異教の地「日本」 ~二つの愛する”J”のために!

言論宗教の自由が保障され、ひとりひとりの人権が尊ばれ、共に生きることを喜ぶ、愛すべき日本の地であることを願う。

【追悼】水木しげる先生逝く!~戦争で片腕を失ったが描いた「従軍慰安婦」。

2015-11-30 21:21:00 | 報道

Everyone says I love you !

http://blog.goo.ne.jp/raymiyatake/e/ab43aa09a246ca265aaa7ac4f53aa4e6 より転載

追悼 戦争で片腕を失った水木しげる先生が描いた「従軍慰安婦」。

2015年11月30日 

カランコロン漂泊記 ゲゲゲの先生大いに語る
水木 しげる  (著)
小学館

より。

 

 

総員玉砕せよ! (講談社文庫)
水木 しげる  (著)
講談社

昭和20年3月3日、南太平洋・ニューブリテン島のバイエンを死守する、日本軍将兵に残された道は何か。アメリカ軍の上陸を迎えて、500人の運命は玉砕しかないのか。聖ジョージ岬の悲劇を、自らの戦争体験に重ねて活写する。戦争の無意味さ、悲惨さを迫真のタッチで、生々しく訴える感動の長篇コミック。


水木しげるのラバウル戦記
水木 しげる  (著)
筑摩書房

太平洋戦争の激戦地ラバウル。水木二等兵は、その戦闘に一兵卒として送り込まれた。彼は上官に殴られ続ける日々を、それでも楽天的な気持ちで過ごしていた。ある日、部隊は敵の奇襲にあい全滅する。彼は、九死に一生をえるが、片腕を失ってしまう。この強烈な体験が鮮明な時期に描いた絵に、後に文章を添えて完成したのが、この戦記である。終戦直後、ラバウルの原住民と交流しながら、その地で描いた貴重なデッサン二十点もあわせて公開する。


敗走記 (講談社文庫)
水木 しげる  (著)
講談社

戦争を生き抜いた著者がつづる生と死の物語
戦記ドキュメンタリー完全復刻!

昭和19年、南太平洋ニューブリテン島中部、部隊は壊滅的打撃を受けたものの、ひとり生き延び、仲間の鈴木と合流することに成功する。そして断崖を通り抜け道なき道を進み、敗走を続けた。敵に追われ、飢えや渇き、暑さに苦しみながらも九死に一生を得た著者が綴る、生と死の物語。戦記漫画の傑作を6編収録。


姑娘 (講談社文庫)
水木 しげる  (著)
講談社

中国侵略の途上、日本軍のある部隊が山村にいた若い美女・姑娘を発見、捕虜とする。だが姑娘と出会ってしまったことで、分隊長と上等兵の運命は予想もしなかった方向へと向かい出す(表題作)。その他、戦艦大和艦長・有賀幸作の苦悩を描いた「海の男」など4作品を収録。戦争を体験した著者が描く戦争の悲劇。



関連記事

「従軍慰安婦」=戦時性奴隷シリーズ。



巨星、水木しげる逝く。

物心ついた時から、水木先生の「ゲゲゲの鬼太郎」があり、「悪魔くん」があり、「河童の三平」があり。

5年前、大病で苦しんでいた時、朝のテレビ連続ドラマ「ゲゲゲの女房」にどんなに癒されたことか。

もう、自身の戦争体験から漫画を描いてくださる方はいなくなりました。

心からご冥福をお祈り申し上げます。

 

 

 

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<拡散希望>亀山ののこ写真集『9』出版プロジェクトを応援しよう!~平和を積極的につくっていくために

2015-11-30 17:29:01 | 平和 戦争 自衛隊

クラウドファンディングのMotionGallery

https://motion-gallery.net/projects/photobook9?utm_source=facebook&utm_medium=social&utm_campaign=project_953_thank_facebook_feed より転載

亀山ののこ写真集『9』出版プロジェクトに応援を ~平和を積極的につくっていくために

亀山ののこ写真集『9』出版プロジェクト ~平和を積極的につくっていくために ~

このプロジェクトについて

フォトグラファー 亀山ののこ が、写真を通して問いかける、
憲法9条 〜戦争をしない約束〜
改憲の足音が聞こえる今、この『9』を全国へはばたかせたい!!
応援どうぞよろしくお願いします。

なぜ、今「9」なのか

安保関連法案が可決された2015年9月。 
そうなることに強い懸念を持った人たちが、国会前で、全国で、大きく反対を唱えデモンストレーションを繰り返しました。

憲法学者、弁護士、あらゆる専門家の反対も
こんなにも大きくなった国民の声も まるきり無視されたかのようでした。 

『積極的平和』の提唱者・ガルトゥンング博士は

「日本には平和のための運動(Movement)がない。あるのは反応(Reaction)だけだ。
 憲法9条を安眠枕に寝続けている。 起きて未来に向けてクリエイティブに何ができるのか
 右派左派を超えて考えねばならない」

と仰ったそうです。

気づかぬうちに、私たちが意図せぬ方向へ進むことのないように。 
積極的に、平和に向かっていけるように。

今、だからこそ、憲法9条〜戦争をしない約束〜 を、そしてその周囲で何かおこっているかを、
見極めるために。


福岡、糸島の海。つながる海から平和を願う。彼らは新しい時代を生きてる。

「9」がしたいこと

フォトグラファー・亀山ののこです。 
今新しい写真集をつくっています。 タイトルは「9」 
子どもたちが自然の中を、駆け回り、笑い転げる。
誰かが誰かを抱きしめる。 
新しく命が生まれて来る。 風が吹く。水面が光る。
日々日々、私たちが味わう感動。

あたりまえのように享受してるこの幸せは、本当にあたりまえなのか。 
ずっと続いていくものなのか。

2015年9月、安保関連法案可決、終わらない沖縄の問題。激しさを増す世界情勢。
これから、日本は世界はどうなっていくのか。 

すべての戦争は自衛の名の下に始まるといいます。
戦争をしない約束、憲法9条と、 今こそ向き合いたい。

守りたいものがあるから、声をあげます。 
日々のあらゆる場面から平和を見出していく。
シャッターをきりつづけ、表現し、 皆さんと一緒に、何ができるか考えていきたい。


街中の母娘。いつだって思いを伝えることができる。


11歳の空。空が今を生きてるところを撮りたいんだ!と伝えると、じゃあ走る!と、海へ飛び込んだ。

亀山ののこ
東京生まれ。18歳から写真を撮り始め、人物写真を撮ることに夢中になる。
雑誌や広告などで活動をつづけるが、2011年3月11日の大震災、原発事故により写真のあり方、仕事のあり方を問い直す。

原発のない世界を望む母たちのポートレイト集「100人の母たち」を出版。
「100人の母たち」展が全国に広がる。
3児の母。

「9」という媒体

前作、原発のない未来を望む母たちのポートレイト集「100人の母たち」は、 全国120カ所以上で写真展が開催され、出版と同時に新聞各紙、雑誌、テレビ、ラジオなど、 多くのメディアに取り上げて頂きました。

原発の問題は当初タブーであるかのようでしたが、思いを同じくする多くの人たちの手によって、 「100人の母たち」は全国に飛び立たせて貰いました。

2013年七夕には、「100万人の母たち 七夕プロジェクト」として、全国から声を集め安倍首相に届けようというプロジェクトが起こりました。短冊という形で寄せられた声は18000筆以上。 首相官邸前には800人が集まりました。 
1冊の写真集が問いかける力、そしてムーブメントを起こす力を強く感じた瞬間でした。 

  「9」もまた、人と人が対話し手を取り合う、そんなツールになってくれればと願っています。


「100人の母たち」出版や写真展開催にあたり、全国多数の新聞に取り上げられた。

「9」の制作にあたり

今回、 クラウドファンディング を活用させて貰ったのは、制作費の捻出と同時に、皆さんに、今ここから、『9』を広げていくことに参加して貰いたい、という思いからです。  

『9』は、一人でも多くの人たちに 日々、あたり前にある幸せ、その尊さを思い
それらは『守っていかなければいけない』時代にまた、私たちはいること。 
だから、平和を積極的につくっていこう!  というメッセージを深く受け取ってもらうことを目的としています。

写真集を母親に渡したことで、新しい会話をすることができたー 

写真展を開いて、多くの人に共感して貰えたー

「100人の母たち」に参加して下さった多くの人が、そんな体験をシェアして下さいました。
平和をより確かなものにしていくのは、私たち一人一人です。
決してあきらめてはいけない。 
今またここから、より深い、確かな、つながりを広げて行きたいです。

「100人の母たち」を世に送り出してくれたパートナー

完成した本は、チーム『9』と別途、鹿児島の出版社・南方新社のご協力を得て、書店に並ぶ予定です。南方新社の社長・向原さんは、自然をこよなく愛し、自ら合鴨製法で無農薬米を栽培されています。川内原発近くの、生物・生態系の観察をされ続け、反原発はもちろん、原発が生態系に与える影響についても訴え続けてこられた、頼もしいお父さん。

『100人の母たち』を何も聞かずに、世に送り出してくれたのも南方新社さんでした。


2013年、「100人の母たち」七夕プロジェクトにて首相官邸前でスピーチをする亀山ののこ。多数の報道陣が取材に訪れ、全国から集まった、脱原発、脱被ばくを願う母たちの声に耳を傾けた。

想定されるリスクとチャレンジ

写真集の出版は、2016年3月11日を目標として設定していますが、 遅れる可能性があります。
万が一、目標金額に達しないことがあっても、1日でも早く、必ず出版します。

目標金額の内訳

 印刷・製本 120万円 
 グラフィックデザイン・編集・入稿データ制作費 30万円 
 展示用パネル製作料 15万円 
 スタッフ諸経費 5万円

プロジェクトに関心を持っていただきありがとうございます。

〜 人として生まれ、人としてまっとうな生き方をあゆむため、 世界の平和を心から求める。
    世界で起こるもめごとを解決させるためにと、国の権力が戦争を起こすことも、
   武力を使うことも、武力によるおどしも、永久に、永遠にしない。 
   そのために、軍隊を持たない。 国が戦争をする権利も、認めない。〜

非暴力をとなえる憲法9条。

世界中どの子も、そしてどんな大人も、踏みにじられることなく生きるためには、私はこの戦争をしない約束を貫き、広げていく道しかないと思います。

非暴力とは何なのか。
今までおざなりにしていたこの大切な問題に、向き合う時だと思います。
世界の平和を本気で求める。
そのために、自分の近いものから平和を感じ、実践していく。

私はかけがえのない、今、目の前に広がるものを撮り続け、そしてみなさんと一緒に感じ、学び続けていきたい。
改憲の足音が聞こえて来る今、この「9」を全国へはばたかせていきたいと思っています。

応援して下さる方のお名前、全てを写真集に掲載することは難しいですが、 リターンの中に、”お名前の掲載” という項目をつくっています。 また、写真展開催のためのセットも設定しています。

写真集が出てからが始まりだと思っています。皆さん、どうぞよろしくお願いします!


海を渡り、世界へ広がれ憲法9条。そう願いを込め撮影。

ただいま。

おかえり。

今日もまた、そう言えることを噛みしめて。

 

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【書籍紹介】「民衆の怒りと祈りの歌 長渕 剛」…SEALDs奥田くんの国会答弁は静かな殴り込み。痛快だった。

2015-11-30 15:47:33 | ご案内

$AVNAMOSHER@nurarinop 20 時間20 時間前

$AVNAMOSHERさんがリツイートしました 武田砂鉄

長渕剛のムック「民衆の怒りと祈りの歌」すごい。タイトルも凄まじければインタビューも濃密。必読です。
長渕はハッキリと言い切ったよ。「SEALDsの奥田くんの国会答弁は静かな殴り込み。痛快だった。」



長渕剛
河出書房新社編集部 (カワデショボウシンシャヘンシュウブ)

 KAWADE夢ムック A5 ● 256ページ
ISBN:978-4-309-97876-5 ● Cコード:9473
発売日:2015.11.28

定価1,404円(本体1,300円)

  • 民衆の怒りと祈りとはなにか? 稀代の表現者・長渕剛の核心に迫る/特別インタビュー
    /対談・藤原新也、柳美里/高山文彦、山下澄人、武田砂鉄、栗原康、和合亮一、須藤洋平ほか。

    (雑誌コード=6218515)

 
 
 
 
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安倍政権が選挙前に3万円の臨時給付金を配るのは、まさに選挙目当てのばらまきだ(枝野民主幹事長)

2015-11-30 15:04:37 | 政治 選挙 

民主・枝野幹事長 1億総活躍の対策「合法的買収」と批判 (←動画あり)

 
民主・枝野幹事長 1億総活躍の対策「合法的買収」と批判:1億総活躍の緊急提言を「合法的買収だ」と
fnn-news.com|作成: Fuji News Network.


http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00309753.html
民主・枝野幹事長 1億総活躍の対策「合法的買収」と批判
11/29 09:20 FNN

1億総活躍の緊急提言を「合法的買収だ」と批判した。
1億総活躍社会の実現に向けた緊急対策として、政府が所得の低い年金受給者に、年額3万円程度の給付金の支給を検討していることについて、民主党の枝野幹事長は28日、「選挙の近くに、3万円が配られることを合法的買収という」、「ピンボケの選挙対策以外の何物でもないことは、明々白々だ」と強く批判した。...
また、枝野氏は、自らが主張する経済政策を「エダノミクス」として、教育、雇用、経済対策を3本の柱と掲げたうえで、「政府のやっていることは逆だ」と苦言を呈した。 (以上)


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http://www.jiji.com/jc/zc?k=201511/2015112800174
◆給付金は「合法的買収」=枝野民主幹事長
時事通信 11月28日(土)18時6分配信

 民主党の枝野幸男幹事長は28日、さいたま市で講演し、安倍政権が「1億総活躍社会」実現に向け、低所得高齢者に3万円程度の臨時給付金を支給する方針を打ち出したことについて、来年夏の参院選と絡め「投票日近くに配られるそうだ。こういうのを合法的買収と言う」と批判した。
 枝野氏は「まさに選挙目当てのばらまき以外の何物でもない」とも断じた

 

 

 

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【基地問題】 米軍基地を追い出したフィリピンの発想(伊藤 千尋さんFBより)

2015-11-30 15:03:20 | 平和 戦争 自衛隊

伊藤 千尋さんFBより

米軍基地を追い出したフィリピンの発想

 基地問題でよく言われることがあります。「基地がなくなれば基地労働者が生活できなくなって、かわいそうだ」「基地があるから地元は経済的に潤うのだ。よそ者はとやかく言うな」。心優しい人ほど、つい同調しがちです。
 そう思う人にぜひ、知ってほしい。フィリピンでは日本人が思いつかないような発想をして、基地労働者も一体となって米軍基地を追い出しました。

...

 かつて独裁者が支配したこの国で1986年に市民革命が起きたことは11月20日に「原発をやめ地熱発電大国になったフィリピン」のタイトルで紹介しました。翌年に制定された新憲法では「国家政策としての戦争放棄」をうたうとともに、条件付きで「領土内に外国の軍事基地、軍隊あるいは施設は認められない」と明記しました。
 この時点でフィリピンには、沖縄を上回るアジア最大の米軍基地がありました。スービック海軍基地とクラーク空軍基地です。第2次大戦後にフィリピンが米国から独立したさいに米国がフィリピンとの「安保条約」で押し付けたもので、とりあえず1991年まで米軍が使えることになっていました。

 まさにその年に起きたのが、基地に近いピナトゥボ火山の噴火です。20世紀最大の噴火と言われた災害で、麓の人々は逃げました。真っ直ぐ逃げるには基地を通らなければなりません。しかし、基地は避難民に対して門を閉ざしました。「基地だから入ってはならない」というのです。これが問題になりました。
 フィリピン政府はそれまで「米軍基地はフィリピン人を守るためにある」と説明していましたが、現にそうではないことが明らかになったのです。米軍に土地を基地として貸すのはやめよう、という声が全国から沸き起こりました。
 クラーク空軍基地は火山灰に埋もれたため、米軍は手放すことに同意しました。でも、スービック海軍基地は今後も使いたいと通告しました。

 米国とフィリピンの間の「安保条約」は日米安保条約とそっくりです。どちらかの国がやめると言えば、1年後に米軍は撤退しなくてはならないのです。日米安保条約第10条にも、そう書いてあります。日本の国会が「や~めた」と言えば、米国がいくら基地を使いたくても、撤退しなければならないのです。
フィリピンの国会は、それをやりました。この問題を審議する上院は世論を受けて、米国との基地協定を継続しないと決めました。このため翌年の1992年に米軍基地は完全に撤退したのです。国民の力で米軍を追い出したのです。

 このとき一つ問題がありました。基地労働者の生活です。基地では4万2千人のフィリピン人が働いていました。当時のフィリピンの1家族は7人ほどですから、約30万人が基地で暮らしていたのです。基地がなくなれば生きていけないと考えた彼らは当然、反対しました。
 そのとき、市民から声が上がりました。「基地をなくして、もっとたくさんの人が働けるようにすればいいじゃないか」と言うのです。「基地労働者は米軍の下請けで誇りを持てず、危険な作業を強いられている。同じ国民をひどい状況に置いていいのか。誇りを持てる安全な仕事の方がいいじゃないか」とも。
 日本人は現状を固定して考え、「それがなかったら困る。だから今のままにしよう」と考えがちですが、フィリピン人は「もっといいものにしたらいい。だから変えよう」と積極的な発想をするのです。ここが違います。

 基地の隣のオロンガポ市のゴードン市長が音頭をとって、基地跡を再開発する案を市民から募りました。採用されたのはNGO「プレダ基金」の案です。フィリピン女性が米兵から暴行を受ける事件が何度も起きましたが、それを防ぐ活動をしたNGOです。基地跡を産業地区、レジャー施設などに分割するという案に沿って再開発が進みました。
 最初の3年は思うように進みませんでした。しかし、5年目に成果が現れました。この年、私が訪れると米国や日本、韓国からも企業が進出し、かつての基地跡では6万7千人が働いていました。基地だったときの1・5倍です。
 さらに2012年に再訪すると、9万人を超えていました。2倍以上です。日本の企業団地もあります。僕は車で基地跡をめぐりました。米軍の弾薬庫跡がフレンチ・レストランになっていました=写真。

 とはいえ、それで万々歳ではありません。追い出された米軍は南シナ海の領有をめぐるフィリピンと中国の対立を利用して、米軍艦がフィリピンを「訪問」できる協定を結びました。さらに「駐留」できるよう画策しています。しつこいですね。でも、基地の復活には至っていません。
 日本で基地返還を話すと、「どうせ無理」とあきらめる人がたくさんいます。ここはフィリピンの人々の積極的な姿勢に学ぶべきでしょう。日本人に必要なのは楽観的かつ創造的な発想で取り組むことだと思います。
 と思っていたら、まさに沖縄の人々がそれをやっちゃいました。今、がんばっている翁長知事は、かつて自民党沖縄県連の幹事長として基地を推進した人です。その彼がなぜ変わったのか、なぜ沖縄は「オール沖縄」になれたのか。そこには、実は世界でも日本でも基地が減っているという状況があります。詳しくは次回へ…。 

 

 

 

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