異教の地「日本」 ~二つの愛する”J”のために!

言論宗教の自由が保障され、ひとりひとりの人権が尊ばれ、共に生きることを喜ぶ、愛すべき日本の地であることを願う。

池上彰「私は、民主主義を信じています」 池上彰さんと考える、憲法と私たちの向き合い方 〔 2017年04月17日.〕

2017-04-24 18:37:41 | 立憲主義 民主主義

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http://kokocara.pal-system.co.jp/2017/04/17/constitution-akira-ikegami/?j_top_puより転載

「私は、民主主義を信じています」 池上彰さんと考える、憲法と私たちの向き合い方

  • 2017年04月17日

施行から70年、戦後の平和を支えてきたといわれる「日本国憲法」。一方で、常にあるのが、憲法は守るべきか、変えるべきかという議論だ。分かりやすいニュース解説でおなじみのジャーナリスト・池上彰さんは、「その前に、そもそも憲法とは何かってことを考えないといけませんね」と明快に語る。5月3日の憲法記念日を前に、池上さんに、憲法が私たちの暮らしにどう関わっているのか、私たちは憲法にどう向き合うべきかを聞いた。

「権力者は権力を濫用したがる。それを“縛りつける”のが憲法です」

――池上さんは、憲法に関するご著書『超訳 日本国憲法』を書かれていますね。憲法とは、ひと言でいうと何なのでしょうか?

池上 それを考えるには、まず憲法と法律の違いからにしましょう。法律には、国民が守るべきことが定められていますよね。一方、憲法とは、国民の自由と権利を保障するものです。そして、憲法を守るべきはその国の権力者なんです。

 以前、ある国会議員が「今の憲法には国民の権利しか書かれていない。けしからん」というような発言をしましたが、憲法が何かをまったく理解していないと言わざるを得ません。権利ばっかり書いてあって、義務が少ない? 当たり前です。そもそも憲法というのは、個人として尊重される権利、健康で文化的な生活を営む権利、自由や幸福を求める権利といった、国民の権利を明らかにするためのものなのですから。

写真=坂本博和(写真工房坂本)

 憲法にも、国民の義務について触れている条文もありますよ。はい、何だったか言えますか? そう、学校で習いましたよね。教育、勤労、納税です。この3つだけは憲法の中で私たちに義務として課せられていますが、これも、国民が守らなければならない具体的な中身に関しては法律の定めによります。

 人間というのは、権力を手にしたらどうしても行使したくなる。ついつい人々をコントロールしたくなる。それに対して、いや、それはダメなんだよって、権力を持たない私たち一般市民が権力者に対して「これだけは守りなさい」と縛りつけるものが憲法です。どんな権力も憲法に従わねばならない。この原理を、少し難しい言葉で“立憲主義”といいます。

 私が立憲主義を強く実感したのは、今の天皇が即位されたときでした。あいさつに「みなさんとともに日本国憲法を守り、これに従って責務を果たすことを誓い……」というお言葉があったんです。天皇が「憲法を守らなければいけない」という意識を常に持たれているのだということが衝撃でした。びっくりすると同時に、天皇の決意というものを感じましたね。

権利の上に眠っている者は、権利を受ける資格はない

――憲法がある限り、私たちの自由や権利は永遠に保障されていると考えてよいのでしょうか。

池上 いえいえ、それは甘いというものです。法律の基本的な概念として、“権利の上に眠っている者は、権利を受ける資格がない”というのがあります。何もしなくても権利が守られていると安住していると、いつしかその権利は失われてしまうかもしれない、という警鐘です。

写真=坂本博和(写真工房坂本)

 日本国憲法第12条には、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」と書かれているんですよ。私はこれを読むといつも厳粛な気持ちになります。権利というのは、常に自分たちがしっかり守り主張していかなければ保持できない。私たちは常にこのことを肝に銘じたいですね。

 たとえば、イギリスのEU離脱を決める国民投票でもアメリカの先の大統領選挙でも、事前の世論調査とは反対の結果になりましたね。あれは、「わざわざ自分が行く必要はないだろう」とか「積極的には支持したくない」と言って棄権した人が大勢いたという結果も反映されています。今になって「こんなはずじゃなかった」と嘆いても、後の祭りです。有権者であっても、投票に行かなければ権利は行使できません。結果がどうであれ文句は言えないし、行かなかった人の責任だよねってことです。

イギリス議会前で行われたEU離脱残留派による抗議(写真=2017年3月25日・AP/アフロ)

 憲法にうたわれている表現の自由も、権力者が「どうぞ」と守ってくれるものではありません。どんな思想の権力者だって、メディアをコントロールして、自分たちの政権に都合のいいようなことを言いたくなるんですよ。もちろん政治がメディアに介入しようとするのはけしからんことですが、そもそも権力者とはそういうもの。メディアはそれをはねつけなきゃいけない。そのとき闘いの武器となるのが、憲法に書かれた“表現の自由”です。

私たちの今の暮らしは、先人たちの“不断の努力”によって整えられてきた

―― 不断の努力で自由や権利を守るといっても、私たちは具体的にどうすればいいのでしょうか。

池上 これは憲法に違反するのではないか、権力の濫用ではないかと感じたら、それを声に出していくことです。場合によっては裁判に訴えてでも守っていかなければいけないこともあります。

 私は社会部記者時代、消費者問題を扱っていたことがあるのですが、例えば、終戦直後の「不良マッチ撲滅運動」を例にあげてみましょう。不良マッチ撲滅運動と聞いて、ピンとこない人もいるかもしれませんが、当時、マッチといえば火のつかない粗悪品がはびこっていました。そこで、「火のつくマッチを売るように行政が監督すべきだ」と消費者が運動して、やっと、まともなものが出回るようになったんですよ。

写真=坂本博和(写真工房坂本)

 そのほかにも、商品の不当表示に異議を唱える運動、食の安全を求めて国に施策を要求する運動など、生協や主婦団体をはじめとする消費者運動こそ、憲法25条に保障されている「健康で文化的な生活を営む権利」を自分たちの手で勝ち取っていったよい例ですね。

 あるいは、私が小学校に入学したころは、教科書はまだ有料でしたが、1963年に無償化されました。憲法26条2項に、「義務教育は、これを無償とする」と書いてあるでしょう。最初は授業料が無料という意味に解釈されていたのですが、「義務教育には必ず教科書を使うのだから、教科書代も無料にしなければ憲法に反する」と訴える人々がいたからこそ実現したことです。

 このように、私たちの社会に健康で安心して暮らせる条件が整えられていった背景には、「憲法で保障されている権利を守れ」と声を上げて行動した戦後のさまざまな取り組みがある。私たちが今平穏に暮らせているのは、まさに先人たちの“不断の努力”のおかげであることを忘れてはいけませんね。

「一人ひとりが自分の頭で考える。それが民主主義です」

――メディアに引っ張りだこの池上さんですが、ご自身の意見はあえて明言しないようにしていると聞きます。なぜですか?

池上 それは、私が民主主義を信じているからです。「池上さんはどうですか」「どう思いますか」と聞いてくる人はいっぱいいるんですよ。でも、私の意見は極力言わない。その代わり、それを判断するための情報や知識を提供して、分かりやすく解説することに徹しています。

 民主主義というのは、充分な情報と知識を与えられた、自立した市民が自分の頭で考えて物事を決めるものだと思います。何でも「池上さんどうですか」と聞いて、私が言うことに従うというようなことは、すごく危険なこと。だから私はそこを冷たく突き放すんです。

 だれが何を言おうと、一人ひとり、自分の頭で考えなければならない。ただし、正しい判断をするためには材料が必要だから、十分な情報を提供しようと。あるいは、役人や政治家が難しいことを言っていたら、分からないままだまされてしまわないように、そこは分かりやすく説明しましょうと。そういうことなんです。

写真=坂本博和(写真工房坂本)

 私が民主主義を素晴らしいと思うのは、人間は間違えたり行き過ぎたりするもの、というのを前提にしていることです。選挙ってね、任期付きの独裁者を選んでいるようなものなんですよ。強い力で国を引っ張っていってもらいたいから、任期限定で独裁権を与えている。独裁国家はそれがずっと続きますが、民主国家は、「この人、ダメだな」と思ったら別の人を選ぶことができるんです。

 間違えてとんでもない人を選んでしまうこともあるけれど、それに気がついたら修復する仕組みが備わっている。それが民主主義です。だから、とにかく自分の頭で考えて投票に行く。投票に行かないのは“権利の上に眠っている”ことなんですよ。

何がよくて何が悪いか、国民の思いはどこにあるのか、みんなで議論を

――国民の一人ひとりがしっかり学んで自分なりの意見をもつことが大事ですね。最後に、「憲法を守るべきか、変えるべきか」という議論について、考えるヒントをいただけますか?

池上 憲法を変えることにやみくもに反対するのはどうかなと思います。そもそも日本国憲法は“不磨の大典”(※1)ではありません。憲法第96条には、ちゃんと改正の手続きが書かれているんですから。「憲法を変えるな」「憲法を変えよう」のどちらの意見も保障する。それが本当の意味での憲法の精神なのです。

 憲法も、時代に合わせて暮らしに必要なものだったら変えてもいい。ただ変えるのであれば何を変えるか、重要なのはそこです。よいものをよりよくするために変えるならいいけれど、悪く変えることはいけない。何がよいことで何が悪いことか。国民の本当の思いはどこにあるのか。これこそを私たちみんなで議論していくことが必要なのではないでしょうか。

※1:すり減らないほど立派な法典という意味。 大日本帝国憲法の美称。
※本記事は、2017年5月1回のパルシステムのカタログ記事より再構成しました。

超訳 日本国憲法

池上彰/著(2015年、新潮社)

「(天皇は)日本国民統合の象徴」→《国民がまとまっているという象徴》、「大臣を罷免」→《大臣をクビにできる》、「文民」→《軍人ではない人》、「国権の発動たる戦争……これを放棄」→《正義が守られ、混乱しない国際社会を……誠実に強く求め、あらゆる戦争を放棄》など、池上版「超訳」で読み解くと、こんなに憲法はわかりやすくおもしろい! 改憲論争が高まる中、国民必読、一家に一冊の最新版「憲法の基礎知識」。

akira-ikegami

Interviewee

池上彰
いけがみ・あきら

1950年、長野県生まれ。ジャーナリスト。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHKに入局。子どもにも理解できる言葉を使って報道、解説を行う番組「週刊こどもニュース」の編集長を務めた後、2005年に独立。現在、多数のテレビ番組に出演し、ニュース解説を担当。2013年、伊丹十三賞受賞。『超訳 日本国憲法』(新潮新書)、『池上彰の憲法入門』(ちくまプリマー新書)、『伝える力』(PHPビジネス新書)、『おとなの教養』(NHK出版新書)など、著作多数。

取材・文/高山ゆみこ 撮影/坂本博和(写真工房坂本) 構成/編集部

 

 

 

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憲法記念日スペシャル鼎 「権力者は、憲法がお嫌い?」 島京子×太田啓子(弁護士)武井由起子(弁護士)

2017-04-23 19:22:16 | 立憲主義 民主主義

http://bp.shogakukan.co.jp/mado/1705/interview.htmlより転載

憲法記念日スペシャル鼎 

 島京子の「扉をあけたら」

2017.5

「明日の自由を守る若手弁護士の会」のメンバーであり、憲法に対する関心を高めるために、だれでも気軽に参加できる憲法学習会「憲法カフェ」を積極的に開催している弁護士の太田啓子氏、武井由起子氏。私たちはいま憲法とどう向き合えばよいのか、お二人と語り合います。
 
第十一回
権力者は、憲法がお嫌い?

ゲスト 太田啓子(弁護士) 武井由起子(弁護士)
Photograph:Hisaaki Mihara
太田啓子(左)、中島京子(中)、武井由起子(右)

「憲法カフェ」の輪を広げていきたい
中島 お二人とお会いしたきっかけは、私が三年前の憲法記念日に、ある新聞で「明日の自由を守る若手弁護士の会」の活動をご紹介したことでした。そのあと、お二人も執筆された『これでわかった! 超訳・特定秘密保護法』の出版記念会で初めてお会いして。あれから、いろんなことがありましたね! 昨年はお二方の「憲法カフェ」にゲストとして参加する機会もあり、とても勉強になりました。太田さんとは高円寺で一回、藤沢で一回。それぞれ私の地元と太田さんの地元で開催しました。武井さんとも、中野の古民家で、一緒にお話をしましたね。
武井 料理研究家の枝元なほみさんと鼎談したんですよね。トークも白熱しましたが、枝元さんが作ってくれた料理を食べ始めたとたん、みなさん緊張がほぐれたのか活発な意見交換をされていたのが印象的でした。
中島 やっぱり美味しい料理は、心の垣根を外してくれるんですね。ところで「憲法カフェ」は、どういう経緯ではじめられたのですか?
太田 直接のきっかけは、二〇一二年四月に自民党が発表した「日本国憲法改正草案」ですね。自民党の憲法改正推進本部のホームページに掲載されているので、ぜひ読んでほしい。その内容に危機感を持った若手弁護士たちが二〇一二年十二月の衆院選で第二次安倍政権が発足したのに警戒心を強め、自民党憲法改正草案を阻止しようという一点のみで集まろうということで、二〇一三年一月に「明日の自由を守る若手弁護士の会」(通称「あすわか」)を結成しました。現在は五百六十名を超える若手弁護士が参加しています。その活動の一環として、自民党の改憲案の怖さを伝えることはもちろん、誰もが気軽に参加できて憲法のことをもっと身近に考えてもらえる場を作ろうと「憲法カフェ」を企画したんです。これまで「あすわか」に所属している全国各地の弁護士たちによって、のべ千回以上開催されています。
武井 私たちは創設メンバーではないのですが、「あすわか」の活動に賛同して参加しました。「憲法のお勉強ですよ」と大上段に構えるのではなく、お茶を飲んだり、ご飯を食べたり、音楽を聴いたりしながら、憲法の基礎的なことを知って頂いて、政治や生活のことをざっくばらんに話したりすることを目的としているんです。中島さんのような言葉を紡げる方に参加いただけると、ものすごい力になります。
中島 いや、私はむしろ、参加者として教えてもらっているほうですから。「憲法カフェ」で武井さんたちのお話を聞いて、自分にとって「憲法」がどれくらい大切なものかを痛感したんです。でも、いくら気軽に参加してくださいと言ってもテーマが「憲法」でしょう。最初は参加者を集めるのが難しくありませんでしたか。
太田 例えば「公民館の第6会議室で憲法改正阻止の勉強会を開催します」と参加者を募ったとしますよね。すると本当は改憲論議に関心があってその内容をもっと深く知りたいと思っている人まで、「ガチガチの護憲派」に見られるのは嫌だと敬遠してしまう。そこで「あすわか」の弁護士たちもどんなイベントなら参加したくなるだろうかと知恵を絞っていろんな企画を立て始めました。
武井 静岡県の内山宙先生がやっている「ベルばら憲法カフェ」は、「次は私たちの街で」と依頼が相次ぐほどの人気になっていますよね。
中島 「ベルばら」って『ベルサイユのばら』ですか? オスカルやアンドレと「憲法」がどう繋がって、どんな話をされるのか、ファンじゃなくてものぞいてみたい。
太田 そうでしょう。でも、内容は参加してのお楽しみです(笑)。埼玉県では竪十萌子先生がラッキィ池田さんとコラボしたイベントも話題になりました。ラッキィさんは、子どもたちに人気のアニメ『妖怪ウォッチ』の体操の振り付けを担当されているので、まさに踊って学ぶ憲法カフェ。会場は、たいへん盛り上がったそうです。
武井 竪さんはさまざまなメディアの注目を集めて大活躍されています。まさに憲法カフェクイーンですね。
太田 そうなんですよね。小さなお子さまも一緒に楽しめる企画なら、お母さんも参加しやすい。私も、三浦の農家の方が企画した芋掘り体験と組み合わせたイベント「畑de憲法」に講師として呼んでもらいました。親子で、泥んこになって芋掘りを楽しんでもらう。掘った芋は「憲法カフェ」をやっている間に、焼き芋を焼いて、終了後みんなで食べるんです。
中島 それは、お母さんもうれしいですね。
太田 しかも子どもたちの様子が心配だと、お母さんは「憲法カフェ」に集中できないでしょう。このイベントでは、年配の参加者の方が子守役を買って出てくれたんです。みんなが協力しあって輪をひろげていく市民運動の原点を体験しているようで、ワクワクしてきました。武井さんの「Wけんぽう(憲法&拳法)カフェ」も話題になりましたね。
武井 冗談みたいな企画ですが、元世界チャンピオンの太極拳の先生まで応援に駆けつけてくれて、大人だけじゃなく小学生のお子さままで、「ふたつのけんぽう」を楽しく学んでくださったようです。
中島 お話を聞いていると、「憲法カフェ」は女性の参加者が多いような気がしました。
太田 他のメンバーのイベントはわかりませんが、私の場合は平日の日中に開催することが多いので、どうしても男性で参加できる人は限られてきます。じつは、日曜日の昼間にバーを借り切って「お父さんのための飲み学び講座」をやったことがあるんです。奥さんに薦められてしぶしぶ参加した男性が、終わってから「何が問題かよくわかったよ。企画してくれてありがとう」と声をかけてくれた。その時に、やり方次第で「憲法カフェ」はまだまだ広がっていくと確信しました。
中島 これまでいろいろな方と話されてきたと思います。何か問題点をお感じになることはありますか。
武井 そもそも憲法は何のためにあるのか。誰を縛っているのかを履き違えている人がほとんどなんです。
太田 憲法の基礎知識を○×クイズでやると、憲法は国民を縛るものだと思っている人が、結構多いですね。
武井 「憲法」はお釈迦様が孫悟空の頭につけた「緊箍児」のようなもの。悪いことをすると、ギュッと締め付けられる。権力者の暴走を防ぐ役割を果たすものなんです。孫悟空が締め付ける力をゆるくしたいと考える時は、自分に有利なことをしたい時。そう考えれば政権側から出てくる改憲要求が、私たち国民にとって不利なものになることは自明ですよね。
太田 「憲法」は、国民を縛るものではなく、権力を縛るものというのが立憲主義の根幹です。だから時の権力者にとって「憲法」は、自分の行動を不自由にする不便なものなんです。
中島 なるほど。権力者にとって「憲法」は「押し付けられたもの」なんですね(笑)。
太田 「あすわか」にも参加されている広島の楾大樹先生の著書に『檻の中のライオン』(かもがわ出版)という絵本があります。憲法を檻に、権力をライオンに見立てて、立憲主義とは何かを子どもにもわかるように絵解きした良書なんです。「憲法」って難しそう、と尻込みする前にすべての人にまずこの絵本を読んでほしいんです。
「改憲」か「護憲」かではなく
「全体主義」か「個人主義」か
武井 社会科の授業で、憲法の三大原則を暗記させられたでしょう。
中島 「平和主義」「国民主権」「基本的人権の尊重」。
武井 でもみんな暗記するだけで、それの持つ意味をちゃんと考えることをしない。
中島 確かに、その通りです。
太田 教える側の先生が憲法のことを理解していないから、子どもたちのなかにも憲法の根本が根付かない。
武井 憲法の三大原則が言っていることは、国民一人ひとりみんな違っていていいということ。
中島 武井さん、それよく使いますね(笑)。金子みすゞの詩。「みんなちがって、みんないい」。
武井 日本の憲法は、個人の尊重をサポートするためにあるんです。改憲論者たちは、今の憲法を個人主義的な憲法だと批判しますが、日本国憲法にとってそれが一番の要。とにかく憲法に記載されている百三条の条文すべてが、個人の尊厳をまもるために存在していると言っても過言ではありません。
太田 今の憲法に不満を持っている自民党のおじさんたちは「個人主義的な憲法のせいで戦後女性が好き勝手わがままに生きて、子どもを産まなくなった」なんて言っているわけでしょう。
中島 個人の尊厳を踏みにじれば、子どもは生まれるのかな?(笑)
武井 「個人主義」の反対概念は「全体主義」です。では、「全体主義」とはどういうものか。指導者が国民の幸せはこれだと決めて、その方向に向かってすべての国民がドドドドドって進んでいく。それが嫌な人、同調できない人は全部排除される社会です。
中島 太平洋戦争に突入していった時の軍国主義の日本やナチス・ドイツの世界。
武井 個人主義は、わがままではない。自分の幸せは、自分で決める。自分でも頑張るし、周りの人や社会もあなたの幸せを応援する。そういう社会です。さぁ、皆さんはどっちの社会がいいですか?
太田 なるほど。「改憲」か「護憲」かではなく、「全体主義」か「個人主義」かの選択ということですね。
中島 うん、その説明はしっくりきました! 憲法を一字一句変えちゃいけないとは思わない。時代にあわせて変えたほうがいいと思う条文もある。だけど、自民党の改憲案は、すごくイヤなんです。一人ひとりを尊重せず、みんなひとまとめにして「全体」に向かわせるからなんですね。
武井 「個人主義」と「全体主義」の対立だという視点から見ると「特定秘密保護法」も「共謀罪法案」(テロ等準備罪)も、全体主義化を推進する法律だということがわかります。
太田 自民党憲法改正草案の根底にあるのは、とにかく「個人主義が嫌い」だということ。こういう改正論者は皆さん「全体主義」が好きな方たちです。国家の大義の前では個人の自由は制限されて当然だという発想。それがすべてだと思います。安倍総理もメンバーの一人である、近年話題の「日本会議」という保守的な団体ネットワークの思想ってこういうものなのでしょうね。
中島 日本会議、安倍首相をはじめ、現閣僚の多くがメンバーなんでしょう?
太田 だから海外のメディアに、日本会議という極右団体カルトが政府に強い影響力を持っていると書かれるんです。
中島 「国有地を八億円引きの破格値で購入できたのは、政治家の強い働きかけがあったのでは」という疑惑が取り沙汰されている森友学園の前理事長も、元々は日本会議のメンバーでしたね。森友学園が運営する塚本幼稚園では、「教育勅語」を暗唱させたり、運動会の選手宣誓で子どもたちに「安倍首相ガンバレ。安保法制国会通過よかったです。エイエイオー!」と言わせていた。まさに「全体主義」の教育。そのシーンをワイドショーやニュースがばんばん放送したのはすごく大きなことです。
太田 「あれが日本会議のメンバーだった方。安倍首相は、日本会議のメンバーだよ」そう話すとわかりやすいものね。
憲法改正案、国民投票の結果は?
太田 「君が代」の斉唱を義務付けたり、「教育勅語」を愛でる大臣……。教育の現場でも全体主義化への圧力は強まっているように思いますね。
武井 そして、もう一つが家庭なんですね。自民党のおじさんたちは、なぜ「家庭教育支援法」の制定にこだわるのか。家庭というと、お父さんとお母さんがいて、子どもたちとたのしそうに食卓を囲んでいる一家団欒のシーンを想像するでしょう。でも、与党政治家が考える家庭というのは、そういうイメージではなく、国家による国民支配の道具という機能です。国民は天皇の子どもと言われ、産めよ殖やせよと介入され、父親が家庭内で権力を持ち、「お国のためだから仕方がない」と、子どもを守りたいお母さんの気持ちを押しつぶした戦前のイメージです。そうじゃないと戦争なんて遂行できないんです。お父さんがトップにいて、お母さんは口答えせず、お国のために子どもをさし出す。そういう家族のかたちは、戦争をしたい国には都合がいいんです。
太田 今国会で提出予定の「家庭教育支援法」というのは、家庭内でも個人の尊厳を守ることを明記した、憲法二十四条を骨抜きにする法案だと言われています。
中島 私たちには異様に感じる森友学園の教育、あれ、安倍政権が目指している理想の教育ってことでしょうか。
武井 そうなんでしょう。実際に塚本幼稚園の先生が三人ほど「文部科学大臣優秀教員表彰」を受けていますもの。あなたは、素晴らしい教育者だと、国から表彰されている。そもそも日本の憲法には「日本の軍国主義が引き起こした悲惨な戦争で世界に迷惑をかけた。だからちゃんと民主主義国家になりなさい」という戦争への反省と平和への願いが込められている。それが、いつの間にかまた軍国主義の方に向かっている気がします。
太田 そう思いますね。憲法第九条に関しても、あれだけ国民が反対していたのに、安保法制を強硬的に成立させ、集団的自衛権を認めることで、事実上戦争を行うことができる国になりました。もちろん政府は戦争という言葉は使っていませんけれど。法律を制定することによって、事実上憲法を骨抜きにする。こういう「憲法改正」手続きを踏まずに事実上行われる「改憲」の手法には強く警戒を呼びかけたいです。
中島 実際の改憲項目は、「教育無償化」とか、災害時などの「緊急事態条項」など、「あったらいいかも」と思わせるものにすると言われていますが。
太田 そもそも「教育無償化」は憲法を変えなくても、法律を作ればいますぐできますよ! 「緊急事態条項」は、東日本大震災の被災地の弁護士たちはじめ被災の実態を知る弁護士たちが「必要ない」と言っています。各地の弁護士会から改憲による緊急事態条項創設は危険、不要、有害だという声明も多数出ています。「ともかく改憲実績を作りたい」という動きには、やはり警戒が必要です。
中島 安倍首相の在任中に、憲法改正は必ず行われると思いますか?
武井 安倍さんは、歴史に名を残したいと思っているでしょう。いまのスケジュールだと、来年の一月ぐらいに自民党の憲法改正案は議会を通過し、憲法改正が発議されます。そして発議から六十日以後百八十日以内に、国民投票が行われます。
中島 そんなに早く……。
武井 しかも投票総数の過半数の賛成で、憲法改正案は成立しちゃうんです。
太田 国民投票になったら、熱心な与党支持者は必ず投票にいって賛成票を投じるでしょう。でも、憲法に関心がない人はいかないですよね。国民投票法の定めで、「過半数」は「投票総数」の過半数であって、有権者の過半数ではないので、棄権者は分母に入りません。投票率が低ければ組織票があるほうが有利で、賛成票が過半数を占める可能性は高いと言わざるを得ない。
中島 国民投票の前に、「私たちが国に奉仕する」憲法に変えていいのか、「国が私たちに奉仕する」憲法を維持したいのか、考えておくべきですね。
武井 「憲法カフェ」も一応憲法をテーマにしているけれど、ほんとうに身に付けてほしいことは、究極的には主権者意識なんです。でも、自分が社会の主人公なんだという感覚が、日本の人には薄いですよね。
中島 私も3・11以前は、かなり薄かったと思います。
武井 国民のことは、お上がなんとかしてくれる。だからお上には従順にして、とにかく我慢する。
中島 「全体主義」を目指す勢力にとっては、非常に都合のいい国民性かもしれません。
武井 でも、憲法を読んでみてください。国民が主役って書いてありますよ。そう話しても、主権者意識がどういうものか体感したことがないから、みんな実感が持てないんですね。
太田 それに、主役でいたいかどうかもいままさに問われていると思います。居心地のいい奴隷だったら、そのほうがいいという人もいるかもしれない。
武井 そう。みんなが私たちと同じ考え方だとは限らないし、一人ひとり考え方は違っていい。でもね、イメージだけで決めるのは危険だということに気づいてほしい。
中島 最後に、読者の方々に読んでほしい条文があったら教えてください。
太田 第十二条、ですね。
「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」
 要するに誰かがいい社会をつくってくれるそんな甘い世の中じゃない。日々悩み、考え、行動することで人間の権利は鍛えられていく。権利は行使しないと小さくなるぞ、と読めるんです。例えば表現の自由もそうだと思う。意識的に行使していかないと、なくなってしまう。いま痛切に、そう思っています。
武井 昨年の秋にアメリカ海兵隊の軍人さんたちを呼んでお話を聞いたのですが、戦争による精神的な傷跡に一生苦しみ続ける人が多くいる。戦争を許すと世界は恐らく滅びちゃう。究極的にはジョン・レノンの『イマジン』に歌われているような世界じゃないと、地球がきちんと維持されて人々が幸せに生きる方法がないんだなと感じました。やはり戦争の放棄を宣言した第九条は、日本だけじゃなく世界の人々にも読んでほしい条文です。 
「1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」
太田 第九条とともに憲法の前文を読むとなぜ日本国憲法が平和憲法と呼ばれるのか、よくわかりますよね。
「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。(前文より一部抜粋)」
武井 いま国連で「平和への権利」の国際法典化が進められていて、その内容は日本国憲法に書かれていることと合致するんです。地球の未来に対する答えが日本国憲法のなかにあるんです。世界に誇れることだと思いませんか?
構成・片原泰志

 

 

 

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三権分立が崩壊!! 省庁「与党が提出を許可しない森友学園問題の資料は出せない」・・・【動画あり】

2017-04-22 17:04:00 | 立憲主義 民主主義

 森友学園 大塚拓・財務副大臣「与党が許可しない資料は出せない」4/20参院・国土交通委員会


http://buzzap.jp/news/20170421-moritomo-submission/より転載

三権分立が崩壊、省庁「与党が提出を許可しない森友学園問題の資料は出せない」

与党の許可がなければ森友学園問題の資料文書は提出できないと霞ヶ関が弁解している事が判明しました。完全にクロであると自白しているようなものですが、大丈夫でしょうか?


◆与党が許可しない資料は出せない?

大塚拓財務副大臣は4月20日の参院国土交通委員会で共産党の辰巳孝太郎議員の質問に答え、森友学園への国有地売却問題に関する資料の開示には与党の了解が必要だとの認識を示しました。

辰巳議員は、売却価格を不動産鑑定価格から約8億円値引きした根拠となる地下埋設物の確認箇所を記した地図などの開示を求めたところ「国交省や財務省が『与党の許可が得られないと資料を出せない』と言ってきた」という状況を曝露。

「三権分立の観点からもおかしい」「与党による事実上の検閲だ。行政機関と与党が一緒に疑惑を隠蔽しようとしている」と批判しました。

大塚拓財務副大臣は「本件は相当、政治的な問題になっている。一般的に与党の理事に相談するのは普通だ」とし、与党による「検閲」が行われており、それが「普通だ」という、ちょっと信じられないような認識を示しました。

◆三権分立が完全に破壊

これは極めて大きな問題で、自民党は辰巳議員の指摘する「与党による検閲」が行われている事を明確に認めた上で、それを問題ないと正当化しています。つまり、野党の開示請求した資料であっても、都合が悪い資料は与党が許可を与えさえしなければ、省庁は資料を提出できないことになります。

もちろんここにはなんら法的根拠はなく、単に与党が都合の悪いことを勝手に隠蔽しているだけの話。つまりは日本国憲法第41条が国権の最高機関と定めた国会の持つ国政調査権が行政府によって徹底的に握り潰されてしまっている事になるのです。これは三権分離が完全に崩壊した極めて異常な状態。「政治家への忖度は存在しない」と言っていたのも全て嘘ということになります。

◆森友学園問題が完全にクロと認めることに

森友学園問題に限って見てみても、野党の求める「売却価格を不動産鑑定価格から約8億円値引きした根拠となる地下埋設物の確認箇所を記した地図」の開示を与党が許可しないという事実は、森友学園問題が与党にとって都合の悪い事件だということが明確に示してしまいます。

安倍昭恵夫人や迫田国税庁長官、松井一郎大阪府知事らの証人喚問を頑なに拒否し続けた段階で真っ黒でしたが、三権分立を壊し、国政調査権を否定してまで資料の開示を拒否するという状況は、最早「見られなくないものを隠している」以外に考えようがなくなってしまいます。


森友資料開示、財務副大臣「与党の了解が必要」:朝日新聞デジタル

(Photo by Nels Highberg

4 人権を守るための国のしくみ1【国民主権・三権分立・国会】 (日本国憲法ってなに?)
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◎重要: 福島第一原発二号機による地球規模の大惨事の可能性

2017-02-14 14:21:15 | 立憲主義 民主主義

東京新聞:福島2号機、格納容器内の高線量確実 カメラ2時間で故障:経済 ...

 今回の調査でも高い線量が推計されたことで、誤差を考慮しても格納容器内が数百シーベルトという高線量であることはほぼ確実となった。

 

福島第一原発二号機が引き起こしかねない大惨事 太平洋と米国への影響や如何?


(翻訳:神学博士 川上直哉)

朝日新聞英語版より

朝日新聞英語版より

事故により破損した福島第一原子力発電所の第二号機格納容器内の放射能レベルは最大で530Sv/hにまで達した。これは2011年3月の事故によって三つのメルトダウンが起こって以来最大の数値であると、東京電力会部式会社(TEPCO)は語った。530Sv/hとは、ごくわずかな時間の被ばくによって人が死亡するレベルである。
 この放射能の数値は、2011年3月に破損した三つの原子炉すべてを解体する困難の巨大さを示している。原子炉取り出しの方法を見出さなければならない日本政府とTEPCOは、まさに困難な現実を突き付けられた格好だ。国立研究開発法人 放射線医学総合研究所(放医研)の公式見解によると、放射線を取り扱うどんな医療関係者も、これほどのレベルの放射能を取り扱うことについては、考えることもできないという。TEPCOはまた、カメラの遠隔操作によって得られた映像を分析したところ、原子炉の第一格納容器の中にある圧力容器の下には、金属製の格子の中に2メートルの穴があった、とも報告した。
放射能、3.11以来最大に」2017年2月3日付 ジャパンタイムス
画像分析によると、福島第一原発二号機内格納容器の中の圧力容器の下にある格子に2メートルの穴が空いている。(画像は東京電力)

画像分析によると、福島第一原発二号機内格納容器の中の圧力容器の下にある格子に2メートルの穴が空いている。(画像は東京電力)

原子力の安全対策を専門とするタナベ フミヤ氏によると、この画像分析によって、廃炉作業の準備とその具体的作業は、当初考えていたよりもさらにずっと難しいものだと分かった、という。なお、タナベ氏は1979年に米国スリーマイル島で起こった原発事故を分析した経験を持っている。 
- "Radiation Level in Fukushima Reactor could kill within a minute", 「福島原発の原子炉内放射能は一分以内に人を殺傷するレベル」
2017年2月3日 朝日新聞英語版

損傷した福島第一原発二号機の格納容器内の放射能レベルは、専門家が信じていたよりも格段に高いものであったことが、今や、明らかとなりました。

二号機の危機を前に、私は一つの恐ろしい記憶をよみがえらせています。それは2011年3月の地震の後に福島第一原発四号機が引き起こしかねなかった大惨事です。四号機は、ヒロシマ型原爆の14000倍に相当する放射能をその内側に蔵していたのでした。

二号機の危険性は今、私たちにいくつもの問いを持って迫っています。

  • 次の大地震が起こる蓋然性はどれくらいなのか?
  • 原子炉建屋の耐震強度はどれくらいなのか?
  • 圧力容器の中にある放射性核物質がどこにあるか、どうやってわかるのか?
  • 二号機建屋が倒壊した場合、適切な避難距離とは何キロなのか?
  • 太平洋の生態系にはどんな損害が加えられているのか?
  • 福島第一原発から大量の強烈な汚染水が太平洋に流れ出ている。その影響を受ける北米西海岸に住む人々、とりわけ子どもたちに、どんな潜在的リスクが生じているのだろうか?

ここに、竹本修三博士(京都大学大学院教授・地球物理学)の協力を得られたことを感謝して記したいと思います。博士は私の疑問への答えを寄せてくださいました。以下、博士の見解を転載します。

松村昭雄

 

福島第一原発二号機による地球規模の大惨事の可能性

京都大学大学院教授 竹本修三

2016年7月28日、東京電力株式会社(TEPCOと略。この企業体が原子炉を取り扱っている公益事業体である)は、ミュオン宇宙線の透過を利用して(それはちょうどX線の利用に似ている)、福島第一原子力発電所第二号機原子炉の画像を公開した。圧力容器の下部に180トンから210トン相当の物質の影が映っていた。TEPCOの出した結論は以下のとおりである。「二号機の核燃料は、そのほとんどが、圧力容器の中に残されていると推定される。」

福島第一原発二号機のミュオン散乱法による原子炉イメージング。コンクリート製の放射線遮蔽体の中に入れた「ミュオン検出器2(FMT-2=Fukushima Muon Tracker-2)」が、原子炉建屋の前面に設置された。一般的なミュオン散乱の角度はごくわずかである。 (訳者註:ミュオン散乱法については http://fukushima.jaea.go.jp/initiatives/cat01/pdf1412/data_04.pdf を参照のこと) 

福島第一原発二号機のミュオン散乱法による原子炉イメージング。コンクリート製の放射線遮蔽体の中に入れた「ミュオン検出器2(FMT-2=Fukushima Muon Tracker-2)」が、原子炉建屋の前面に設置された。一般的なミュオン散乱の角度はごくわずかである。
(訳者註:ミュオン散乱法については
http://fukushima.jaea.go.jp/initiatives/cat01/pdf1412/data_04.pdf 
を参照のこと)

福島事故が解決に向かっている、とは、とても言えない状況である。二号機には、大量の核燃料が残されている。ここから生じる問題は、特別に重大なものとなる。

 第二号機の商用稼働は1974年7月に始まる。2011年3月11日の事故において、建物の破壊なしに、二号機は高温と高圧という過酷な環境の中で持ちこたえた。しかしながら、長い間使用した原子炉である。長期にわたる放射線照射によって、間違いなく圧力容器は劣化している。もし巨大な地震に見舞われたならば、二号機は壊れ、内部に残されていた核燃料とその他デブリが拡散してしまうだろう。その時、首都圏は居住することもできなくなる。2020年の東京五輪など、まったく問題にならない事態がそこに予想される。

冷却用プールに格納されている核燃料棒の数は次のとおりである。一号機=392本。二号機=615本。三号機=566本。通常であれば、電動ポンプによって冷却用の水が送り込まれ、これらの燃料棒は冷やされ続けている。もし、電力に滞りがあった場合はどうなるのか。あるいは、強烈な地震がこのプールを破壊した場合はどうなるのか。そうした場合、いったい何が起こるのか。そうしたことを考えるとき、私たちは不安に満たされるのである。

 

2016年11月22日に、地震があった。震源は福島県沖であり、マグニチュードは7.4であった。2016年12月28日に、地震があった。震源は茨木健北部であり、マグニチュードは6.3であった。これらはすべて、東北沿岸地域沖で起こった2011年の地震の衝撃を受けた地域である。この地域においてマグニチュード7クラスの地震がたびたび起こることを、私たちは予期しておかなければならない。つまり、震度6ないし7の地震によって福島第一原発が倒壊するという可能性はある。このことを無視することはできない。その中でも二号機に起こりうることこそ、最悪の恐怖である。その圧力容器の中には巨大な量の核燃料デブリが封じ込められているのだから。

2011年3月の事故の中で、急激な温度変化と圧力変化があったが、二号機の圧力容器はそれに耐えた。しかし、放射線照射を受け続けた結果の劣化ということをまじめに考えてみると、間もなく起こると予想される新たな大地震によって、二号機は深刻な打撃を蒙るかもしれないのである。

 

 

 

 

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<コスタリカ報告⑤> 本当の積極的平和  伊藤 千尋

2017-02-14 02:27:50 | 立憲主義 民主主義

 伊藤 千尋さんのプロフィール写真、画像に含まれている可能性があるもの:1人伊藤 千尋 2月13日

コスタリカ報告、本当の積極的平和

 旅の最後の夕食会で話してくれた平和活動家のマリオ・グランさん(写真右)は、しきりに「平和には社会正義が必要だ」と強調しました。「平和は銃で得られるものではない。過去を許すことはあっても忘れてはいけない」とも。

 これが平和学で言う積極的平和です。平和とは、ただ戦争がない状態を言うのではありません。差別や格差、いじめなど紛争につながる社会の悪を対話によってなくし、正義が実現された社会を創ることです。過去の教訓から学び、過ちを繰り返さないことです。コスタリカは中学2年の公民の教科書でそう教えています。その対極にあるのが、気にくわない相手は武力で黙らせようとする安倍首相の積極的平和主義です。言葉は似ていますが、内容は全く違います。

画像に含まれている可能性があるもの:2人、立ってる(複数の人)

 バルガス先生も平和教育で同じことを指摘しました。先生が挙げた平和教育のキーワードは共生です。その内容が新鮮でした。最初に挙げたのが自分との共生、つまり自分が安心して生きることです。平和の出発点は自分という個人の平穏な生活だと言うのです。

 平和を語る際に日本ではまず国家を考えがちです。国が平和であるためには国民の少々の犠牲は当然だという考えがそこから生まれます。一方、コスタリカの平和の発想の原点は個人です。まず一人一人の国民が平和に暮らしていると感じられてこそ、社会も国も世界も平和であるというのです。大きな違いです。

 小学校で落第があることを知って参加者から驚きの声が出ましたが、落第は本人が知識をきちんと持って自分で考え自分で行動できる人間となることを支援するためです。落第した子は先生方がしっかり面倒を見て卒業時にほかの子と同じレベルまで引き上げます。落第した本人にとってはその時点ではつらいでしょうが、小学校の基礎ができていなければ中学、高校その後の人生はさらに悲惨になるでしょう。授業に出てさえいれば理解してなくても卒業させる日本の方がおかしいのではないでしょうか?どうも日本の教育は形だけ民主的のように思えます。

 また、日本の平和教育は戦時下や原爆の悲惨さを訴えることが中心になっています。日本人も被害者だという意識が先に立ち、加害の事実についてはまったく知らされません。これではアジアの人々との和解は無理でしょう。さらに、時がたって戦中派がいなくなれば、過去の事実は忘れられていきます。これに対してコスタリカの平和教育は現在の問題としてとらえるので、いつの時代になっても通用します。

 次に他人との共生ですが、バルガス先生の幼稚園だけでなくコスタリカは国の政策として、すべての移民や難民を受け入れています。米国が国境に壁を築き、欧州では難民を制限しようとする時代に、人口400万人だったコスタリカは100万人規模の経済難民を受け入れました。これはすごいことだと思います。しかも3年滞在すると国籍まで与えています。移民の多くはコスタリカと領土問題などで対立する隣国のニカラグアからです。いわば日本が中国人の移民を4000万人規模で受け入れるようなものです。コスタリカの寛容な姿勢は驚くばかりです。世界から尊敬されるのは当然でしょう。

 最後に自然との共生ですが、エコツアー発祥の国であり国土の4分の1を国立公園ないし自然保護区に指定したコスタリカの真骨頂です。国立公園に行く途中に、国内唯一のトンネルを通りました。この国は自然破壊をしないためトンネルを作らない方針なのです。ここにトンネルを作ったのは、普通の道にすれば国立公園を分断することになるからです。動物たちが行き来できるように、人間がトンネルで地下を通るようにしたのです。

 トルトゥゲロ国立公園でウミガメを保護しているNGOの活動を聞きました。代表はスペイン人でベネズエラ人の女性活動家もいました。国境を超えて自然保護にかかわっています。ガイドしてくれた原田信也君も日本で環境保護のNGOをしたあとコスタリカの環境保護団体に加わりました。世界中の自然保護活動家がこの国に魅かれて集まり自然を保護しているのです。国籍や文化が違っても共に活動できる寛容性がこの国にはあります。

 素晴らしいコスタリカですが、もちろん天国ではありません。まず経済で難があります。主な産業はパイナップル、バナナ、コーヒーなど農業ですから、理想を実現しようにも先立つ資金が乏しいです。学校が足りず、子どもたちは小さい校舎を2部、3部制で使い分けながら授業を受けています。教科書代も高く、貧しい家の子は買えません。でも、そこは工夫でしのいでいます。先生が独自にプリントをつくって授業を進めます。日本のように検定教科書に従った授業ではなく、教師の裁量に任せられる部分がとても多いし、また教師もそうした努力をしているのです。

 政治家の腐敗もあります。過去に汚職で訴追された元大統領が来年の選挙で返り咲きを狙っています。経済がうまくいかないため、少しくらい汚くてもカネもうけのうまい政治家に任せたいという、背に腹は代えられないと言いたげな国民の声があります。

 犯罪が増えたのも悩みです。南米から米国に麻薬のコカインを運ぶマフィアが、途中経路のコスタリカに入り、仕事にありつけない移民が犯罪組織のメンバーとなっています。それでも移民を追い出せという世論にはならないのがすごいと思います。犯罪への対応のため、かつて警棒しか持っていなかった警官が今やピストルはもちろん自動小銃まで持つようになりました。麻薬組織は軍隊規模の武器を持つため国境警備隊が太刀打ちできず、武装を強化せよという主張も見られます。しかし、再軍備という話にはならないところが、これまたすごい。過去の積み重ねの成果でしょう。
 こうしたマイナス面を知っても、なおプラス面の方が圧倒していることを感じたのが今回の旅でした。

 

 

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