異教の地「日本」 ~二つの愛する”J”のために!

言論宗教の自由が保障され、ひとりひとりの人権が尊ばれ、共に生きることを喜ぶ、愛すべき日本の地であることを願う。

4月1日14時~ネット中継 古賀茂明氏インタビュー! ー春の統一地方選の意義を問うー

2015-03-31 23:27:19 | ご案内


フォーラム4×自治体議員立憲ネットワーク
古賀茂明氏インタビュー!
ー春の統一地方選の意義を問うー

4月1日14:00-15:00
↓中継はこちらでご覧になれます
http://www.ustream.tv/channel/rikken-net

インタビュアー 
松谷清共同代表(静岡市議)
西崎光子共同代表(東京都議)


<統一地方選挙を闘いぬき、安倍政権の暴走を食い止めよう。>

間もなくスタートする統一地方選後には、集団的自衛権の行使容認に伴う安全保障関連法案が審議さ れる見通しです。

安倍政権は巨大化した政府与党の後ろ盾のもと、国会審議を空洞化させながら強硬に推 し進めようとしています。

立憲ネットワークは、集団的自衛権の行使に反対する自治体議員や思いを同じくするグループや市⺠を横 につないでいく役割を担おうとしています。

今回は、フォーラム 4 を主宰する古賀茂明さんに、その活動趣旨や選挙後の取組み、立憲ネットワークとの 連携などについてインタビューします。

ぜひ、ご覧ください。


「改革するが戦争しない」
古賀茂明さんの「フォーラム4」
↓詳しくはコチラ
http://forum4.jp/

自治体議員立憲ネットワークHP
http://rikken-net.org/


連携団体ーーーー

立憲フォーラム
http://www.rikken96.com/

戦争をさせない1000人委員会
http://www.anti-war.info/

立憲デモクラシーの会
http://constitutionaldemocracyjapan.tumblr.com/

脱原発首長会議
http://mayors.npfree.jp/

ピースウイング
http://www.peacewing.jp/



 

 

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私の原点は「街頭に立つこと」・・・佐藤あずさ(八王子市議選候補者) /政治山{プロフィール}

2015-03-31 22:39:48 | 紹介

 
私の原点は「街頭に立つこと」

10月から平日はほぼ毎日、朝は駅で演説をしています。街を歩く人々の表情、声、歩く速度やざわめきー。これらを知ることはとても大切です。
訴えるべき大切なことが一致していれば、他党のかたと協力して街頭演説を行うこともあります。

街頭演説の意義は、政局や政策、様々な問題について「自分はこう認識しています、こう考えています、みなさんはどう思いますか」と伝えていくことだと思っています。

「自分(たち)だけが正しい」という態度で上からものを言う人の言葉は伝わらない。共感も批判も、様々な反応があってこそ、「論」が深まります。(佐藤 あずさ


<関連>

  「民主主義とは、ひとりで街頭に立つ勇気だ」という宇都宮健児さんの言葉を聞いて(佐藤あずさ)

 

==========================

https://seijiyama.jp/area/card/14040/53Dbd5/M?S=qenel7phobr

佐藤 梓 さとう あずさ

選挙   八王子市議会議員選挙  
投票日 2015年4月26日 
氏名  佐藤 梓さとう あずさ 
得票数 
年齢 
性別  女性 
党派  社民 
新旧  新 
主な肩書き 立候補表明者 
ウェブサイト 

上記項目は当該選挙時点の選管情報を掲載しています。写真および下記の略歴・政策等は最終更新日時点の情報です。
(最終更新日 2015年3月31日) 

  • 略歴
  • 政策・メッセージ
  • YouTube
  • イベント情報
  • 出身地
    岐阜県
    学歴
    岐阜県立関高等学校卒業
    上智大学外国語学部ドイツ語学科入学
    グラーツ大学(オーストリア)へ交換留学 
    ドイツ語と社会学を学ぶ。
    帰国後、上智大学文学部社会学科に転部し卒業

    2013年 上智大学大学院 博士前期課程 外国語学研究科 言語学専攻 入学 
    現在、障がいのある子どものことばの支援について学んでいる。
    職歴
    日本放送協会(NHK)入局。記者として事件事故の取材をする。
    その後退職。
    政治を志したきっかけ
    田舎に生まれ育ち、大学進学で上京しました。
    「中央」と「地方」の差を感じながら暮らした10年。記者として働いた経験や地域活動への参加を通して、多くの人と手をつなぎ、「おかしいと思ったことに声をあげる大切さ」を実感しました。

    強いもの、機会に恵まれた人だけが恩恵を得るのではなく、地域の多様性を活かしながらひとりひとりが安心して暮らしていけるコミュニティを実現したいと思い、政治への挑戦を決意しました。

    平和を守り、格差の拡大にストップをかけることが自分たちの世代の使命だと思っています。
    政治・議員活動
    所属委員会
    諸活動(NPO・地域活動など)
    座右の銘・好きな言葉
    信念のあるところに、希望が生まれる。
    血液型・星座
     
    その他(趣味・資格など)
    趣味は読書、散歩、カフェめぐり、スポーツ観戦
    陸上競技をやっていました。

 

選挙履歴

投票日告示日選挙名選挙区都道府県
2015年4月26日 2015年4月19日 八王子市議会議員選挙   東京都



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日本は謝り続けないといけないのでしょうか? 内田樹の「ぽかぽか相談室」

2015-03-31 19:43:31 | シェアー

http://www.sankei.com/gqjapan/news/141111/gqj1411110001-n1.html

2014.11.11 22:00

日本は謝り続けないといけないのでしょうか? 内田樹の「ぽかぽか相談室」

文:内田 樹 イラスト:須山奈津希

 日韓関係がこじれる中、韓国が日本に対して謝罪を要求している、と報道されています。テレビで昔、高市早苗が、「第二次大戦のとき、私は生まれていないので、私には戦争責任はまったくない」という趣旨の発言をしていました。そう言い切るのはどうかとも思いますが、永遠に謝罪し続けなければいけない、と考えるのもつらいです。

 歴史的な事情はいろいろあるんですが、一言で言うと、日本は「負けすぎた」ということです。ただの敗戦国じゃない。こんなに負けた国はないぐらい負けた。負けた場合の備えをまったくしていないで負けた。底抜けの敗戦国なんです。

 戦争なんて、勝ったり負けたりするものです。負けたら国家が瓦解するような負け方はふつうしない。大日本帝国もミッドウェイ海戦の敗北の後、降伏していれば、海外植民地を手放すくらいで政体は維持できた。それが「攻むれば必ず取り、戦へば必ず勝ち」なんてことを口走って戦争していたものですから、負けた後収拾のつかない負け方をした。

 近代戦では、損耗率30%で「組織的戦闘不能」とみなされます。そのときはあっさり白旗上げて降伏する。「戦争は外交の延長である」というクラウゼヴィッツの有名な言葉があるとおり、戦争は感情でやるものじゃありません。損耗率100%まで戦い続けるどころか死んで幽霊になっても戦い続けるというようなことを言って戦争をしたので、歴史上類を見ない負け方をした。ミッドウェイで負けて、マリアナ沖で負けて、制海権・制空権を失った状態でも戦い続け、東京、大阪はじめ主要都市を軒並み空襲で破壊されて、広島、長崎に原爆を落とされて、焦土と化して、戦争指導部も「このままでは革命が起きて自分たちが殺されるかもしれない」という恐怖に取り憑かれて、そこでようやくポツダム宣言を受諾した。

 大日本帝国が瓦解して、そのあと新しい政体ができました。帝国臣民は一夜明けて民主日本国民になってしまった。でも、戦争責任の追及、敗戦原因の解明は別の国の人間じゃなくて、本来戦争をした国の人間がなすべきことなんです。白旗上げた本人が「どうして私は負けたのか」を自力で吟味するのじゃないと負けた甲斐がない。でも、日本の場合、戦争責任の追及をしたのは外国人たちでしたし、軍国主義を罵倒したのは日本国民でした。敗北を自己点検すべき帝国臣民はどこにもいなかった。

 敗戦国の事情はどこも似ています。ドイツは、ナチスにすべての「穢れ」を押しつけてドイツを救おうとした。イタリアはファシストに、フランスはペタン元帥のヴィシー政府にそれぞれ「穢れ」を押しつけて、祖国を免罪しようとした。でも、それができるだけの「足場」が彼らにはありました。ドイツには反ナチ勢力がいてヒトラー暗殺を企てていた。イタリアではパルチザンが実際にムッソリーニを殺した。フランスでもドゴールの亡命政府があり、レジスタンスが最後は自力でドイツ軍を追い出した。でも、日本には戦争指導部と戦った国内勢力が何もなかった。「リスクヘッジ」を考えた人間が一人もいなかった。だから日本人は「一億総懺悔」するしかなかったんです。日本人全員が戦争に程度の差はあれ加担したのだから、みんなの責任であって、誰の責任でもないという話にした。

 戦争被害を受けた国に謝罪するときにぜんぜん本気じゃないのはそのせいなんです。「私が戦争責任者です」と手を上げる人がどこにもいないんですから、謝りようがない。

 戦争ってのは勝ったり負けたりするものですから、負けたときにちゃんと「すみません」と謝っておけば、そんなに尾をひきずるものじゃない。中韓の日本に対する謝罪要求が終わらないのは、謝っていないからです。高市早苗みたいに「私には責任がないけど、文句言われてうるさいから賠償金払う」みたいな高飛車な態度を誰も「謝る」とは呼びません。平和条約でもODAでもけりがつかなかったのは、韓国市民にしてみたら、日本人に謝ってもらった実感がないからです。

 だから理屈は簡単なんです。先方が「謝られた」と実感してくれさえすればいい。「謝罪しろ」と言われる前に「すいませんでした」と言って頭を下げる。「なんだよ、何度もがたがたうるせえな、一度頭下げたんだから、もう十分だろう」と言うのを「謝る」とは言いません。謝らないから謝罪要求がエンドレスになる。ドイツの大統領なんて見て下さいよ。ヨーロッパ中どこに行っても謝罪し続けですよ。ギリシャでぺこり、ルーマニアでぺこり。あれが彼の業務のうちなんです。「ナチスがひどいことをして申し訳ありません」ととにかく謝る。大統領は70年間占領地の国民にひたすら謝り続けている。それでようやく被害者たちも「もうぼちぼち許してもいいか」という気分になっている。それくらいの時間がかかる仕事なんです。

 政府や政治家に謝る気がないなら、市民同士でグラスルーツの友好関係を作るしかないんじゃないですか。僕は韓国の人に会ったら、とりあえず「先祖がいろいろご迷惑をおかけして、すみません」とまず謝りますよ。それでも怒り続ける人なんて会ったことないです。みんな「まあまあ、お手を上げて。別に内田さんがやったわけじゃないんですから」と言ってくれます。「おう、責任があると思うなら、誠意示せよ、誠意」なんてヤクザみたいなこと言う人いませんよ。

 アメリカ人にだって「原爆落として、すみませんでした」とあっさり言われたら、僕らだってそれ以上は責めないでしょう。「おう、悪いと思うならここで土下座して、オレの靴なめろ」なんて言いませんよ。

 日本人の仕事は旧植民地の人に会ったら、とりあえず「いろいろすみませんでした」とさくっと謝ること。ドイツの大統領だってやってることなんだから、文句言わない。

 

 

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【沖縄】 「平和の詩」各地で共感 愛知、高校生が英訳動画

2015-03-31 19:28:10 | シェアー

琉球新報http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-241117-storytopic-1.html

「平和の詩」各地で共感 愛知、高校生が英訳動画

2015年3月30

2014年平和の詩「空はつながっている」の英訳と動画作成に取り組んだ愛知県立瀬戸北高校の生徒ら
13年の平和の詩「へいわってすてきだね」に楽曲を付け、合唱に取り組む東葛合唱団はるかぜの団員ら=12日、千葉県松戸市

6月23日慰霊の日の「沖縄全戦没者追悼式」で、毎年朗読される「平和の詩」のこれまでの作品が共感を呼び、国内外に広がりを見せている。詩に込められた平和を尊ぶ思いに共鳴した愛知県立瀬戸北総合高校の生徒らは世界に広めようと詩を英訳し、オリジナルの楽曲を付けて動画配信した。千葉県の東葛合唱団「はるかぜ」も独自の楽曲と共にコンサートで披露している。

 瀬戸北高は昨年の平和の詩で石垣市立真喜良小学校3年の増田健琉君の「空はつながっている」を英訳し、ことし1月から朗読した動画を公開している。詩からイメージを膨らませ、独自で制作したイラストや曲を加えた動画に仕上げた。
 同校教員が6月24日付の中日新聞に掲載された詩を読み、世界平和を願う増田君の詩を広げようと生徒らに呼び掛けた。3年生の生徒約120人が授業の一環で英訳に関わり、夏休みを利用して「A Big Blue Sky」の題名で英訳を完成させた。英会話活動などに取り組むESS部が文化祭で朗読し、さらに広めたいと動画制作に取り組んだ。
 3年の中村良奈さんと長江恭平さん、田島アヤさん、1年の野々村陽さんは「8歳の増田君が平和について考え、世界を変えようとしていることに衝撃を覚えた。私たちもできることから始めようと考えた。動画を見て平和を共に考えるきっかけになってほしい」と視聴を呼び掛けた。今後は国連などの機関に英訳の詩と動画を送る予定だ。
 千葉県松戸市を中心に活動する東葛合唱団はるかぜは6月に松戸市で開催するコンサートで、13年の安里有生君(当時・与那国町立久部良小1年)の平和の詩「へいわってすてきだね」に楽曲を付けた歌を披露する。
 はるかぜは平和の詩を募集する「児童・生徒の平和メッセージ展」の複数の入賞作品にオリジナルの曲を付け、13年からコンサートで歌っている。はるかぜの指導者・安藤由布樹さんが作曲し、14年の「空はつながっている」の曲も制作する予定だ。団員は40人余で、13年6月に沖縄県内の小中学校を訪れ歌を披露した。
 団長の太田幸子さん(68)は「過酷な地上戦を体験した沖縄には現在も米軍基地が残っている。沖縄の子どもたちが発信する平和を世界に届けたいと団員たちが共感した」と語った。

 

 


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経産省前テントひろば1297日 商業用原発停止561日

2015-03-31 19:12:37 | シェアー

経産省前テントひろば1297日  商業用原発停止561日


【経産省前テントひろばテント日誌3月29日(日)版】
みなさん、シェアをお願いします。シェア拡散が、大事な意思表明です。デモ参加、賛同署名と同じです。

経産省前テントひろば1297日商業用原発停止561日

◎アルトサックスの音が霞ヶ関に鳴り響く(I・K)

今朝は泊まり開けの人たちがたくさん残っていてくれてテント前は賑やかだった。1時からヨーカンさん企画のミニ々コンサート、Sさんのアルトサックス伴奏も加わって春にちなんだ歌などを歌う。

ヨーカンさんはウクレレ持参で手書の歌詞カードを作ってきてくれた。
A子さんと私、それにコンサートのことを聞いていて座間の方から来てくれた人とたった4人でマイクもなしのささやかなものだったが楽しかった。
終わりごろ歌詞カードに無かった「菜の花」を歌おうとしたが、正確な歌詞が出てこない。昔よく歌ったのにと皆で思い出しながらやっと完成した。
歌の後にも、Sさんにリクエストして吹いて頂いたアルトサックスの音が霞ヶ関に鳴り響く。

2時ごろ、M子さんが腰が痛いと言いながら今日も来てくれた。
たんぽぽ舎のHさんも久しぶりに来て二人交代でマイクを持ち通りがかりの人に脱原発を呼びかける。

3時過ぎ、学習院と北大に進学が決まっていると言う男女が寄ってくれた。
K・TさんSさんなどと話が弾んでいた様子。
最近黙ってチラシを持って行ってくれる人もいて嬉しい。
夕方天気予報どおり雨が落ちてきたので椅子を片付けて帰途に着いた。
(I・K)

◎外務省の夜桜を眺めながら、話は世界を駆け巡る(K.M)

日曜午後に古くから市民運動を続け「北限のジュゴンを見守る会」、「辺野古への基地建設を許さない実行委員会」他で活躍し昨年暮れに亡くなったISさんを偲ぶ会があった。お余りのビールを片手にテント筋向いにある外務省の夜桜を眺めながら、テントの夜は話が弾み世界中を駆け巡った。
 
地下鉄サリン事件では駅で沢山の人が倒れているのを尻目に道を急ぐ人々、校門の扉で遅刻しかけた生徒を鉄の扉でひき殺した神戸の高校でも、遅刻を恐れて犠牲者をすり抜けて教室に向った生徒たち。電車内でも、幼子を抱えた妊婦が立っていても無関心な乗客。政治にも周りの現象にも無関心な「国民」。
 
韓国では全く違って地図片手に尋ねると沢山の人が説明し、ついてきて案内してくれる。江戸時代にもずっと行き来があり世界の物品を日本にもたらした朝鮮。共通の単語はその為かそれとも植民地時代の影響か。表音文字ハングルよりも表意漢字付カナ交じりの日本語は斜め読みしやすい。
 
キリマンジャロやヒマラヤを登ったNさんが、ネパールでは人びとが牛・馬・羊などといっしょに生活し動物と共存していたと話す。人間が自然を支配する西洋の考えと全く違う。そう言えば、デカルトの「我思う、ゆえに我あり」以降に人間が自然に横暴になったのではないか。人間が制御もできない核を使うのはその典型。一人一人の人間が、周りや地球をさほど汚さないで死んでいくのがいい。
 
辺見庸が礼賛する魯迅は、中国でも尊敬されている。Nさんが上海にある魯迅記念公園をついこの間見てきた。また、40年前に訪れた上海の当時女学生が20年前に日本で会いに来てくれ、つい先日(出会い後40年)上海に旅してその一家と再会してきた話には皆が驚愕。当時の女学生も40年前のNさんの訪問をきっかけに日本語を学び、今は邦銀に勤める優秀な中国人と子どもと上海に住んでいる。その一家とNさんのショットは楽しそう。何だか国際ドラマになりそうなお話だ。

昼にサックス演奏したSさんがTシャツ販売の企画を検討し夜中に企画案を作成。Kさんが電話してきてくれ、経産省前テントひろばがカラー写真入りで大きく報道されていることを知る。比較的客観的に事実を淡々と説明。
 
産経新聞報道のことを述べながらチラシまきするとなかなか反応が良い。「安全、安い、電力足りないは嘘、既に560日原発稼働無し」「核と命は共存できない」「使用済み核燃料は十万年以上も放射能を持つ」「トイレなきマンションで放射性糞尿をこれ以上増やすな」「福島では、今でも十万人以上が避難。イチエフはコントロールもブロックも出来ていない。あなたは柏崎刈羽原発の電気を使いたいか?」「今朝の産経新聞が報道した経産省前テントひろばです」などと叫びながら地下鉄から階段を上がってくる虎の門・霞ヶ関族たちにチラシを配布した。

広島・長崎・福島を経験した日本には世界の脱原発運動が注目している。再稼働ゼロで560日を過ごした日本、経産省や原子力規制委員会や安倍政権の横暴を何としても止めたい。
(K.M)





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