異教の地「日本」 ~二つの愛する”J”のために!

言論宗教の自由が保障され、ひとりひとりの人権が尊ばれ、共に生きることを喜ぶ、愛すべき日本の地であることを願う。

日中両国民間の「和解」を阻む靖国神社ー張剣波さんの指摘 澤藤統一郎の憲法日記 2017.7.17

2017-07-19 00:55:04 | ヤスクニ 靖国神社 慰霊 

http://article9.jp/wordpress/?p=8873より転載

澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

日中両国民間の「和解」を阻む靖国神社ー張剣波さんの指摘


 重慶大爆撃訴訟
(現在、東京高裁係属中)を支える「弁護団」と「連帯する会」が発行している『重慶大爆撃 会報』が40号となった。訴訟の進行は困難な局面に差し掛かっているが、この訴訟は大きな問題提起をなし得ている。

戦後日本は、旧日本軍(皇軍)による中国への侵略と加害の歴史に正面から向き合ってこなかった。戦後72年を経てなお加害についての真摯な謝罪と反省はなく、両者の和解は成立していない。この訴訟と、日中両国にまたがるこの訴訟を支える運動とは、究極の和解を目指すものと言えよう。

この会報40号に、「靖国神社と靖国神社参拝の本質について」と題する張剣波さん(早稲田大学講師・政治学博士)の講演録が掲載されている。被害者の側から日中両国民の和解の必要が語られていて、紹介に値するものと思う。

氏は、日中両国民間の和解の必要について、大意こう語っている。(なお、以下の紹介文は、文意を変えない程度に、澤藤が要約したもの)
和解は不可欠なのです。
 和解がないと、心のわだかまりは残ります。そもそもそれは、正義に反します。政治的政策的な動機で田中角栄が中国を訪問して、日中国交正常化以降、一時期日中友好の時代もありました。でも結局、それが非常に脆いものだったのです。歴史問題が障害になって日中友好の時代はあっという間に過ぎ去ってしまいました。

和解というプロセスがないと、戦争につながるという懸念が残ります。日本が再び戦争への道を走る。その危険性は、今も全くないとは言えない。多くの人が心配するところです。しかし、私は元侵略者が再び侵略戦争をやるという可能性以上に、侵略された側が強く大きくなって復讐のために何かをやる、その方を私は心配するのです。そんなことのないように、やはり和解という問題は重要なのです。」

その上で、氏は和解の障害としての靖國神社の存在について語っている。靖国を語ることは、日本軍の戦没兵士の功罪を語ることであり、中国での戦争の性格を語ることでもある。当然のことではあるが、被害側の氏の言葉は、私たちにとって重く、しかも鋭い。

「歴史問題を語る時に、日本軍の戦没者の性格は、中国からみると極めて簡単な問題ですけれども、日本の中では、これは非常に難しく微妙な問題になっているのです。私が日本に来たばかりのときに、大学でお世話になった日本人の先生が仰ったことを今でも鮮明に覚えています。『あなたの家族や親戚の人が戦死していたとしたら、それでもあなたは家族の死をもたらしたその戦争を間違った戦争だった、と言えるだろうか』というのです。なるほど、日本の普通の庶民は、やはりそういう風に思うのだ、こんな偉い先生でもそう思うのだ、ずっと頭の中に、その話が残っている。これは、戦死者、戦没者の性格について私が考える一つのきっかけにもなりました。

中国の一般民衆からすれば、日本による戦争の侵略性と犯罪性は明らかで、侵略と犯罪に加担した日本軍の兵士の罪は戦死しても消えない。ところが、侵略戦争と犯罪に加担した日本軍の軍人がその罪を背負ったまま靖国神社に祀られている。神として、英霊として。

重慶空爆を行って中国軍に撃ち落とされた兵も、731部隊で人道に悖る行為をした将兵も、靖国神社に祀られています。彼らは、紛れもなく侵略者であり犯罪者です。これを祀る靖国神社というのは、侵略戦争を支える軍事的な施設であり、侵略の道具でした。

侵略された側から見た場合、日本軍の戦没兵士は侵略者であり犯罪者であって、彼らを多角的に理解しなければならない理由はありません。靖国神社は、このような侵略者、犯罪者を、英霊として、神として祀っている。これは、全く正当性を持だない。反正義であり、反人類である。そのような施設を参拝することは、なおさら正義に反する。参拝してはならない。

このような前提にたって、靖国神社あるいは靖国神社参拝を考えれば、靖国神社の存在がある限り和解は困難です。侵略戦争に加担して死亡した者を美化する施設はあってはならない。まして、そのような施設を参拝するということは、絶対にあってはならない。和解の妨げになります。

保守系の議論の中で靖国神社参拝問題が政治問題になるのはA級戦犯分祀ということが争点になります。A級戦犯を靖国から分祀すればこの問題は終わるから、外国の首脳にも靖国神社を参拝させる、日本の政治家も堂々と参拝しても良いと。そのような主張が結構あるのです。しかしそうあってはならないのです。決してA級戦犯だけの問題ではない。A級戦犯をそこから出したからもう参拝しても良い、ということにはならないのです。」

靖国神社問題の最もやっかいなところは、戦没者遺族の心情を神社側が絡めとっているところにある。靖国の英霊とは、客観的には侵略戦争の尖兵である。被害国から見ての侵略者であり犯罪者である。しかし、「自分の親が戦死していたとしたら、その親を侵略者であり犯罪者と呼べるだろうか」「自分の子の死をもたらしたその戦争を間違った侵略戦争だったと言えるだろうか」という問は、受けとめるのにあまりに重たい。

靖国神社は、家族の死をこの上なく美化し意味あらしめてくれる。戦没者遺族にとって、これ以上ない慰藉の場なのだ。しかし、同時にその慰謝は天皇が唱導した侵略戦争への無批判な賛美につながる。

そうあってはならない。本来遺族は、大切な家族を兵士とし無惨な死へと追いやった、国の責任をこそ追及すべきなのだ。まさしくこれこそが歴史認識の根幹に関わる問題。あまりに重いが、いかに重くとも歴史の真実は真実として受けとめなければならない。被害を受けた側の怒りや嘆きは、比較にならぬほどに大きく深刻なのだから。
(2017年7月17日)

 

 

 

 

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靖国合祀に2つの「新たな課題」 賊軍合祀と、A級戦犯…官軍と対峙した賊軍(幕府軍、会津軍「白虎隊」「新選組」「西郷隆盛」他)は祀られていない〔dot.2017.1.10〕

2017-01-12 16:42:16 | ヤスクニ 靖国神社 慰霊 

靖国神社は、天皇の(軍隊の)神社

 靖国神社は明治に創設され、天皇のための戦死した天皇の軍隊軍人を合祀する神社であって、官軍と対峙した賊軍(幕府軍、会津軍・・「白虎隊」「新選組」「西郷隆盛」他)は、当然祀らない。また、A戦犯といえども天皇の軍人であるからして、合祀は当然とされている。

 靖国神社の敷地内にある「昭和館」に足を運んでみてください。そこに戦後の歴史はなく、1945年8月でストップしている日本の歴史をみてとれる。

 

https://dot.asahi.com/aera/2017011000159.html?page=1より転載

靖国合祀に2つの「新たな課題」 賊軍合祀と、A級戦犯の宮司預かり

by 渡辺豪 (更新 2017/1/10 16:00)
防衛大学校の学生有志たちの靖国神社参拝。陸海空軍を持たず、交戦権がない戦後憲法下では、「戦死」はありえないとされてきた (c)朝日新聞社
 防衛大学校の学生有志たちの靖国神社参拝。陸海空軍を持たず、
交戦権がない戦後憲法下では、「戦死」はありえないとされてきた (c)朝日新聞社

2013年12月26日、安倍晋三首相が靖国神社を参拝した。その後、米国が不快感を示してから、首相の参拝は途絶えている (c)朝日新聞社

2013年12月26日、安倍晋三首相が靖国神社を参拝した。その後、米国が不快感を示してから、
首相の参拝は途絶えている (c)朝日新聞社

 

 

 2016年の新語・流行語大賞は「神ってる」。“聖地巡礼”“パワースポット”がにぎわいを見せ、神様が身近にあふれる。3・11から6年、一人ひとりがそれぞれの形で宗教と向き合う時代。日本の宗教にいま、何が起きているのか。AERA 1月16日号では「宗教と日本人」を大特集。

 246万6千余柱。幕末以降のおびただしい数の「戦没者」を祀る靖国神社は、政治に翻弄され、また翻弄してきた。来年迎える明治150年。節目の年になる。

*  *  *
 8月15日の終戦記念日。靖国神社では、黒の礼装に身を包んだ国会議員の集団参拝が恒例化している。超党派の「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」の面々である。

 元自民党重鎮で、衆院議員の亀井静香氏は一度だけ加わり、やめた。理由はこうだ。

「国会議員はある意味で権力者。その権力者が徒党を組んでお参りするのは良くないと思ったから、翌年からは一人でお参りしました」

 右派国会議員の中でも亀井氏の「権力」との間合いの取り方は独特だ。この老練政治家が今、情熱を注ぐのが靖国神社の「賊軍」合祀(ごうし)運動である。「賊軍」とは明治維新の際に官軍とされた新政府側と対峙して戦死した志士たちを指す。

「世界中で分断と対立が深まる時代だからこそ、日本人の和の心を大事にすべきです」

 亀井氏はそう言って、身を乗り出した。

「国のためを思い、戦って死んだ人たちに敵も味方もない。今なお差別扱いするのはおかしいでしょう」


●宮司は徳川慶喜家から

 2014年8月の靖国参拝時、亀井氏は「白虎隊」「新選組」「西郷隆盛」といった具体名を挙げ、徳川康久宮司に合祀を打診した。亀井氏によると、徳川宮司はこれに同調したという。
「あの人は直系だからね」

 13年に第11代宮司に就任した徳川宮司は、幕府の15代将軍・慶喜の曽孫に当たる。今回、徳川宮司には本誌の取材に応じてもらえなかった。ただ、徳川氏が「直系」として微妙な心情を吐露してきたのは事実だ。

 16年6月に配信された共同通信のインタビューで、徳川宮司はこう持論を述べている。

「私は賊軍、官軍ではなく、東軍、西軍と言っている。幕府軍や会津軍も日本のことを考えていた。ただ、価値観が違って戦争になってしまった。向こう(明治政府軍)が錦の御旗を掲げたことで、こちら(幕府軍)が賊軍になった」

 

<関連記事>

【再】初詣や神前結婚式や見合い結婚や天皇現人神は、日本の伝統!?みな真っ赤なウソです。〔思索の日記 武田康弘〕

初詣が悪夢に変わった日〜神社の真の姿〜 (ブログ みんな楽しくHappy♡がいい♪より転載)

 

 

 

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2016年から初詣を辞めています。神社本庁が改憲勢力と関連しているとの疑いがあるためです。・・・

2017-01-01 01:03:00 | ヤスクニ 靖国神社 慰霊 

 渡邊 基  FB憲法九条の会

今年(2016年)から初詣を辞めています。
神社本庁が改憲勢力と関連しているとの疑いがあるためです。
私の賽銭が改憲勢力のためのアシストになることには耐えられません。

 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

安倍政権が目指すのは、ずばり「国家神道(天皇を神とする宗教)」の復活!

戦前の2本柱は、軍隊強化と国家行事として戦死者を慰める天皇の靖国参拝!

 神社関係者は必ず、こう言います。神社は宗教ではありません。
皆さん、日本人であれば、ふつうにお正月、七五三で神社に行くでしょう。
=つまり、習俗だと!


◆「自民改憲草案20条(信教の自由)3項に、こそっと、この点が追記されている。...

憲法 第20条 (信教の自由)

  <現  行>

1 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。 

2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。 

3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。 

  <自民党憲法改正草案>

1 信教の自由は、保障する。国は、いかなる宗教団体に対しても、特権を与えてはならない。 

2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。 

3 国及び地方自治その他の公共団体は、特定の宗教のための教育その他の宗教的活動をしてはならない。ただし、社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超えないものについては、この限りでない。 

 

「…ただし、社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超えないものについては、この限りでない。」

社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を越えなければ、国や地方自治体が宗教的な活動を行っても良いことになる。
 
~つまり、神社参拝は習俗であるとされ、政教分離の原則がないがしろにされ、国家行事としての”天皇の靖国公式参拝”へと道を開くことになる。
 
≪追記≫

神道政治連盟の主な取り組みに、『靖国の英霊に対する国家儀礼の確立』がある。
 
 
 
 

・世界に誇る皇室と日本の文化伝統を大切にする社会づくりを目指
します。 

・日本の歴史と国柄を踏まえた、誇りの持てる新憲法の制定を目指
します。

・日本のために尊い命を捧げられた、靖国の英霊に対する国家儀礼の
確立
を目指します。

・日本の未来に希望の持てる、心豊かな子どもたちを育む教育の実現を目指します。

・世界から尊敬される道義国家、世界に貢献できる国家の確立を目指します。



※皆さん、ご注意を!!
 
宗教観の薄い日本人は騙されやすい。神道は宗教です。靖国神社は宗教施設です。


靖国神社とは「神社」ではなく、明治政府がつくった「思想喧伝の施設」です。この事実をご存知ですか?〔思索の日記 武田康弘〕

 

★こういう神主さんもいらっしゃるんですね

 画像に含まれている可能性があるもの:1人

 

 

 

 

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靖国神社とは「神社」ではなく、明治政府がつくった「思想喧伝の施設」です。この事実をご存知ですか?〔思索の日記 武田康弘〕

2016-12-31 23:30:12 | ヤスクニ 靖国神社 慰霊 

靖国神社とは、元々、民主政の否定を掲げる思想宣伝の政府機関であり(伊藤博文ら明治政府がつくった「天皇現人神の新宗教」の総本山です)、本来の神社ではありません。...

生きている人間を神とし、その一族を神の家系とする宗教で、いまの言葉では「カルト宗教」ですが、それを国家権力を用いて全国民に強制したのでした(政府=国家神道は宗教ではなく習俗だという理屈で)。


http://blog.goo.ne.jp/shirakabatakesen/e/4199159bb5440a8ae09492a126259f63より転載

思索の日記

靖国神社とは「神社」ではなく、明治政府がつくった「思想喧伝の施設」です。この事実をご存知ですか?

shirakabatakesen
 
 
 
 
武田康弘(元参議院「行政監視委員会調査室」客員ー日本国憲法の哲学的土台を講義)

2016-12-31 

過去のBlogを少しまとめて、神社ではない「靖国神社」の実態を明らかにします。

靖国神社とは、元々、民主政の否定を掲げる思想宣伝の政府機関であり(伊藤博文ら明治政府がつくった「天皇現人神の新宗教」の総本山です)、本来の神社ではありません。

生きている人間を神とし、その一族を神の家系とする宗教で、いまの言葉では「カルト宗教」ですが、それを国家権力を用いて全国民に強制したのでした(政府=国家神道は宗教ではなく習俗だという理屈で)。

近代社会になり、このような古代の王制(王は神であり、時間も空間も王が支配する、ゆえに、王が死ねば時代名=時間も変わる)を敷いた国は、わが日本をおいて他にありません。

したがって、敗戦の時、昭和天皇の裕仁(ヒロヒト)は、世界に例のない「人間宣言」(わたしは神ではない)をする事態となったのです。

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信教の自由を元から否定する『靖国神社』は、恐ろしい存在(憲法違反)で、国内問題です。

2013-12-30 | 社会思想

 靖国神社をめぐるいくつもの裁判で明らかになったように、靖国神社は、その教義で、個人の意思を認めません。

 兵隊となり、また、嫌でも政府の命令で兵隊にさせられて戦死すると、靖国神社の思想に反対していた人も、みな日本国の軍神とさせられてしまいます。

 この軍神は【集合神】だというのが靖国の思想なので、「分祀」は不可能なのです。

 靖国を否定し拒否するクリスチャンも、真宗や浄土真宗の仏教徒も、哲学者も、個人の意思は完全に無視され、強制的に日本国家の軍神とさせられるのです。

 個人の思想及び良心・信教の自由を否定し、政府=国家の命令を絶対とするのが靖国思想ですが、このような思想は、近代市民社会ではとうてい認めらるものではありません。

 靖国神社の思想は、明白な憲法違反です。したがって、靖国問題の核心は、外国からの批判云々ではなく、人権=個人の自由の否定にあるのです。

 こういう教義をもち、極めて政治的な思想(「日本の戦争は、すべて天皇陛下による聖戦である」)を宣伝している施設に、戦後民主主義下の政治家が参拝するのが許されないのは、当然です。 

 

 以上のわたしの説明=見解に批判のある方は、コメント蘭にお書き込みをお願いします。罵詈雑言の類のほかはすべて公開しますので、お名前を記された上で(ペンネームでも可)、ぜひ。

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ご存知ですか?「靖国神社」の恐ろしい思想を。ここでは兵士は眠れません。ーーぜひ拡散を!

2016-08-14 | 社会思想

  靖国神社は、明治政府が明治2年につくった「東京招魂社」という【政府神道】の施設で、従来の神道思想(各地にある神社)を否定し、1853年のペリー来航以来の〈維新革命側の兵士のみを祀る施設〉です。10年後に名称を神社と変えましたが、その思想は、実に恐ろしいものです。兵士たちは、このような天皇現人神という国体思想の施設に祀られていたのでは、永遠に浮かばれません。もちろん彼らの御霊は、それぞれの家族の元にあり、天皇現人神というカルト宗教の場にはありません。こういう異様な戦前思想の反省がないならば、日本の政治的社会的営みは、すべて砂上の楼閣です。あまりに当然の話です。

 

 以下は、靖国神社の理論的重鎮である小堀圭一郎 東京大学名誉教授の談で、靖国神社の売店で平積みで売られている宣伝用パンフレットからの抜粋です。

 靖国神社の本殿はあくまで、当時の官軍、つまり政府側(天皇)のために命を落とした人たちをおまつりするお社である、という考えで出発したのでして、それは非常に意味のあることだと思うのです。 そこには「忠義」という徳が国家経営の大本として捉えられているという日本特有の事情があるのです。 「私」というものを「公」のために捧げて、ついには命までも捧げて「公」を守るという精神、これが「忠」の意味です。

この「忠」という精神こそが、・・日本を立派に近代国家たらしめた精神的エネルギー、その原動力に当たるものだろうと思います。ですから・・命までも捧げて「公」を守る、この精神を大切にするということは少しも見当違いではない。その意味で、靖国神社の御祭神は、国家的な立場から考えますと、やはり皇のために忠義を尽くして斃(たお)れた人々の霊であるということでよいと思います。

靖国神社の場合は、・・王政復古、「神武創業の昔に還る」という明治維新の精神に基づいて、お社を建立しようと考えた点に特徴があるといってよいかと思います。

あの社は天皇陛下も御親拝になるきわめて尊いお社である。微々たる庶民的な存在にすぎない自分が命を捨てて国の為に戦ったということだけで天皇陛下までお参りに来て下さる。つまり、非常な励みになったわけです。
国の為に一命を捧げるということが道徳的意味をもつのは万国共通です。言ってみれば、人間にとっての普遍的な道徳の一項目なのです。

実は総理大臣が何に遠慮して、参拝に二の足を踏んでいるのか不思議でならないんです。
中共が総理大臣の参拝に文句を言ってくるのは、何も彼の国民感情が傷つけられたなどという話ではまったくない。あの国の民衆の大部分は靖国神社の存在すら知りません。・・外に問題を設けて反対勢力の目をそちらに向けさせようという国内政治の力学が働いている程度のことであって、まともに相手にすべきことではないんですね。

だから私はこの問題でも総理が断固として参拝されるのがよいと思うんです。そうすると直ちに北京から文句を言ってくるでしょうが、適当にあしらうなり、知らぬ顔を決め込むなり、いくらでも対処の仕方がある。
総理が北京からの苦情を無視して何度でも繰り返し参拝すれば、そのうち向こうも諦めて黙るに決まっている。
総理の参拝が実現し、やがて天皇陛下の行幸もできたということになると、私は国民のモラルに非常によい影響を与えることができると思うのです。
(1999年8月 小堀圭一郎・東京大学名誉教授)

 また、靖国神社の遊就館では、明治以降の日本の戦争はすべて聖戦である、との映画をエンドレスで流しています。


(※もちろん、現天皇の明仁さんや皇后の美智子さん、皇太子夫妻は、このような思想を認めていません。)



武田康弘(元参議院「行政監視委員会調査室」客員ー日本国憲法の哲学的土台を講義)

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靖国神社の徳川宮司の発言が波紋--パンドラの箱を開けた!

2016-06-26 | 学芸

以下の週間ポストの記事は、極めて重要です。

こどもたちの教科書にある明治維新の項目は、ひどく偏っています(例えば、NHKの歴史番組・ヒストリアでも伝えている伊藤博文の犯罪=国学者の暗殺、建造中の英国公使館焼き討ち=全焼、長州藩金からの多額の公金横領にはまったく触れず、聖人のごとく扱う)ので、公平・公正な目で日本史を見直し、単純な天皇史観から脱しないと、いつまでもわが国は、精神の後進国に留まります。


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※週刊ポスト2016年7月1日号
靖国神社の徳川宮司の発言が波紋】




 靖国神社が揺らいでいる。

   来る2019年に迎える創立150周年に向けて徳川康久宮司が語ったインタビュー記事の発言が、波紋を呼んでいるのだ。

  記事は共同通信社から配信され、加盟する一部の地方紙(静岡新聞6月9日付、中国新聞6月10日付)に掲載されたのみだった。ところが、地方でしか読まれないはずの記事が各界の識者の注目を集め、にわかに論争へと発展している。

  徳川宮司は靖国神社が抱える課題や、神社の将来像について語った後、「明治維新を巡る歴史認識について発言していますね」という質問を受けて、自らの「明治維新史観」を開陳した。以下が宮司の発言だ。

 〈文明開化という言葉があるが、明治維新前は文明がない遅れた国だったという認識は間違いだということを言っている。江戸時代はハイテクで、エコでもあった〉

 〈私は賊軍、官軍ではなく、東軍、西軍と言っている。幕府軍や会津軍も日本のことを考えていた。ただ、価値観が違って戦争になってしまった。向こう(明治政府軍)が錦の御旗を掲げたことで、こちら(幕府軍)が賊軍になった〉

  一連の発言が波紋を呼んだのは、靖国神社創建の「原点」に関わるからだ。靖国神社のルーツは明治2年(1869年)に建てられた東京招魂社に遡る。

  明治維新に際して、薩摩藩・長州藩中心の後の「明治政府軍」と徳川家や会津藩が中心の「幕府軍」が争う「戊辰戦争」が勃発。勝利を収めた明治政府軍が“官軍”、敗北した幕府軍は“賊軍”とされた。

  この時、明治維新を偉業として後世に伝え、近代国家建設のために命を捧げた官軍側犠牲者を慰霊顕彰するため、明治天皇が創建したのが東京招魂社だ。明治12年に社号が「靖国神社」と改められて現在に至る。

  それゆえに、「賊軍vs官軍ではなく、東軍vs西軍」とする発言は、靖国神社の歴史観を揺るがしかねないと受け止められたのだ。

  靖国神社にある遊就館に展示されている「錦の御旗」には、「戊辰戦争で官軍の象徴として使用された」との解説があるように、靖国神社の見解はあくまで、「明治政府軍=官軍」だ。

  発言の背景には、徳川宮司の出自が関係している。徳川宮司は徳川家の末裔であり、“賊軍”の長であった15代将軍・徳川慶喜を曾祖父に持つ。徳川家康を祀った芝東照宮に奉職した後、靖国神社の宮司になった。「賊軍の末裔」が「官軍を祀る神社のトップ」に立ったわけである。


◆「大村益次郎像を撤去せよ」

 「明治維新史観」の見直しは最近のムーブメントだった。昨年1月に発売された原田伊織氏の『明治維新という過ち 日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト』(毎日ワンズ刊)がベストセラーになったことを皮切りに、半藤一利氏と保阪正康氏の共著『賊軍の昭和史』(東洋経済新報社刊)など、明治維新の勝者の立場に立った歴史観を見直す論考が相次いで発表されている。

  その流れで徳川宮司の発言が飛び出したことで、騒動が拡大しているのだ。著書で「薩長史観」を鋭く否定した原田氏は徳川宮司に同調するかと思いきや、意外にも「発言は中途半端」と手厳しい。

 「明治維新当時、東軍・西軍という言葉はほぼ使われていません。徳川家や会津藩に賊軍というレッテルを張ったのは明らかに薩長ですが、その責任や是非を問わず、当時ありもしなかった言葉に置き換えて流布するのはおかしい。また、靖国の持つ歴史観を見直さないのは欺瞞です。“官も賊もない”と言うならば、まず靖国神社の境内にある大村益次郎(官軍側の司令官)の銅像を撤去すべきです」

  そんな意見が飛び出すほど、今回の発言は衝撃だった。波紋が広がる徳川宮司の発言について靖国神社は、「創建の由緒から鑑みて『幕府側に対する表現や認識を修正すること』を神社として行なう考えはなく、今後も同様の考えが変わることはないとの発言と理解しております」と回答した。

  宮司は150年間封印されていたパンドラの箱を開けてしまったのか。


※週刊ポスト2016年7月1日号

 

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今年(2016年)から初詣を辞めています。神社本庁が改憲勢力と関連しているとの疑いがあるためです。・・・

 

 

 

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12/29 稲田防衛相、真珠湾訪問帰国翌日に靖国神社参拝~米、強い不快感か。安倍首相「それについてはノーコメント」

2016-12-30 01:59:31 | ヤスクニ 靖国神社 慰霊 

 名もなき投資家 ♥٩(ˊᗜˋ*)و @value_investors

真珠湾での安倍スピーチの翌日に稲田防衛大臣が靖国参拝したことについて怒ってる自民党議員もいる模様。まぁ当たり前ですよ。靖国神社にはA級戦犯が合祀されていて昭和天皇も現在の天皇も参拝してないのですから。ドイツ首脳がヒトラー参拝するようなもんです。アジアとの関係を悪化させるのは確実。 pic.twitter.com/gWvxeWP23B

 

 

【稲田防衛相靖国参拝】
自民党幹部「中韓に口実を与えた。防衛相在任中くらい我慢できないのか」
防衛相経験者「和解を強調した日米両方の顔に泥を塗った」(日テレ)

画像に含まれている可能性があるもの:1人、立ってる、テキスト
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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稲田防衛相の靖国参拝、慎重な対応求める=米

  【ワシントン時事】米国務省当局者は29日、稲田朋美防衛相の靖国神社参拝について「われわれは歴史問題には癒やしと和解を促進して取り組むことが重要だと強調し続ける」と述べ、慎重な対応を求めた。閣僚の靖国訪問でコメントを出すのは異例。


 米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(電子版)は、首相に同行した真珠湾での慰霊から帰国した後に、「近隣諸国から軍国主義の過去を美化すると見なされている神社を訪問した」と批判的に報じた。(2016/12/30-00:56)

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共同通信 47NEWShttps://this.kiji.is/187062359152410625?c=39546741839462401

米、靖国参拝に強い不快感か

真珠湾訪問直後に防衛相

2016/12/29 16:33 (ロイター=共同)

 【ワシントン共同】稲田朋美防衛相による29日の靖国神社参拝について、オバマ米政権は公式な反応を示していないが、日米首脳が連れ立って真珠湾攻撃の犠牲者を慰霊する歴史的なハワイ・真珠湾訪問の直後に、中韓などが軍国主義礼賛の象徴と見なす靖国を重要閣僚が訪問したことに、強い不快感を抱いているとみられる。

 オバマ大統領は真珠湾での演説で和解が恩恵をもたらすとのメッセージを世界中に送りたいと強調。歴史問題で対立が続く日中、日韓関係の改善を促す意味が込められていたとも読み取れるだけに、稲田氏の参拝は米国側には、両首脳の真珠湾訪問に冷や水を浴びせる行為と映りかねない。

 

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画像に含まれている可能性があるもの:1人、眼鏡、テキスト、屋外

画像に含まれている可能性があるもの:1人、ミーム、テキスト
                                                                                               画像by佐脇 三河守さんFB

 
 
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TBS http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2949737.htmlより転載

稲田防衛相が靖国神社参拝、就任後初

 稲田防衛大臣が29日朝、靖国神社を参拝しました。防衛大臣に就任して初めての参拝です。

 「防衛大臣である稲田朋美が一国民として参拝したということです」(稲田朋美防衛大臣)

 稲田氏は、午前8時前に靖国神社を参拝しました。その際には、「防衛大臣 稲田朋美」と記帳し、神前に供える「玉串料」は私費で支払ったということです。

 

 稲田氏は、安倍総理のハワイ真珠湾訪問に同行し、日本時間の28日、真珠湾攻撃の犠牲者への慰霊を行いました。稲田氏の靖国参拝について、安倍総理は29日午前、次のように答えました。

Q.総理、稲田大臣が靖国参拝しましたが?

 「それについてはノーコメント」(安倍晋三総理大臣)

 

 稲田氏はこれまで、行革担当大臣や党の政調会長時代、終戦の日などにたびたび靖国参拝を行っていました。しかし、防衛大臣就任直後の今年の終戦の日は外遊を理由に参拝を見送っていて、今回は、防衛大臣に就任後、初めての参拝となります。(29日10:52)


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http://mainichi.jp/articles/20161230/k00/00m/010/046000cより転載

「和解の力」に冷や水 与野党から批判

靖国神社に参拝に訪れた稲田朋美防衛相
                             =東京都千代田区の靖国神社で2016年12月29日午前7時51分、宮間俊樹撮影

 

 稲田朋美防衛相が29日に靖国神社を参拝したのは、安倍政権の支持基盤である保守層への配慮からだ。ただ、稲田氏が米ハワイ・真珠湾に同行し、安倍晋三首相が日米の「和解の力」を強調した直後だけに、A級戦犯を祭る靖国への参拝に理解を得るのは容易ではない。中韓両国との関係改善にも冷や水を浴びせかねず、与野党から批判の声が上がった。

 稲田氏は参拝後、特攻隊員だったおじが靖国に合祀(ごうし)されたことに触れ、記者団に「家族や国を守るために出撃した人々の命の積み重ねの上に今の日本があることを忘れてはならない」と語った。

 

 稲田氏は2006年、A級戦犯を裁いた東京裁判の不当性を主張する「伝統と創造の会」を自民党の有志議員と結成。サンフランシスコ講和条約(1952年)が発効して日本が主権を回復した4月28日と、終戦記念日の8月15日に靖国を参拝してきた。

 それでも、防衛相就任直後の今年の8月15日は参拝を見送った。首相に同行して真珠湾で米国の戦没者を慰霊した以上、靖国参拝は国内の保守層への配慮を示すために必要だとの認識とみられる。ただ、日本の戦争責任を認めることに否定的な靖国への参拝で、外交上の波紋は避けられない。日米外交筋は29日、稲田氏の参拝で「中韓との良好な関係を求めてきたオバマ米政権のメンツを潰したのは間違いない」と語った。

 政府は日中国交正常化45周年の来年に首相の訪中を模索。日韓では北朝鮮の脅威に備え、軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を締結するなど安全保障分野の連携が進んでいただけに「歴史認識問題が再燃し、中韓との交流が止まりかねない」(政府関係者)との懸念が出ている。

 自民党幹部は29日、取材に対し「首相が稲田氏を起用したので仕方ないが、防衛相には不適格だ」と批判。公明党幹部も「米国だけでなく中韓との和解はどうあるべきか、政治家としての姿勢が問われる」と語った。民進党の野田佳彦幹事長は「真珠湾に同行した直後の参拝はどういう意味なのか、内外に説明する責任がある」と述べた。【高橋克哉、小田中大】



 

 

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