金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

(注)文字サイズ変更が左下にあります。

昨日今日明日あさって。(テニス元年)26

2023-07-30 11:18:58 | Weblog
 玄関には手空きの者達が出迎えていた。
メイドの一人が馬車のドアを開けてエスコート。
「おかえりなさいませ」
 このエスコート役は人気で、メイド達が争奪戦を繰り広げるのだそうだ。 
ジューンが悔しそうな顔で俺を見ていた。
えっ、争奪戦に負けたのは俺の責任なの、違うだろう。
そのジューンの隣で執事長・ダンカンが、苛立ちを隠し、俺を見ていた。
彼は皆の手前、余計な事は口にしない。
ルーティン通り、俺の後ろに従った。

 着替えより先に、ダンカンの抱えている問題に対処した方が良さそうだ。
「執務室で聞こうか」
「はい」
 エスコート役のメイドに頼んだ。
「二人分のお茶を頼む」

 執務室で二人きりになった。
俺はダンカンにソファーを勧めた。
固辞するダンカン。
でもそれは許さない。
俺が先にソファーに腰を下ろして、ダンカンを見上げた。
「ねえダンカン、上からご主人様を見下ろしちゃ駄目だよね」
 ダンカンは虚を突かれたかの様な顔をした。
結局、渋々感一杯の空気を醸し出して腰を下ろした。
そこへメイドがお茶を運んで来た。
俺には緑茶、ダンカンには珈琲。
お茶請けはマンゴーのショートケーキ。
「今街で人気なんですよ」とはメイド。

 咽喉を潤してダンカンに尋ねた。
「それで話は」
「今お見せします」
 ダンカンは内ポケットから一通の書状を取り出し、俺の前に置いた。
役所仕様の定型封筒で、表には召喚状の文字と俺の名前、
裏には見慣れぬ紋章。
「召喚状ね、誰から」
「ホアキン高山伯爵様からです」
「知らないな」
「和泉地方を治めていらっしゃる方です」
「会ったこともないと思う、それが」
「使いの者が申すには、召喚状だそうです」
「はあ、・・・召喚状」

 俺宛の書状手紙の類は、
受け取った段階で鑑定スキル持ちが検査した。
安全か、否か。
安全と分かった物を、執事長が区分けした。
公的か、私的か。
公的と判断した場合は執事長が職権で開封し、中身を改めた。
今回の召喚状も既にダンカンが目を通していた。

 俺は召喚状を読み進めた。
簡潔な文章なので一目で読めた。
要するに、「直ちに我の下に出頭せよ」とのこと。
 召喚状は公的な書類。
宮廷が発する強制力のある物。
まあ、今回の様に寄親伯爵が発する場合もあるにはある。
が、それは例外的な措置。
範囲は、己に従う寄子貴族のみに限られた。
俺は召喚状をテーブルに置いた。
「ホアキンはアホなの」
「どうやらその様です」
 ホアキンではなくてアホキンらしい。
「使いの者の身分は」
「執事の一人でした。
鑑定スキル持ちに確認させましたので、間違いありません」

 ダンカンは怒りながらも最低限の仕事をしていた。
初手で敵の確認を怠らない。
流石は執事の家柄。
俺はケーキを一口、美味い。
さて、どう対処すべきか。
それも寄親伯爵として。
ダンカンが珈琲を飲み干して言う。
「召喚状とは失礼にも程があります。
同格の伯爵に対する態度では御座いません」
 ダンカンの目色が怖い。
日頃の彼からは考えられぬ色。
許可すれば殴り込むだろう。
俺は火に油を注がぬ様にした。
「使いの執事の様子は」
「・・・慇懃無礼そのものでした。
まるでこちらを格下扱い。
・・・。
私が、同格の寄親伯爵相手に召喚状は失礼だろう、
そう申したのですが、聞く耳を持っておりませんでした。
主人が主人なら、家来も家来、どちらも屑です」

 俺は尋ねた。
「それでも、何らかの調べはしたんだろう。
例えば召喚状に繋がる原因とか」
「適いませんね。
はい、そうです。
こちらが捕えた五名のうちの二名が、ホアキンの寄子貴族でした。
ですからその関係かと」
 ダンカンはきちんと仕事をしていた。
難しい問題ではなくて単純な事だった。
それ以外にホアキンとの間に関係はない。
 ホアキンのレベルは知れた。
これは即行で解決すべきだろう。
俺は執り行う方法をダンカンに詳細に説明した。

 全てを聞き終えたダンカンが疑問を呈した。
「大丈夫ですか。
これが王宮へ知れた場合にお咎めは御座いませんか」
 ホアキンへの怒りより、執事長としての職分が優先したようだ。
「だから誰も暴走せぬ様にダンカンを連れて行くんだろう」

 ダンカンから解放された俺は自室に戻って風呂、着替え。
勿論、メイド達が世話してくれた。
俺に拒否権はなかった。
このところ、メイド達が世話を焼きたがるので、困った、困った。
 着替え終えるをダンカンが待っていた。
彼も覚悟を決めたらしい。
顔色が良い。
「関係各所への書状の手配は」
「済みました。
書くのは書記スキル持ちに、届けるのは兵士に」
 手短に答えた。
まるで軍隊調、気持ちが入っていた。
「ダンカンの役目は、後方からの俺の支援なんだから、
少し肩の力を抜こうか」

 玄関先は大賑わい。
群れ成す兵士の一団。
その周囲には当家の使用人達が溢れていた。
私語が飛び交っていたのだが、メイド・ジューンがドアを開けた途端、
波が引く様に静まった。
「伯爵様のお成りです」
 ジューンの甲高い声。
ウィリアム佐々木の声が続いた。
「整列」
 兵士の一団が踵を合わせ、姿勢を正した。
見送りの使用人達は一斉に、その左右に割れた。
俺はウィリアムに尋ねた。
「抽出した兵力は」
「三十八名です。
うち、スキル持ち二十六名です。
スキルを持たない十二名は、木曽の魔物の討伐に慣れた者達なので、
何等ご心配は御座いません」
「つまり問題がない訳だ」
「作戦行動に支障は御座いません」
目立たぬ様にとのご指示でしたので、全員馬車にて輸送します」

 俺は後ろを振り向いた。
「行くよ」
 侍女長・バーバラが飛び切りの笑顔。
「程々にしてくださいませね」
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昨日今日明日あさって。(テニス元年)25

2023-07-23 08:09:46 | Weblog
 侍女長・バーバラがメイド・ジューンを供にして戻って来た。
「商家に申し付けましたので、夕刻辺りには届きます。
勿論、伯爵様にもございます」
 遂に俺もお酒解禁か。
「酒か・・・」
「いいえ、お酒は早過ぎます。
ジュースとスイーツで我慢なさって下さい」
「だと思った」
 バーバラの後ろでジューンが声を押し殺し、笑っていた。

 やがて、執事長・ダンカンやウィリアム達も戻って来た。
ダンカンが報告した。
「奉行所との折衝は恙なく終わりました」
 ウィリアムが言葉を足した。
「向こうの面子を立てたのが効いたようです」
 俺は敢えて尋ねた。
「それでこの先、奉行所が絡んで来ることは」
「ございません」ダンカンが力強く言い切った。
「そうなると、後処理は」
「奉行所の与力の話ですと、貴族間で起きた厄介事は、
貴族院の窓口を通すそうです」
「ではそうするか。
ダンカン、任せる」
「承知しました」

「ウィリアム、五名を美濃に移送してもらうが、
あの地に尋問に慣れた者がいると思うか」
 ウィリアムは即答した。
「前の伯爵の反乱とは関係なく、
当地の奉行所は正常に機能しておりました。
それは牢も同じでしょう。
受け入れにも、尋問にも問題ないと思います」
「分かった、移送を任せる」
「承知しました。
邪魔が入らぬ様に、夕刻前に送り出します。
準備させますので、これにて失礼します」
 ウィリアムは軍人らしく、キビキビした動作で執務室を出て行った。

 俺は気懸かりな事が一つあった。
「義勇兵旅団が木曽大樹海を通ったと言うが、それは確かなのか。
・・・。
魔物も武具までは喰わない。
そうであれば、後から通った者達が遺品を見つけているはず。
・・・。
大樹海は街道さえ外れなければ今も、
キャラバンや冒険者パーティが普通に往き来している。
その者達が見つけて通報すればそれ相応の謝礼が出る。
遺族からの謝礼もある。
だけど何も届けられてない」
 ダンカンが考える様に天井を見上げた。
「確かに・・・、遺体は喰われても武具までは喰いません。
だとすると、本当に木曽を通ったのかどうか、怪しくなりますね」
 俺は捕えた連中の言葉をなぞった。
「尾張側から獣道を通った。
三河大湿原沿いに行軍し、途中から木曽大樹海の街道に入った。
そのまま信濃に抜ける予定だった。
・・・。
もしかして、道を間違えた。
そのまま三河大湿原に迷い込んだ。
あるいは大湿原の獣達を討伐しようとした。
これだと話が分かり易い」
 ダンカンが大いに頷いた。
「三河大湿原に慣れた者達を派遣します。
ついでに、美濃だけでなく、尾張にも、途中の近江にも、
事前の通知も許可も得ていない様ですので、
その辺りも調べてみましょう」

 後宮から女児達が戻って来た。
シェリルが俺に手紙を差し出した。
「明石少佐から返書よ」
 読むと、カトリーヌ明石少佐は大いに俺の立場を懸念していた。
それで最後に、寄親伯爵の立場を活かせ、そう記されていた。
確かにそうだ。
俺には守らなければならない者達が大勢いる。
今回の件は寄親伯爵の力を揮うしかない。
足りない所は俺個人のスキルで埋めれば良い。
俺が読み終えて顔を上げるとシェリルが言う。
「私の家の力を貸そうかしらね」
 それにボニーが応じた。
「何時もお世話に成りっ放しですものね。
ここらで一つお返しませんと、女が廃りますわよね」
 俺は遠慮しようとしたが、ボニーに寄り切られた。
「父や兄たちの耳に入れるだけよ」

 寄親伯爵の邸内には寄子貴族やその子弟が逗留していた。
それぞれが自前で屋敷を構えるのは金銭的に無理なので、
寄親伯爵が文字通り親として世話をするのが慣習になっていた
今現在も子爵男爵八家の当主や子弟が別棟に居た。
その彼等彼女等が俺に面会を求めて来た。
「伯爵様、何時にても出撃できます」という訳だ。
 捕えた五家への制裁を求めていた。
何れもが血気に逸っていて、俺は正直引いた。
手柄を立てたいという気持ちは分かるが、
そこまで大事にするつもりはない。
だけど応えぬ訳には行かない。
「その時には頼む。
だけど今は交渉が先だ」
 まずは貴族院の窓口を通してからだ。

 翌日、俺は大人気だった。
まず登校段階で、顔馴染みの街の者達に声を掛けられた。
「大丈夫でしたか」
「酷い目に遭いましたね」
 なかには、「貴族相手に怖かったでしょう」と話し掛けて来る輩も。
俺を貴族と認識していない者が混じっていて、思わず苦笑い。
俺は自分がどう思われてるか、それでよく分かった。

 学校の門を潜ると、更に声掛けが増えた。
普段は話さない上級生や下級生から尋ねられた。
「どう始末を付けるのですか」
 彼等彼女等の関心は決着の付け方にあった。
全員が全員、興味津々に聞いて来たのだが、
他人事だからか、面白がっている節も見え隠れした。
貴族の子弟が多いので仕方ない側面もあり、苦笑い。
「貴族院の窓口を通してからだよ」と答えた。

 先生達も俺を見つけると、寄り道して来た。
「大変だったね」
「下位貴族だと聞いた。
賠償金を請求したらどうだい」
 それは校長もだった。
校長室に呼ばれた。
香りの良いお茶で接待された。
「お身体は何事もなかった様ですな、結構結構。
如何ですかな、私の方でも何かお手伝い致しましょうか」
「学校の手を煩わせるのは本意ではありません。
こちらで貴族院の窓口を通して対処します」

 冒険者パーティの予定がなかったので、一人で下校した。
それが事前に分かっていたので迎車が来ていた。
二頭立てのカブリオレ型馬車だ。
馭者は馴染みの顔。
「伯爵様、幌を閉じましょうか」
「このままで良いよ」
 ワンタッチで開閉できる仕様だ。
あっ、俺の実家で製造している馬車。
これが国都では評判で、四輪よりも高いけど売れ行きは絶好調。
常に製造待ちであった。

 今日は昨日の件もあり、警護は陰供ではなく、全員が兵装であった。
分隊十名で、その分隊長が車内に乗り込む俺に言う。
「執事長殿が苛立っておられました。
面倒事が生じた様です」
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昨日今日明日あさって。(テニス元年)24

2023-07-16 19:10:58 | Weblog
 執事長・ダンカンとウィリアム佐々木は、陰供の頭から説明を受けると、
表情を曇らせて俺の方に来た。
ダンカンが開口一番、「伯爵様、お覚悟ください」と言う。
ウィリアムも同意の頷き。
二人共に根深い問題を認識していた。
それは俺の甘さだ。
仕方がないな。
ここいらで言葉にするか。
俺は覚悟を伝えた。
「爵位持ち五名の身柄は当家が預かる。
国都だと雑音が入るから、美濃に移送して取り調べてくれ。
義勇兵旅団問題が本当に原因なのか、それとも何か裏があるのか。
きちんと調べさせる。
扱いは爵位持ちではなく、犯罪者としてだ」
 ウィリアムが笑顔で提案した。
「今日のうちに移送しますか」
「それがいいな」
「取り調べで死んだ場合は」
「仕方ない、魔物の餌にしてくれ」
「魔物は死体は喰いませんよ」
「そうか、だったら実家に塩漬けで送り帰してくれ」

 ダンカンに尋ねられた。
「他の者達は」
「せっかくだから奉行所に持ち帰ってもらおう」
「宜しいので」
「こういう場合、お土産を持たせるのが礼儀だろう」
「承知しました」
「五名の屋敷には」
「収め方というか、法令を知らない。
悪いが調べてくれるか、後処理はそれからだ」
「承知しました」

 俺は後始末をダンカンとウィリアムに任せ、
パーティメンバーやバーバラ達を連れて屋敷に戻った。
勿論、徒歩だ。
馬車は捕えた五名の護送に残した。
俺はバーバラに尋ねた。
「屋敷の者達を心配させたかな」
「それはもう。
全員が屋敷から飛び出そうとしました。
それを押さえるのか大変で、大変で・・・。
ですが、伯爵様の責任ではございません。
あの者達が悪いのです」
「そうか、心配かけた皆に差し入れでもするか。
今回は特別だ。
バーバラ、女性陣にはスイーツを、男性陣には酒を、
充分に振舞ってくれないか」
「ふっふっふ、伯爵様らしいですね。
出入りの商家に相談いたします。
近くですので、私がこれから出向きます。
・・・。
ドリス、貴女は伯爵様とご一緒に屋敷に戻りなさい。
ジューン、貴女は私の供をなさい」

 屋敷の者達が総出で出迎えてくれた。
一番年嵩の庭師長・モーリスが全員を代表した。
「伯爵様、ご無事でようございました」
「心配かけたね」
「いいえいいえ、ご無事でなによりです」
 作られていた出迎えの列を一人が崩すと、後は押し寄せるだけ。
弾ける笑顔が俺を包んだ。
新興も新興、歴史の欠片もない伯爵家だが、
皆の表情から、俺に対する想いがヒシヒシと伝わって来た。
 皆の後ろにはエズラとゼンディヤーもいた。
実家から預かり、居候の形で魔法学園に通わせている二人だ。
時刻柄、この騒ぎに居合わせたのだろう。
俺が目顔で微笑むと、二人が嬉しそうに頷き返した。

 パーティの女児達の本日の仕事は、王女・イヴ様のお相手だ。
後宮に出向き、日課を終えたイヴ様の遊び相手を務める。
この屋敷には彼女達の為の部屋があった。
所謂、衣裳部屋。
後宮訪問用、冒険者活動用、その他に武具も置かせていた。
 着替え終えた女児達が執務室に入って来た。
俺はシェリルに手紙を差し出した。
「これをカトリーヌ明石少佐に手渡してくれる」
「今日の件よね」
「うん、取り敢えず第一報だね。
詳しくは後ほど書類にして提出する事になると思う」
「了解、イヴ様の耳には入れないよ」
「お子様の耳には相応しくない話だから、入れない方が良いね」

 執務室の窓から女児達が当家の馬車で後宮へ向かうのを見送った。
執事兼従者のスチュアートがドアを開けて入って来た。
「伯爵様、紅茶が入りました」
 デスクに置いてくれた。
これからが忙しいのだ。
各所に手紙を送らなくてはならない。
 今日の件は確実に噂になって大きく広がる。
それに乗じて、悪意に満ちた噂も流される。
元々、俺に嫉妬している人間は多い。
陰で、王妃様お気に入りのお子様伯爵と叩く、
そんな輩が見逃す訳がない。
加えて、一面識もない人間が面白がって脚色し、流す。
それらを一々訂正しては回れない。
出来る事は、自分の身近な者達に手紙で真実を伝えるだけ。

 俺は手紙を送る相手を数えた。
先ずは公人として、美濃地方を預けているカール細川子爵。
次に美濃地方の騎士団長・アドルフ宇佐美男爵。
木曽領を預けているマリオ。
木曽にて活動中の傭兵団『赤鬼』団長・アーノルド倉木。
同じく冒険者クラン『ウォリアー』団長・ピーター渡辺。
 これらに私人として、国都のアルファ商会、岐阜のオメガ会館、
この二つの取締役達それぞれに。
そして、尾張の実家宛て。
さらには貴族で唯一の理解者、ポール細川子爵。

 意外と少なかった。
紅茶を飲み、お茶菓子を摘まんだ。
ああ、美味い。
でも手書きか、手が疲れそう。
それを読み取ったのか、スチュアートが言う。
「文官達らに手伝って貰いますか」
 そういえば、執事長の下に幾人かの文官がいた。
主な仕事は伯爵家の公的な会計業務と、
伯爵個人の会計業務・・・だったな。
「字は・・・綺麗かな」
「書記スキル持ちが二名います」
「頼むか」

 最初に戻って来たのは馬車と、それを守る陰供の者達だった。
おやっ・・・、捕えていた五名が・・・。
馬車で護送するとは聞いていた。
てっきり馬車に収容するものとばかり、・・・。
が、こんな形とは。
 五名は馬車の後ろに、ロープで数珠つなぎ。
しかも、靴を脱がされていた。
そのせいで足は血塗れ、顔は汗というか、鼻水と涙。
全員が悲惨を通り過ぎた表情をしていた。
駐車場に馬車が止まると、五名がドッと倒れた。
衣服が破れているのは、転んだまま引き摺られたのか。

 俺は玄関から駐車場へ歩いた。
馭者が俺に説明した。
「街中を引廻したので遅くなりました」
 私的制裁で、市中引廻しの刑か。
「よく死ななかったね」
「はい、尋問があるので、殺さぬ様に気を付けました」
 俺は五名を見下ろした。
すると、一人が俺に向けて唾を吐いた。
血混じりだ。
力がないのか、俺には届かない。
これに慌てたのが馭者。
「この野郎」
 思い切り蹴り付けた。
俺は注意した。
「殺さない様に」
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昨日今日明日あさって。(テニス元年)23

2023-07-09 09:14:24 | Weblog
 俺の選択肢は限られていた。
鑑定を起動し、危ないスキル持ちはいないか、調べた。
低レベルばかり。
それで俺に喧嘩を売ってくるとは。
 貴族は、子爵二名に男爵三名。
俺は比較的元気そうな子爵の前に立った。
演技を起動し、ジッと見下ろした。
児童が大人を見下ろす図。
嫌なものだが、心底は隠した。
「談合とは何だ」
「義勇兵旅団についての問い合わせだ」
 噂では一ㇳ月前に関東へ派遣したはず。
「俺に聞いても仕様がないだろう。
知りたいなら国軍に尋ねろ」
「それが連絡が付かない」
 意味が分からない。
どうして俺に、・・・。

 訳が分からないので俺は全員に尋ねた。
「分かる様に話せ。
でなければ、美濃へ送って取り調べる。
・・・。
爪なら二十枚、指なら二十本。
焼き鏝がご希望ならそれも良し。
意味が分かるよな」
 俺には美濃地方に限ってだが、
寄親伯爵なので司法警察権を与えられていた。
国都は所轄外だが、襲われたのは俺。
美濃へ連行すれば問題はない、ない筈だ。
耳にした五名全員が身体を強張らせた。
真っ先に男爵の一人が身を乗り出した。
「そんなつもりではなかった、信じてくれ」
「道を塞いで、武装した者達を俺の方へ向かわせた。
誰が見ても貴族襲撃の現行犯だ。
違うか、違わないだろう」
 五名のみか執事達までもが勝手に釈明し始めた。
どれもが手前勝手な言い分、この期に及んで実に見苦しい。
一つも心に響かない。
激したのか、口数の少なかった男爵が立ち上がろうとした。
それを陰供の一人が蹴り倒した。
「勝手に立ち上がるな」

 騒ぎを聞き付けたのか、奉行所の一隊が駆け付けて来た。
同心二名、捕り手六名、小者二名。
先任らしき同心が俺に軽く会釈した。
「これは如何なる騒ぎでしょうか」
 俺を見知ってる口振り。
「それは某から」
 陰供の頭が俺と同心の間に入った。
俺と相手方を指し示しながら、手短に経緯を説明した。
へえ、意外と口が巧いではないか。
簡潔だが、要領を得て、漏れがない。
納得したのか、同心が困った顔をした。
後ろで聞いていたもう一人の同心が俺に尋ねた。
「某共が襲撃犯に質問しても宜しいでしょうか」
 丁寧な物言い。
上から目線で拒否できるが、俺は鬼ではない。
寛大な心で頷いた。

 同心二名が襲撃犯側に歩み寄り、聞き取りを開始した。
その二名を助け船と見たのか、貴族と執事がにじり寄った。
ところが、同心二名に同情心はなさそう。
時折、「某共では美濃へ送られるのを止める手立てはない」と脅し、
襲撃に至る動機を聞き出す。
なんて悪質な。
これでは俺が悪党ではないか。

「連中は義勇兵旅団を木曽大樹海から送り出したそうなのです。
ところが、その旅団からいっこうに、その後の連絡がない。
それで美濃の寄親伯爵様である貴方様に、何かお知りでないか、
お尋ねしようと、今回の仕儀になったそうです」
 同心が先方の言い分を聞き出した。
本当にご苦労様。
襲撃犯側は期待を込めた視線をこちらに向けていた。
ほんとう、何を期待してるんだか。
俺は常識を教える義理はない。
が、取り敢えず無表情で連中を見回した。
「義勇兵旅団は当家の許可を得て、美濃に入ったのか。
俺の手元にその書類は届いていない。
美濃からも何の報告もない」
 何事にも段取りがあった。
他人様の領地を軍勢で通過する際は、そこの寄親伯爵の許可が必要。
許可したら、伯爵はその旨を寄子貴族衆に通知する。
そして肝心なのは、許可なく他人様の領地を通過する軍勢は、
謀叛の疑いがあるので、その場にて討伐しても構わない。

 おかしい、おかしい。
軍勢が許可なく通過したのなら、
美濃を任せているカールから連絡の一つや二つ。
それが一つもない。
子爵の一人が声を張り上げた。
「美濃は通っていない。
尾張から三河大湿原沿いに入ったのだ。
織田伯爵軍が通過したと言われる獣道を使った。
だから佐藤伯爵の許可は必要ない」
 織田伯爵軍は当家の支援を受けて三河に入った。
しかし、その行軍経路は軍事機密指定を受けているので、
一般には知られていない。
表向きには、木曽の大樹海を通過した事になっていた。
理解した。
つまり義勇兵旅団の関係者が生半可な情報を元に、尾張側から入って、
三河大湿原沿いに木曽大樹海を抜け様としたのだろう。
でも結局は、その木曽大樹海も美濃の所轄なんだけどね。

 俺は思わせぶりに溜息を付いた。
「ふうー、呆れて物が言えないな。
お前達は考える頭を持ってないのか。
・・・。
まず一つ、木曽大樹海を所轄するのは美濃だ。
だから事前に許可を得る必要がある。
二つ、木曽の者達の目を掻い潜っても、
木曽大樹海の魔物の目は掻い潜れない。
ましてや六千を超えた軍勢だと聞いた。
数は大軍勢だが、魔物からしたら大量の餌だ。
餌、それを見逃す訳がないだろう。
・・・。
美濃からも木曽からも何の報告もない。
一兵も戻って来ていないようだ。
もしかすると、全軍が信濃に入ったものの、
国都への使番だけが途中で魔物の餌になっただけかも知れない」

 生徒の危機ということで、学校の先生や衛士達が駆け付けて来た。
真っ先に地理担当の先生が俺に声を掛けた。
「佐藤伯爵、よかった無事・・・だね」
「怪我はありません」
 先生が相手方を見た。
「あちらは大変みたいだね」

 奉行所からの増援もあった。
二十名近い捕り方。
率いていた与力が同心に尋ねた。
「説明せよ」
 同心が与力に歩み寄り、耳元に囁く。
次第に顔色が悪くなって行く。
聞き終えて一言漏らした。
「面倒事だな」

 勿論、うちの屋敷からも大勢が駆け付けた。
陰供の頭が、顔馴染みの街の者に金銭を与え、屋敷に走らせたのだ。
それが来るわ、来るわ。
ウィリアム佐々木が屋敷の騎士十騎と徒士五十余を率いていた。
執事長・ダンカン長岡は馬車で後ろに付いていた。
その馬車が到着すると、
中からバーパラやドリス、ジューンが飛び出して来た。

 うちの侍女長・バーバラが意外な脚力を見せつけた。
真っ先に俺の身体をまさぐった。
「お怪我はありませんか」 
 くすぐったい。
「ないよ、全くない」
 メイド長・ドリスが俺にポーションを差し出した。
「お飲みになりますか」
 ジューンからも同じ様に差し出された。

 後ろからキャロルが俺に言う。
「愛されてるわね、嫉妬しちゃう」
 シェリルが応じた。
「愛されてるのか、甘やかされてるのか」
 マーリンが止め。
「甘やかされてるの間違いよ」
 ボニーがボソッと言う。
「問題はこれをどう収めるかでしょう。
理由はどうあれ、襲撃には違いありませんからね」
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昨日今日明日あさって。(テニス元年)22

2023-07-02 10:14:21 | Weblog
 俺は何時ものメンバーと一緒に下校した。
屋敷に戻り、着替えてから冒険者活動をする予定でいた。
とっ、突然、横丁から出て来た馬車の車列に前を塞がれた。
計五輌、貴族の紋章が入っていた。
何れも違う紋章。
俺は自慢ではないが、全ての紋章を知っている訳ではない。
知るつもりも、暇もない。
 停車すると馬車から男達が降りて来た。
各車輌より二名、計十名。
騎士風の装いで、全員の剣帯には長剣。
抜きはしないが、片手を柄頭に添えていた。
そんな彼等の視線が俺を捉えた。
目色から目的が俺だと分かった。
理由は知らないが、俺だ。

 俺の周りにはパーティのメンバーのみ。
一人は成人しているが、他の四人は女児。
成人していたボニーは守役なので武装していたが、
生憎、俺や女児達は学校帰りなので武器は所持していない。
でも、怖いとは思わない。
魔物討伐の経験が豊富なので、それなりに戦えた。
女児達がだ。

 俺は即座に身体強化した。
「殺すなよ」
 誰何よりも、後の先。
メンバーに注意して、先頭の男の懐に飛び込んだ。
剣を抜く暇を与えない。
諸手突き。
 身長差があるので、イメージは、右拳で相手の胸元を山突き、
左掌底で相手の股間を圧し潰す。
身体強化したので威力だけでなく速さもあった。
相手は対処できない。
胸元を砕き、股間の一物をグチャッ。
相手はその場にドッと崩れた。

 俺は相手の咽喉を潰し、長剣を奪った。
その長剣で二人目の右足に斬り付けた。
グッド。
深手を負わせた。
ついでに足払い。
慌てて剣を抜く仕草の三人目、その手首を斬り落とした。
これまた足払い。

 俺は余裕で後ろを振り返った。
キャロル、マーリン、モニカ、シェリル、ボニーの五人は、
短い魔法杖を取り出し、構えていた。
五人は探知魔法を活用していたら、もう一つ生えて来た。
それぞれ違うスキルだが、それを敢えてここで使うとは、恐るべし。
 真っ先にキャロルが水魔法、ウォーターボール・水玉を放った。
遅れ時とマーリンが土魔法、アースボール・土玉を放った。
モニカは火魔法、ファイアボール・火玉を放った。
シェリルは風魔法、ウィンドボール・風玉を放った。
ボニーは光魔法、ライトボール・光玉を放った。
 少ないMPで、ちょろっとの攻撃魔法なのだが、
それを正確に命中させるのだからご立派。
威力がちょろっとでも、当たった箇所は顔面。
無事に済む訳がない。
当てられた五名は悲鳴を上げて、その場で膝から崩れた。

 残りは二名。
動きかけた俺を五つの影が抜き去った。
「伯爵様、我等にお任せを」
 うちの陰供だ。
何れも長剣を抜いていた。
俺は慌てて声を掛けた。
「殺すな。
尋問せねばならない」
「「了解」」
 即座に二名を無力化。
それぞれの手足を斬り落として路上に転がした。
陰供の組頭が俺を見返した。
指示待ち。
俺は即断。
「馬車の中の連中を捕えろ。
貴族でも容赦するな。
殺さなければ問題ない」

 陰供五名に躊躇いの色はない。
「「了解」」
 先頭の馬車から制圧して行く。
まず馭者を問答無用で叩き落した。
続いてドアを開けて中に突入。
執事らしき者を蹴り落とす。
更には貴族らしき者をも蹴り落とす。

 抵抗を試みる者もいた。
「下賤の者が何をする」
「貴族用の馬車だぞ」
「子爵様がお乗りだぞ」
「男爵様だと承知の上か」
「後で処罰するぞ」
 それでもうちの者達は怯まない。
問答にも応じない。 
黙って作業を熟して行く。
全員を路上に転がしてから俺を見た。
次の指示待ちだ。
俺は応じた。
誉めてやろう。
「皆、良くやってくれた。
後は見張りを頼む」

 路上には面白い装いの者達が転がっていた。
まず、長剣持ちの、騎士風の男達が十名。
彼等は全員が負傷していた。
無傷の者は一人もいない。
 そして、どこから見ても馭者が五名。
彼等は無駄な抵抗も口答えもしない。
ジッとしていた。
状況が分かっていて感心、感心。 
 執事らしき者達は大いに口答え。
責める、喚く、怒鳴る、これが本心からかどうかは知らない。
たぶん、主人の目の前だからだろうとは思うが、・・・。
ご苦労様、本当にご苦労様。
 肝心の貴族五名は戸惑いの色。
状況がよく飲み込めていないのだろう。 
そんな中、一名だけが、ようようの事で口を開いた。
それもお怒り語調。
「何のつもりだ」

 俺は相手をジッと見た。
「それはこちらの台詞だ。
何のつもりで俺を襲おうとした」
 相手の目が泳いだ。
「襲ったなどと。
談合しようとしただけだ」
 それに残り四名が、慌てた様に同意の仕草。
首を二度三度、縦にし、是認した。
俺は周りを見回した。
ここは公道。
行き交う者が多い。
街の者や、買い物客、遠来の客。
中には同じ学校の生徒も紛れていた。
見知りの貴族の送迎馬車も足止めを喰らっていた。
明日には、彼等からの無責任な見物談が流れるのだろう。
なんてこったい。

 俺は貴族五名から舐められていると実感した。
本気で談合しようとすれば、面会の問い合わせから始めるのがマナー。
なのに、此奴等は長剣の柄頭に手を添えた者達を先に送り出して来た。
ああっ、先の貴族二家と商家三家の件と似た様な状況だ。
俺がお子様伯爵だからか、・・・。

 俺の後ろに仲間達が集まった。
代表してか、シェリルが囁いた。
「ダン、優しい気持ちも大切だけど、相手によりけりね」
 ボニーが付け加えた。
「ここは毅然としましょう。
目の前の馬鹿共に付ける薬は、拳しかありません」
 その言葉に女児達が頷いた。 
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