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12月10日『ICANにメダル、ノーベル平和賞授賞式 / 被爆者、サーロー節子さん講演「核兵器は絶対悪」 / ICANの素顔

2017-12-11 01:07:17 | 核爆弾 広島長崎


ICANにメダル、被爆者出席=ノーベル平和賞授賞式-ノルウェー

 

ノーベル平和賞を受賞し、賞状とメダルを手にするサーロー節子さん(中央)とベアトリス・フィンICAN事務局長(右)=10日、オスロ市庁舎

 

オスロ時事】2017年のノーベル平和賞の授賞式が10日、ノルウェーのオスロ市庁舎で行われた。今年7月の国連での核兵器禁止条約採択を後押しした国際的なNGOの連合体「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」が受賞し、ICANのベアトリス・フィン事務局長と、被爆者のサーロー節子さん(85)=カナダ在住=にメダルと賞状が贈られた。サーローさんは記念講演で「世界のすべての国の大統領、首相に対し、条約に参加し、核による絶滅の脅威を永遠に除去するよう懇願する」と訴えた。
 ICANは、核兵器の使用が引き起こす非人道的な結末に人々の注目を集めるために行ってきた活動や、条約に基づく核兵器禁止の取り組みが評価された。
 フィン事務局長は講演で、核保有国が増えたほか、核がテロリストに渡る恐れも示唆し、「今日、核兵器が使われる危険性は冷戦が終わった時よりも大きい」と警告。米ロなど核保有国や事実上の保有国イスラエル、北朝鮮のほか、日本など「核の傘」に入る国々にも核禁止条約加盟を求めた。
 13歳の時、広島で被爆したサーローさんは「私が愛した街は1発の爆弾で完全に破壊された。住民のほとんどは一般市民で、焼かれて灰と化し、蒸発し、黒焦げの炭になった」と証言。核禁止条約の制定を「核兵器の終わりの始まりにしよう」と呼び掛けた。サーローさんはICANの一員として、これまで各地で証言を行ってきた。
 サーローさんは核の傘に頼る国々を「共犯者」と表現。同条約への署名を拒む日本政府を暗に批判した。
 核保有国は「安全保障環境の現実を無視している」などとして同条約を批判。米英仏は慣例を破り、オスロ駐在大使の授賞式出席を取りやめた。
 授賞式には日本から、被爆者の全国組織「日本原水爆被害者団体協議会」の田中煕巳代表委員(85)と藤森俊希事務局次長(73)が出席。広島市の松井一実市長、長崎市の田上富久市長も招待された。(2017/12/10-22:41)

  
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毎日新聞 https://mainichi.jp/articles/20171211/k00/00m/030/081000c

ノーベル平和賞

授賞式 サーローさん「核兵器は絶対悪」

 
ノーベル平和賞授賞式に出席したサーロー節子さん(中央)=2017年12月10日、AP

ICANと共に活動、カナダ在住の被爆者が記念講演

 【オスロ竹下理子】核兵器を初めて法的に禁じる核兵器禁止条約の採択に主導的な役割を果たした国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)へのノーベル平和賞授賞式が10日、オスロ市庁舎で開かれた。ICANのベアトリス・フィン事務局長(35)と、共に活動してきたカナダ在住の被爆者、サーロー節子さん(85)がメダルを受け取り、記念講演を行った。サーローさんは「受賞は、核兵器の時代を終わらせることは可能だという大いなる希望を与えてくれる」と述べ、「人類と核兵器は共存できない」と力強く訴えた。

 

 ICANは核兵器使用が人道上破壊的な結果を導くという危険性を訴え、7月の禁止条約採択に尽力した点が評価された。条約は122カ国が賛成したが、核保有国や米国の「核の傘」の下にある日本などは交渉に参加せず、米国やロシアなど核保有5大国の駐ノルウェー大使は授賞式を欠席した。

 フィン事務局長は講演で「核兵器が使われるリスクは冷戦が終わった時よりも大きくなっている」と指摘。「私たちの運動を批判する人たちは、私たちが現実に基づかない理想主義者であると言う。しかし私たちは、唯一の合理的な選択を示している」と強調。核保有国を名指しし、条約参加を呼びかけた。

 広島で被爆し、姉らを失ったサーローさんは「みなさんに広島や長崎で亡くなった人々の存在を感じてほしい。一人一人に名前があり、一人一人が誰かに愛されていた。彼らの死を無駄にしてはいけない」と呼びかけた。「核兵器は必要悪ではなく、絶対悪。禁止条約採択を核兵器の終わりの始まりにしよう」と訴えた。

 授賞式には日本原水爆被害者団体協議会の田中熙巳(てるみ)代表委員(85)と藤森俊希事務局次長(73)、広島・長崎両市長も出席。ノルウェー・ノーベル賞委員会のアンデルセン委員長が核兵器なき世界に新たな機運を作ったことに敬意を示した。

 

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ノーベル平和賞 ICANの素顔|NHK NEWS WEB - NHKオンライン

 ノーベル平和賞に選ばれた「ICAN=核兵器廃絶国際キャンペーン」。核兵器禁止条約の実現を働きかけてきた国際NGOのメンバーは20代から30代の世界の若者たちが中心。何が彼らをつきうごかしたのか?ニュース画像

 

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ノーベル平和賞「ICAN」の展示に広島・長崎の5つの遺品 NHK 2017.11.17 / 広島・長崎両市長を授賞式に招待~被爆地として初 

2017-11-18 23:42:18 | 核爆弾 広島長崎

ノーベル平和賞「ICAN」の展示に広島・長崎の5つの遺品

ノーベル平和賞に選ばれた国際NGO「ICAN」=核兵器廃絶国際キャンペーンの展示が来月、ノルウェーで行われるのにあわせ、広島で被爆し遺体も見つからなかったという男子学生のかばんなど、広島や長崎の5つの被爆遺品が展示されることになりました。

展示されることが決まったのは、広島と長崎の原爆資料館などが所蔵する5つの被爆遺品です。

このうち広島からは、爆心地から500メートルほどの動員先の作業現場で被爆した当時13歳の男子学生、舛田幸利さんのかばんと防空頭巾が貸し出されます。幸利さんは遺体も見つからず、遺品は原爆投下の翌日に近所の人が家族に届けたものだということです。

また、長崎からは民家の焼け跡から見つかったというロザリオと、原爆が投下された午前11時2分を指したまま停止している腕時計が貸し出されることになりました。

このほか、京都の立命館大学からも被爆して亡くなった男子学生の弁当箱が貸し出されることになり、来月、ノルウェーのオスロで、ICANの資料とともに展示されます。

展示物の選定にあたったノーベル平和センターのリヴ・アストリッド・ズヴェルドラップ副センター長は、「世代や国境を越えて核兵器の被害と痛みが伝わるような、亡くなった人がわかる遺品を探していました。今回の展示によって核兵器をなくさなければいけないという議論を喚起できればと思います」と話しています。

広島 原爆資料館副館長らの話

ノルウェー・オスロでの被爆遺品の展示について、広島の原爆資料館の加藤秀一副館長は「ノーベル平和賞という世界中が注目する中で被爆遺品が展示されることには大きな意味があると思います。展示を通じて核兵器・原子爆弾がいかに人間に残酷な被害をもたらすのかを知ってもらい、核兵器をなくそうという気持ちになってもらえればうれしいです」と話しています。

また、長崎市被爆継承課の松尾隆課長は「原爆が人にどのような被害を及ぼしたのかという観点から、人が身に着けていたもの、人を感じさせるものを提供させていただきました。被爆者がどのような気持ちで核兵器廃絶を訴えてきたのかを表すような展示になってほしいです」と話しています。

 

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広島・長崎両市長を授賞式に招待

ノーベル平和賞、被爆地として初

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
      松井一実広島市長(左)                      田上富久長崎市長


 ノーベル平和賞が決定した非政府組織(NGO)「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)の授賞式に、広島市の松井一実市長と長崎市の田上富久市長が招待されたことが15日、両市への取材で分かった。松井氏は出席する方向で、田上氏も検討している。実現すれば、被爆地の市長が授賞式に参加するのは初めて。

 両市によると、主催者側からそれぞれ市長宛ての招待状が届いた。ICANが貢献した核兵器禁止条約は7月、国連で採択され、松井市長はこれに先立つ6月、米ニューヨークの国連本部で制定会合に出席。「被爆者は存命中に核兵器の禁止を見届けたいとの強い願いを持っている」と演説した。

 

 

 

 

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「核兵器は人類の責任で廃絶を」 被爆者・和田さん バチカンで演説 /ICAN事務局長、法王に訴え /法王「被爆者の声は警告」 2017.11.11

2017-11-12 17:19:01 | 核爆弾 広島長崎

 

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「核兵器は人類の責任で廃絶を」 被爆者・和田さん バチカンで演説

 【バチカン=共同】日本原水爆被害者団体協議会(被団協)事務局次長で被爆者の和田征子(まさこ)さん(74)は11日、バチカンで開かれた「核なき世界」への展望や軍縮を議論する国際シンポジウムで演説した。和田さんは核兵器の非人道性を訴え、廃絶を強く要請した。

 和田さんは一歳十カ月の時、長崎で被爆。八十九歳で亡くなった母から繰り返し聞いた「地獄のような」体験について、これまでも米ニューヨークの国連本部などで伝えた。

 演説で和田さんは、核兵器は放射線の被害を無差別、広範囲に、長年にわたってもたらす「非人道的な兵器」だと批判し「再び使われれば、同じ苦しみを世界中が背負うことになる」と警告。

 被爆者らは経験を語ることで、当時の記憶に引き戻されるという苦しみも味わってきた。和田さんは「核兵器は正義ではない。つくった人類の責任で廃絶しなければならない」と強調。国連で七月に百二十二の国・地域の賛成により採択された核兵器禁止条約に反対する核保有国や日本などに対し、条約への署名と批准を訴え続けていく考え。

 
 

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ICAN事務局長、法王に訴え 「核に終止符」に祈りをと

 【バチカン共同】今年のノーベル平和賞に決まった非政府組織(NGO)「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)のフィン事務局長は10日、ローマ法王フランシスコに謁見し、授賞式が開かれる12月10日に「核の脅威に終止符を打つため」世界中の教会で祈りをささげてほしいと要請したと語った。

 ICANは広島、長崎の被爆者らと協力し、核兵器を違法化する史上初の核兵器禁止条約の実現に尽力した。核廃絶を巡るバチカンのシンポジウムで演説したフィン氏は「12月10日に核禁止条約の署名と批准を指導者に呼び掛けてほしい」と、参加者らにも訴えた。

 

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法王「被爆者の声は警告」 核なき世界へ バチカン会議

 【バチカン=共同】核保有国や国連幹部、歴代ノーベル平和賞受賞者らが「核なき世界」への道筋を議論し、展望を示す国際シンポジウムが十日、バチカンで始まった。ローマ法王庁の主催で、日本原水爆被害者団体協議会(被団協)事務局次長の被爆者、和田征子さん(74)ら参加者は法王フランシスコに謁見(えっけん)。法王は「広島や長崎の被爆者らの声が、次世代への警告となるように」と核廃絶を訴えた。

 国連で七月、核兵器を違法化する史上初の核兵器禁止条約が百二十二の国と地域の賛同で採択されたが、核保有国は反対の立場を崩していない。米国の「核の傘」に入る日本も参加を見送った。北朝鮮の核の脅威が高まる中、法王庁は核の惨禍を避けるため、国際社会の協調を促したい考えだ。

 法王は謁見で「核兵器は見せかけの安全保障を生み出すだけだ」と批判し、核保有国に廃絶に向けた取り組みを促した。

 長崎で一歳の時に被爆した和田さんは「被爆者が呼びかける核兵器廃絶のための国際署名」への賛同を法王に求め、署名用紙と折り鶴を手渡した。シンポは二日間で、和田さんは十一日に演説し核兵器の非人道性を訴える。

 また、被爆者たちと協力して核禁止条約実現に貢献し、今年の平和賞が決まった国際非政府組織(NGO)「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)のフィン事務局長も核禁止条約への参加を呼び掛ける。

 国連軍縮担当上級代表の中満泉(なかみついずみ)事務次長やグラミン銀行を創設し、貧困層を支援、平和賞を受賞したムハマド・ユヌス氏も演説。対人地雷禁止運動で平和賞を受けたジョディ・ウィリアムズさん、北大西洋条約機構(NATO)幹部も加わる。

 法王は、非人道的な結末を引き起こす核兵器による抑止力を不適当と指摘し、廃絶を強く訴えてきた。バチカンは九月二十日の署名開始初日に核禁止条約に署名、批准を済ませている。

 

 

 

 

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被爆3世がつなぐ、核兵器なき世界への願い 「ヒバクシャ国際署名」リーダー25歳被爆3世、林田光弘さん ~世界で署名集め 1年で300万筆 

2017-08-20 23:59:35 | 核爆弾 広島長崎

25歳被爆3世、核廃絶願い世界で署名集め 1年で300万筆 :日本経済新聞
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核廃絶に向けた署名活動が国際的な広がりを見せている。被爆者の高齢化が進むなか、旗振り役を務めるのは25歳被爆3世1年余りの取り組みを通じ、30カ国以上から約300万筆の賛同を得た。国連本部に提出.

 

 

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KOKOKARA 
http://kokocara.pal-system.co.jp/2017/07/18/hibakusha-signature-mitsuhiro-hayashida/より転載

写真=疋田千里

写真=疋田千里

被爆3世がつなぐ、核兵器なき世界への願い 「ヒバクシャ国際署名」リーダー・林田光弘さん

  • 2017年07月18日

7月7日、核兵器を違法とする国際条約「核兵器禁止条約」が国連で採択された。「核兵器のない世界」の実現に向け、世界は大きく舵を切ろうとしている。そうした中、広島・長崎の被爆者が自ら呼びかける「ヒバクシャ国際署名」が注目されている。「自分たちのような生き地獄を二度と誰にも味わわせたくない」と、世界数億人から署名を集め、2020年まで国連に届けるという。キャンペーンリーダーとして被爆者の想いをまとめるのは、被爆3世で元SEALDsのメンバー、林田光弘さん(25歳)だ。

被爆者の呼びかけによる日本で初めての署名活動

――「ヒバクシャ国際署名」とは、どんな活動ですか?

林田 日本で初めて、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)、つまり被爆者のみなさん自らが、「核兵器をなくしていこう」と呼びかけた署名活動です。2016年4月にスタートし、集めた署名は核兵器廃絶に向けての議論が進められている国連に、2020年まで毎年提出されることになっています。今年も6月16日に約300万筆分の目録が、被爆者の方から直接、国連のホワイト議長と中満軍縮上級代表に手渡されました。

 今も世界には1万5000発もの核兵器が存在し、もし使われたら、その被害規模は広島や長崎の数百倍とも数千倍ともいわれています。平均年齢80歳を超える被爆者のみなさんが立ち上がったのは、「核兵器を何としても世界からなくしたい」「悲劇を二度と繰り返してはならない」という切実な願いからでした。

――これまでの署名活動とは何が違うのですか?

林田 「ヒバクシャ国際署名」は、被爆者が呼びかけ人となった初めての署名活動です。これまで核兵器をなくすための署名はあらゆる団体が行ってきましたが、被爆者が呼びかけ人ではありませんでした。今回は、当事者である被爆者が呼びかけ人となったことで、これまでにないほど、多様な団体がこの署名活動に参加しています。

 主旨に賛同できるなら、個人でも団体でも誰でも参加できる。このシンプルで、かつ力強いメッセージが、これまで政党色が強くて日本の中でもバラバラだった反核平和運動を、一つにまとめる力がこの署名活動にはあると思います。

写真=疋田千里

――林田さんは、なぜこの署名活動に参加したのですか?

林田 僕は長崎の浦上という爆心地近くで生まれ育ち、中学生の頃から地元の署名活動など反核平和運動に関わってきました。幼い頃は被爆体験を聞くのが辛かった時期もあったのですが、いつからか、このままでは被爆者のみなさんの体験がなかったことにされてしまうと危機感を抱くようになった。被爆者だけが当事者で、それ以外が「自分は当事者じゃない」という姿勢でいたら、原爆の悲劇は忘れ去られてしまうと感じたのです。

 100年後、200年後に、原爆投下が作り話だと言わせないためには、きちんと被爆者のみなさんの体験を語りつないでいかなければならない。自分にできることは何かと考えていました。日本被団協の前事務局長・田中熙巳(てるみ)さんに「この署名の広報をお願いしたい。情報が拡散するしくみをつくってほしい」と声をかけていただき、お引き受けしたのです。

“人道的見地”から、核兵器廃絶へ向けて舵を切る世界

――現在、核兵器を巡る世界の情勢はどのようになっているのでしょう?

林田 今、国際社会では、核兵器廃絶へ向けての機運がにわかに高まっています。7月7日には、核兵器を法的に禁止する初めての「核兵器禁止条約」が採択されました。これによって核兵器も、他の大量破壊兵器――生物兵器、化学兵器、対人地雷、クラスター爆弾と同じように、国際人道法によって禁止されることになったのは大きな前進です。

 実は核兵器に関する国際的な取り決めには、1970年に発効された、米、仏、英、露(旧ソ連)、中の5カ国のみに保有を認める「核兵器の不拡散に関する条約(NPT)」があります。しかし発効後も米露間の核開発競争は止まず、結局、核兵器は大幅に増加してしまった。これを憂慮した非核保有国からの禁止条約を求める声にも、核保有国やその同盟国は「段階的に減らしていくのが現実的」と耳を傾けず、禁止条約の実現は難しいといわれていました。

2017年5月30日、パルシステム神奈川ゆめコープで行われた学習会にて(写真=疋田千里)

――そんな中で、今回、禁止条約の採択にまでこぎつけることができたのはなぜですか?

林田 ターニングポイントとなったのは、2010年、赤十字国際委員会が、核兵器の“非人道性”に初めて着目して出した声明文でした。破壊力が甚大で、世代をまたいで健康面の影響が心配される核兵器が非人道的であることは明らか。それまでアメリカへの批判につながるからと、誰も追求してこなかった人道的側面に、赤十字国際委員会が一石を投じたのです。

 彼らが人道性に言及できたのは、医療従事者だからです。例えば、今核兵器がどこかで使われたとしても、放射線量が高すぎて救護のために医者や看護師が現場に入ることはできません。生存者がいても治療ができないなんて医療従事者として許せない、こんな非人道的な兵器は禁止すべきと訴えたのです。

 この声明をきっかけに、非核保有国やNGOが中心となって「核兵器を使用することがいかに非人道的か」の議論が繰り返されました。そしてそれを土台に、核兵器禁止条約をつくるための交渉会議が、今年3月にニューヨークの国連本部で始まったのです。

唯一の戦争被爆国である日本が禁止条約に反対!?

――核兵器禁止条約の成立によって、今後世界にどんな変化があると思いますか?

林田 これまで、核兵器に対する世界の人々の見方は、“戦争で有効に使える強力な兵器”というものでした。長崎で7万人、広島で14万人亡くなったといっても、被害も数字でしか捉えられてこなかった。けれど今回、この条約で非合法化されたことで、核兵器に対する認識が、“人道的に許されない最悪の兵器”というように変わっていくことが期待できます。

 1999年に発効した「対人地雷全面禁止条約」がよい例です。条約が結ばれて世界的なキャンペーンが行われた結果、それまで軍人のロジックで“使い勝手がよい”と評価されていたところに民間人の感覚が持ち込まれ、地雷のイメージは “悪魔の兵器”へと一転しましたから。この条約に真っ向から反対して今も批准していないアメリカも、実際には、対人地雷の製造も使用も止めています。核兵器禁止条約も同じように、保有国にとってのプレッシャーになっていくと思います。

写真=疋田千里

――核兵器廃絶へと大きく前進する国際社会の中で、日本はどのような立場をとっているのでしょう?

林田 そこが問題なのです。残念ながら、日本は禁止条約への参加はおろか、交渉会議の開催にすら反対しました。これまで日本政府は、「核兵器には断固反対」と唱えながら、その一方で、アメリカの核の傘を否定しない、いわば“二枚舌”でした。しかし、交渉会議については二枚舌さえ捨て、アメリカに準じて「NO」という態度を明確にしたのです。

 僕は、日本こそ核兵器廃絶のための最前線に立てると思っています。2度の原爆を体験した日本が「非人道的だからなくしていくべきだ」と言えば、誰も異論はないでしょう。今回の禁止条約の前文にも、「核兵器の使用による被害者(Hibakusha)ならびに核兵器の実験によって影響を受けた人々に引き起こされる受け入れがたい苦痛と危害に留意する」と、“ヒバクシャ”という日本語が盛り込まれました。

核保有国の席に置かれた2羽の折り鶴。2017年6月15日午後、国連本部で(写真=読売新聞/アフロ)

――国内にも、「アメリカの核の傘は必要だ」という意見もあるようですが……。

林田 僕たちは、国を守るというような話のときに、相手がナイフを持っているからこっちも持つ。あっちが10cmのナイフならこっちは15cm……と、ついゲームみたいな感覚に陥りがちです。でもそのロジックでは、互いに永久に性能を強化し続けるしかない。段階的に減らしていくなんてあり得ないのです。

 そうではなく、僕たちが『はだしのゲン』を読んだり、広島や長崎を訪れたりして抱いた感情をそのまま、安全保障の議論にも落とし込みたい。例えば敵国だといわれているような国にも、僕らと同じように人々の暮らしがあって、家族がいるということを思い描いてみる。不条理に命や暮らしを奪われたくないのは相手も同じだと気づくでしょう。そうした想像力こそが、人類の英知ではないでしょうか。

 日本と同じようにアメリカの同盟国であるオランダは、交渉会議の開始に棄権票を投じました。というのも、投票の直前に国民が署名を集め、「交渉会議に反対しないで」と政府に請願書を提出したからです。それが議会に承認されてオランダ政府は投票を棄権し、その後の交渉会議には参加しています。市民の声や署名が政府を動かした。これは注目に値することだと思います。

写真=疋田千里

「ヒバクシャ国際署名」はスタートラインに立ったところ

――禁止条約が採択された今、これからの「ヒバクシャ国際署名」にはどんな役割が期待されますか?

林田 今、交渉会議参加国の間でも、広島・長崎の被爆者のみなさんの存在や体験談が、禁止条約の必要性を世界に訴えていく上で大変重要だとの認識が共有されています。

 核兵器のない世界へ舵を切るために、唯一の戦争被爆国である日本の僕らがやるべきことは、核兵器が使われたときの惨状をリアルに想像できるように、被爆者のみなさんの体験を正確に世界に伝え、人々の持っている核兵器のイメージを変えていくことです。そのためにも、いろいろな人たちとコミュニケーションをとりながら、被爆体験を広げていきたい。署名はそのためのツールであり、議論の入口でもあります。

写真=疋田千里

 禁止条約はできましたが、残念ながら、今はまだすべての国が批准するという状況ではありません。「ヒバクシャ国際署名」が目指すのは、世界の人々の声で、核保有国も含めたすべての国を動かし、核兵器を完全に世界からなくすこと。条約ができたことがゴールではなく、むしろようやく今、スタート地点に立ったところです。

 「自分たちが生きている間に、なんとしても核兵器のない世界を実現したい」――被爆者のみなさんが訴え続けてきた心からの願いをかなえるために、どうかみなさんも、署名にご協力ください。

ヒバクシャ国際署名 受付中!

パルシステムは、平和を礎とする生活協同組合として、「ヒバクシャ国際署名」の呼びかけに賛同し、核のない社会の実現を広く訴えていきます。

詳細はこちらから

mitsuhiro-hayashida

Interviewee

林田光弘
はやしだ・みつひろ

明治学院大学大学院生。「ヒバクシャ国際署名」事務局キャンペーンリーダー。1992年長崎県生まれの被爆3世。高校2年生の時、核兵器廃絶を求める署名を国連に届ける「高校生平和大使」を務める。2015年、安保法制反対を訴える学生団体「SEALDs(シールズ:自由と民主主義のための学生緊急行動)」の創設に関わる。2016年、日本被団協の田中熙巳(てるみ)前事務局長の依頼を受け、「ヒバクシャ国際署名」の事務局キャンペーンリーダーに就任。

取材・文/高山ゆみこ 撮影/疋田千里 構成/編集部

 

 

 

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【原爆・長崎】 日本人はもっと怒るべき、高校生平和大使のスピーチ見送りに! 林田 光弘氏

2017-08-20 22:16:39 | 核爆弾 広島長崎

 

 「20代目の節目なのに」 高校生平和大使の演説見送り、長崎から落胆の声 西日本新聞 ·

「20代目の節目なのに」 高校生平和大使の演説見送り、長崎から落胆の声

 スイスのジュネーブ軍縮会議で高校生平和大使による演説が今年は見送られる見通しとなったことを受け毎年、平和大使を派遣している被爆地の長崎では、大使経験者や被爆者らから「残念」「意見の違いを尊重して」などの声が上がった。

 

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林田 光弘氏FBより

高校生平和大使のスピーチについて

2017.820

僕の出身団体である高校生平和大使の国連でのスピーチが中止になった(させられた?)というニュースが話題となってますが、このことで僕にも「どうなってんの?」って連絡がたくさん来ています。

僕も一人一人に返事をする余裕はないので、少しだけここで解説しておきます。

僕からすると「そりゃそうだろな」という感じでそこまで大きな落胆はしていません。

政府に対する落胆は、核兵器禁止条約交渉会議に日本が参加すらしなかったとき、条約成立後署名はしないとわざわざ明言したときなど、この間に散々しました。

高校生平和大使は2013年から、外務省から「ユース非核特使」を任命されています。つまり、外務省公認の1日大使に任命されることで、各国大使しか入れない会議場内に入れる、その場でスピーチが出来ていました。

日本政府は核兵器禁止条約の交渉会議参加すら拒否したわけですから、「1日大使」である高校生から国連軍縮会議の場において「日本政府がなんで入らないのか、入ることに期待する」等々を語られるとメンツ丸つぶれなわけです。だからこそ、今回の対応は別におかしな対応ではありません。

この場を借りて釘を刺しておけば、唯一の被爆国でありながら、核兵器の非人道性を軸として成立した核兵器禁止条約に日本が入ってないことに私たち日本人はもっと怒るべきなのです。

「高校生が」とか、分かりやすく騒ぎやすいトピックで話題を大きくしてもそれは高校生たちを疲弊させるだけであり、こちらで話題を大きくするぐらいなら、禁止条約に日本政府が入る気がない態度そのものを問題にすべきなのです。

条約は間も無く来月には署名が解放され、50カ国の署名があれば発行の目処が立ちます。そのタイミングであらためて日本政府はこの条約に対してわざわざ反対の意向を語るでしょうから、その時にこそ声をあげるべきです。

河野さんが外務大臣になって、先日の2プラス2の会議のタイミングでアメリカ側のにCTBT(包括的核実験禁止条約)の批准をお願いしました。これは歓迎すべき動きであると同時に、核兵器禁止条約に対する拒否をよりロジカルに言い逃れしようとする準備とも受け取れます。

まだ、河野さんを含む、新内閣の評価をすべきタイミングとは言えませんが、慎重に見守りながら、日本こそが核兵器禁止条約を推進するリーダーになるべきだという声を届け続けていきましょう。

移動中のため雑文ですが、今思いつくのはこんな感じです。


<林田 光弘さん紹介記事>

被爆3世がつなぐ、核兵器なき世界への願い 「ヒバクシャ国際署名」リーダー25歳被爆3世、林田光弘さん ~世界で署名集め 1年で300万筆 

 

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https://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/352071/

「20代目の節目なのに」 高校生平和大使の演説見送り、長崎から落胆の声

 
 

 スイスのジュネーブ軍縮会議で高校生平和大使による演説が今年は見送られる見通しとなったことを受け毎年、平和大使を派遣している被爆地の長崎では、大使経験者や被爆者らから「残念」「意見の違いを尊重して」などの声が上がった。

 長崎市では19日、今年の高校生平和大使22人のうち、長崎から派遣される3人の出発式があった。彼らは演説を想定し、英語力を鍛えてこの日を迎えた。

 引率する元教師の平野伸人さん(70)=同市=は、取材に対し「正式に見送りを伝えられたわけではないので何とも言えない」と絶句。その上で「政府が反対している核兵器禁止条約を平和大使が『推進すべきだ』と主張してしまうことを、外務省側が恐れたのではないか」と推測した。議事内容次第では直前の変更もあるといい「演説ができることを期待している」。

 出発式に参加した被爆者の井原東洋一さん(81)=同市=は「条約への言及を懸念しての対応ならば、政府と市民社会の溝がもっと深まる結果になるだろう。立場に違いがあるからこそ互いを尊重する寛容さが必要だ」と懸念を示した。

 昨年、長崎の平和大使としてジュネーブ軍縮会議で演説した大学1年の永石菜々子さん(19)=東京=は「(演説の見送りに)驚いたし残念に思う。今年は核兵器のない世界に向けて前進した年で平和大使も20代目の節目。演説には絶好の舞台だと思っていたのに」と険しい表情を見せた。

 昨年も日本政府と平和大使の温度差を強く感じたという永石さんは「双方の考え方のギャップを埋めるのは難しいだろうが、頑張っている高校生が活躍できる場を途絶えさせてはいけない」と訴えた。

 

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酷すぎる。高校生平和大使の発言を阻止した日本政府。核禁止条約への言及を恐れた、汚い大人の事情。「平和な世界」を願う純粋な気持ちを土足で踏みにじる行為。20周年の節目と頑張って過去最高の署名も実現したのに…。大人として、原水禁世界大会で知り合った大勢の高校生たちに心から謝りたい。

 

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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