大役を勤め終えた気分だ。
欠伸をしていると、うちのメイド長のドリスが来た。
「そろそろお茶にしましょう」
メイドのジューンが紅茶を運んで来た。
「目が覚めるように苦いのにしました」
煮立てたかのように色が濃い。
砂糖も付いていない。
「まだ仕事をさせるつもりかい。
僕はこれでも子供なんだけど」
ジューンが微笑み、ポケットから小さなポットを出して、
カップの隣に並べた。
ああこれは、砂糖だ。
紅茶を飲みながら、これからの流れを考えた。
考えれば考えるほど難しい事ばかり。
さっさと手を引きたい。
だけど事情が許さない。
旗頭というか、責任を負う者は不可欠だ。
その場合、適任者は俺しかいない。
爵位は伯爵だが、一部には王妃様に贔屓されてるとの噂がある。
それを活かすしかない。
俺は本営の中で働く者達を見回した。
王妃様に近い侍従や秘書、女官、彼等彼女等が中心になっているが、
それでも数が多いのは下級の文武官だ。
文句を言わず事態を打開すべく奔走していて頼もしい限り。
俺は、同じテーブルを囲む中核メンバーに声を掛けた。
「聞いて欲しい」
中核メンバーだけでなく、他のテーブルの面々も手を止めた。
まあ、気にはなるだろうな。
子供が指示する訳だから。
俺は言葉に力を込めた。
「手伝ってくれた全員の名簿が欲しい。
爵位、職責、階級、身分は一切問わない。
分け隔てなく全員だ。
手分けして調べてくれないか。
ただし、本日手伝った人間のみだ。
明日からの分は必要ない」
中核メンバーは顔を見合わせ、互いに頷き合い、声にした。
「「「はい、承知しました」」」
理解が早い。
他のテーブルは半々だな。
それも無理からぬこと。
治療を担当していた者が報告に来た。
「ポール細川子爵を発見しました。
重傷でしたが治癒魔法で回復させました。
ただ、血を大量に失っていましたので、暫くは動かせません」
良かった、生きていた。
「どのくらいで歩けるように」
「一ㇳ月の安静は必要ですね」
「後遺症は」
「それは様子見です」
贅沢は言えない。
生きていた事を素直に喜ぼう。
俺の側のドリスとジューンも、子爵の事を喜んでいた。
互いに手を取り、今にも飛び上がらんばかり。
それはそうだろう。
うちの者達の多くはポール細川子爵家に雇用されていた者や、
その血縁、ないしは紹介された者なのだ。
嬉しくない訳がない。
テーブルを囲む中核メンバーも喜んでいた。
こちらは同僚や顔馴染みなので、発見された事と、治癒が施された事に、
安堵の笑みを浮かべていた。
俺はもう一人を心配した。
報告した者に尋ねた。
「子爵の執事は」
ブライアン明智騎士爵だ。
うちのダンカンの父で、彼は常に子爵の身辺に侍っていた。
今回もそうだろう。
子爵が秘書執務室に居た場合は、
同階の従者控室で待機していたはず。
確実に今回の騒ぎに巻き込まれていただろう、とは推測できる。
「ああ、たぶんあの方ですね。
子爵の側で倒れていた方。
盾や短剣の様子から、随分と奮戦されていたようです。
でも大丈夫ですよ。
命に別条はありません。
魔力が切れても執拗に抵抗されていたのでしょう。
自身が倒れるまで。
暫くは昏睡状態が続きます。
日数は約束できませんが、何れ目覚めます」
何れか、約束できないか。
「後遺症は」
「あの方も様子見です」
彼は主人を守り切ったのだ。
そちらを喜ぼう。
そういう考えは俺だけではない。
他の者達も同様のようで、顔色からそうと読み取れた。
複雑な空気の中に侍女が飛び込んで来た。
「伯爵様」
その声で予想が付いた。
「はい、ここです」
「そろそろ暗くなりますが、あのう・・・」
最後まで言わせない。
「こちらの方もそろそろ夕食になります。
僕もそちらに参ります」
軍幕の一つで炊事が行われているせいか、
先程より良い匂いが漂っていた。
これでは仕事どころではない。
俺は皆に聞こえるように言った。
「僕はここまでにします。
後は皆さんにお任せします。
どうか宜しくお願いします」
それはそうだろう。
俺は子供、育ち盛り。
食事と休憩は必須事項。
事前に中核メンバーには伝えて置いたので、
ここで消えても大丈夫だろう。
侍女の案内で最奥の軍幕へ向かった。
「イヴ様のご様子は」
「辛抱してらっしゃいます」
「齢の割りに、あの方は気が回りますからね」
「ええ、それだけにお可哀想で」
「王妃様のことは」
「何も仰いません」
周囲を女性騎士が警戒に当たっていた。
その一人が俺に気付くと軍幕へ通してくれた。
中は明るかった。
夜に備えて魔道具の灯りを増やしたみたいだ。
イヴ様は真ん中のテーブルに居られた。
俺を目にするや、椅子から飛び降り、駆け寄って来られた。
「ニャ~ン」
ああ、目が潤んでいるではないか。
顔馴染みの者達に世話されてるとはいえ、
我慢の限界が近いのかも知れない。
俺は何時もの笑顔を貼り付け、両膝を付いた。
そこへイヴ様が遠慮会釈のないダイビング。
勢いがあった。
股間に激痛。
爪先が綺麗に入ったようだ。
「うっ」
激痛、なのだが、顔には出さない。
誰にも気付かれぬ様よう、足裏から素早く【氷魔法】を起動した。
それでもって局部を急速に冷やしつ、治癒。
ヒエヒエ~。
気付かぬイヴ様が俺の顔を覗かれた。
「ニャ~ン、つかれてるみたいね」
「ええ、でも、ちょっとだけですよ。
大勢の大人に囲まれていましたからね」
「おしごとだったのね、えらいえらい」
小さな手で俺の頭を撫で回された。
欠伸をしていると、うちのメイド長のドリスが来た。
「そろそろお茶にしましょう」
メイドのジューンが紅茶を運んで来た。
「目が覚めるように苦いのにしました」
煮立てたかのように色が濃い。
砂糖も付いていない。
「まだ仕事をさせるつもりかい。
僕はこれでも子供なんだけど」
ジューンが微笑み、ポケットから小さなポットを出して、
カップの隣に並べた。
ああこれは、砂糖だ。
紅茶を飲みながら、これからの流れを考えた。
考えれば考えるほど難しい事ばかり。
さっさと手を引きたい。
だけど事情が許さない。
旗頭というか、責任を負う者は不可欠だ。
その場合、適任者は俺しかいない。
爵位は伯爵だが、一部には王妃様に贔屓されてるとの噂がある。
それを活かすしかない。
俺は本営の中で働く者達を見回した。
王妃様に近い侍従や秘書、女官、彼等彼女等が中心になっているが、
それでも数が多いのは下級の文武官だ。
文句を言わず事態を打開すべく奔走していて頼もしい限り。
俺は、同じテーブルを囲む中核メンバーに声を掛けた。
「聞いて欲しい」
中核メンバーだけでなく、他のテーブルの面々も手を止めた。
まあ、気にはなるだろうな。
子供が指示する訳だから。
俺は言葉に力を込めた。
「手伝ってくれた全員の名簿が欲しい。
爵位、職責、階級、身分は一切問わない。
分け隔てなく全員だ。
手分けして調べてくれないか。
ただし、本日手伝った人間のみだ。
明日からの分は必要ない」
中核メンバーは顔を見合わせ、互いに頷き合い、声にした。
「「「はい、承知しました」」」
理解が早い。
他のテーブルは半々だな。
それも無理からぬこと。
治療を担当していた者が報告に来た。
「ポール細川子爵を発見しました。
重傷でしたが治癒魔法で回復させました。
ただ、血を大量に失っていましたので、暫くは動かせません」
良かった、生きていた。
「どのくらいで歩けるように」
「一ㇳ月の安静は必要ですね」
「後遺症は」
「それは様子見です」
贅沢は言えない。
生きていた事を素直に喜ぼう。
俺の側のドリスとジューンも、子爵の事を喜んでいた。
互いに手を取り、今にも飛び上がらんばかり。
それはそうだろう。
うちの者達の多くはポール細川子爵家に雇用されていた者や、
その血縁、ないしは紹介された者なのだ。
嬉しくない訳がない。
テーブルを囲む中核メンバーも喜んでいた。
こちらは同僚や顔馴染みなので、発見された事と、治癒が施された事に、
安堵の笑みを浮かべていた。
俺はもう一人を心配した。
報告した者に尋ねた。
「子爵の執事は」
ブライアン明智騎士爵だ。
うちのダンカンの父で、彼は常に子爵の身辺に侍っていた。
今回もそうだろう。
子爵が秘書執務室に居た場合は、
同階の従者控室で待機していたはず。
確実に今回の騒ぎに巻き込まれていただろう、とは推測できる。
「ああ、たぶんあの方ですね。
子爵の側で倒れていた方。
盾や短剣の様子から、随分と奮戦されていたようです。
でも大丈夫ですよ。
命に別条はありません。
魔力が切れても執拗に抵抗されていたのでしょう。
自身が倒れるまで。
暫くは昏睡状態が続きます。
日数は約束できませんが、何れ目覚めます」
何れか、約束できないか。
「後遺症は」
「あの方も様子見です」
彼は主人を守り切ったのだ。
そちらを喜ぼう。
そういう考えは俺だけではない。
他の者達も同様のようで、顔色からそうと読み取れた。
複雑な空気の中に侍女が飛び込んで来た。
「伯爵様」
その声で予想が付いた。
「はい、ここです」
「そろそろ暗くなりますが、あのう・・・」
最後まで言わせない。
「こちらの方もそろそろ夕食になります。
僕もそちらに参ります」
軍幕の一つで炊事が行われているせいか、
先程より良い匂いが漂っていた。
これでは仕事どころではない。
俺は皆に聞こえるように言った。
「僕はここまでにします。
後は皆さんにお任せします。
どうか宜しくお願いします」
それはそうだろう。
俺は子供、育ち盛り。
食事と休憩は必須事項。
事前に中核メンバーには伝えて置いたので、
ここで消えても大丈夫だろう。
侍女の案内で最奥の軍幕へ向かった。
「イヴ様のご様子は」
「辛抱してらっしゃいます」
「齢の割りに、あの方は気が回りますからね」
「ええ、それだけにお可哀想で」
「王妃様のことは」
「何も仰いません」
周囲を女性騎士が警戒に当たっていた。
その一人が俺に気付くと軍幕へ通してくれた。
中は明るかった。
夜に備えて魔道具の灯りを増やしたみたいだ。
イヴ様は真ん中のテーブルに居られた。
俺を目にするや、椅子から飛び降り、駆け寄って来られた。
「ニャ~ン」
ああ、目が潤んでいるではないか。
顔馴染みの者達に世話されてるとはいえ、
我慢の限界が近いのかも知れない。
俺は何時もの笑顔を貼り付け、両膝を付いた。
そこへイヴ様が遠慮会釈のないダイビング。
勢いがあった。
股間に激痛。
爪先が綺麗に入ったようだ。
「うっ」
激痛、なのだが、顔には出さない。
誰にも気付かれぬ様よう、足裏から素早く【氷魔法】を起動した。
それでもって局部を急速に冷やしつ、治癒。
ヒエヒエ~。
気付かぬイヴ様が俺の顔を覗かれた。
「ニャ~ン、つかれてるみたいね」
「ええ、でも、ちょっとだけですよ。
大勢の大人に囲まれていましたからね」
「おしごとだったのね、えらいえらい」
小さな手で俺の頭を撫で回された。