に反映するようなシステムが作られて来ています。するってーと、「資質向上教員」が自分の給料を上げたくて校長に評価されるようにみんな頑張る、ってことになるわけだ。それが文科省の考える理想の学校なんかい、ということです。

 そんなご立派なセンセーばっかりが個々バラバラに頑張るという学校がどんなに息苦しくて恐ろしいか。3分の2位の生徒は、よーくわかると思います。が、3分の1くらいの生徒と親は、所詮世の中はそんなもの、進学だけが大事なんだし、自分は自分で頑張ってるから関係ないよと思うんでしょう。そして、政治家や官僚や大企業幹部やマスコミ人なんかは、大体その3分の1なんだろうね。

 前にも書いたけど、教師がどんなに優れていても、個々バラバラに勝手に頑張る学校は最悪です。生徒はそういう「指導力過剰教員」によって、完全に傷つけられます。

 だから問題は「教師の資質向上」だけじゃダメなんです。「現場力向上」がセットじゃないと逆効果なんです。ところが現場力を向上させると、愚かな教育行政にたてつくから、現場で協力して仕事できないように教員をバラバラにしていこう、とこの間ずっと国や教委はやってきたわけで…。それを変えずに教師の資質向上だけ目指しても効果は上がらないはずです。

 まあ、でも仕方ないから嫌がらせに耐えて受けるしかない更新講習では資質向上もしないだろうし、何だったんでしょうね、この制度ってことになるんだと思うけど。

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