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基地巡る沖縄の本音、恐れず発信 玉城さんら悩み、向き合う若者たち 〔毎日新聞 2017.8.17〕

2017-08-18 14:48:49 | 沖縄

https://mainichi.jp/univ/articles/20170817/org/00m/100/011000cより転載

基地巡る沖縄の本音、恐れず発信 玉城さんら悩み、向き合う若者たち

2017年8月17日

Texts by 琉球大

 
米軍キャンプ・シュワブ前で開かれた集会で司会をした玉城愛さん。「新基地反対の思いを共有し続けてほしい」と呼びかけた
 
沖縄県うるま市での事件に抗議する県民大会でステージに立った真鍋詩苑さん。被害女性を思いながらボードを掲げた

 照りつける日差しの下、「辺野古の海を守ろう」と青い服を身に着けた人たちが会場を埋め尽くした。8月12日に那覇市で開かれた米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設反対を訴える県民大会。琉球大学大学院生の玉城(たまき)愛さん(22)は昨年4月に米軍属の男に命を奪われた20歳の女性への思いを胸に壇上に立った。「彼女の名前を忘れたくない。米軍基地があるがゆえに事件は起こった」

 

 玉城さんは翁長雄志(おながたけし)知事を支える団体や企業、政党などでつくる「オール沖縄会議」の共同代表を務める。「政治に無関心だった」という沖縄の学生を変えたのは、本土から来た一人の友人だった。

 名護市にある名桜大学の4年生、真鍋詩苑(しおん)さん(24)。「沖縄の自然や文化に触れたい」と生まれ育った京都から進学した名桜大で同級生の玉城さんと出会った。

 大学1年の大みそか、真鍋さんは友達と初日の出を車で見に行く途中、東村(ひがしそん)高江のヘリコプター離着陸帯(ヘリパッド)の建設に反対する人たちのテントを目にした。「何をしているのだろう」。後日、話を聞きに行って「普通の暮らしを守るために24時間座り込みをしている人たちがいるなんて」と驚いた。

 「基地がずっとそばにあると、当たり前になってしまう人もいるのかな」

 真鍋さんの言葉に玉城さんは、はっとした。祖父(95)から沖縄戦の体験を聞いて育ち、かつて米軍機が墜落して児童ら17人が死亡した小学校に通った。だが、米軍施設がどれほど沖縄に集中しているかも知らなかった。

 玉城さんは真鍋さんとカフェで語り合い、基地について考え始めた。そして、昨年4月、地元のうるま市で米軍属の男による事件が起きた。同年代の女性が被害にあった現場はよく通った場所。被害者は自分や友人だったかもしれない。悲しみを通して「地に足が着いた」ように感じた。

 事件に抗議する昨年6月の県民大会。玉城さんは思い切って、本土を「第二の加害者」と表現した。日本を守るための米軍基地なら、沖縄に押しつけず、本土も受け入れるべきではないか。そんな思いを込めたという。

 拍手がわいたが、大学には匿名や右翼団体を名乗る手紙が届いた。私が見せてもらうと「もう一度琉球処分をやってやろうか」「殺すぞ」と脅し文句が並んでいた。玉城さんのフェイスブックは「琉球人は日本人ではない」などの書き込みが相次ぎ、閉鎖した。

 この県民大会には真鍋さんも参加していた。「第二の加害者」は危険と隣り合わせで暮らす沖縄の現状を知らなかったかつての自分でもあると感じた。沖縄に住んで5年目、基地問題の答えは簡単に見つからない。それでも「愛を通して本当の沖縄を知った。彼女とならあきらめずにその先も一緒に考えていける」と信じている。

 返還から45年、沖縄と本土の溝はかつてないほど深まっているように見える。「同じ日本なのにこの差は何なのか」。私は玉城さんの言葉が頭から離れない。それでも、困難に向き合う2人の姿に今の分断を乗り越えていく可能性を感じる。

 「発言をやめたって現実からは逃れられない」と玉城さんは批判にさらされながらも活動を続ける。親友の支えになろうと、真鍋さんは本土の友人たちにフェイスブックで発信し続ける。「私たちはただ反対を叫んでいるんじゃない。この自然を、生活を、これからの命を守りたい」【吉川雄策】



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