金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

(注)文字サイズ変更が左下にあります。

昨日今日明日あさって。(テニス元年)30

2023-08-27 08:59:35 | Weblog
 執事長が書き上げた文書に高山伯爵が署名した。
それをダンカンが受け取り、中身を改め、俺に差し出した。
「問題はございません」
 俺も一読した。
良し良し。
では賠償金を頂こう。
俺は兵士達に壁の絵画を外す様に指示した。
途端、伯爵が声を荒げた。
「何をする」
「ご心配なく、絵ではありませんから」
 執事長も声を上げたそうな様子。
でも、途中で止めた。

 伯爵の執務デスクの背後に風景画が飾られていた。
どこかは知らぬが、夕暮れ時に丘から湖を眺めていた。
湖面を進むボート、飛び立つ鳥の群れ、対岸に一頭のオーク。
意味も価値も分からない。

 既に室内は鑑定済み。
そこでお宝を見つけた。
ふっふっふ。
お宝お宝なんです。
伯爵が、絵画を外そうとする兵士達の前に立ち塞がった。
邪魔臭い。
俺は兵士達に明確に命じた。
「殺すな、部屋の隅に転がして置け」
「「はい」」
 兵士達は素早く伯爵を拘束した。
空樽でも有るかの様に部屋の片隅に転がした。

 絵画が外された。 
絵画跡の壁に、隠し金庫の扉があった。
サイズからすると小物入れ、現金か貴金属。
既に現金で一杯なのも確認済み。
床から伯爵が立ち上がった。
「開けるな」
 執事長は目を閉じた。
諦めの心境に至ったらしい
お利口さん。

 兵士達が伯爵を取り押さえた。
それを横目に俺は金庫の扉に手を当てた。
流石は伯爵家、通常の鍵だけではなかった。
術式も施され、煩わしい事この上なし。
並みの泥棒が手に負える代物ではない。
 俺は、錬金魔法に契約魔法を重ね掛け。
干渉して鍵と術式を無効化した。
とっとと解錠。
「おう、鍵が開いてた」驚いて見せた。

 ダンカンの目が疑惑一色。
それでも迂闊な事は口にしない。
じっと俺を見た。
「それで、・・・どうします」
「現金が有る様だから、賠償金として頂こう」
「もしかして全額ですか」
「おお、良いこと言った。
そうだね、全額だね。
残したら伯爵に失礼だよね。
・・・。
それから、賠償金の領収書は明石少佐に渡してくれ。
今回の件の書類に添付する必要があると思う」
 何故か、カトリーヌ明石少佐の溜息が聞こえた。
呆れている様な、・・・。

 ダンカンが兵士に手伝わせ、執務デスクに積み上げて行く。
最初は小金貨の山。
次に中金貨の山。
そして大金貨の山。
更には見た事のない金貨の山。
おそらくは古銭。
「これで全部です」
「へえ、金塊がないんだね、それは残念。
賠償金は大中小の金貨だけにしようか。
古銭は換金が面倒だから残して」

 ダンカンと兵士が金貨を数え始めた。
カトリーヌが俺の隣に来て、小さな声で囁いた。
「古銭を除外したのは良い判断よ」
「そうですか、それは良かった」
「もし貴方が金庫の中を総浚いしたら、伯爵に同情したわね。
私も、他の方々も、・・・分かるでしょう」
「程々にして置けって事ですね」
「その通り、塩梅が大切なのよ」
「良かった、皆さんを敵に回さずに済みました」

 カトリーヌが続けて言う。
「問題は義勇兵旅団の行方よね。
何か手掛かりがあったのかしら」
 俺としては通告がなかった件だから、どうでも良いこと。
このまま行方不明でも構わない。
所詮は他家の問題。
責められる謂れはない。
だけど世間的なものが、・・・あるよな。
「彼等は、理由は知りませんが、尾張から入り、三河大湿原沿いを進み、
途中から木曽大樹海を抜ける街道に入る予定だったそうです。
ところがその街道に彼等が通行した形跡がない。
遺体は勿論、武具や小荷駄と思わしき物が一つも見つからない。
・・・。
大樹海でも、少人数のキャラバンや冒険者パーティなら、
警戒さえすれば無事に通過できるのです。
大軍であれば魔物の関心を惹きますが、
少人数であれば然程でもありません。
時間との勝負、襲撃される前に通り抜ければ良いのです。
まあ、時たま、魔物の小さな群れとの遭遇はあるでしょうが、
粗方は撃退できます」

 カトリーヌは暫くして口を開いた。
「旅団単位の消失ですものね。
この件にうちの参謀本部も関心を寄せているわ。
・・・。
ところで佐藤伯爵、貴方は大湿原にも大樹海にも詳しいのよね。
そんな貴方の見立ては」
 ああ、彼女もそこに気付いた様子。
でも、もう少し情報が欲しい。
「義勇兵旅団の質は、・・・将校の練度という意味になりますが」
「将校といっても、一口で言うなら素人。
国軍、近衛軍の将校経験者はいない、そういう意味よ」
「だとしても領軍の将校くらいはいますよね」
「それは少ないわ。
領地の留守を任せる者に事欠くもの。
だから多くは貴族の子弟、・・・分かるでしょう」
 経験に乏しい。
そんな連中が難解な土地に挑んだ。
旅団編成で大湿原から大樹海へ至るという。
素人に率いられた大冒険だ。
兵卒の未来は絶望しかない。
「三河大湿原に迷い込んだ、或いは、追い込まれた、そう想定して、
幾つかの捜索隊を派遣しました。
たぶん、何かが見つかります」
「うちの参謀本部も同様の見立てよ。
うちは人手が足りないから派遣はしない。
佐藤伯爵様だけが頼りよ」

 ダンカンがカトリーヌの傍に寄った。
一枚の紙を差し出した。
それを見てカトリーヌが口笛を吹いた。
カトリーヌの背後から副官の一人が覗き込む。
これまた表情を変えた。
カトリーヌが副官を無視して俺に言う。
「賠償金の領収書、確かにお預かりしました」
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昨日今日明日あさって。(テニス元年)29

2023-08-20 04:43:10 | Weblog
 俺は死臭や嘔吐の臭いを消す為に窓を全開にした。
冷たい風が頬に当たった。
何てこったい。
全く罪悪感が湧かない。
俺は人の心を失ったのだろうか。
 下から来る複数の乱れた足音から現状を再認識した。
対応を一つでも間違えれば炎上してしまう案件なんだな。
ん、炎上なんだな。
切れ掛かりそうだった演技スキルを継続し、
窓際に立ったままでお偉い方々を出迎えた。
兵士の先導で公的機関の幹部連が入って来た。
カトリーヌ明石少佐と副官、護衛が二名。
名は知らぬが、国軍の大尉と副官、護衛が二名。
こちらも名は知らぬが、奉行所の与力と同心、護衛二名。

 カトリーヌが室内を見回した。
全体を見て取っても表情に変化はない。
死者二名にも納得している風。
彼女が引率した者達を代表して質問した。
「佐藤伯爵殿、これは如何なる事か、説明を求めます」
 俺は冷静に応じた。
「僕はここの伯爵、ホアキン高山伯爵からの召喚状を受け取りました。
それで身の危険を感じ、武装兵を伴って召喚に応じました」
 ダンカンが熟れた動作で召喚状を彼女に差し出した。
カトリーヌは受け取ると、素早く目を通した。
軽く頷き、それを大尉に手渡し、俺に質問した。
「だからといって、あれは何なの」
 彼女は視線を高山伯爵に向けた。

 伯爵は【奴隷の首輪】を装着され、口元喉元は嘔吐まみれ。
疲れ切っている様で、ハーハーヒーヒーと呼吸が荒い。
それでも事態の変化が分かったのか、
縋る様な眼差しを公的機関の面々に向けた。
俺は落ち着いた口調で答えた。
「召喚状の理由が知りたいので、敢えて【奴隷の首輪】を装着しました」
「それで答えは得られたの」
「はい」
「得られた答えを教えて頂けるかしら」
「目下の者に横柄な人物であると分かりました」
「そう、・・・つまりは」
「同格の寄親伯爵を呼び付け、優越感に浸りたかったのでしょう」
「分かりました。
それであの首輪は」

 俺は兵士に、【奴隷の首輪】を外して解放する様に指示した。
外された伯爵は安心したのか、その場に腰を下ろした。
見るからに、衰弱しきったご様子。
すると執事長が解放された伯爵に駆け寄った。
ハンカチで嘔吐を拭う。
でも、そんな小さなハンカチで拭いとるのは無理なんだな。
そこで俺は親切にも、光魔法を起動した。
ラントクリーンで伯爵の汚れを消し去った。
皆の視線が俺に向けられた。
代表してカトリーヌが質問した。
「伯爵、今のは」
「貴族の嗜みです」
「無詠唱ですよね」
「それも貴族の嗜みです」
 何時でも殺せますよ、とは続けない。

 俺は伯爵に通告した。
「高山伯爵、この場を収めるのは貴方です。
自分の非を認めますか」
 高山伯爵は自分の執事長を見上げ、
それから公的機関の方々に視線を転じた。
味方でも探すかの様な目色。
それが無理だとは分からない様子。
俺は分かり易く告げた。
「まず僕への謝罪文を頂きます」
「・・・どう、どうして」
「お分かりの様に近衛軍、国軍、奉行所の方々が来てらっしゃいます。
なのに、何も無いでは方々の出動が無駄足になります。
分かりますよね、無駄足。
貴方の軽率な行動で方々が来られたのです。
無駄足でお帰り願うのは、貴方の爵位では足りません。
せめて公爵であれば、・・・。
よって、上に報告書が必要な案件になったのです」
 全部丸ごと伯爵に押し付けた。

 執事長が伯爵に何事か耳打ちした。
意に反するのか、伯爵の表情が変わった。
それでも執事長は諦めない。
執拗に耳打ちを続けた。
まるで父親と躾される子供。
ついに陥落した。
執事長が俺を見上げた。
「謝罪文で宜しいのですね」
「はい、そうです。
謝罪文は僕宛てにして下さい。
ただ、こちらの方々に提出しますので、
それ相応の書式にしてくださいね。
たぶん、最後は貴族院に回されると思いますので」
 執事長は伯爵と視線を交わし、俺に頷いた。
「承知しました」
 それて終わらせるつもりはない。
「謝罪文一つでは軽すぎるので、これに重みを付け足します」
「重みを、・・・」
 執事長が疑問の目色。
これは伯爵も同様。
いやいや、俺以外の全員がそうだった。
ダンカンにジューン、兵士の皆も。

 俺はカトリーヌを振り向いた。
「謝罪文では軽すぎて鼻息一つで吹き飛びます。
そこで重しを付けます。
賠償金です。
これで事の良し悪しが誰にも分かる筈です」
「事の良し悪しねえ、そうよね」
 カトリーヌだけでなく、その群れの者達も頷いた。
流石は公的機関の方々。
この手の始末の付け方に深い理解がある様だ。

 執事長が伯爵に再び耳打ちした。
他に漏れぬ様に小声で意見を交わし合う。
たぶん、二人の意見は一致しないだろう。
俺は二人に告げた。
「賠償金として伯爵を奴隷に売り払う方法もあるけど、
それだと僕が損をします。
銅貨一枚ですからね」
 受けた。
カトリーヌの群れで失笑が漏れた。
僕は気にせずに続けた。
「もう一つあります。
ここで伯爵の首を落として、伯爵家に買い戻して頂く。
これでも宜しいですよ」

 高山伯爵と執事長が互いに顔を見合わせた。
競う様に口を開いた。
「「賠償金で」」
 俺は二人に指示をした。
「それでは執事長、伯爵様はお疲れの様だから代わりに、
謝罪と賠償を認める公式文書を書いて。
良いよね、高山伯爵。
そうそう、伯爵には最後に署名だけお願い」
 頷く高山伯爵。
問う執事長。
「賠償金の金額は如何ほどですか」
「屋敷の蔵を空にしろなんて無茶は言わないよ。
まず文書がきちんとしているか、それを見てから話し合おう」
 渋々ながら執務デスクに向かう執事長。
俺としては話し合う気は全く無いんだけどね。
それはそうとして、ダンカンに指示した。
「無駄を省きたいから、文書の確認を頼む」
 ダンカンが良い笑顔で頷き、執事長の背後に回った。
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昨日今日明日あさって。(テニス元年)28

2023-08-13 10:56:15 | Weblog
 俺の警告が受け入れられた。
室内で本棚を動かす作業が開始された。
ドアが開けられるのに時は要しない。
ドアが少し開けられ、その隙間からこの家の執事長が顔を覗かせた。
「これは何の真似ですか」
 怒っている色だが、仕事柄なのか、言葉は荒げない。
ダンカンが俺の前に出て対応した。
「こちらの伯爵に当家の伯爵様が召喚されたので、
この様な仕儀と相成りました。
出された召喚状の事はご存知ですよね」
 執事長が不思議そうな表情を浮かべ、ダンカンを見返した。
「召喚・・・、何の事ですかな」
「貴方に似た執事が、その召喚状を当家に届けに参りましたのですが」
 途端、執事長が後ろを振り向いた。
「ベレット、お前か」
 室内から答える声。
「父上、その召喚状は私が届けました」
「私は聞いていないぞ」
「伯爵様のご指示でした。
取り急ぎと申されましたので、その日のうちに届けました」

 執事長の顔色は見えないが、肩が落ちた様子から、落胆と窺えた。
それでも仕事への矜持からか、ゆっくりとこちらを振り返った。
「申し訳ございません。
伯爵と申されましたが、どちらの伯爵様ですか」
「貴方は事の経緯をご存知ない様子、お気の毒様です」
 ダンカンは身体を脇に寄せて、俺を紹介した。
「こちらが当家のダンタルニャン佐藤伯爵です。
学校へ通われるお歳ですが、美濃地方を任されております。
同格の寄親伯爵です。
その同格の伯爵への召喚状、実に許し難い。
よって、この様な仕儀と相成った次第です。
既に関係方面には通達済みです。
少々の騒ぎは理解して貰えると思っています」

 思案する執事長。
俺は率いて来た警護の兵士五名に命じた。
「当初の指示通りだ。
突入して敵戦力を削げ」
 待ち構えていた五名はウィリアムが特に選んだ者達、
聞き返しも二の足もない。
即座に行動を開始した。
執事長を押し退けて突入。
それからは早い。
まず、伯爵の護衛二名を問答無用で斬り捨てた。
続いて執事長を含めた三名の喉元に剣先を突き付け、拘束。
最後に伯爵を取り押さえ、【奴隷の首輪】を装着した。

 伯爵や執事達が抗議の声を上げる中、俺は室内に入った。
立派なソファーがあった。
早速、そこに腰を下ろした。
ダンカンはと見ると、伯爵の執務机に手を付けた。
卓上の書類を漁る。
それでも飽き足りないのか、引き出しの書類まで目を通す始末。
どうやら彼は仕事中毒らしい。
お気の毒様。
俺は後ろに控えたジューンに尋ねた。
「どう」
「どうと聞かれましても。
殿方は大変ですねとしか、・・・」

 目の前に引き出された伯爵は、盛大に抗議の声を上げた。
その姿は、【奴隷の首輪】を装着されているので実に滑稽、うこっけい。
俺は【奴隷の首輪】の主人役である兵士に命じた。
「犯罪者として躾てくれ」
 兵士がニヤリ。
この奴隷の首輪は、絞まるタイプ。
命令に従わぬとジワジワと絞まり、絶息寸前にまで追い込む仕様。
手違いで死んだら、それも仕様がない。
お気の毒様。

 【奴隷の首輪】の扱いに慣れた兵士を起用した。
「返事は二つだけ。
はい、いいえ、それ以外は認めない。
分かったか、分かったら返事しろ」
 伯爵は自分が置かれた状況が分からないらしい。
目を白黒させるだけで返事をしない。
すると首輪が反応した。
少し絞まった。
「うっ、これは」
「返事はどうした」
「くっ、はっはい」

 兵士が虚実硬軟を盛り込んだ質問を連発し、伯爵を追い込んで行く。
それを横目に、俺は屋敷の執事長を呼び寄せた。
「屋敷全体に触れ回れ、伯爵は無事だと。
騎士団が動かぬ限り、伯爵や家族の安全は保障する。
ただし、不審な動きをしたらその限りではない、そう伝えろ」
 執事長は即座に部屋から駆け出した。
まず三階に向かった。
伯爵の家族を説くのだろう。

「王妃様の悪口を言ってるそうだな」」
「いいえ」
 これで何度目だろう。
首輪が限界まで絞まった。
「げっ、げえー」
 涎か嘔吐か判断が付かない。
お陰で口元喉元が悲惨な状況。
とても伯爵様が置かれる状況ではない。
それでも追い込みを続けさせた。
「義勇兵旅団の発起人の一人なんだろう」
「もう許して下さい」
 余計な発言で首輪が絞まった。
「明日は雨だな」
「許して下さい」
 涙を流しながら首輪を両手で掴んだ。
首輪が絞まるのを阻止しようと図るのは、これで何度目だろう。
一度も成功してないのに。
「やっ、止めぐぇっ」
 また吐いた。
胃は空になっていないようだ。
もう少し行けるかな。

 兵士が要所要所で、こちらが知りたい情報を吐かせた。
それである程度の目安は付いた。
この伯爵は、ただ単に横柄な奴。
こちらを目下の新参者と看做して難癖を付けた、それだけのこと。
なんて人騒がせな。

 伯爵邸本館を占拠し、護衛二名を殺した。
傍目には、伯爵本人を甚振ったと映るだろう。
この落としどころが難しい。
んー、強気で押し通すか。

 カーテン越しに外を見ると、これが大騒ぎ。
玄関前で、敵騎士団と当家の兵が睨みあっているのだ。
近隣の屋敷が気付かぬ訳がない、
貴族を含めた野次馬が周囲に群れていた。

 奉行所や国軍も駆け付けていた。
野次馬を規制し、屋敷を包囲していた。
幸い、事前に関係各所に通告済みなので、
彼等が力押しで入って来る事態は避けられていた。
今の所はだ。
先は分からない。

 下から駆け上がって来る足音。
当家の兵士だ。
「近衛軍のカトリーヌ明石少佐が面会を求められております」
 近衛軍も出動して来た。
カトリーヌ殿なら信頼が置ける。
「奉行所や国軍は」
「包囲するのみで、目立った動きはありません」
「分かった。
少佐を通してくれ。
それとだ、国軍と奉行所の責任者が希望するなら、一緒に通してくれ」
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昨日今日明日あさって。(テニス元年)27

2023-08-06 09:53:11 | Weblog
 ホアキン高山伯爵の屋敷は西区画にあった。
寄親伯爵だけあり、仰々しい門構えをしていた。
太い鉄柵で、観音開き、高さは3メートルほどか。
開けられているのは表門脇の通用門のみ。
内側の詰め所で、門衛二名が番をしていた。
 俺達の車列に門衛二名が困惑の表情。
互いに顔を見合わせた後、二名揃って動いた。
通用門から出て来て、片方が質問した。
「何かご用でしょうか」
 もう片方は、こちらの車列を眺めていた。
それを横目に、先頭の馭者が大きな声で答えた。
「ダンタルニャン佐藤伯爵様が参られた。
急ぎ、ご主人に取次を頼む」
「聞いておりません、アポはお取りでしょうか」

 門前での遣り取りとは別に、
一両目の後部ドアからから武装兵六名が飛び出した。
その先頭は隊長のウィリアム。
無言で走り、戸惑う門衛二名を無力化し、拘束した。
手足をロープで縛られても口で抗う二名。
「これは何の真似だ」
「ここは伯爵様のお屋敷だぞ」
 それも猿轡をされ、蹴り倒されると大人しくなった。
門衛二名には用は無いので、門の内側に転がして置いた。
俺達は、門を大きく開け、車列のまま敷地内に入った。

 動員した馬車は計六輌、うちの四輌が兵員輸送車輌。
武装兵は三十八名、馭者が六名。
そして俺とメイド・ジューン、ダンカン、ウィリアム。
 敷地内に入ると邪魔する者は皆無。
アポを取っていると誤解しているらしく、
擦れ違う使用人達は黙って道を譲ってくれた。
それでも幾人かが車輌の多さに怪訝な表情を浮かべた。
が、行く手を遮る勇者はいない。

 本館が見えた。
どっしりした造り。
玄関前には衛士が二名、番をしていた。
俺を乗せたカブリオレ型馬車のみが馬車寄せに入った。
他は手前で待機。
それを見て取った衛士二名が歩を進めて来た。
これから大立ち回り本番なんだが、うちの馭者は暢気者。
「伯爵様、幌を開けますよ」
 言うや手早く幌を全開にした。
ジューンが素早く降りて、俺をエスコートしようと手を差し出した。
「どうぞ、伯爵様」
 伯爵様、伯爵様と二度、これが大事。
衛士二名の足が馬車の前で止まった。
対応に迷っている様子。
まあ、事前にアポがないのだから、しようがないね。

 待機していた車輌よりダンカンとウィリアムが駆けて来た。
ウィリアムは当然、兵装。
ダンカンは執事服。
衛士二名がその二人に気を取られた。
その隙をジューンと馭者が逃さない。
素手で衛士二名の懐に飛び込んだ。
腰を落として諸手突き。
非力な力ではあるが、掌底が顎と鳩尾に決まった。
崩れる二名をダンカンとウィリアムが捕縛し、
これまた猿轡して適当に転がした。

 俺はジューンに声を掛けた。
「エスコートは」
 ジューンが怒った。
「褒めてくださいよ」
 確かに。
今のは想定外だった。
それでも動けるのだから大したもの。
メイドと馭者なのに。
「まだ終わってないよ。
でも、良くやってくれた、ありがとう」
 馭者はニコニコ。
ジューンは渋々といった感で、エスコートしてくれた。
「日頃の訓練には疑問があったのですけど、こうして役に立つとは」

 玄関前の騒ぎなので使用人達の目に触れない訳がない。
表にいた誰もが本館の裏へ逃れて行く。
裏口から上司に報告するのだろう。
 ウィリアムが全兵力を率いて本館に突入した。
それを横目に馭者達も一仕事。
馬車を駐車場へ移動させた。
帰りの足確保は大切な仕事なのだ。
それを終えた馭者達が戻って来た。
カブリオレの馭者が俺に尋ねた。
「手前共は如何いたしますか」
「もうじき屋敷の兵力が向かって来る。
怪我したら困るから、ここの一階で待機してようか」

 屋敷の兵力が押し寄せる前にウィリアムが現れた。
「一階を占拠しました」
 騒ぐ声や悲鳴は聞こえたが、剣戟や攻撃魔法はなかった。
血は流れてない、そんな認識で良いのだろう。
俺はダンカンやジューン、それに馭者達を引き連れて一階に入った。
 中に入った途端、絵画の群れが俺達を出迎えた。
これ程の油絵が見られるとは、・・・。
実写的な風景画が多いが、宗教画や肖像画も散見された。
俺にウィリアムが言う。
「呆れる位の数です。
幸い、どれにも疵は付けてません」
 廊下のあちこちに口から血を流している使用人達が座り込んでいるが、
俺はそれには目を向けない。
彼等は絵画以下の存在。
人の替えは無数にあるが、絵画の替えは利かない。
例えそれが理解に苦しむ画風だとしても。

 俺は肝心の事を尋ねた。
「当主はいるの」
 アポなしだったので、それが心配だった。
ウィリアムの後ろから兵士が現れ、使用人を前に蹴り出した。
「執務室にいるそうです。
こいつに案内させます」
 倒れた使用人が俺を睨み付けた。
「誰が案内するか」
 中年で小太り。
長年、この屋敷の主人に仕えていたのだろう。
事情は分かるが、俺は退けない立場。
ここは俺自身が時間制限を掛けた現場でもあった。
屋敷の兵力もあれば、奉行所等々の立場も考慮せねばならないからだ。
俺はここから自身の力を揮う事にした。
全力ではない。
ちょっとだけ。

 探知スキルと鑑定スキルを重ね掛け。
伯爵を探した。
直ぐに見つけた。
 屋敷側も兵力を揃え終えた。
騎士団長を先頭にして本館に駆けて来た。
「ウィリアム、敵兵力は二百余。
交渉にて大人しさせろ」
「材料は伯爵ですな」
「まだだが、二階の執務室の伯爵の身柄を確保したと脅せ」

 一階の防御はウィリアム達に任せて、俺達は二階の執務室に向かった。
俺にダンカン、ジューン、警護の兵士が五名。
これで充分だ。
俺は自ら執務室のドアをノックした。
風魔法で声を中に届けた。
「伯爵様、お客様がお見えです」
 中からの応答はない。
籠っているのは伯爵、執事三名、護衛二名。
内側から施錠し、本棚をドアの前に置いていた。
下の騒ぎで籠る選択を選んだのだろう。
しかし、彼は肝心の事を忘れていた。
俺はそれを思い起こさせた。
「自分一人が助かるつもりか。
屋敷の騎士団も出撃して来た。
このままでは直戦闘になる。
攻撃魔法が飛び交えば何れ火災になる。
これには三階のご家族も巻き込まれる。
お別れは済ませたのか」
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